うしのいるせいかつ
「ほう…牛…でござるか。して、なぜかような所に?」
万斉がスタジオに来ると見知らぬ子供がこちらを見上げている。メンバーの中には子持ちはいない。そうなれば、スタッフかスタジオの関係者か。立地と時間的にも子供が迷い込むとも考えにくい。
じーっと見上げていたその子供は垂れた両耳を顔の横にペタリと当て「いっしょ!」と顔を綻ばせた。
「一緒…ほう、これの事でござるな」
自信の付けているヘッドフォンを指差せば、こくこくと頷いてもう一度「いっしょ!」と花のような笑顔を振り撒いた。
「1人か?家族とは一緒ではないのか?はぐれたならいっしょに探そう」
ニコニコとする子供をひょいと抱えあげると、すっぽりと胸に納まった。1人だが泣かないとは強い子だと思う。
「それでは行くか」
「おー!」
小さな腕を振り上げる様も可愛らしい。さて、歩き出そうかという時に、何やら後ろの方から殺気がした。
首だけ振り返れば、廊下の向こう側から鬼が走ってくるではないか。いや、正しくは鬼の形相をした高杉である。
「万斉いいいいい!!十四郎知らねぇかああああ!!」
えっ誰あれ怖い。作詞が行き詰まって締切まで数時間しかない時の高杉よりも怖い。
何かよく分からないが本能的に逃げようとした時だった。
「しーすけ!」
ぴょこりと胸に抱えていた子供が顔を覗かせた。
確かに子供は「しーすけ」と言った。高杉の下の名前は晋助。舌足らずな子供だとそういう発音になってもおかしくない。
つまりこの子供は高杉の…という事なのか…?
「十四郎おおおおお!!てめっ、万斉!俺の十四郎を連れ去る気かああああ!?」
「ちょっ!?誤解でござる!!拙者は…!」
「うるせぇ!」
※※※※※
「か〜わ〜い〜!!」
さっきから十四郎を可愛い、可愛いと言いながらまた子がひたすら写メを撮っている。
「つまり、あの子供がお前の言っていた"十四郎"という事なのだな」
「ああ」
今日は誰の都合もつかず、スタジオ練習と打ち合わせで比較的自由の効く高杉に十四郎のお世話のお鉢が回ってきた。
メンバーとスタッフには銀時の親戚の子を預かっていると事前に伝えてある。スタッフには子育て経験のある者も居るので、安心出来る。
「ほぅ、可愛らしい子供ですね」
「武市先輩、ロリコンだけじゃなくショタコンでもあったんスか?寄らないで欲しいッス」
「ロリコンでもショタコンでもありません!フェミニストです!」
また子が十四朗を背に隠し、武市を警戒する。
十四朗は新しい遊びが始まったと思ったのか楽しげな声を上げた。
「おはようございます」
「似蔵さん!おはようございますっ!」
控え目なノックと共に声が聞こえて、皆一斉にそちらを向いた。十四朗もそれに倣う。
一番最後にスタジオ入りしたのが、ドラムの岡田似蔵。明らかに堅気には見えない風貌のため、ツアー先ではホテルで殆ど過ごしている。
悲しいかな、ただ外に出ただけで絡まれるのだ。ただご飯を食べに行きたいだけなのに。
何もしていなくても、彼を知らない人には絡まれたり恐がられたりする。ならば幼い十四朗は泣き出してしまうのではないか…と思い振り返ると。
「おはよー!」
新たな遊び相手の登場にキャッキャッと喜んでいた。おまけに挨拶も出来て偉い。花丸100点満点では足りない。
十四朗の笑顔の直撃を受けた似蔵が膝を付く。
「あ!似蔵さんが十四郎くんにメロメロになってるッス!ああ見えて可愛い物が大好きで、自宅にはファンから貰ったぬいぐるみを飾り、会報紙にもしっかり載せる似蔵さんが!!」
「実はアニマル癒し動画が大好きで、フランダースの犬で毎回号泣する似蔵殿が!!」
「にぞー?」
「うっっっ!!」
「あー!似蔵さんが、可愛さの余りに心停止起こしたッス!」
「誰か救急車を!」
「救急車あああああ!!」
「誰が古典的な呼び方しろって言った!!」
「あああああ!!似蔵さん生きてええええええ!!」
※※※※※
「では、似蔵殿が復活した所で早速練習に入ろう」
「おい、万斉。まさか、音を出す気じゃあるめぇな…?」
「当たり前でござろう。でなければ、練習にならぬぞ」
「ふざけんなよ、テメェ!!今、十四朗はお昼寝タイムだ!!!!!」
また子やスタッフ達と遊び疲れたのか、高杉の着ていたジャケットにくるまって、十四朗がすよすよと寝息を立てている。まさに天使の寝顔である。
また似蔵が呼吸困難を起こしているので、こちらもどうにかしなければならない。
「他の場所に移せば…」
「動かした拍子に起きちまったらどうすんだ!?幸せな夢を見てたらそこで終わっちまうんだぞ!!責任取れんのか!!」
「え、ええぇ〜…」
目の前の男は本当に高杉晋助なのだろうか。
常日頃からネジが2、3本は抜けていそうな思考回路だとは思っていたが、そもそもネジがなかったらしい。
「まぁ、音を出さなくてもできる事はあるッス!」
「そうですよ、いやぁ天使みたいですねぇ」
「武市先輩は近寄らないで欲しいッス」
「十四朗を起こしたヤツは殺すからな」
「………(寝顔を見詰めている)」
(このバンドを始めたのは間違いだったでござろうか…)
結局、何もせずに1日が終わったという。
※※※※※
後日。
「銀時、居るか?」
「何しに来た、高杉」
「十四朗に会いに来たに決まってんだろ」
「てか、何その荷物」
「ふふん、こりゃあなぁ…」
高杉は少し大きな箱を抱えてやって来た。
勝手知ったる我が家かのように、銀時を気にする事なく、リビングへと向かう。
「高杉!」
「高杉も来たがか!」
「チッ、お前らも居んのかよ」
そこには、桂と坂本の姿が。
高杉と同じように、十四朗に会いに来たのである。
「しーすけ!」
「十四朗、元気にしてたか?」
「はいっ!」
「今日は、いい物を持ってきたぜ」
そう言って高杉は箱をテーブルに置き、蓋を開けた。
「これは!」
「まっことかわいいの!」
「すっげぇ!」
その中には十四朗用の服がぎっしりと詰まっている。
ひとつ、ひとつ取り出せばサイズもちょうど良さそうだし、ズボンには尻尾を出す穴まで開いている。服だけでなく、帽子や鞄などの小物まであるではないか。
セット服から着まわしの出来る、シンプルなデザインの物や流行を抑えたものまで様々である。
十四朗も興味津々といった所で、目を輝かせて服を見詰めている。
「ん?これは…手作りか?」
「まさか、高杉が作ったのか!?」
「いや、俺じゃねぇ。似蔵だ」
「「「え???」」」
「十四朗の服がない、って言ったら似蔵が全部作った」
「はぁ!?似蔵ってお前のバンドのやつだろ!?」
「あの顔の怖いやつがか!?」
「ああ、見えて似蔵は可愛いもの好きだ」
「「「マジでか」」」
あのスタジオの日、「十四朗の着る服が中々見つからない」と似蔵にぽろっと漏らした。
すると、すぐに採寸しどういう服がいいか、必要な物は他にあるか、という話をした。そして昨日、スタジオに来た似蔵にこの箱を渡されたという。
「確かにこの服だけって訳にもいかんきな」
十四朗は銀時の家に来てからというもの、最初に着ていた牛柄のワンピースくらいしか持っていない。
子供服もいくらかは買いに行ったが、尻尾があるためワンピースばかりになってしまう。可愛いと言っても男の子。性別をとやかく言う時代ではないといっても、やっぱり女の子の服をずっと着せておく、というのも気が引ける。
「やったな、十四朗」
「うん!」
自分に新しい服が増えたと分かったようで、嬉しそうに頷いた。
「せっかくだから何着か着てみてはどうだ?似蔵殿にも礼を言わねばな」
「写真撮って俺が送るわ」
「よし、それじゃあファッションショーといきますか!」
「おー!」
服を着替える度に「可愛い」と連呼しながら、写真を撮る。
「こっち向いて」と言えば、くるっと回って振り向くのだから、将来はモデルになるだろう、とか考え始める親バカ4人。
「もしもし?似蔵ありがとよ。十四朗のやつ、すげぇ気に入ってるぜ」
「しーすけ!」
「ん?どうした?」
「にぞーにおれい!」
「十四朗が、お前にお礼を言いたいんだとよ」
スマホの画面を十四朗に向けてやる。画面の向こうの似蔵の顔は知らない人が見ればやっぱり怖い。
「にぞー!ありあと!」
本日、一番の笑顔でそう言うと、大きな音と共に似蔵が画面から消えていた。
急に似蔵がいなくなって、首を傾げる十四朗。その仕草も可愛くて仕方がない。
「おい、あいつどうしたんだ?」
「たぶん死んでる」
そう言って通話を切った。
十四朗の可愛さは似蔵をも殺すのか。
まぁでも可愛いから仕方ないよね、と思う親バカたちなのであった。
万斉がスタジオに来ると見知らぬ子供がこちらを見上げている。メンバーの中には子持ちはいない。そうなれば、スタッフかスタジオの関係者か。立地と時間的にも子供が迷い込むとも考えにくい。
じーっと見上げていたその子供は垂れた両耳を顔の横にペタリと当て「いっしょ!」と顔を綻ばせた。
「一緒…ほう、これの事でござるな」
自信の付けているヘッドフォンを指差せば、こくこくと頷いてもう一度「いっしょ!」と花のような笑顔を振り撒いた。
「1人か?家族とは一緒ではないのか?はぐれたならいっしょに探そう」
ニコニコとする子供をひょいと抱えあげると、すっぽりと胸に納まった。1人だが泣かないとは強い子だと思う。
「それでは行くか」
「おー!」
小さな腕を振り上げる様も可愛らしい。さて、歩き出そうかという時に、何やら後ろの方から殺気がした。
首だけ振り返れば、廊下の向こう側から鬼が走ってくるではないか。いや、正しくは鬼の形相をした高杉である。
「万斉いいいいい!!十四郎知らねぇかああああ!!」
えっ誰あれ怖い。作詞が行き詰まって締切まで数時間しかない時の高杉よりも怖い。
何かよく分からないが本能的に逃げようとした時だった。
「しーすけ!」
ぴょこりと胸に抱えていた子供が顔を覗かせた。
確かに子供は「しーすけ」と言った。高杉の下の名前は晋助。舌足らずな子供だとそういう発音になってもおかしくない。
つまりこの子供は高杉の…という事なのか…?
「十四郎おおおおお!!てめっ、万斉!俺の十四郎を連れ去る気かああああ!?」
「ちょっ!?誤解でござる!!拙者は…!」
「うるせぇ!」
※※※※※
「か〜わ〜い〜!!」
さっきから十四郎を可愛い、可愛いと言いながらまた子がひたすら写メを撮っている。
「つまり、あの子供がお前の言っていた"十四郎"という事なのだな」
「ああ」
今日は誰の都合もつかず、スタジオ練習と打ち合わせで比較的自由の効く高杉に十四郎のお世話のお鉢が回ってきた。
メンバーとスタッフには銀時の親戚の子を預かっていると事前に伝えてある。スタッフには子育て経験のある者も居るので、安心出来る。
「ほぅ、可愛らしい子供ですね」
「武市先輩、ロリコンだけじゃなくショタコンでもあったんスか?寄らないで欲しいッス」
「ロリコンでもショタコンでもありません!フェミニストです!」
また子が十四朗を背に隠し、武市を警戒する。
十四朗は新しい遊びが始まったと思ったのか楽しげな声を上げた。
「おはようございます」
「似蔵さん!おはようございますっ!」
控え目なノックと共に声が聞こえて、皆一斉にそちらを向いた。十四朗もそれに倣う。
一番最後にスタジオ入りしたのが、ドラムの岡田似蔵。明らかに堅気には見えない風貌のため、ツアー先ではホテルで殆ど過ごしている。
悲しいかな、ただ外に出ただけで絡まれるのだ。ただご飯を食べに行きたいだけなのに。
何もしていなくても、彼を知らない人には絡まれたり恐がられたりする。ならば幼い十四朗は泣き出してしまうのではないか…と思い振り返ると。
「おはよー!」
新たな遊び相手の登場にキャッキャッと喜んでいた。おまけに挨拶も出来て偉い。花丸100点満点では足りない。
十四朗の笑顔の直撃を受けた似蔵が膝を付く。
「あ!似蔵さんが十四郎くんにメロメロになってるッス!ああ見えて可愛い物が大好きで、自宅にはファンから貰ったぬいぐるみを飾り、会報紙にもしっかり載せる似蔵さんが!!」
「実はアニマル癒し動画が大好きで、フランダースの犬で毎回号泣する似蔵殿が!!」
「にぞー?」
「うっっっ!!」
「あー!似蔵さんが、可愛さの余りに心停止起こしたッス!」
「誰か救急車を!」
「救急車あああああ!!」
「誰が古典的な呼び方しろって言った!!」
「あああああ!!似蔵さん生きてええええええ!!」
※※※※※
「では、似蔵殿が復活した所で早速練習に入ろう」
「おい、万斉。まさか、音を出す気じゃあるめぇな…?」
「当たり前でござろう。でなければ、練習にならぬぞ」
「ふざけんなよ、テメェ!!今、十四朗はお昼寝タイムだ!!!!!」
また子やスタッフ達と遊び疲れたのか、高杉の着ていたジャケットにくるまって、十四朗がすよすよと寝息を立てている。まさに天使の寝顔である。
また似蔵が呼吸困難を起こしているので、こちらもどうにかしなければならない。
「他の場所に移せば…」
「動かした拍子に起きちまったらどうすんだ!?幸せな夢を見てたらそこで終わっちまうんだぞ!!責任取れんのか!!」
「え、ええぇ〜…」
目の前の男は本当に高杉晋助なのだろうか。
常日頃からネジが2、3本は抜けていそうな思考回路だとは思っていたが、そもそもネジがなかったらしい。
「まぁ、音を出さなくてもできる事はあるッス!」
「そうですよ、いやぁ天使みたいですねぇ」
「武市先輩は近寄らないで欲しいッス」
「十四朗を起こしたヤツは殺すからな」
「………(寝顔を見詰めている)」
(このバンドを始めたのは間違いだったでござろうか…)
結局、何もせずに1日が終わったという。
※※※※※
後日。
「銀時、居るか?」
「何しに来た、高杉」
「十四朗に会いに来たに決まってんだろ」
「てか、何その荷物」
「ふふん、こりゃあなぁ…」
高杉は少し大きな箱を抱えてやって来た。
勝手知ったる我が家かのように、銀時を気にする事なく、リビングへと向かう。
「高杉!」
「高杉も来たがか!」
「チッ、お前らも居んのかよ」
そこには、桂と坂本の姿が。
高杉と同じように、十四朗に会いに来たのである。
「しーすけ!」
「十四朗、元気にしてたか?」
「はいっ!」
「今日は、いい物を持ってきたぜ」
そう言って高杉は箱をテーブルに置き、蓋を開けた。
「これは!」
「まっことかわいいの!」
「すっげぇ!」
その中には十四朗用の服がぎっしりと詰まっている。
ひとつ、ひとつ取り出せばサイズもちょうど良さそうだし、ズボンには尻尾を出す穴まで開いている。服だけでなく、帽子や鞄などの小物まであるではないか。
セット服から着まわしの出来る、シンプルなデザインの物や流行を抑えたものまで様々である。
十四朗も興味津々といった所で、目を輝かせて服を見詰めている。
「ん?これは…手作りか?」
「まさか、高杉が作ったのか!?」
「いや、俺じゃねぇ。似蔵だ」
「「「え???」」」
「十四朗の服がない、って言ったら似蔵が全部作った」
「はぁ!?似蔵ってお前のバンドのやつだろ!?」
「あの顔の怖いやつがか!?」
「ああ、見えて似蔵は可愛いもの好きだ」
「「「マジでか」」」
あのスタジオの日、「十四朗の着る服が中々見つからない」と似蔵にぽろっと漏らした。
すると、すぐに採寸しどういう服がいいか、必要な物は他にあるか、という話をした。そして昨日、スタジオに来た似蔵にこの箱を渡されたという。
「確かにこの服だけって訳にもいかんきな」
十四朗は銀時の家に来てからというもの、最初に着ていた牛柄のワンピースくらいしか持っていない。
子供服もいくらかは買いに行ったが、尻尾があるためワンピースばかりになってしまう。可愛いと言っても男の子。性別をとやかく言う時代ではないといっても、やっぱり女の子の服をずっと着せておく、というのも気が引ける。
「やったな、十四朗」
「うん!」
自分に新しい服が増えたと分かったようで、嬉しそうに頷いた。
「せっかくだから何着か着てみてはどうだ?似蔵殿にも礼を言わねばな」
「写真撮って俺が送るわ」
「よし、それじゃあファッションショーといきますか!」
「おー!」
服を着替える度に「可愛い」と連呼しながら、写真を撮る。
「こっち向いて」と言えば、くるっと回って振り向くのだから、将来はモデルになるだろう、とか考え始める親バカ4人。
「もしもし?似蔵ありがとよ。十四朗のやつ、すげぇ気に入ってるぜ」
「しーすけ!」
「ん?どうした?」
「にぞーにおれい!」
「十四朗が、お前にお礼を言いたいんだとよ」
スマホの画面を十四朗に向けてやる。画面の向こうの似蔵の顔は知らない人が見ればやっぱり怖い。
「にぞー!ありあと!」
本日、一番の笑顔でそう言うと、大きな音と共に似蔵が画面から消えていた。
急に似蔵がいなくなって、首を傾げる十四朗。その仕草も可愛くて仕方がない。
「おい、あいつどうしたんだ?」
「たぶん死んでる」
そう言って通話を切った。
十四朗の可愛さは似蔵をも殺すのか。
まぁでも可愛いから仕方ないよね、と思う親バカたちなのであった。
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