うしのいるせいかつ

「宅配便で〜す」
「へ〜い」

ガチャリとドアを開ければ、三毛猫便のお兄さんが段ボールを抱えて立っている。
何か頼んだっけ?まぁ、いいかと受け取りのサインをした。
宛名は確かに自分の名前で、依頼主は○○ファームとあるから牧場だろうか。
品名は牛。牛肉かな?そういえばSNSで気紛れに「フォローとRTで当たる!」ってやつに応募したような気がする。あれって本当に当たるんだ。そういえば、住所はどうやって調べたのだろう?今頃のSNSはすぐ分かるものなのかもしれないし、まぁいいや。
重さはズッシリとして10kgはありそうな気がする。
一人で食べきれるだろうか。冷凍保存という手もあるが…
そうだ、せっかくだからアイツらでも呼んで焼肉でもしよう。

キッチンのテーブルに段ボールを置く。ドスンと重い音がした。
スマホをポケットから取り出してLINEグループを開く。
『肉当たったから焼肉しようぜ』
『マジでか』
『行く』
『何か必要な物はあるがか?』

ものの数分で既読と返信が来る。
『野菜と酒とタレあとなんか適当に』
『分かった』
『あ、ホットプレートねぇわ』
『それならワシが持っていくき』
『あとイチゴ牛乳も』
『『『却下』』』
『なんでだコラァ!!』

偶然にも皆暇していたらしい。昼間から酒と肉が食える、とテンションが上がっているようだ。
アイツら、俺よりもいい給料といい肉食ってる筈なんだけど。
辰馬はホットプレート買ってくるなたぶん。腐っても社長だし。
1時間後に俺の家に集合と決まり、会話が終了した。

それまでに、部屋を少しは片付けておかなければ。
肉や食器の準備をしてれば1時間なんてあっという間だ。
肉って常温に戻しといた方がいいんだっけ?と思いながら段ボールを開けた。

「すぴー、すぴー」

パタン。

牛が入ってた。
いやいやいや、今のは何かの見間違いかもしれない。まだ起きてねぇのかな?まだ夢の中に居るのかな?それともさっき飲んだイチゴ牛乳に酔ったのかも?

「すぴー、すぴー」

牛が入ってた。
小さな角と垂れた耳。尻尾がぴょこぴょ動いている。
おかしな所があるとすれば、それれらが付いているのが小さな子供だという事だ。
サラサラな黒髪に小さな手足、鈴の付いた赤い首輪に牛柄のワンピース。
ワンピースなら女の子か…?と思って捲ってみる。

「男の子か…」

いや待て待て待て!!
どどどどどどういうことだ!!??
明らかに牛の格好した男の子じゃん!!!
えっ、これヤバくね。マジでヤバくね?

未成年者略取、誘拐、ペドフィリア。
某高校教師が男の子を自宅に連れ込み淫らな行いを〜
手錠をかけられ、牢屋に入り、そして裁判で死刑判決を受け…

「ああああああああああ!!!!」

脳内には思い付く限りの罪状と世間からの非難が浮かぶ。
ヤバいマジでヤバい。どのくらいかって言われるとマジでヤバい。
もう一度箱を見ると角に紙が入っている。これが解決の糸口になるなら、何でもいい!とにかく犯罪者になる訳にはいかねぇんだ!

『この子の名前は"十四郎くん"です☆
大切に育てて、美味しく食べてね☆』

「食えるかああああああああああ!!!!!ふざけんなよ!名前まで付いてて、大切に育てて食えとか鬼畜にも程があんだろうが!!!」
「ふぁぁっ…」

騒いだせいか、目が覚めてしまったようだ。可愛らしい欠伸が聞こえると、目が合ってしまった。

「ぱぱ…」
「パパああああああああ!!??刷り込みか?刷り込みなのか!?もう無理だ俺には手に負えねぇ…!ひとまず送り返して…」
「ぱぱ…?」

大きなきゅるんきゅるんの目でコテンと首を傾げながら上目遣いで見てくる牛。もとい十四郎。
小さな手を必死に伸ばして、キュッと俺の袖を掴んだ。

キュン

「あああああ出来ねぇ!!!!!俺には食う所か送り返す事も出来ねぇ!!!!!チクショオオオオオオオ!!!!殺せ!!間違いを犯す前に、俺を殺してくれえええええ!!!」

♪ピンポーン

「おーい。銀時、来たぞ。開けてくれ」
「よりによってこのタイミングでえええええ!!!」

ダッシュで玄関に戻るとモニターにはヅラが映っている。

「おい、銀時。早く開けてくれないか」
「嫌だ、断る!!」
「はぁ?誘ったのはお前の方だろうが」
「急用が出来たの!さっさと帰れ!!」
「ふむ…ならば仕方ない…」

するとモニターからヅラの姿が消え、安心していると。

ガッシャアアアアン!!

ガラスが割れる音がして、リビングに向かうとそこにはガラスまみれのヅラが立っているではないか。

「玄関が駄目なら窓から入るまでよ!」
「てめぇ、何しやがんだヅラあああああ!!」
「ヅラじゃない!桂だ!!」
「あああああもうなんで来るかなあああああ!!」
「お前が焼肉しようと、呼んだからではないか」

ほら、と差し出されたスーパーの袋には焼肉のタレと野菜が入っていた。しかもタレはちょっと高いやつ。

「食う気か!!俺の十四郎を食う気なのかああああ!!」
「何を言ってるんだ、銀時。当然食いに来たに決まっているだろう」
「十四郎は俺が守る!!」
「何がなんだか分からんが落ち着け!あと、さっきから見えるアレはなんだ?」
「は?アレ?」

ヅラの指差す方向を見れば、段ボールからひょこりと顔を出した十四郎がいるではないか。

「ああああああ!!隠れてなさい!!!でないとこのバカに食われるでしょうが!!!」
「ぱぱ!!」
「パパ?まさかお前の子供なのか…?」
「違う!!断じて違うから!!俺のガキじゃねぇから!!」
「ふぇっ…ぐすっ」
「パパです!!十四郎のパパは俺ですうううう!!!」

※※※※※

「で、宅配便を受け取ったらその子が入っていたと」
「そういう事です」

泣き出しそうになった十四郎をどうにかあやして、ヅラに事の起こりを説明した。俺でも訳が分からないのに、夢でも見てるのかと一蹴され…

「話は分かった。言うなれば、俺とエリザベスのようなものだな」

なかった。
そうだコイツはバカな上に、エリザベスという謎の生物と暮らしてるんだった。コイツに常識を求めた俺がバカだったわ。
幸か不幸か理解者を得たのはラッキーとしかいいようがない。最初に来たのが高杉だったら、丸焼きにして食ってかもしれない。

「ともかく、高杉と坂本が来るのを待とう。牛がとどいたから焼肉が出来ないと説明しても、理解できんだろうし、実際に見てもらった方が話も早かろう」
「まぁ、それもそうだな」

♪ピンポーン

「金時ー!おるかー?」
「噂をすれば…だな」
「金時じゃねぇっつーの!」

玄関に迎えに行けば、高杉と坂本が並んで立っている。高杉の手には高そうな酒とつまみが。坂本は買ったばかりであろう、やっぱり高そうなホットプレートがあった。

「はぁ?牛が届いたから焼肉が出来ねぇ?牛肉があるなら焼肉できるだろうが」

まぁ、そう言われたらそうなりますよね。
意味分からないですよね。

「えーとまぁ、こういう事です」

ひょい、と膝に座らせていた十四郎を抱え上げて、高杉と坂本にも見えるようにする。
十四郎は状況がよく分かっていないようで、コテンと首を傾げた。

「ほぉ〜こげな牛が」
「お前、女にモテないからってガキに手ぇだしたのかよ…」

好奇心旺盛な坂本は興味深く十四郎を見詰め、一方の高杉はドン引きしている。

「誰がガキに手ぇだすかよ!コイツが届いた牛なの!!これだから芸能人は!モテ自慢ですかコノヤロー!チビのクセに!!」
「あぁ!?誰がチビだ!!このクソ天パ!!」
「待て待て、今は喧嘩している場合ではなかろう。十四郎をどうするか考えるのが先決だろう」

二人にも事の起こりを説明したが、信じられないという顔をしていた。しかし、実際に十四郎を見ている訳だから信じない訳にはいかないようだ。

「とりあえず電話をかけてみればいいんじゃねぇの?」

それもそうだと、ヅラが伝票に記載されている番号をタップする。

『おかけになった番号は現在使われておりません』

「マジか…」
「いやもしかしたら、書き間違いかもしれないぞ」
「そんなら、住所を調べてみればええじゃろ」

と辰馬が住所を入力し検索する。
最近は実際の場所の写真も出てくるのだから、見付からない事はないだろう、
4人揃ってパッドを覗きこむと、そこには1面の更地が表示されていた。牧場ならあり得るかもしれない。だが、草一本生えていそうにないそこは明らかに動物が飼われているような場所ではない。

「どういう事なんだ…?」
「そうだ、銀時!そのSNSに残っていないのか?」
「お、おおそうだな!ちょっと待ってくれ…」

それほどSNSは使わないので、すぐに見つかるはず…と探してみるがそれらしい物は見付からない。
スクロールしても甘味かパチか、ちょっとエッチなお姉さんの画像しか出てこない。

「全然出てこねーぞ」
「探し方が悪いのではないか?」
「それならワシが得意じゃき」

機械に強い辰馬が試しても結局それらしい物は見付からず、ただ爛れた生活を晒すだけになってしまった。

「銀時、お前は仮にも教師なんだからもう少しまともな生活をしたらどうだ?」
「学校ではちゃんと仕事してんだから、プライベートくらい好きにしていいだろうが!」
「しかし送り先も見付からんし、十四郎が何者かも分からんしのぉ」

何も浮かばず、歌っていると膝の上に居た十四郎がよいしょっとテーブルの上によじ登る。どうするのかと思い見守っていると、ホットプレートに寝転がった。

「じゅ〜じゅ〜」
「うわあああああああ!!!やめなさいっ!!!食わねぇから!!!どっかの○お兄さんじゃねぇから俺達!!もれなく全員汚れて穢れてっから!!!」

縁起でもないと持ち上げると、どこか十四郎は不満げな表情をしていた。だが、こんな可愛い子を食うなんてとてもじゃないが出来ない。

「まぁ、妥当なのは施設に預けるとかじゃねぇの?」

確かに子育てが出来るようなヤツはこの中には居ない。皆それぞれに仕事があり、不規則な生活をしている。

「それしかねぇのかな…」

出会ってまだ1時間程しか経っていないが、十四郎と離れたくないと思ってしまっている。
しかし、男の独り暮らしで子育て経験もない。しかるべき施設に預けて、里親を見付けるなりした方が十四郎の幸せに繋がるのではないだろうか。

興味無さげに高杉がぷにぷにと十四郎のほっぺをつつく。
それを不思議そうな顔で見詰める十四郎。そして、おもむろに小さな手を伸ばして、高杉の人差し指を掴み口に入れた。
十四郎は高杉の心境など知ってか知らずか、はむはむと甘噛みをしているようだ。
ピシッと固まる高杉。

(((あ、落ちた)))

「おい、てめぇら。コイツは俺達で育てるぞ」
「えっ?」
「なるほど!その手があったか!」
「それは名案じゃき!」

今、施設に預けようみたいな方向になってなかった。特に高杉。お前、メロメロになってない?気のせい?

「そうなると誰の家が一番いいだろうか?」
「俺は全国ツアーが控えてるな」
「ならワシじゃな」

辰馬は社長で多忙だが、金は持ってるから家政婦やベビーシッターも充分に雇える。家も広いからのびのび暮らせるだろう。

「よし、十四郎。ワシと来るがか?」
「やー」

ふるふると泣きそうな顔をしながら頭を振ると、とてとてとテーブルの上を歩き俺の方に駆け寄ってきた。
そして俺の腕をぎゅっと掴みもう一度「やー」と小さな頭をグリグリしながら、泣きそうな声で言った。

「これは金時で決まりじゃな」

満場一致。嫌だと言う幼子を無理矢理に引き離す事は誰にも出来ない。

「よし、じゃあうちの子になるか?十四郎?」
「パパ!」
「パパは皆だから、名前で呼んでみ?俺は"ぎんとき"」
「ぎん!」
「俺は小太郎だ」
「こた!」
「俺は晋助」
「しーすけ!」
「ワシは辰馬じゃ!」
「たつま!」

「「「「よくできました」」」」
「うー!」

子牛と4人の不思議な生活の始まり、始まり。

1/2ページ
スキ