拝啓、宇宙の果てのあなたへ



「星空が素敵ですね。もし、私たちが見上げているあの星にも誰かが住んでいたら素敵だと思いませんか?」
「それはすごい事ですね!」
「…素敵だと思います」
「住んでる訳ねーじゃん」
「私たちは広い宇宙の小さな存在でしかありませんよ。もしかしたら、あの星にも私たちと同じように、星空を見上げているかもしれません。今日は、あの星に住む誰かに手紙を書いてみましょう」

あの時に書いた手紙はどうしたっけ?書かずに紙飛行機にして何処かに飛ばしたのかも。


今見上げている星から恋文が届いたとしたら、それはなんて素敵な事なのでしょう。


拝啓、宇宙(そら)の果てのあなたへ



拝啓、お元気ですか?
地球は冬という季節になり、今年初めての雪が降りました。


※※※※※

郵便受けに1通の封筒が入っていた。
新聞やピザなんかのチラシと纏めて引っ付かんで、応接室のソファに腰を下ろした。
ひとまず、新聞のテレビ欄を確認してスーパーのチラシをチェックする。今日はトイレットペーパーが安いけれど、お一人様一つまでたがら、新八と神楽を連れて行こう。
それが終わったらハガキや封筒を開けていく。
ただのDMだったりお礼のハガキだったり、DMはよまずにゴミ箱へ。お礼のハガキにはしっかり目を通す。万事屋銀ちゃんという何でも屋をやっているからか、依頼者からのハガキが月に何通か届く。
「元気にしています」「ありがとう」
訳ありだったり、夢があったり事情は様々だけれど、ありがとうと言われるのはやはり嬉しい。
一度限りの依頼人もいれば、何度も依頼をしてくれる人もいる。一期一会。一生の内に一度限りでも、その人の人生に関わったというのは、なんとも不思議な気持ちになる。

「なんだこりゃ?」

1つのなんの変哲もない白い封筒があった。
宛名は見たことのない、文字らしき物が書かれている。
引っくり返してみると、差出人の欄にも同じようや文字が書かれていた。
イタズラかもしれない。だけれど、丁寧に封をされたこの封筒がイタズラのようには思えなかった。

数年前、日本は宇宙と国交を結んだ。
突然、丸い円盤が江戸城に降り立ったかと思うと、中から生命体が降りてきた。自分達地球人とは似ているけれど、どこか違う。そして「我々は宇宙から来た。あなたたちに危害を加えるつもりはない。我々と国交を結んでくれないか」と言った。
始めは、国を二分するかのような大論争となり戦争寸前までいった。
当たり前だ。宇宙人と急に言われても信じられない。受け入れて発展させたい人間と排除しようとする人間の真っ二つだ。
それをじっくり一年程かけてお互いに歩みより、国交を結ぶ事となった。
まずはその星とその星と同盟を結んでいた5つの星。翌年にさらに5つの星と、年々国交を広げていき。今では100を越える多くの星々との国交を結んでいる。
初めて国交を結んだ日は祝日となり、宇宙人は総じて天人と呼ばれている。
天人のもたらした技術は国を大いに発展させた。それまで地上を移動する方法は、徒歩か籠か馬くらいしかなかったのに、今や車がそこら中を走り回り、新幹線が通り数日かかった道のりを僅か数時間にまで縮めた。
空には飛行機や宇宙船が飛び、木造だった店は巨大なビルに。家庭にもテレビ、洗濯機、冷蔵庫は当たり前。どんなに遠く離れている家族ともいつでも話ができる電話は小型化されて、ポケットに入る。
甘味も種類が増えた。甘味といえばあんこだったのに、パフェやパンケーキにクッキー。コンビニに入れば毎日のように新作のスイーツが並び、天人が来てくれてこんなに嬉しい事はないと思った。

そんな宇宙の果ては未だ誰も知らないのだという。
半年に1度は新しい星が見つかったというニュースが出るが、今では誰も気に止めなくなる程だ。
だから、自分が知らない星も言語も当たり前にある。
ならば、この読めない言語はどこか知らない星のものだろうか。だが、このような封筒を貰う心当たりがとんと思い付かない。
自国の言語に自動的に変換される自動翻訳機は一家に一台はある。万事屋も地球人、天人と分け隔てなく依頼を受けているので、政府から無償で配布されたこれは非常に助かっている。
喋るだけでなく、文字も翻訳される大変便利な機械だ。もうこれがなくては、社会が回らない程になっている。
ひとまず、それを便箋にかざしてみたがどうも未登録の言語のようでエラーが出てしまった。
しかし、なぜ未登録の言語の封筒がここに届いたのだろうが。
間違って届いてしまったなら、郵便局に持って行くか相手に違う事を伝えたい。
本来ならそうすべきである。だが、なぜだか無性にこの封筒の中身が気になった。見てはいけない。だが、もしかしたら中に差出人のヒントが入っているかもしれない。いやいやいや、人の物を勝手に見るなんてよくないよ?常識だよ?けど、このままじゃ宛先どころか差出人にも返せないよ?

これは親切だと苦しい言い訳を自分にして、できるだけ丁寧に丁寧に封を開けた。幸いどこにでもあるような白い封筒だ。似た物で代用できるだろう。問題は上手く文字を再現できるかどうかだ。

封は綺麗に開いた。糊付けすれば開けたかどうかは分からなと思う。自分の器用さに感謝したい。

「なんだこりゃ?」

封筒の中に入っていた便箋の文字はやっぱり読めなかった。けれど、これがちゃんとした文字である可能性は高くなった。子供には難しそうだし、大人がやるにはなんの得にもならない。自分が読める字で、例えば督促状なんてタイトルが付いていたら騙されていたかもしれない。
もう一度翻訳機を翳してみるも、やはりエラーが出る。新しく見つかった星の言語なら早ければ1ヶ月長ければ半年程で登録されるだろう。
それまで待てばいい、普通なら。
ただ、この封筒は普通でない。不明な言語がここに届くはずはないし、地球に知り合いがいるとも思えない。
そして、一番の理由。…全く褒められた事ではないが、なんと書いてあるのか気になってしまった。
他人が書いた手紙を勝手に読んではいけない。だが、読めば正しい相手に届けるには読む以外の方法が思い付かない。
どうしようか。天使と悪魔が囁くとはこういう事か。うんうんと唸ったのち、受話器を取った。

「お〜金時!おんしから電話とは珍しいのぉ」
「おい、辰馬。調べて欲しい事があんだけどよ」
「なんじゃ?」
「間違って手紙が届いたんだけど、知らねぇ文字だから返せねぇんだよ」
「読めん文字…したら最近、発見された惑星かのぉ。ちょうど地球に帰るつもりじゃったから、2〜3日待ってくれ」
「おぅ、頼むわ」

辰馬に電話が繋がるかすら五分五分だったが、タイミングよく地球に戻ってくるのもありがたい。
旧式の黒電話しかなく、パソコンもなければスマホも持っていないため、画像でのやり取りは出来ない。しかも、調べて欲しいのは文字だ。それこそ、口答ではわかるはずもない。
辰馬は商人故に、情報は早い。情報の速さ、正確さで商売は決まる。なら、ある程度この文字の情報を持っている可能性がある。
ひとまず、その封筒は机の引き出しに仕舞い辰馬からの連絡を待つ事にした。




「金時ー!久しぶりじゃのぉ!」
「だから金時じゃねぇって言ってんだろバカ!!」
「あっはっはっ!そがな細かい事は気にするな!!
「あぁもういいわ。で、どうなんだよ字の方は」
「おお、忘れとった!どれ、ちくっと見し
てみぃ」

封筒を渡すと辰馬は自動翻訳機を取り出した。無償で配布される物よりも高性能だ。

「やはり、数ヶ月前に見つかった星のものじゃの。もうこの先には何もない、と言われていた先の宇宙で見つかってな。宇宙の果てとも、奇跡の星とも言われちょる」

数ヶ月前、ワームホールに飲まれた宇宙船が運良くその星にたどり着いたのだという。
ワームホールは飲まれると何処に繋がっているか分からない。運が悪ければ何もない場所に放り出されたり、全く別の時代に放り出されるとも言われている。そういった事故は少なくなってきているが、突発的に発生する事もあり年に数回は起きているらしい。
今回は幸運にもその星に不時着した。さらに生命があり文明も発展していた。流石に言葉までは分からなかったが、どうにか宇宙船を修理し救助を求めた。そこで、その星が何もないとされていた宇宙のその先の星だと分かったのだ。

救助ルートが確率するまでに一月ほどかかったが、無事に救助された。同時に宇宙の果てを発見した、と大きな話題にもなった。連日ニュースにもなっていたらしいが、ニュースは天気予報と星座占いしか見ていない。あとは見るとしても、ドラマの再放送とかバラエティくらいのものだ。見落として当然だろう。

「宇宙の果てな〜そりゃあ、字が読めなくても当たり前か」
「で、なんて書いてあるかはええか?」
「いる、いる!気になって仕方ねぇんだよ!」
「読み上げるから待っちょれ…まぁ簡単に言うと…

『初めまして。先日、この星が最果ての星だと知りました。理由はよくわかりませんが、手紙を書くことになりました。恐らく、異星との交流のためでしょう。といっても手紙って何を書けばいいんでしょうか?よかったら返事をください』

…こんな所じゃ」

「はっ?」

もっと大切な内容を想像していたせいか拍子抜けした。人様の手紙に期待するのもおかしな話ではあるが。
書いた本人でさえ、目的もわからずとりあえず書きました、と書いてある。これで、どう返事をしろというのだろう。たぶん、嫌々書かされたとかそんな所だろう。

「まぁ、これも何かの縁じゃ。返事を書いてやるのがええ」
「返事ねぇ…」

手紙なんてガキの頃に先生に書かされたくらいだろうか。ものぐさな自分は江戸に出て来てから便りの1つも出していない。今は、電話もあるし連絡が取りたければすぐに取れるから、わざわざ手紙を出す必要性も感じないし。

辰馬から便箋を受け取り、その読めない字を眺めた。
何と書いてあるかはやっぱりわからなかったが、綺麗な字だと思った。


[newpage]



拝見、僕は元気です。
僕が生まれたこの星には四季というものはありません。想像することしかできませんが、それはとても素晴らしいものなのでしょう。
一度、桜の花を見てみたいです。きっと、その光景を一生忘れる事はないでしょう。


※※※※※

返事が来た。
受け取ったハガキの中に、読めないけれど知っている文字があった。
居間に急いで戻り封を開ける。引き出しから、自動翻訳機を取り出して翳す。アップデートされたおかげで、自分で翻訳が出来るようになった。精度はまだそれほど良くないようだが、多少おかしくとも文字を読み取って、補完すればいい。

『お返事ありがとうございます。まさか、返事が返ってくるとは思わず、驚きました。……本当は面倒な事をさせられた、と思っていたのですがいざ返事が来てみると嬉しくなってしまいました。』

ザッと訳すとこんな所だ。これといった内容はなかったが、またこうして手紙が送られてきた事が嬉しい。わざわざお礼の手紙を出す辺り、随分と真面目な人間なのだろう。

ここで終わってもよかった。
だが、返事を書きたいと思ってしまった。
内容は全く思い付かないのだが、ここで途切れさせてしまいたくない、と思った。
とにかく何かを書くためにひとまず便箋と封筒を買いに行く事にした。

「銀ちゃん、何やってるアルか?」

あれこれ考えたが思い付かず、頭を悩ませている所に神楽が帰ってきた。
ウザイとかなんやかんや言いながらも、毎月父親に手紙を出している彼女に聞くのがいいかもしれない。

「神楽、手紙ってなんて書いてんだ?」
「パピーへのか?そうアルな…こんな事があったとか、ご飯がおいしかったとか、銀ちゃんの足が臭かった…とかネ」
「そんなもんなのか?」
「そんなもんヨ。悩んでるなら、自分の事とかどんな所に住んでるとかでもいいと思うアル」

確かに手紙の話題としてはいいかもしれない。最果ての星に住んでいるという相手に興味がある。
顔も名前も何も知らない。それを知りたいと思った。なら、まずは自分の事を書けば、相手も答えてくれるかもしれない。相手は返事が来ると思っていないだろうが、もしかすれば…真面目な人間だ。律儀に返事を書いてくれる可能もある。

「ありがとな神楽」
「酢こんぶ一箱でいいヨ」
「たくっ…わーったよ、明日買い物に行く時な」
「やったアル!」

酢こんぶのご褒美に喜ぶ神楽を横目に真っ白な便箋に向かう。まずは、自分の名前とかぶき町のこと。新八や神楽の事も書こう。
それから…あなたの事も教えてくださいませんか、と。

※※※※※

「はぁっ!?こんなにすんの!?」

ようやく書き上げた手紙を持って郵便局に向かい、提示された送料に目を剥いた。
数百円程度だと高をくくっていたら、ゼロが多かった。2個ほど。
「ぼったくりだ!」と思ったが、地球からその星まで途方もない距離があり、未開発に近いため危険地帯も多い。距離や危険手当てやら、その他諸々を合わせるとこの金額になる、という事だ。
細かく説明されると納得せざるを得ない。そりゃ、このくらいの金額じゃないと割に合わないよね。
前回の返事は辰馬の知り合いが、その星に行くからついでに、という話だったので送料はかからなかったので、思い切り失念していた。
辰馬に頼めば何か伝があるかもしれないが、常に地球の近くに居る訳ではないし、通信さえ出来ない場所に居る可能性もある。それに何度も借りを作るのもなんだか気が引ける。後から副官に請求されたくもない。
普通ならば諦める所だろうが、どうにも諦められない。出費としたら痛い額ではあるが、稼げない額ではない。頑張って働けばその分、収入があるのが万事屋のいい所だ。仕事がないと家賃どころか、明日のご飯すら危うくもあるが。

今すぐにでも出したい、所ではあるがまずは金を稼ぐ所から始めよう。手紙を懐にしまい、依頼の確認のためにひとまず万事屋に戻る事にした。

※※※※※

依頼を終えて万事屋に帰ってくると、電話が鳴った。朝から夕方までずっと働き詰めだったから緊急以外の依頼は明日以降にしてもらおう。

「はい、万事屋銀ちゃん」
「お、金時か!元気にしちゅうか?」
「金時じゃねぇっつてんだろ!用がないなら、切るぞ」
「用ならある!手紙がどうなったか気になっての」
「律儀に返事が返ってきたぜ。…でよ、なんか俺も返事書きてぇなぁ…って思って持っていったら送料が…な…ははっ」
「まぁ、宇宙の端と端みたいなもんじゃき。まだ未開発で危険地帯も多いし、当然じゃ。まだ送っとらんか?」
「送料稼ぐまで無理」
「なら、ワシの通信端末を送るきに、使うとええ。メール専用の少し型の古い物じゃが、充分に使えるものじゃき」
「マジか!恩にきるぜ!」
「恋路を応援するのも友の務めじゃからの!あーおりょうちゃんに会いたくなってきた!!」
「恋路ってどういう意味だ!相手の名前も顔も何にも知らねぇんだぞ!」
「ものぐさなお前が、仕事してまで送りたいんじゃろ?恋の始まりとはそういうものぜよ。おーい!陸奥!ちょっと、おりょうちゃんに会いに地球に行ってく…ぎゃああああああ!!」

辰馬の断末魔を最後に通話が切れた。
あの、バカ何が恋だ。ただ、ちょっとここで終わらせたくないと思っただけだ。
顔も名前も性別も。どんな声をしているとか、好きな食べ物は何かとかそういうのを知らないのが、なんだか寂しいと思ってしまっただけだ。
恋とかそういうもんじゃねで。
ただ、知りたいと思ってしまっただけなんだ。



拝啓、お元気ですか?
梅雨に入り頭が爆発しているのを見て神楽が指を指して笑ってきます。

※※※※※

あの電話から2週間後、ぼろぼろ気味な辰馬が万事屋にやってきた。

「いやぁ、おなごとまっこと難しいぜよ。あっはっはっはっ!!」

十中八九、副官の陸奥とキャバ嬢のおりょうにボコボコにされたのだろう。全く懲りない男である。

「んで、何しに来たんだよ?これから仕事しに行くんだよ」
「あれじゃ!通信端末、持ってきたぜよ!!」
「それを早く言えよ!」

辰馬から受け取った箱は思っていたよりも小さい。
タブレット型と呼ばれるそれは、型落ちと言ってもまだまだ新しい部類に入る。
「機能があり過ぎて、覚えられそうにない」と言えば「通話とメールしか出来ない金時でも扱えそうな物を持ってきた」と言ってきたのでお礼に顔面にグーパンをお見舞いしておいた。


初めてのメールは変換が上手く出来ずに、暗号みたいになった。時々ひらがな、意味のない漢字。謎の予測変換。若い子ってすげぇのな、すぐこういうの使いこなすじゃん。訳も分からずに送信ボタンを押してしまって頭を抱えた。絶対になんだコレってなる。読めねぇ、訳わかんねぇって、返事が返ってこないやつだ。
自動翻訳も上手く働くかわからない。だって、元々の文章がおかしいんだもん。

それから、2週間後になんと返事が来た。
画面には『受信』の文字。アドレスを知っているのは、辰馬ともう1人しかいない。
メール1つ開くのに、心臓がバクバクして手が震える。たぶん人生で一番緊張していると思う。
メールを開くと知らないアドレス。
件名には『お返事ありがとうございます』の文字。
問題は本文だ。いきなり、無理です、なんて拒否の言葉が綴られているかもしれない。そうなったら、暫く立ち直れない。Sは打たれ弱いんだもの。

『お返事ありがとうございます。またお返事を頂けるとは思わず、驚きましたが同時に嬉しく思いました。
私自身も、ここで終わってしまうのは勿体ないような気がしていましたので、私などでよければ話相手になって頂けますと嬉しいです』

「よっしゃあーー!!!!!」
「うるせぇぞ、クソ天パ!!!」

嬉しさに叫び過ぎて下のババアから苦情がきた。下から声が聞こえるとか、どんな声量してんだよ。
あまり騒ぎすぎると、追い出されかねないので、ここは大人しくしてくのが得策だ。次にやったら、確実に乗り込んできて、家賃まで回収されてしまう。

『メールはあまり使わないので、ちゃんと打てていますでしょうか?機械にはうとく、恥ずかしい限りです。
なれない機械に四苦八苦しながら調べると、あなたの言葉は日本語というのでしょうか?とても難しいですが、興味深く思います』

たぶん、難しくしたの俺の誤変換のせい。フォローに涙が出る。

『27歳で、警察の仕事をしています』

同い年か。公務員なら律儀な性格やきっちりとした文面にも納得できる。

文章を食い入るように何度も何度も読み返す。
内容は他愛もない自己紹介でしかないのに、一文字一文字が宝石だとかそういった貴重でキラキラした物のように見えないてくる。

『よかったら、あなたのことも教えて貰えないでしょうか?お返事楽しみにしております



土方 十四朗』

「土方十四朗…」

文章の最後に綴られた五文字。
気付かないうちに声に出ていた。

「土方十四朗」

もう一度呟く。
胸がキュウキュウしてポカポカして、たった五文字の呪文で魔法にでも掛けられたような気分になる。
先生や新八や神楽たちに抱く感情とは違うよくわからないもの。

先生、あなたの言っていた事は正しかったみたいです。見上げた星空のどこかの星にも生物は居ました。そして、確かにあの時、紙飛行機になった手紙は届いたようです。



拝啓、僕は元気です。
先日、流星群を見ました。地球でも見えると聞きました。同じ空を見上げているのでしょうか。

※※※※※

それからというもの、土方とメールをするようになった。同い年なのに敬語なのも変だと思ったが、いざ文にしてみるとなんだか変な感じがする。向こうもそう思っていたようで、書きやすいならこのままで、という事になった。

彼は最果ての星に住んでいて、27歳で、警察官を幼馴染とやっている。しかもそこの副長らしい。タバコとマヨネーズがかかせなくて、映画を見るのが好き。星には季節というものがなく、色とりどりの花を見た事がない。太陽はあるけれど、少し薄暗くて肌寒いけれど、過ごしやすいということ。
鉄とか岩とかがその辺にゴロゴロしている。元々、機械や電気はあったが他の星の天人の文化や科学レベルには驚いたこと。

そこから始まり、最近あった事だとかたまに愚痴なんかも。
返事が来るのが楽しみになった。といっても、すぐに返ってくる訳ではない。向こうは多忙なのもあるが、遠く離れた星だ。それに地球も向こうも未だに発展途上。発達した他の星には遠く及ばない。
果ての星に他の星との通信手段が出来たのは、ほんの少し前だ。そこからいくつかの基地を中継してようやく届く。早ければ2,3日程度。通信障害が起きれば1週間近くかかることだってある。
一度、音声通話を試みた事があるが、遠すぎて殆ど声が聞こえなかった。聞こえたとしても、何日前の声かも分からないし、声が遅れて聞こえるどころじゃない。
そんな訳で、毎日受信BOXのチェックはかかさない。今日は届くか、明日なら届くかとワクワクしてしまう。落胆する事もあるが、土方の『仕事がんばれよ』という言葉にやる気が出るし、『大丈夫か?無理すんなよ』という言葉に心が温かくなる。

やる気を見せる銀時に新八と神楽も喜んだ。家賃も払えるし、ご飯もちゃんと食べられる。
食卓を囲む時には必ずと言っていいほど、土方の名前が上がる。

「どんな人なんだろうか」「会ったらまず、『銀さん更正させてくれてありがとう』って言わないとね」「酢こんぶ食べたことあるかな?特別に分けてあげるネ!」

ここには居ないけれど、いつしかもう1人の家族のような存在になっていた。

※※※※※

「銀ちゃん、トシからのメールアルか?」

"トシ"というのは神楽が勝手に呼び出した土方のニックネームだ。それを話したら、実際に呼ばれているらしい。

「さっき、返事が来てよ。この前、花見したろ?その話を書いたんだ。けどよ、土方は花を見た事がねぇからいまいち伝わらなくてよ」
「じゃあ、花を送ったらいいネ!」
「はぁ!?手紙送るだけで万取られるんだぞ!?んなもん送ったら、いくらかかるか分からねぇよ!」
「銀ちゃんはバカアルか?押し花にすればいいヨ!」
「押し花か…!」
「みよちゃんと一緒に押し花で栞を作ったネ。私もトシにプレゼントしたいアル」
「なら、写真もいいんじゃないですか?」
「おお!新八のクセにいい事言うアル!」
「姉上に頼んでお店のカメラを借りてもらいますんで、桜が散る前に撮りに行きましょう」
「よし!そうと決まれば、まずは押し花用の花を探すぞ!」
「「おー!」」


※※※※※

定春の散歩コースである河原に行くと、小さいながらも様々な花が咲いている。小さくともいくつか集めれば立派なものだ。

「銀ちゃーん!!四つ葉見つけたアル!!」
「でかした神楽!」
「それも押し花にしちゃいましょう」

幸運のしるしである四つ葉を見つけたのはラッキーだ。それをしっかり書いておかなければ、ただの葉っぱだと思われては困る。性格的に捨てる事はないだろうが、首は捻られるだろう。

「おや、坂田さんこんにちは。何をされてるんですか?」

その声に後ろを振り替えれば、そこには隣の屁怒呂さん。1人か2人はこの世から消してしまっていそうな、風貌をしているがこれでも花屋である。
花も小さな命にも優しい彼に、花を摘んでいたなどとバレてしまったら、こちらの命が摘ままれてしまう。

「「「せーの…すみませんでしたああああ!!!」」」


※※※※※

「急に謝るから…ぐすっ、何かと思うじゃないですか…ぐすっ。遠い星のお友達に…ぐすぐす…花を贈りたい…ずびっ…なんて素敵じゃないですか…!!」

決死の覚悟の土下座をし、命だけはと花を詰んでいた理由を話すと彼は号泣しだした。泣いた顔も非常に怖い。

「僕もお手伝いしますから、欲しい花があったらいつでも言ってくださいね!」

喜んでいいのか、それとも悲しんでいいのか。
商品として出せなくなった花を無償で譲ってくれるというのだ。欲しい花があるなら、取り寄せるとも。
真面目に働くようになったとは言え、安定した収入が得られる訳ではない。正直な所、この申し出はありがたい。自分達で探せる花は限界もあるし、どうせなら色んな花を見せてやりたい。

「ありがとな。色んな花を見せてやりたいんだ」
「こちらこそお手伝いが出来て嬉しいですよ!」

ぎゅっと、力強く屁怒呂に握られた両手は派手な音を立てて折れた。

※※※※※

それから3日後。
フィルムは自分達で用意するのを条件に、お妙からカメラを借りる事ができた。
せっかくだからとお弁当も作った。いつもなら起きるのが遅い神楽でさえ早起きだ。定春も楽しそうに見える。

青い空に桃色の桜がよく映える。
少し葉が混じってきているが、それでも充分に綺麗だった。神楽が「桜も押し花にするネ」と言ったのにすぐ賛同した。流石に枝についている花を拝借するのは気が引けたので、落ちている中から綺麗なものを集めていった。

「トシ、喜ぶかな!?私もトシに手紙書いていいアルか!?」
「僕もいいですか?」
「みんなで書こうぜ。絶対に喜ぶよ」

帰りにフィルムを預けた後、文房具店に寄って封筒と便箋を買った。
神楽に「ペンも欲しい!」とねだられたので、同じようにそれぞれ買った。

このままでは分厚い手紙になってしまいそうだ。
きっと土方なら驚きながらも、全部読んでくれるに違いない。
書きたい事はたくさんある。
さて、何から書こうか。



はいけい、お元気ですか?
やきいもがおいしかったです。

※※※※※

『手紙に押し花に写真もありがとうございます。手紙は何度も繰り返し読みました。花とはこんなにもたくさんの色があるのですね。私の星にこういった色は少ないです。押し花の栞に年甲斐もなくはしゃいでしまって、見せびらかしてしまった程です。いくつかは額に飾ってみました。四ツ葉のクローバーの栞は使っています。
大した物ではないですが、こちらの星のお守りを一緒に同封しました。あなた達にも幸運が訪れますように』

土方からの手紙に新八と神楽は声を上げて喜んだ。神楽なんて飛び跳ねて喜ぶので、床がギシギシと音を立てている。
白い封筒の中にはお守りが3つ。それぞれ、白と青と赤い色の紐につるりとした丸い石がついていた。
何の変哲もない小さな石だけど、貴重な物らしい。不思議な色合いのその石はその辺りに転がっている、石とは全く違った。
適当な石だとしてと、土方からの贈り物なら喜んでいただろうけど。

さっそく、お礼のメールを送る。大きな仕事がある、と書いてあったから返事は少しかかるかもしれない。

花を贈る度に土方からもお礼が贈られるようになった。
『俺の星、何にもなくて悪いな』と毎回悩んでいるようだが、本人も楽しんでいるようだ。小さいけれど、宝石が贈られてきた時には『こんなに高価な物は申し訳なさすぎて困る』と返事すれば『そんなもんどこにでも転がってるぞ』と星が違えば価値観もこんなに違うのかと驚いたものだった。

そんな生活も気がつけば2年にもなり、文通を初めて2度目の桜が咲いた。
2年も経てば、新八も神楽も大人と言っていい程に成長した。
その2年で銀時もコツコツと貯金をした。大きな金額ではないが、貯金なし、家賃も滞納していた頃よりはマシだろう。
送料も勿論だが、一番おおきいのは実際に土方に会いたいと思ったからだ。
親交が深まり友人でもあり家族でもあるような、土方に会いたいと思うようになるのは必然の事だ。
そして、いつか来る日のために貯金を始めたのだ。

いくら宇宙旅行が出来るようになった、といえどまだまだ庶民にとって気軽に行ける金額ではない。それでも、開国当初よりは幾分か安くなったし、パック旅行なんかも人気がある。
しかし行こうとしているのは最果ての星だ。数十万やそこらじゃ収まるはずがない。開発が進めば送料も旅行費用も安くすむ可能性もあったが、それも打ち砕かれてしまった。

正直なところ、その星には全く"うまみ"がなかった。
鉱物は豊富にあるが、質は平均的。宝石も取れるがやっぱり平均的。観光地のような物も特にない。特別なにかある、ということもない。良く言えば、至って普通。悪く言えば、何もない。
辿り着くには危険地帯が多い。
苦労して辿り着いた所で、得られるものがあまりない。
他の星の技術を受け入れないとか排除しよう、という事はなかった。むしろ、好意的に受け入れていた。便利な物や技術はむしろ積極的に受け入れた方だ。現に土方も生活が様変わりした、と言っていたし。マヨネーズに大ハマリしているらしい。
だが、そこに住む人々の気質なのか、それ以上を望まない。衣食住があって、生活が出来れば充分。大きな発展はなくとも幸せであればそれでいい。
そんな考えが合わない者も勿論いて、これはチャンスと外に出ていった者も居る。だが、極わずかだったそうだ。

始めの内は、政府の高官や商人やらが星に行ったが、同盟や技術提供あたりで終わってしまったらしい。数億という莫大な金を使って安全な航路やターミナルを建設した所で、得られる物は100分の1とかそんなもの。
なので、物好き以外は早々に興味を失ってしまったのだ。

そうなると、宇宙に行くには当たり前だが宇宙船が必要になる。
そして、その星は最果てにある。この先には何もない、と言われていた宇宙の最果てだ。
一番近くの星から最新式の宇宙船で全速力で行っても1ヶ月近くはかかる。
星間ワープという方法がなくもない。だがこれは、新しい技術であり使える星は限られている。うちはだって星間ワープが出来るものでなければ無理だ。設備も技術も必要だ。ボタン一つで誰でも出来る、なんて事はない。
それに、タダで使える分けでもない。当たり前に距離に応じた通交料金が発生する。
宇宙船の操縦だって人員を雇うなら、金がいる。オート操作が出来る宇宙船を用意できるなら必要ないが、最新式かつ星間ワープ可能でフルオート操作のできる宇宙船となればその金額はとても一般人の手のだせる額ではない。
星間ワープの通交料金、燃料費、食費、その他もろもろ…その額を合わせると銀時が1日も休まずに300年程働けば稼げるかな?という金額だった。
その星まで一瞬で行けるような技術でも開発されれば、多少は違うかもしれないが現状ではそれこそ夢物語だ。
よって、そこそこの小型宇宙船を買い、ワープも使わず、自力で操縦し、路銀が少なくなったらどこかの星で働き稼いでからまた旅立つ、というのが安上がりかつ最短で辿り着く方法である。

ダメ元で民間の企業や個人の資本家などに宇宙船を出して欲しい、出資をして欲しいと直談判してみたが、どれも鼻で笑わるか、相手にもされない。
万事屋という怪しい自営業の男が、果ての星まで文通相手に会いに行きたい、という話に付き合う程、暇でもないし酔狂でもない。
どこからか嗅ぎ付けてきた、テレビ局が密着取材という名目で交渉してきたが、きっぱりと断った。
俺と土方の文通をバラエティだとかで面白おかしくされて、汚されるなんて真っ平御免だ。

そうなると必然的に宇宙船のあては辰馬しかいなくなる。世話になりっぱなしで、申し訳なくもあるが自分で作るなんて、到底無理だし、宇宙船の良し悪しも値段なんかもさっぱりだ。操縦の仕方だって、普通免許で出来るとは思わない。背に腹は変えられぬと、連絡を取る事にした。



拝啓、僕は元気です。

土方死ね

お前が死ね
(便箋には焦げ跡がある)


※※※※※※

銀時の話を聞いて、流石の辰馬も渋った。
友の恋路は応援したいし、もしその時がくれば快く宇宙船を出してやるつもりだった。
しかし、予想に反して最果ての星への航路は整備されず、危険なままだ。全く出入りがないという訳ではないが、普通の航行よりも何倍も危険な事に変わりがない。

操縦するパイロットだって付けてやりたい。
しかし、今の時点で必ず辿り着けるかの保証もどのくらいか時間が必要かも分からない。自分が着いいってやりたいが、快援隊
の長が長期間不在という訳にもいかない。
それでも銀時は引かなかった。一度決めた事は絶対に守り抜く男だからだ。
だから、辰馬は銀時を信頼している。そんな友を失いたくないとも。
そこで、辰馬は1年待てという条件を付けた。
その間に、安全な航路が見つかる可能性や今よりも安全な方法が見つかるかもしれない。
それと同時に宇宙船の操縦や生活の仕方、宇宙でのルールや翻訳機が使えない場合も考えて必要最低限の言語を叩き込む。
それらの条件を飲むのなら、最高の宇宙船を用意する、と。

「わかった。頼む」

珍しく頭を下げた銀時の目には迷いはなかった。





拝啓、お元気ですか?
みんなありがとう。


※※※※※

文通を始めて江戸に3度目の桜が咲いた。
今日は、万事屋だけでなくお登勢やお妙に長谷川さんなど、世話になった人達と花見をした。
朝から長谷川さんが場所取りをし、夜桜になるまで騒ぎに騒いだ。
流石に新八も神楽もぐったりで、早々に夢の世界へと旅立ってしまった。

最果ての星はというと、相変わらずだった。
1年の間に別の星が見つかり、そこでは金が出ると話題で観光地としても有名になり、多くの天人が毎日訪れている。
最果ての星、と聞いてどのくらいの人が覚えているだろう。もうとっくに新しい話題にとって変わられてしまっていた。
それでも、今も変わらずに土方はそこに居るのだから、銀時にとってはそれだけでよかった。

辰馬によって与えられた1年の間に、宇宙船の操縦から必要な事を全て叩き込まれた。
思っていたよりもスパルタだったが諦める訳にはいかなかった。生きて辿り着かねば意味がないのだから、少しでも生きる確率を上げる。それが辰馬なりの応援だった。
仕事だって、当たり前にあるのだから休む暇などなかった。少しでも金を貯めておきたい。航行の費用でもあり、残していく2人の為にも。

一緒に行ければどんなによかっただろうか。2人だって土方に会いたいと思っている。
しかし、危険な旅で2人の命を散らすことはしたくなかった。

その事には新八も神楽も気が付いていたようだった。1年前のあの日に2人にちゃんと話した。
「一緒に連れていって」と言うのを堪えて「行ってこい」と背中を押してくれた。

2日後に江戸を旅立つ。
今日の花見は銀時への餞のようなものだ。
帰ってこれるかどうか、そもそも無事に辿り着けるかどうかもわからない。
皆、終始笑顔であったがきっと泣かせてしまったに違いない。
皆の為にも、必ず土方に会わなければならない。

社長机の引き出しを開ける。
そこには便箋と封筒が仕舞われている。
まずは、新八と神楽に。そして、お登勢にも。先生と、桂に高杉と辰馬。
いざ、書くとなると何を書けばいいか分からないが、思い付くままに綴っていった。

「さようなら」とは言いたくないから「またな」と書いた。


※※※※※

「ちゃんと手紙書くアルよ!歯磨きと、ご飯もちゃんと食べるアルよ!それから」
「だーっ!もう、オメェはかーちゃんかよ!」
「まぁまぁ、神楽ちゃんも心配してるんですって」
「誰がこんなマダオ心配してるネ!さっさと行くヨロシ!」
「へーへー。じゃ、行ってくるわ。元気にやるんだぞ」
「行ってらっしゃい、銀さん」
「行ってらっしゃい、銀ちゃん」


青い空に坂本の宇宙船が昇っていくのが見えた。
途中までは、坂本が送っていくと言っていたからそこまでは安心していいだろう。

「銀ちゃん…行っちゃったアルな」
「うん。無事に土方さんに会えるといいね」
「銀ちゃん…大丈夫だよネ…?きっとトシに会えるよネ…?」
「大丈夫だよ…銀さんなら…ほら、神楽ちゃん…泣かないって決めた…でしょ…笑顔で…銀さんを見送ろう…って…」
「しん…ぱち…うわああああああん!!ぎんちゃーーん!!」
「かぐ…らちゃ…ぐすっ…ぎんさああああん!!」


桜の花びらが青い空に吸い込まれるように舞い上がっていった。




拝見、お元気でしょうか?
僕は元気に過ごしています。早くあなたに触れたいと、毎日のように考えています。あなたの事を考えるだけで、ムラムラします。僕の息子は元気どころか暴れん坊将軍です。頭の中のあなたは大変エロエ(便箋はここで破れている)




拝啓、お元気ですか?
ついにメール機能がイカレました。当時は最新でも今では年代ものですね。手紙を書いたので、立ち寄った星で配達をお願いしたのですが、無事に届いているでしょうか?不安でたまりません。送料いくら払ったと思うんだ。届いてなかったら、あのオッサン許さねぇから。

早くあなたに会いたいです。


忘れられてたら、どうしよう………












拝啓、…
なぜ届かない便りを待ち続けているのでしょうか。
苦しい。なぜ、戯れに手紙など出してしまったのでしょう。今はただそればかりです。




拝見、お元気でしょうか?
あなたの髪の銀色をこの目で見たいと、この手で触れたいと願ってしまったのは過ぎたことなのでしょうか。

※※※※※


「副長、お疲れ様でした」

60歳になり無事に定年を迎えた。

回りのやつらの殆どは相手を見つけ、孫までいるというのに結局自分は1人身のままになってしまった。
文通相手の事がどうしても心から離れなかった。
縁談や気になった異性がいなかった訳ではない。だが、その度に手紙の相手が頭を過るのだ。会ったこともない、しかも同性相手。不毛だと思った。何度も想いを絶ち切ろうとした。その度に、狙ったかのように手紙が届くのだ。

しかし、始めのうちは週に1度は届いていたのに、それが1月に1度、半年に1度、1年に1度と次第に間隔があくようになっていた。そしてついに途絶えた。
年頃の男なら家族を持ったのだろう。会ったこともない、見知らぬ文通相手よりも毎日顔を合わせる自分の家族の方が大切だろう。これでよかったのだ。
それでもまだ、届いた手紙を捨てられないままでいる。
新しい住所を伝えないままに、引っ越せば手紙は届かなくなる。アドレスも変えてしまえば、メールも届かなくなる。
届くはずがないと分かっていても、郵便受けと受信フォルダを日に何度も確認してしまう。
諦めよう、絶ち切ろうとするけれど、心がそれを許してくれないのだ。
何十年と繰り返すうちに、手紙が届くことへの期待も空っぽの郵便受けを確認するのも、どうすることも出来ないと諦めてしまった。

自動翻訳機があれば必要などないのに、男の使う言葉が知りたくて、江戸で使われているという日本語の本まで取り寄せてしまった。価格の何倍もの送料をかけて。少しでも男の事を知りたくて、ボロボロになって読めなくなるまで何度も何度ページをめくった。
手紙の文字を指でなぞる。なぞりすぎて、消えてしまった字もある。
季節が変わると届けられた押し花のしおりも捨てられず大切にしまってある。
男の返事がなければ、花など一生知ることもなく死んでいたろうに。こんなにも美しいものがあるなどと、知りたくなかった。こんなにも醜い感情があるのだと、知りたくなかった。


呼び鈴が鳴った。訪ねてくる者など見当が付かない。屯所に何か忘れ物でもしていたのだろうか。

ドアを開けると見知らぬ男が立っていた。
年の頃は自分と同じくらいだろうか。
真っ白な頭をしていた。所々、白ではない色が混じってキラキラして見えたのは錯覚だろう。

「あ、あの!土方十四郎さんでしょうか。俺は坂田銀時といいます…!本当はもっと早く着くはずだったんだけど、宇宙船が壊れたりしちまって…乗った当時は結構新しかったんだよ!?けど、流石に30年近くのってるとあちこちガタが来ちまって…会いにくるのが遅くなっちまった…こんなジジイでがっかりしちまったろうけど、もしお前がまだ1人身なら、残りの時間を俺と一緒に過ごしませんか…!!」

いや、そんなまさか。
そんな事があり得る訳がない。
返事のない俺に察したような顔を見せた。

「って、そうだよな…!お前みたいな色男が独り身なわけ…」

ははは、と恥ずかしさを隠すように頭を掻く。
それは確かに、触れてみたいと焦がれた銀色をしていた。


「独りだよ」
「へっ?」
「独り身だ、っつてんだ。どこぞの、バカのせいでな」
「それって…」
「会いに行きます、って言って30年も待たせやがって…おかげで、ジジイになっちまったろうが」
「その、悪ぃ…言い訳にしかなんねぇけどよ、メール送ろうとしたんだけどさ、通信端末が駄目になっちまって、宇宙船の機能もすっかりポンコツだしよ。直そうにも、古くて部品がねぇから直せねぇって言われるし…新しい物がバンバン出るのも考えものだな。だからよ、便箋に手紙書いてたんだ。ほとんど出せなかったけど。結局、これが一番だな」

照れ臭そうに渡された箱の中には丁寧に封までされた封筒がいくつもある。1種類だけではないあたり、恐らく道中で買った物だ。

「いいのか。ここにはお前の好きなケーキもパフェも、甘味もまともにねぇんだぞ」
「う"っ…!」
「まぁ、マヨネーズなら沢山ある」

いたずらっぽく笑ってやれば、銀時もへへへっと笑い返した。

「あとこれ!男に花なんておかしいかもしんねぇけど…プリザーブドフラワーつって本物の花を枯れないように加工したやつなんだ。それと、途中で寄った星でドライフラワーも作ってみたんだ。で、この植物は日光があまりなくても育つっていう種類なんだって!一緒に育ててぇな、って思ってさ」

ニコニコと顔をくしゃくしゃにして目の前で笑うコイツは本物のバカだ。
わざわざ顔も知らねぇ、男の為に危険を犯してまでこんな辺境まで来やがった。
ご丁寧に花まで携えて。
そんなヤツに惚れちまった俺もバカでしかない。

「こんなジジイになるまで待たせたんだ。今更、返品は出来ねぇからな」
「もちろん、一生離す気なんてねぇよ」
「一生、っつても残り僅かしかねぇぞ」
「大丈夫、俺達長生きするもん。その間にさ、書き貯めた出せなかった30年分の手紙読んでくれる?」
「読みきる前に、死んじまったりしてな」
「そしたら、棺に入れてもらえばあの世で読めるな」
「あの世でも一緒に居るつもりか」
「あたりめーよ!!」

その自信はどこから来るんだ。
分からねぇけど、本当にそんな気がするから怖い。それがこの男のもっとも力かもしれない。

「ま、とりあえず中入れ。何もねぇけどな」
「今日から二人の愛の巣、って訳だ」
「黙れよクソ天パ」
「天パ馬鹿にすんなよ、このサラサラストレート!その年でその髪ってなに!?どういうこと!?」

ギャーギャーと子供のように喧嘩しながら家に入る。文通していたといっても、初めて会ったというのに、初めてな気がしない。
テーブルの上に銀時から受け取ったプリザーブドフラワーを置く。
加工されていると言っていたが、こんなにも綺麗なものなのか。

「花、綺麗だな。こんなに綺麗なものが児のよに存在しているなんて、お前に出会わなきゃ知らないままだった」
「それじゃあこれは知ってるか?花にはそれぞれ言葉があるんだ。この花の花言葉はな…」





拝啓、お元気ですか?
僕は愛しい人と残りの人生を楽しく過ごしています。
あなたはどんな毎日を送っていますか?
電話もメールもとても素晴らしいものです。
でも、たまには筆を取って手紙を書いてみませんか?
内容はなんだっていいのです。
「こんにちは」の一言でも好きな花を入れるだけでもいいのです。
きっとどこかの誰かに、あなたの心が届くでしょう。
この手紙を読んだあなたにも僕の心が届くと信じています。


宇宙の果ての星より愛を込めて。




1/1ページ
    スキ