バレンタイン パティシエ高杉×リーマン土方
「高杉、土日でどっか暇な日ねぇ?」
チーズケーキを頬張りながら、土方がスマホの画面を見せて来た。そこには「バレンタイン」の文字とチョコレートが表示されていた。
一月の後半ともなれば、世間はとっくに正月から二月の話題に変わっている。恵方巻だとか、チョコレート味の新商品が嫌でも目に入る。
高杉も一応はパティシエであるから、イベント事は頭に入っている。ただ、高杉は基本的に作りたいものしか作らない。作ったとしても朧や桂に頼まれて、くらいだ。誕生日ケーキは受けないし、クリスマスでも容赦なく店を閉める。
当然、バレンタインも面倒臭いと一蹴してきた。しかし、目の前の土方は期待に満ちた表情をしている。その間もケーキを食べる手は止まらない。随分とふてぶてしくなったものだ。こんな態度を許されているのは、世界中で土方だけである。
「行きてぇんだけどさ、俺一人じゃ行き辛ぇんだよ」
土方は一応は隠れ甘党ということになっている。本人は隠すつもりはない。しかしどうも見た目からか甘いものは嫌い、という印象に見られてしまう。周りが気を遣って甘くないものを渡される為、土方も気を遣って言い出せないままになっている。
要するに「一緒に来てくれ」という意味である。他の人間であれば「断る」と一刀両断していた。相手が銀時なら拳のオマケも付いただろう。
だが、高杉は土方に恋をしている。好きな相手からの誘いとあれば、断る訳にはいかない。断りたい気持ちもあるが、そうなるとでしゃばってくるのが坂田である。あの男に邪魔をされるのが一番腹が立つ。
頭に浮かんだ坂田の顔を振り払い、スケジュールを確認した。特に大事な予定はない。元々、開店するかは気紛れである。いつ休もうとも何も影響ははいのだが。
「今週末でいいか?」
「お!マジ!?よっしゃあー!!」
土方は飛び上がって喜んだ。高杉が苛立ちを覚えたのは、床に落ちたフォークではない。目の前のケーキよりも、どこの誰が作ったかも分からないチョコレートの方が嬉しそうだったからだ。
週末になり、駅前で待ち合わせをした。駅直結の百貨店なので、ここが都合がいい。現地集合の方が楽ではあるが、それでは「一緒に来てくれ」と始めから頼まない。
時間の五分前にコートを羽織った土方が現れた。全身から「楽しみで仕方ない」という雰囲気が伝わってくる。
これまでは同僚と鉢合わせしないよう、遠くの店舗まで行っていたらしい。あとは通販でどうにかしていた。食べることに問題はないが、実物と写真ではやっぱり違う。せっかくなら実物や試食しながら楽しみたい、のも人間というものだ。
だが、土方は高杉というパティシエの友人を得た。仮に同僚に鉢合せしても「パティシエの友人と」と言えば免罪符になる。「勉強のために」とか「付き添いで」とかものは言いようだ。
「友人」という言葉にひっかかりを覚えたが「知人」でないだけマシ、と納得した。パティシエとその客なら知人判定でもおかしくはない。土方は一度懐に入れると判定がガバガバになるので、あまり信用できるものでもないが。
「よし、じゃあ行こ」
「脱げ」
「えっ」
土方が第一歩を踏み出した瞬間に止めた。どう考えてもこの状況で出てくる言葉ではない。
「いいから脱げ、つってんだよ」
逃げないように肩を掴むと、土方は観念したように向き直った。
予想通り、コートの下にはマヨネーズが隠されていた。念のため鞄も見ればそこにもマヨネーズが。チョコレートにかけて食べるつもりだったのだろう。今回は自分の作ったものではないが、高杉もパティシエの端くれである。工場生産だろうが職人が作ったものだろうが、やはり許せないものがある。土方は泣きながら駅のコインロッカーに、マヨネーズを預けることとなった。
特設フロアは甘い香りでいっぱいになっていた。女性客も多いが、男性客もチラホラと見える。一昔前は女性から男性へのイメージが強かったが、今は自分用にというのが増えている。甘いものが好きと公言する男性も珍しくはない。
土方は付箋だらけのカタログを楽しそうに眺めている。スマホには買い周りのメモまで用意してあるようだ。マヨネーズを没収され、落ち込んでいた姿が嘘のようである。
高杉も入り口で貰ったカタログに目を通す。世界的に有名なブランドから、お馴染みのメーカーまで。思っていたよりもレベルは高そうである。それでも、高杉は自分のケーキが誰よりも美味しいという自信がある。
試食のチョコレートを食べる度に、土方は目を輝かせていた。やはりあまりいい気はしない。女性のスタッフが土方へ向ける視線も不快だった。
二三店舗回った辺りで、高杉は根を上げそうであった。チョコレートは興味深いが、いかんせん人が多い。おまけに時折視線も感じる。なのに土方はチョコレートばかり見ている。全くもって面白くない。
だが、土方に取ってはまだ始まったばかりだ。一つ一つ見ていくなら、カタログに付箋など必要ないのではないかと思いさえする。
「晋助、来ていたのか」
渡りに船と言った所か。S.Yoshidaも出店しており、その様子を朧が見に来ていたらしい。辟易していた所に知り合いが居ると気が和らぐ。朧になら、変に取り繕う必要もない。
ちゃんと食べているのか、店の方はと兄というよりも母親だ。ほぼ毎回のことなので、うんざりというより慣れが強い。
「兄さんの方こそどうなんだ」
朧は生真面目な性格だ。松陽が存命の頃から、よく一人で抱え込むクセがある。桂に言わせれば、朧も高杉も似たり寄ったりらしいが、釈然としない。
「最近はきちんと休みを取っているよ。それより……土方くんはどうなんだ?」
少し離れた位置に居る土方を見た。チョコを勧められるままに試食しているようだ。二人で来ているなら、デートかもしれない。なら早目に退散するのが良いだろう。
「マヨネーズなら取り上げた」
その返答に朧は曖昧な返事しか出来なかった。確かに土方のマヨラーっぷりには、朧自身もドン引きしている。恐らく、チョコにマヨネーズを遠慮なくかけることを危惧してのことだ。朧の聞き方も悪かったろう。だが、高杉の方も鈍すぎるのも問題だ。
「バレンタインは何か渡すのか?」
「ケーキは作るつもりでいるが、いつも通り『うめえ』で終わりだろうよ」
「だが、そうして言葉にしてくれるのは一握りの人間だけだろう」
味には絶対の自信がある。しかし、それを直接言葉にして貰える機会は少ない。笑顔だったり「美味しい」という言葉を聞いてようやく胸をなでおろす、というのはよくある事だ。
「あいつの頭には『うめぇ』と『マヨ』の二つしかねぇんだよ。それ以外の感想なんて出てきやしねぇ」
「確かに、うちに来た時にはお前のケーキの感想しか言わないからな」
「おい、それっ」
「高杉ー!あっ!朧さんこんにちは。出店を見に来られたんですか?」
高杉が「どういう意味だ」と言い切る前に土方が、駆け寄って来た。
「ああ、先日はありがとう。またいつでも来て欲しい」
「ありがとうございます!」
嬉しそうにチョコを抱える土方。パティシエとしては喜ばしいのだが、兄としては複雑なものがある。今の土方の視線は、チョコにしか注がれていない。おまけに、高杉は先ほどの続きが気になってかソワソワしている。土方と一緒に居たいが、一緒に居ては詳しい話を聞けないジレンマだ。
「そのままの意味だよ。うちのケーキも美味しいと喜んでくれるが、事細かに感想を言うのはお前のケーキばかりだ」
土方が再びチョコレート巡りに戻ると朧が言った。それにそっけなく高杉が返事をする。
「安心しろ。焦らなくとも気持ちは伝わるさ。さて、私も戻らなくては。身体には気をつけてな」
少し首を突っ込み過ぎたかと朧は少々反省した。だが、弟たちは変な方向に舵を切りがちである。どこかで修正してやらねばとんでもない事が起きるのは、過去の経験からだ。
「私も誰かの為だけにケーキを作ろうかな」
想い人はいないが、感謝を伝えたい人間は沢山居る。売り物のケーキではなく、ただ誰かの為に作る。松陽の原点はそこだった。朧は手のかかる弟や、スタッフたちの顔を思い浮かべた。
チーズケーキを頬張りながら、土方がスマホの画面を見せて来た。そこには「バレンタイン」の文字とチョコレートが表示されていた。
一月の後半ともなれば、世間はとっくに正月から二月の話題に変わっている。恵方巻だとか、チョコレート味の新商品が嫌でも目に入る。
高杉も一応はパティシエであるから、イベント事は頭に入っている。ただ、高杉は基本的に作りたいものしか作らない。作ったとしても朧や桂に頼まれて、くらいだ。誕生日ケーキは受けないし、クリスマスでも容赦なく店を閉める。
当然、バレンタインも面倒臭いと一蹴してきた。しかし、目の前の土方は期待に満ちた表情をしている。その間もケーキを食べる手は止まらない。随分とふてぶてしくなったものだ。こんな態度を許されているのは、世界中で土方だけである。
「行きてぇんだけどさ、俺一人じゃ行き辛ぇんだよ」
土方は一応は隠れ甘党ということになっている。本人は隠すつもりはない。しかしどうも見た目からか甘いものは嫌い、という印象に見られてしまう。周りが気を遣って甘くないものを渡される為、土方も気を遣って言い出せないままになっている。
要するに「一緒に来てくれ」という意味である。他の人間であれば「断る」と一刀両断していた。相手が銀時なら拳のオマケも付いただろう。
だが、高杉は土方に恋をしている。好きな相手からの誘いとあれば、断る訳にはいかない。断りたい気持ちもあるが、そうなるとでしゃばってくるのが坂田である。あの男に邪魔をされるのが一番腹が立つ。
頭に浮かんだ坂田の顔を振り払い、スケジュールを確認した。特に大事な予定はない。元々、開店するかは気紛れである。いつ休もうとも何も影響ははいのだが。
「今週末でいいか?」
「お!マジ!?よっしゃあー!!」
土方は飛び上がって喜んだ。高杉が苛立ちを覚えたのは、床に落ちたフォークではない。目の前のケーキよりも、どこの誰が作ったかも分からないチョコレートの方が嬉しそうだったからだ。
週末になり、駅前で待ち合わせをした。駅直結の百貨店なので、ここが都合がいい。現地集合の方が楽ではあるが、それでは「一緒に来てくれ」と始めから頼まない。
時間の五分前にコートを羽織った土方が現れた。全身から「楽しみで仕方ない」という雰囲気が伝わってくる。
これまでは同僚と鉢合わせしないよう、遠くの店舗まで行っていたらしい。あとは通販でどうにかしていた。食べることに問題はないが、実物と写真ではやっぱり違う。せっかくなら実物や試食しながら楽しみたい、のも人間というものだ。
だが、土方は高杉というパティシエの友人を得た。仮に同僚に鉢合せしても「パティシエの友人と」と言えば免罪符になる。「勉強のために」とか「付き添いで」とかものは言いようだ。
「友人」という言葉にひっかかりを覚えたが「知人」でないだけマシ、と納得した。パティシエとその客なら知人判定でもおかしくはない。土方は一度懐に入れると判定がガバガバになるので、あまり信用できるものでもないが。
「よし、じゃあ行こ」
「脱げ」
「えっ」
土方が第一歩を踏み出した瞬間に止めた。どう考えてもこの状況で出てくる言葉ではない。
「いいから脱げ、つってんだよ」
逃げないように肩を掴むと、土方は観念したように向き直った。
予想通り、コートの下にはマヨネーズが隠されていた。念のため鞄も見ればそこにもマヨネーズが。チョコレートにかけて食べるつもりだったのだろう。今回は自分の作ったものではないが、高杉もパティシエの端くれである。工場生産だろうが職人が作ったものだろうが、やはり許せないものがある。土方は泣きながら駅のコインロッカーに、マヨネーズを預けることとなった。
特設フロアは甘い香りでいっぱいになっていた。女性客も多いが、男性客もチラホラと見える。一昔前は女性から男性へのイメージが強かったが、今は自分用にというのが増えている。甘いものが好きと公言する男性も珍しくはない。
土方は付箋だらけのカタログを楽しそうに眺めている。スマホには買い周りのメモまで用意してあるようだ。マヨネーズを没収され、落ち込んでいた姿が嘘のようである。
高杉も入り口で貰ったカタログに目を通す。世界的に有名なブランドから、お馴染みのメーカーまで。思っていたよりもレベルは高そうである。それでも、高杉は自分のケーキが誰よりも美味しいという自信がある。
試食のチョコレートを食べる度に、土方は目を輝かせていた。やはりあまりいい気はしない。女性のスタッフが土方へ向ける視線も不快だった。
二三店舗回った辺りで、高杉は根を上げそうであった。チョコレートは興味深いが、いかんせん人が多い。おまけに時折視線も感じる。なのに土方はチョコレートばかり見ている。全くもって面白くない。
だが、土方に取ってはまだ始まったばかりだ。一つ一つ見ていくなら、カタログに付箋など必要ないのではないかと思いさえする。
「晋助、来ていたのか」
渡りに船と言った所か。S.Yoshidaも出店しており、その様子を朧が見に来ていたらしい。辟易していた所に知り合いが居ると気が和らぐ。朧になら、変に取り繕う必要もない。
ちゃんと食べているのか、店の方はと兄というよりも母親だ。ほぼ毎回のことなので、うんざりというより慣れが強い。
「兄さんの方こそどうなんだ」
朧は生真面目な性格だ。松陽が存命の頃から、よく一人で抱え込むクセがある。桂に言わせれば、朧も高杉も似たり寄ったりらしいが、釈然としない。
「最近はきちんと休みを取っているよ。それより……土方くんはどうなんだ?」
少し離れた位置に居る土方を見た。チョコを勧められるままに試食しているようだ。二人で来ているなら、デートかもしれない。なら早目に退散するのが良いだろう。
「マヨネーズなら取り上げた」
その返答に朧は曖昧な返事しか出来なかった。確かに土方のマヨラーっぷりには、朧自身もドン引きしている。恐らく、チョコにマヨネーズを遠慮なくかけることを危惧してのことだ。朧の聞き方も悪かったろう。だが、高杉の方も鈍すぎるのも問題だ。
「バレンタインは何か渡すのか?」
「ケーキは作るつもりでいるが、いつも通り『うめえ』で終わりだろうよ」
「だが、そうして言葉にしてくれるのは一握りの人間だけだろう」
味には絶対の自信がある。しかし、それを直接言葉にして貰える機会は少ない。笑顔だったり「美味しい」という言葉を聞いてようやく胸をなでおろす、というのはよくある事だ。
「あいつの頭には『うめぇ』と『マヨ』の二つしかねぇんだよ。それ以外の感想なんて出てきやしねぇ」
「確かに、うちに来た時にはお前のケーキの感想しか言わないからな」
「おい、それっ」
「高杉ー!あっ!朧さんこんにちは。出店を見に来られたんですか?」
高杉が「どういう意味だ」と言い切る前に土方が、駆け寄って来た。
「ああ、先日はありがとう。またいつでも来て欲しい」
「ありがとうございます!」
嬉しそうにチョコを抱える土方。パティシエとしては喜ばしいのだが、兄としては複雑なものがある。今の土方の視線は、チョコにしか注がれていない。おまけに、高杉は先ほどの続きが気になってかソワソワしている。土方と一緒に居たいが、一緒に居ては詳しい話を聞けないジレンマだ。
「そのままの意味だよ。うちのケーキも美味しいと喜んでくれるが、事細かに感想を言うのはお前のケーキばかりだ」
土方が再びチョコレート巡りに戻ると朧が言った。それにそっけなく高杉が返事をする。
「安心しろ。焦らなくとも気持ちは伝わるさ。さて、私も戻らなくては。身体には気をつけてな」
少し首を突っ込み過ぎたかと朧は少々反省した。だが、弟たちは変な方向に舵を切りがちである。どこかで修正してやらねばとんでもない事が起きるのは、過去の経験からだ。
「私も誰かの為だけにケーキを作ろうかな」
想い人はいないが、感謝を伝えたい人間は沢山居る。売り物のケーキではなく、ただ誰かの為に作る。松陽の原点はそこだった。朧は手のかかる弟や、スタッフたちの顔を思い浮かべた。
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