土受けワンライ 無口(万土)
河上万斉は無口な生徒である。いや、寡黙と言った方が正しいだろう。
全く話さない訳ではない。受け答えもしっかりするし、逆に向こうから話かけてくることもある。他のクラスの高杉や来島たちと仲が良いようで、談笑したり買い食いしている所を見た所がある。
ただ、必要以上には話さないという印象だ。休み時間は、ヘッドフォンを付けて音楽をずっと聴いている。一人屋上でギターを弾いていたりする。長身とサングラスでミステリアスな雰囲気も手伝ってか、女子からの人気は高かったりする。
土方が河上の観察を始めて、半年ほどが過ぎた。去年は別のクラスで「変わったやつがいる」程度の認識だった。だが、今年は同じクラスになった。窓際の真ん中あたりの席に河上は居る。土方はその二つ後ろの席で、観察するにはちょうどいい。
昼には姿を消すが、それ以外の休み時間は席で音楽を聴いているようだ。他の生徒が音楽の話題で盛り上がっていても、我関せず。独自の世界を築いているのだろう。なんというかそれが魅力的に見えた。
そんな河上に接触する機会は突然訪れた。いつも身につけているヘッドフォンの片方が、ブラリと垂れ下がっていた。
「おい、どうしたんだ」
「自転車にぶつかった拍子にな……」
スマホ片手に運転していた自転車とぶつかった時に転倒した。怪我はかすり傷程度ですんだが、ヘッドフォンは壊れてしまった。おまけに、自転車は逃亡して怒りをぶつける間もなかった。
河上は見るからにシュンとしている。いつも付けていたヘッドフォンだ。相当気に入っていたのかもしれない。
「ちゃんと警察には言ったのか?」
「……いや。俺も音楽を聴いていたからな」
自転車の方が悪いと思うが、自身にも悪い所があったと自覚しているのだろう。もし何も聴いてなければ回避できたかもしれない。だから余計に落ち込んでいるのかもしらない。
「……いつも何聴いてんだ?」
少しの沈黙の後、話題を変えた。これ以上何と言っていいか分からなかったのと、純粋な興味である。
「言っても知らぬかもしれぬし……聴いて貰った方がはや」
あ、と河上の手が止まった。聴こうにも、ヘッドフォンからその機能は失われている。また分かりやすく項垂れたのを見て、土方は鞄の底を探った。
イヤホンを家に忘れる度につい百円ショップで買ってしまう。「まあ百円だし聴ければそれで」と思って買うと、それが何個も部屋から発掘されるのだ。
鞄の底にあったのもその内の一つだ。深い青色のカナル型。河上のヘッドフォンには到底及ばないが、聴くだけなら十分だろう。
「これ、お前のヘッドフォンの代わりにもならねぇだろうけど。ないよりマシだろ」
「かたじけない」
たくさんあるから、と渡せば素直に受け取った。そして、その礼として河上がいつも聴いている音楽を聴かせて貰った。
それは、聴いたことのない音楽で。言葉も意味も分からなかった。上手いとか下手とかも良く分からない。だが、それは確かに土方の心に魂に深く突き刺さった。
「ねぇ!昨日上がった動画見た!?」
「見た、見た!!ちょーーーカッコよかったよね!!」
あれから数年、大学へと進学した。学部は違うが偶然にも同じ大学で河上と再会することになった。軽音部があるからか、河上はそこに所属しているようだ。ちなみに高校には軽音部はなかった。勝手に毎日ギターを持って来て弾いていたらしい。
大学でも相変わらず無口と評されいるようだった。だが、高杉たちや音楽の話になると饒舌になる。やはり寡黙で間違いない。
同じ学部の女性が動画サイトの話題で盛り上がっている。近頃はプロでなくとも、活躍できる時代だ。機材やら何やら揃えれば、外に向けて発信ができる。
顔を出さなくても声だけで勝負できる。最近だと「江戸」という名前の覆面女性がデビューして、世間を賑わせている。日に一度は耳にするくらい、大人気である。
「昨日上がった動画も"ⅩⅣ様~!!"って感じで!」
「わかるー!!」
ⅩⅣとは今人気のある所謂歌い手というやつだ。ここ数年、登録者数を右肩上がりで増やしている。活動期間はそれなりにあったが、ある日ガラリと雰囲気が変わった。技術的なこともあるが、感情が歌に乗ってより良くなったと言われていた。それから、三桁にも及ばなかった登録者数が百万人を越えるか、という所まで来ている。正体は誰か、みたいな考察動画も出始めている。少し安直かと思っていたが、まだ誰も正体にたどり着けてはいない。
その会話を背に席を立った。次は空きコマだから、早めに昼食を摂ろうと学食へ向かう。
「河上、ここいいか」
「土方か。構わんでござるよ」
それなりに賑わっていた食堂で河上の姿を見かけた。お互いに知り合いであるからか、河上の纏っていた雰囲気が柔らかくなる。
河上のスタイルは大学になっても変わらない。ヘッドフォンにサングラスとギターケース。変わらない姿に、なんとなく落ち着く。大学デビューに失敗した山崎を思い出すからだろうか。
河上の前には、ほとんど手がつけられていないカレーがある。その隣には楽譜が広がっていた。講義よりも、音楽の方が熱心のようだ。音楽
の専門学校に行かなかったのが不思議である。
「バンドのメンバー探してるとか聞いたけど」
「ああ。そのメンバー探しが難航しておってな……」
河上のお眼鏡に叶う人間が見つからないらしい。高杉には断られてしまった。仲が良くとも、バンドを組むのとは別問題だ。
「お前の理想が高すぎんじゃねぇの?」
「しかし、本気でやるなら同じだけの熱意がなくては、うまくいかぬでごさるよ」
確かにそうである。「音楽性の方向の違い」なんてよくある解散理由だ。
「まあ、それもそうか。最近はどんな曲聴いてんだ?」
河上に会うとオススメの曲を教えて貰うようになった。彼はセンスがいい。自分にない世界を知っていて、新しい音楽を知る度に刺激を与えられる。
ヘッドフォンから流れてくるのは、聴きなれた音と声だった。河上もこういうのを聴くのかと意外でもあった。
「お前もこういうの聴くのか。意外だな」
「音楽に選り好みはせぬ。良い物は良い。それだけでござるよ。……それにこの声の主はなかなか良い魂を持っている」
「へぇ~。すげぇ褒めるじゃねぇか」
「初期はただ"歌っている"というだけであったが、ここの時期からでごさる。この曲をカバーしてから、魂の奏でる音がガラリと変わっておる」
今見ればまだ荒削りで恥ずかしいものがあるが、この曲を境にジワジワと評価や登録者数を伸ばしていった。
「それに選曲のセンスもいい」
新しい曲を教えて貰う度にそうしたのだから、当たり前である。そっくりそのまま、とはいかないからいくつか自分で開拓したものもあるが。確実に影響を受けている。
「どうせならこんな人間とバンドを組んでみたいでござるな」
「……なあ、河上。それ俺だって言ったら、どうする?」
土方のスマホにはⅩⅣの文字。ただそれは一般向けではなく、本人しか開くことしかできないページだ。
周りから無口と評される河上が、きっと一生で一番大きな声を出した日に違いない。
全く話さない訳ではない。受け答えもしっかりするし、逆に向こうから話かけてくることもある。他のクラスの高杉や来島たちと仲が良いようで、談笑したり買い食いしている所を見た所がある。
ただ、必要以上には話さないという印象だ。休み時間は、ヘッドフォンを付けて音楽をずっと聴いている。一人屋上でギターを弾いていたりする。長身とサングラスでミステリアスな雰囲気も手伝ってか、女子からの人気は高かったりする。
土方が河上の観察を始めて、半年ほどが過ぎた。去年は別のクラスで「変わったやつがいる」程度の認識だった。だが、今年は同じクラスになった。窓際の真ん中あたりの席に河上は居る。土方はその二つ後ろの席で、観察するにはちょうどいい。
昼には姿を消すが、それ以外の休み時間は席で音楽を聴いているようだ。他の生徒が音楽の話題で盛り上がっていても、我関せず。独自の世界を築いているのだろう。なんというかそれが魅力的に見えた。
そんな河上に接触する機会は突然訪れた。いつも身につけているヘッドフォンの片方が、ブラリと垂れ下がっていた。
「おい、どうしたんだ」
「自転車にぶつかった拍子にな……」
スマホ片手に運転していた自転車とぶつかった時に転倒した。怪我はかすり傷程度ですんだが、ヘッドフォンは壊れてしまった。おまけに、自転車は逃亡して怒りをぶつける間もなかった。
河上は見るからにシュンとしている。いつも付けていたヘッドフォンだ。相当気に入っていたのかもしれない。
「ちゃんと警察には言ったのか?」
「……いや。俺も音楽を聴いていたからな」
自転車の方が悪いと思うが、自身にも悪い所があったと自覚しているのだろう。もし何も聴いてなければ回避できたかもしれない。だから余計に落ち込んでいるのかもしらない。
「……いつも何聴いてんだ?」
少しの沈黙の後、話題を変えた。これ以上何と言っていいか分からなかったのと、純粋な興味である。
「言っても知らぬかもしれぬし……聴いて貰った方がはや」
あ、と河上の手が止まった。聴こうにも、ヘッドフォンからその機能は失われている。また分かりやすく項垂れたのを見て、土方は鞄の底を探った。
イヤホンを家に忘れる度につい百円ショップで買ってしまう。「まあ百円だし聴ければそれで」と思って買うと、それが何個も部屋から発掘されるのだ。
鞄の底にあったのもその内の一つだ。深い青色のカナル型。河上のヘッドフォンには到底及ばないが、聴くだけなら十分だろう。
「これ、お前のヘッドフォンの代わりにもならねぇだろうけど。ないよりマシだろ」
「かたじけない」
たくさんあるから、と渡せば素直に受け取った。そして、その礼として河上がいつも聴いている音楽を聴かせて貰った。
それは、聴いたことのない音楽で。言葉も意味も分からなかった。上手いとか下手とかも良く分からない。だが、それは確かに土方の心に魂に深く突き刺さった。
「ねぇ!昨日上がった動画見た!?」
「見た、見た!!ちょーーーカッコよかったよね!!」
あれから数年、大学へと進学した。学部は違うが偶然にも同じ大学で河上と再会することになった。軽音部があるからか、河上はそこに所属しているようだ。ちなみに高校には軽音部はなかった。勝手に毎日ギターを持って来て弾いていたらしい。
大学でも相変わらず無口と評されいるようだった。だが、高杉たちや音楽の話になると饒舌になる。やはり寡黙で間違いない。
同じ学部の女性が動画サイトの話題で盛り上がっている。近頃はプロでなくとも、活躍できる時代だ。機材やら何やら揃えれば、外に向けて発信ができる。
顔を出さなくても声だけで勝負できる。最近だと「江戸」という名前の覆面女性がデビューして、世間を賑わせている。日に一度は耳にするくらい、大人気である。
「昨日上がった動画も"ⅩⅣ様~!!"って感じで!」
「わかるー!!」
ⅩⅣとは今人気のある所謂歌い手というやつだ。ここ数年、登録者数を右肩上がりで増やしている。活動期間はそれなりにあったが、ある日ガラリと雰囲気が変わった。技術的なこともあるが、感情が歌に乗ってより良くなったと言われていた。それから、三桁にも及ばなかった登録者数が百万人を越えるか、という所まで来ている。正体は誰か、みたいな考察動画も出始めている。少し安直かと思っていたが、まだ誰も正体にたどり着けてはいない。
その会話を背に席を立った。次は空きコマだから、早めに昼食を摂ろうと学食へ向かう。
「河上、ここいいか」
「土方か。構わんでござるよ」
それなりに賑わっていた食堂で河上の姿を見かけた。お互いに知り合いであるからか、河上の纏っていた雰囲気が柔らかくなる。
河上のスタイルは大学になっても変わらない。ヘッドフォンにサングラスとギターケース。変わらない姿に、なんとなく落ち着く。大学デビューに失敗した山崎を思い出すからだろうか。
河上の前には、ほとんど手がつけられていないカレーがある。その隣には楽譜が広がっていた。講義よりも、音楽の方が熱心のようだ。音楽
の専門学校に行かなかったのが不思議である。
「バンドのメンバー探してるとか聞いたけど」
「ああ。そのメンバー探しが難航しておってな……」
河上のお眼鏡に叶う人間が見つからないらしい。高杉には断られてしまった。仲が良くとも、バンドを組むのとは別問題だ。
「お前の理想が高すぎんじゃねぇの?」
「しかし、本気でやるなら同じだけの熱意がなくては、うまくいかぬでごさるよ」
確かにそうである。「音楽性の方向の違い」なんてよくある解散理由だ。
「まあ、それもそうか。最近はどんな曲聴いてんだ?」
河上に会うとオススメの曲を教えて貰うようになった。彼はセンスがいい。自分にない世界を知っていて、新しい音楽を知る度に刺激を与えられる。
ヘッドフォンから流れてくるのは、聴きなれた音と声だった。河上もこういうのを聴くのかと意外でもあった。
「お前もこういうの聴くのか。意外だな」
「音楽に選り好みはせぬ。良い物は良い。それだけでござるよ。……それにこの声の主はなかなか良い魂を持っている」
「へぇ~。すげぇ褒めるじゃねぇか」
「初期はただ"歌っている"というだけであったが、ここの時期からでごさる。この曲をカバーしてから、魂の奏でる音がガラリと変わっておる」
今見ればまだ荒削りで恥ずかしいものがあるが、この曲を境にジワジワと評価や登録者数を伸ばしていった。
「それに選曲のセンスもいい」
新しい曲を教えて貰う度にそうしたのだから、当たり前である。そっくりそのまま、とはいかないからいくつか自分で開拓したものもあるが。確実に影響を受けている。
「どうせならこんな人間とバンドを組んでみたいでござるな」
「……なあ、河上。それ俺だって言ったら、どうする?」
土方のスマホにはⅩⅣの文字。ただそれは一般向けではなく、本人しか開くことしかできないページだ。
周りから無口と評される河上が、きっと一生で一番大きな声を出した日に違いない。
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