土総受ワンライ ハロウィン

 江戸にもハロウィンという行事が持ち込まれた。ハッキリ言って迷惑以外の何者でもない。
 二日間に渡って、酒の入った人間がトンチキな格好をして騒ぐだけのイベントだ。「どうぞテロの標的にしてください」と言わんばかりである。
 警備の人手が足りないからと、真選組にも応援要請が来た。将軍が現地でハロウィンを見たいと言い出したからである。
 勿論、こちらに拒否権はない。否応なしに全員が警備に駆り出された。テロの警戒に加えて、酔っ払いの相手や通行止めなどに対する苦情。一つ処理しても、次から次へと面倒事が舞い込んでくる。
 一方の見廻組は将軍の警備に付いている。安全な位置から、高見の見物を決めていた。あの白い制服を真っ赤に染めて、ハロウィンの仮装に仕立て上げてやりたい。
「お兄さんのコスプレかっこいいね~♡」
「本物みた~い!」
 警備にあたっている土方のこめかみに青筋が青筋が立つ。もう何度目か分からない。可能なら腰の刀で叩き切ってやりたい。だが相手は一般人である。苛立ちをグッと堪え、出来るだけ冷静に言葉を返す。
「悪ぃが俺は本物だ」
 警察手帳を取り出すと、声をかけて来た二人組は顔を青くして逃げて行った。悪気はないのだろうが、こうも続くといい気はしない。
 仮装した若者の中には制服を着た者が居た。その中に真選組の制服を模したものがあったのだ。量販店のパーディグッズとして売られているようで、誰でも手に入る。実際に何人か知らない顔が隊長服を着ているのを見かけた。
 よく似せて作られているが本物と見比べれば、生地はペラペラで色味や装飾が違う。見ればわかりそうだが、夜ともなれば光源は限られている。それに、真選組の制服を正しく記憶している者もそこまで多くはないだろう。
 そのせいで土方は仮装と勘違いされて何度か声をかけられている。「本物みたい!」と言われるが、本物なのだから当然である。
「真選組じゃーん!やっべぇ本物みてぇ!俺たち配信してんスけど、動画回してもいいですかぁ?」
 ああ、またかとため息を吐いた瞬間だった。
「悪ぃが、俺たちは本物だぜ?」
「スンマセンでしたあああああ!!」
 手帳を見せられた若者は一目散に逃げて行った。背後の声の主に礼を言う前に腕を捕まれ、路地裏に引き込まれる。
「た……たかすぎっ!?お前その格好……!」
「ボンヤリしてんじゃねぇよ、土方」
 目の前には高杉が居た。土方を助け、路地裏に引き込んだ張本人である。祭り好きであるから、来るのではないかと警戒されていた。だから、この場に居ても不思議ではない。不思議なのはその格好である。なぜか真選組の制服、それも隊長服を着ているのだ。
「何でそれを着てやがる!」
「なかなか似合ってんだろ?」
 包帯はそのままだが、きっちりと首もとまでスカーフを締めている。部外者からすれば、真選組の隊長と見間違えても無理はない。
「答えになってねぇ!」
「そりゃあ企業秘密ってやつだ。……それよりテメェ気を抜き過ぎなんじゃねぇか……?」
 あまり高杉の機嫌がよろしくない。ハッキリと態度に出ている訳ではないが、どこか不満がありそうである。
「何回ナンパされてんだ?俺のモンがモテるのは喜ばしが、手ェ出されんのは趣味じゃねぇ」
「手なんて出されてねぇわ!!」
「気がついてねぇのは、テメェだけだ」
 チクリと土方の首筋に甘い痛みが走る。どこに跡が付けられたか、土方から見ることが出来ない。スカーフで隠れる位置なら隠せるだろう。だが、分からないというのは不安でしかない。
「じゃあな」
「オイ!!待ちやがれ!!」
 急いで追いかけたものの、高杉の姿は雑踏に消えていった。探そうにも一般人が多すぎる。前に進むのが難しい程に、人で溢れている。
 諦めて雑居ビルへと入った。トイレの鏡で首筋を確認すると、予想通りに赤い跡が付いていた。一応はスカーフで隠れる位置である。このまま隠し通せば自然と消えるだろう。
 ついでに手を洗い、ポケットからハンカチを取り出す。その拍子に見覚えのない紙が落ちてきた。
 開いてみれば、住所らしき数字が三つ並んでいる。どこもハロウィンのイベント周辺に固まっている。
「山崎、今から言う住所を調べてくれ」
 短く指示を伝えると通話を切った。恐らくこの住所に高杉の同業者が潜んでいるのだろう。
 高杉の目的は不明だ。罠の可能性も捨てきれない。だが、このまま放置するのも憚られる。ならば、直接確かめに行けばいい。
 一つはここからそう遠くはない。頬を叩くと勢いよく雑居ビルを飛び出して行った。
 

 
1/1ページ
    スキ