CONTRACT



「十四郎ー!危ないからあんまり走っちゃだめよ!」
「はーい!!」
 この日、十四郎は父親の転勤の都合で祖父の家へと引っ越してきた。住み慣れた街や友達と離れるの離れるのが寂しくて、引っ越しの前日に少し泣いてしまった。だが、都会とは違う田舎の自然に好奇心が勝ったのか、今では広い祖父の家を元気に走り回っている。
 怪我をしないかとヒヤヒヤしながらも、両親は元気な姿を見て大丈夫そうだなと安心していた。
 今まで住んでいた街よりも店も少なく、不便にも感じるがこの広大な自然は子供にとってどこもいい遊び場になるだろう。学校も木造で小さな物だが、そこに通う子供たちともすぐ仲良くなれるに違いない。近所に同じくらいの年の男の子が住んでいるみたいだから、引っ越しの挨拶もかねて訪ねる事にした。
 住んでいたマンションの部屋よりも何倍も広い祖父の家を粗方探検し終わった十四郎は、和室でお茶を飲んでいた祖父に駆け寄った。両親は幼い自分を連れてきた事があるらしいが、小さすぎて殆ど記憶がない。祖父とは今日がほぼ初めて会ったようなものだが、しわしわの顔を綻ばせて笑う顔を見て一瞬で祖父が大好きになった。
「おじいちゃん!!」
「おお、こっちにおいで」
「うん!」 
 元気よく返事をするとそれだけで、祖父はとても嬉しそうにした。この広い家に一人で住んでいたから寂しかったのかもしれない。だから今日からは祖父と沢山遊んで寂しくないようにしようと決めた。祖父の膝の上に座ると頭を撫でられる。優しいその手つきに心地よさを覚えた。
「ねー、あれ本物??」
 指を指した先には刀が飾られている。
「あれかい?本物だよ」
「すげー!!かっこいいー!!」
 刀なんてテレビでしか見たことがない。大好きな戦隊ヒーローの武器が刀で、その玩具を買って貰ってよく友達とごっこ遊びをしていた。その友達とは遠く離れてしまったが、電話をする約束をしている。その時に本物の刀が家にあるのだと言えばきっと友達も驚くに違いない。
「あのお面は?」
「あれはね、この家の守り神みたいなものかな」
 刀の上に古ぼけた狐の面が飾られていた。お祭りの屋台で売っているような、プラスチックではないが特別立派な物でもなさそうだし、格好いいとも思わなかった。けれど大切に飾られているそれが不思議で仕方なかった。
「触ってみるかい?」
「いいの!?」
 刀は危ないからこっちならね、と一度十四郎を膝から下ろし、祖父は飾られた狐の面を手に取った。
 刀を触らせて貰えないのは不満だったが「お母さんに怒られるぞ」と言われたら我慢するしかなかった。普段は優しいのに怒らせると母は恐ろしい。怒られた時の事を思い出して身を震わせた。
 渡された面を触ると何故か懐かしいような暖かい気持ちになった。初めて触る筈なのに自分はこれを知っているそんな気がした。
「そのお面はね、そこの刀と一緒におじいちゃんのおじいちゃん。そのまたおじいちゃんから代々受け継いできたものなんだ。困った事があったらね、そのお面にお願いしてごらん。きっと十四郎を助けてくれるよ」
「へー」
「おじいちゃんが子供の頃な、夜に急に熱が出た事があったんだ。けれど、運悪く村で一人でしかいない医者の先生が隣の村に出掛けてしまっていてな。お父さんも出稼ぎで家に居なかった。そこで、お母さんはこのお面に『この子を見守ってください』とお願いしたそうだ」
「それで?どうなったの?」
「熱で魘されていたんたが、その時誰かに頭を撫でられた。その優しい手が気持ちよくて、いつの間にかぐっすり眠っていたんだ」
「このお面が守ってくれたの?」
「そうかもしれん。お母さんが医者を連れて来た頃には夜が明けしまっていた。不安で真っ青な顔をしたお母さんを『おかえりなさい』とケロッとしたわしが出迎えたからそれは大層驚いていたよ。それからな、寂しいなと思う時には誰かが傍にいてくれる気がしたり、困っている事があってもすぐに解決した。それを話すと『きっと狐のお面が助けてくれたんだね』と言われての。家の者はみーんなお面に助けられてきたんだよ」
 始めは半信半疑であったが、祖父の優しい顔を見ると本当のような気がしてきた。狐のつり上がった目が最初は怖かったが今では優しい目をしているように思えた。それになんだか微笑みかけりているような気さえする。
「だからトシもきっと守って貰えるから、大事にするんだよ」
「うん。わかった!よろしくね狐さん!」
 そう言うと祖父が嬉しそうに笑ったので、つられて自分も笑った。祖父がお面を飾り直すと襖が開き、母が顔を覗かせた。
「十四郎、お義父さん。そろそろご飯にしましょう」
「はーい!おじいちゃん早く行こ!」
「ああそんなに急がんでもご飯は逃げんぞ」
 祖父の手を引いて居間に行くと父がお茶を並べている所だった。来る途中に寄ったスーパーで買ったお寿司と惣菜が並んでいる。祖父のは父の隣に「よっこいしょ」と言って座った。祖父の真似をして自分も「よっこいしょ」と言いながら母の隣に座る。
「ごめんなさい、お義父さん出来合いの物ですけど」
「いいや充分、充分。いやぁ、誰かと食べるのは久しぶりだなぁ」
「これからは毎日一緒に食べられるよ!」
「あぁそうだなぁ。ありがたいこった」
「トシはすっかりおじいちゃんに懐いたなぁ」
「うん!おじいちゃん大好き!」
 父の問いかけに大好きだと答えれば祖父も嬉しそうに笑った。
 お寿司を食べながら祖父の話を聞いたり、住んでいた街の友達の話なんかをした。祖父の話は面白く、また自分の話を楽しそうに聞いてくれるから嬉しかった。
「そうだ、父さん。確か隣にトシと同じくらいの子が住んでいたよね?」
「ああ、先生の家におる。確か六つか七つだからトシと同じ学年になる筈だ」
「その子と友達になれるかな?」
「なれる、なれる。トシなら皆と仲良くなれるさ」
「それじゃあ、まずはそのお家から挨拶にいきましょうか」
「そうだな。そうしよう」
 先生と呼ばれるその人は小説家だ。小さな子供を連れて数年前に引っ越してきた。先生というのは愛称ではあるが子供たちに勉強を教える事も多いのですっかり定着してしまっている。
 少し休んでから父と母の三人で向かう。田舎だから隣の家と言っても少し離れている。
 着いた家もまた立派な日本家屋だった。手入れされた庭も見える。表札には吉田と書かれている。父がインターホンを押して暫く待っていると、着物を着た髪の長い男性が中から出てきた。
「こんにちは、隣に引っ越してきました土方と言います。ご迷惑をおかけする事もあると思いますがよろしくお願いします」
 父と母が揃って頭を下げるのを見て十四郎も同じように頭を下げた。
「お話は伺っています。吉田です。こちらこそよろしくお願い致します。困った事があれば遠慮おっしゃってくださいね」
「ありがとうございます。これつまらない物ですが」
「ああ、これはご丁寧に。ありがとうございます」
「松陽~?」
 父がお菓子を渡した所で、奥から十四郎と歳が変わらないくらいの男の子が出てきた。祖父が言っていた子だろう。顔を覗かせたがすぐに吉田の後ろに隠れてしまった。少しだけ見えた銀色のフワフワとした髪にどうにも心を惹かれる。
「こら、銀時ちゃんと挨拶なさい」
 恥ずかしいのか嫌がる素振りを見せる男の子は銀時というらしい。銀時と友達になりたいと思った十四郎は一歩前に出る。そして両親がしたように自分の名前を言った。
「土方十四郎です!ねぇ、僕と友達になってくれる?」
 その声に銀時がおずおずと顔を出す。興味はあるのに中々後ろから出てこない銀時の背中を吉田が優しく押して前に出るように促した。
「よ、吉田銀時…です。友達になってくれる…のか…?」
「うん!お父さん、お母さん銀時くんと遊んでもいい?」
「ええ勿論よ」
「ほら、銀時遊んできなさい」
 両親も吉田も二人に笑顔を向ける。十四郎が銀時の手を握る。すると不安気だった銀時が嬉しそうに笑った。
「あまり遠くに行くなよ」
「銀時、十四郎くんを任せましたよ」
「「はーい!」」
 小さな手を繋いで二人は駆け出していった。


 

 
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