いつかのおもいで
このところ大きな事件もなく、事務処理も落ち着いている。なら、久しぶりに部屋の掃除でもしようと鉄を呼んだ。
不要な書類はシュレッダー。必要な物はファイリングする。購入したが使わなかった物はごみ袋へ。見覚えのない小さなフィギュアやキーホルダーも、躊躇なく入れていく。
「副長!コレは捨ててもいいですか……?」
「それは…」
鉄の手には小さな小箱があった。判断が付かない物は、中を見て捨てていいかを確認するように言っていた。
箱の中には、紙と布切れが一枚。どちらも年数が経っているからか、あまり綺麗とはいえない。普通ならそのまま捨ててしまいそうな物だ。それでも確認したのは、言い付けだったからか、それとも何かを感じ取ったのか。
「コレは副長の大事な物なんですね」
「……ああ、そうだな」
「押し入れの一番奥にありました。でも、忘れてるとかじゃなくて、大事に置いてあるって思ったんで」
「……コレが何か聞かねぇのか?」
「正直、気になります……でも踏み込んでいいかどうかは分かるッス」
「お前ちゃんと成長してんな」
褒められたのが嬉しかったのか、さらに鉄は掃除に熱が入った。以前の彼なら無遠慮に土足で踏み込んできただろう。それが佐々木との邂逅を経て、人間としても成長をしようとしている。
すっかり綺麗になった副長室で、土方は小箱を前に座っている。それは秘密と大切な物を一緒に仕舞った箱だ。押し入れの一番奥にあったのも、忘れようとしたからだ。けれど、忘れることも捨てることも出来ずに土方の心の片隅にあり続けた。
土方は近藤たちに出会う前に、高杉と出会っている。銀時や桂とも顔見知りだ。ほんの僅かな時間だったが、同じ釜の飯を食った仲だ。
そこで土方と高杉は惹かれあった。とはいえ、戦争中である。ロクに言葉にも逢瀬も出来ぬまま、二人は離れることになってしまった。
幕府の犬と言われようと、高杉の手掛かりを掴みやすいと踏んでいた。意外にもその時は簡単に訪れた。再び巡りあった時には、土方は真選組の副長で高杉は手配書の写真であった。
小箱に大事に仕舞われているのは、高杉からの贈り物だ。菓子の包み紙と、陣羽織の切れ端である。戦争中だから、まともな食料も物資もなかった。他人から見れば、無価値でも土方からすれば唯一の贈り物である。
「……忘れねぇといけねぇのにな」
いい加減忘れて、断ち切らねばいけないと分かっている。だが、簡単には断ち切れないのが情と縁だ。
戦争が全てを変えてしまった。あの優しい高杉を鬼に変えてしまった。銀時や桂の人生もだ。
土方は小箱の蓋をそっと閉めた。まだ忘れることも、捨てることも出来そうにない。せめて一言でも言葉を交わせたならと、今もまだ願い続けている。
高杉は小さな箱を見つめていた。静に蓋を開けると、中にはガラス玉が二つ入っている。それにはなんの価値もない。子供が遊ぶ為のおもちゃでしかない。
けれどもそれは、高杉にとっては価値のあるものだった。過去に出会った愛しい人間からの贈り物だ。ただ、戦争中であったからお互いにロクな物は渡せなかった。
それでも、高杉の中であの時間は嘘ではなかったと言えた。ほんの僅かな安らぎの時間であった。すぐに別れることになり、さらにその後仲間や先生とも別れることとなってしまった。
そして、なんの因果か今度は敵対勢力となってしまった。しかし、行方が気がかりでもあったから、生きていると知った時にはどれだけ安堵したことか。
髪を切っても、服装が変わってもあの気の強い目は変わってはいない。たったそれだけで高杉には十分だった。
仲間や先生以外で大切なモノが出来たのは、初めてのことだった。その大切なモノをこれ以上作らないように、幸せな記憶を小さな箱の中に閉じ込めておいたのだ。
開け放たれた窓の外で咲き乱れる赤い花が揺れた。不吉とされているが、秋の風に揺れる姿は美しいと高杉は思う。
もし許されるなら、この赤い花の咲く季節に蝶となって。もう一度だけ―――――彼に会いに行きたいと願っている。
不要な書類はシュレッダー。必要な物はファイリングする。購入したが使わなかった物はごみ袋へ。見覚えのない小さなフィギュアやキーホルダーも、躊躇なく入れていく。
「副長!コレは捨ててもいいですか……?」
「それは…」
鉄の手には小さな小箱があった。判断が付かない物は、中を見て捨てていいかを確認するように言っていた。
箱の中には、紙と布切れが一枚。どちらも年数が経っているからか、あまり綺麗とはいえない。普通ならそのまま捨ててしまいそうな物だ。それでも確認したのは、言い付けだったからか、それとも何かを感じ取ったのか。
「コレは副長の大事な物なんですね」
「……ああ、そうだな」
「押し入れの一番奥にありました。でも、忘れてるとかじゃなくて、大事に置いてあるって思ったんで」
「……コレが何か聞かねぇのか?」
「正直、気になります……でも踏み込んでいいかどうかは分かるッス」
「お前ちゃんと成長してんな」
褒められたのが嬉しかったのか、さらに鉄は掃除に熱が入った。以前の彼なら無遠慮に土足で踏み込んできただろう。それが佐々木との邂逅を経て、人間としても成長をしようとしている。
すっかり綺麗になった副長室で、土方は小箱を前に座っている。それは秘密と大切な物を一緒に仕舞った箱だ。押し入れの一番奥にあったのも、忘れようとしたからだ。けれど、忘れることも捨てることも出来ずに土方の心の片隅にあり続けた。
土方は近藤たちに出会う前に、高杉と出会っている。銀時や桂とも顔見知りだ。ほんの僅かな時間だったが、同じ釜の飯を食った仲だ。
そこで土方と高杉は惹かれあった。とはいえ、戦争中である。ロクに言葉にも逢瀬も出来ぬまま、二人は離れることになってしまった。
幕府の犬と言われようと、高杉の手掛かりを掴みやすいと踏んでいた。意外にもその時は簡単に訪れた。再び巡りあった時には、土方は真選組の副長で高杉は手配書の写真であった。
小箱に大事に仕舞われているのは、高杉からの贈り物だ。菓子の包み紙と、陣羽織の切れ端である。戦争中だから、まともな食料も物資もなかった。他人から見れば、無価値でも土方からすれば唯一の贈り物である。
「……忘れねぇといけねぇのにな」
いい加減忘れて、断ち切らねばいけないと分かっている。だが、簡単には断ち切れないのが情と縁だ。
戦争が全てを変えてしまった。あの優しい高杉を鬼に変えてしまった。銀時や桂の人生もだ。
土方は小箱の蓋をそっと閉めた。まだ忘れることも、捨てることも出来そうにない。せめて一言でも言葉を交わせたならと、今もまだ願い続けている。
高杉は小さな箱を見つめていた。静に蓋を開けると、中にはガラス玉が二つ入っている。それにはなんの価値もない。子供が遊ぶ為のおもちゃでしかない。
けれどもそれは、高杉にとっては価値のあるものだった。過去に出会った愛しい人間からの贈り物だ。ただ、戦争中であったからお互いにロクな物は渡せなかった。
それでも、高杉の中であの時間は嘘ではなかったと言えた。ほんの僅かな安らぎの時間であった。すぐに別れることになり、さらにその後仲間や先生とも別れることとなってしまった。
そして、なんの因果か今度は敵対勢力となってしまった。しかし、行方が気がかりでもあったから、生きていると知った時にはどれだけ安堵したことか。
髪を切っても、服装が変わってもあの気の強い目は変わってはいない。たったそれだけで高杉には十分だった。
仲間や先生以外で大切なモノが出来たのは、初めてのことだった。その大切なモノをこれ以上作らないように、幸せな記憶を小さな箱の中に閉じ込めておいたのだ。
開け放たれた窓の外で咲き乱れる赤い花が揺れた。不吉とされているが、秋の風に揺れる姿は美しいと高杉は思う。
もし許されるなら、この赤い花の咲く季節に蝶となって。もう一度だけ―――――彼に会いに行きたいと願っている。
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