神様に愛され過ぎて困っています



 土方の所へ急ぐ三人の前に、死霊や悪霊たちが立ち塞がる。通常なら難なく倒せる相手でも、ここは敵の腹の中。言ってしまえば「加護があってちょっと強めの死ににくい人間」程度である。
 おまけに、銀八は結界の対処でほぼ戦えない。自衛程度は出来るが、それ以上となると難しい。新八たちに援護を頼む事も考えたが、土地に縁がない。社からも遠く離れては本来の力も充分に発揮が出来ないのだ。何より自分たちに何かあった時に、託せる者がいないのも困る。
「銀八!まだ終わらないッスか!」
 死霊に銃弾を浴びせながら来島が叫ぶ。
「うるせぇ!頭に響くから大声で叫ぶな!まだ一割も出来てねぇよ!イテテ……二日酔いの方がまだマシだ」
 見た目では分からないが、銀八の中では複雑な術式が複数組まれている。向こうも簡単には解除などさせてくれない。反動もあり、力の出ないこの領域。常に全力疾走しながらやっているようなものだ。少しでもミスがあれば、そこで全員死ぬのは中に居る今も変わらない。
「来島落ち着け。その内万斉も合流する。今は、目の前の的に集中しろ」
「はい!晋助様!」
 高杉の言うことなら素直にきく来島に辟易しながらも、銀八は解除に戻る。彼女のアレはいつもの事であるし、焦る気持ちも分かる。顔には出さないが、高杉にも焦りが見えた。
 山は広大で土方の居場所が掴めていない。力が使えない以上は、自らの足で探す以外に方法がない。
 来島は自身の霊力を弾丸に変換する。銀八は大地が味方だ。今はこういう状況であるから、恩恵はあまりない。汚染された大地から死霊が現れ、爪で凪払う。しかし、高杉は水だ。水源はあるだろうがわずかだろう。その上で、二人をカバーしながら戦っているのだ。
(さっさと解除しねぇと、十四郎に辿り着く前にくたばっちまうな……)
 ようやく一割終わった所だ。ほんの少しではあるが、力が戻ったのを感じた。今は一歩でも前に進むのみ。
「段々敵が強くなってないッスか!?」
「つまり十四郎に近付いてるって事だな」
「しゃあ!三割終わった!まだやれんだろ!!」
 目の前の悪霊を蹴ると銀八が叫ぶ。力が戻り余裕も少しばかり出てきた。だが、敵も強くなっているのは事実だ。土方の無事を祈りながら、ひたすら奥へと走っていく。
 山であるからか景色が変わらない。本当に前に進んでるのだろうか。結界のせいで、方向も時間感覚も狂わされているようだ。
「クソッ……ずっと同じ所を走らされてやがる」
 目印にと巻いた銀八のネクタイを見るのはこれで三度目だ。結界自体に細工がされているか、別に空間を曲げている者がいるか。探すには時間もヒントもない。死霊たちは尽きることなく湧き出てくるし、個別に別れるのは危険が伴う。
「ここは私がどうにかするッス……!なので二人は原因を探って……!」
「その必要はないでござるよ」
 来島の目の前の何もない空間が斬られた。その先には、違う景色の中に立つ河上が居た。
「先輩、遅すぎるッスよ!!」
「すまない、遅くなった」
「俺も居るんだがねぇ……」
「今、斬ったのは岡田だな。助かった」
 河上と共に現れたのは、岡田であった。彼もまた高杉たちと同じ神様である。盲目であるがそれ故に、見えない物を視ることが出来る。音、空間、光……さらには近い未来を予測する未来視までも可能である。
「ゆっくりお喋りしてぇだろうけど、先に向こうの相手しねぇといけねぇみたいだぜ?」
 四方を取り囲むように死霊や悪霊たちが現れている。中には邪神と呼ばれるような存在まで。
「ここは拙者たちに任せるでござる」
「俺は結界の綻びを斬ってくるかねェ」
「私もここに残るッス!」 
 三人はそれぞれに武器を構えた。味方が増えた今なら勝機はある。河上にならば来島を任せられる。岡田が銀八には見えない結界の綻びを斬れば、より解除は早くなる。
「ここは頼んだ」
「急ぐぞ高杉!」
 高杉と銀八は目の前の死霊を蹴散らすと、高く跳躍した。追いかけようとする死霊たちを、来島の弾丸が撃ち抜き、河上の弦が絡め取り、岡田が斬り伏せる。
「力が戻って来たッスよ、先輩!」
「悪いがここから先は通さぬ」
 六割近く力が戻って来た。これまで、劣勢であったが立場は逆転し始める。今度は来島たちが、死霊たちの前に立ち塞がる番である。
「俺は自分の仕事をしてくるかね」
「あ!ちょっと!どこ行くんスか!?」
「おかしいねェ……綻びを斬ると言ったのが、聞こえてなかったのかィ?」
「アイツ撃っていいッスか!?」
 飛び去る岡田に向けて、来島が発砲するが全て弾き返されてしまった。嫌みたらしい笑みを残して、岡田は見えなくなってしまう。
「落ち着け。今は目の前の敵に集中するでござるよ」
 地団駄を踏む来島を河上が宥める。力が戻って来ているとは言え、無駄遣いは避けて貰いたい。
 こうしてる今も死霊たちの数は増え続けている。いったいどこからこんな数を集めてきたのか。しかし、それだけ敵の本体に近付いているということでもある。
「覚悟はいいでござるか?」
「当たり前ッス!」
 来島は銃を構えると、襲ってきた死霊の眉間を一撃で撃ち抜いた。
 




 土方は気付けば闇の中に居た。あの黒い蛇のような液体に、丸のみにされたようだ。息も出来る、意識もある。ただ、闇の中に浮かんでいた。
『その心臓を寄越せ』
 直接頭に低い声が響いた。恨みが籠ったような、聞くだけで震え上がるような声だ。耳を塞いでも、直接聞こえては意味がない。
 暗闇の向こうから無数の黒い手が伸びて、土方を捉えた。手足を掴み、身動きが取れない。その手は冷たく死人のようだ。
 無数の手とは別に、もう一本大きな手が土方の方へと伸びてくる。それは真っ直ぐに心臓へと近付いてきた。
 「死」というものが、ハッキリと土方の頭に浮かぶ。恐怖でガチガチと歯が鳴った。幾度か死ぬ夢を見て慣れたと思っていた。だが、そんなことはない。実際に直面してみれば怖くて仕方がない。
 あれは夢であったから、目が覚めれば日常に戻ることが出来る。危険な目にあっても、高杉や銀八が守ってくれた。来島も彼女なりに一生懸命にやっている。
 しかし、これは駄目だ。あの手はどうにもならない。ここに高杉たちが居ても助からない。まだ、死にたくない。高校生活はまだ始まったばかりだし、やりたいことも沢山ある。ああ、でもこれは本当に回避できそうにない。
 いつも大人に前に死んでしまう。昔からそうだった。生まれて世界を見る前に死んでしまう。いつも、この黒い手の主に殺されてしまう。心臓へと伸びる黒い手に、ギュッと目を瞑る。
 痛みは来ず変わりにバチン!!という大きな音がした。目を開くと黒い手の指が、何本か吹き飛んでいる。相変わらず、無数の手に掴まれて身動きは取れない。だが、あの黒い手はこれ以上土方に手出しが出来ない様子だった。
 心臓の辺りが淡く光ったかと思えば、急に熱を帯びた。そこから冷えきった身体が、少しずつ温かくなってきた。不思議と恐怖も消えていた。
「そうかずっと………」


※※※※※

―――――その昔、生まれたばかりの赤子が、木の幹の根本に捨てられていた。
 どこも酷い飢饉で子供を育てる余裕など、誰も持ち合わせていなかった。明日の暮らしさえままならない。木の皮や、雑草を食み、泥水をすすりどうにか生き延びていた。僅かな食料で殺し合いも起きた。飢えで死ぬか、殺し合って死ぬかのどちらかだった。
 その赤子も満足に乳を与えられず、もう間もなく命が尽きる。両親は泣く泣く子を捨てた。その両親も賊に襲われ、もうこの世にはいない。
 そこに同じ様に生まれたばかりの神様が、降り立った。どこもかしこも飢饉で人が死んでいた。罪を犯す者も沢山居た。でも、神様は直接手を出してはいけない。ただ平等に見ている事しか出来ない。それに、この神様にはまだ力がない。無力さに嘆き涙を流した。
 この世界はこれ程に美しいのに、これ程までに残酷なのか。それはこの世の理であるから、変える事は出来ない。生を司る神か居ると同時に、死を司る神も居るのだから。
 流す涙が雨になれば、どれだけ人が救えただろう。でも、生まれたばかりの神様にはそれだけの力はなかった。何も持っていないから、ただ命が尽きるのを見守ることしか出来ない。
 いや、一つだけその神様が持っているものがある。しかし、それは最大の禁忌である。そんな事をすれば帰ることも、神様であることも出来なくなる。
 もう泣いていない赤子に近付いた。鼓動も少し前に止まっている。迷いはなかった。最初で最後の人助けだ。
 森の中に赤子の泣き声が響いた。それを食べ物を探しに来た、若い夫婦が見つけ抱き上げる。自分たちの食べ物さえままならないのに、互いに頷くと来た道を戻っていく。
 その光景を恨めしそうに、一つの骸がずっと見ていた。


 赤子はすくすくと成長した。飢饉もどうにか乗り越えて、僅かではあるが食べることが出来ている。子宝に恵まれなかった夫婦にとって、赤子は本当に宝物であった。トシと名付けそれはそれは可愛がった。
 トシが五つになった時の事である。妻は庭で洗濯物を干していた。トシは縁側に座りそれを眺めている。
 そこに一羽の兎が迷いこんで来た。天敵に襲われたのか、傷だらけである。妻の前まで来るとパタリと倒れ息絶えた。可哀想ではあるが、これも自然の摂理である。
 そこへトシが寄って来た。まだ子供には難しいかと思ったが、いつかは直面する。どこかで戦が起きると噂に聞いた。こんな時代である。一人でも生きて行けるよう、強い子に育って欲しい。
 兎の前に座ったトシに、さてどこから話そうかと思った時であった。トシが二三回ほど兎を撫でた。すると、どうだろう。確かに死んでいた筈の兎が、息を吹き替えしたのである。兎はトシの周りを元気良く跳ねた後、森の中へと帰って行った。
 それが一度の事ならば、たまたま息を吹き替えしたのだろう、で済んだ。しかし、それが二回、三回と続けばおかしいと気付く。
 飢えた獣のいた森で生きていた赤子だ。この不思議な力も、神様からの贈り物であろう。益々夫婦は、トシを可愛がり大事に大事にする事にした。敏い夫婦は同時に、この力をみだりに使ってはならないとも教えた。世の中には、畏れる者や悪い者も居るのだからと。
 トシが八つになった時には、村人の怪我を触れただけで治してしまった。小さな村では話は一瞬にして広まる。連日のように村人が訪れて、治療して欲しいと頼む。
 最初は良かった。その話が隣のそのまた隣の村へと広まると、悪人までもが寄ってくる。金に物を言わせて、優先的に治療しろという者。トシを金で買おうとする者が後を絶たない。
 トシも夫婦も疲れ果てたある夜のこと。金目の物を狙った賊が侵入した。抵抗虚しく、トシを庇って夫婦は命を落とした。冷たくなった夫婦を泣きながら揺する。そんなトシを賊は冷たい刃で、背中を容赦なく突き刺した。
 それが一度目の出来事である。二度目の時はその力を気味悪がられ、両親によって命を絶たれた。三度目は座敷牢でその短い生涯を終えた。
 その身体に神様を宿した為か、転生する度に不思議な力を持って生まれてくる。そして、いつも大きくなる前に命を落としてしまうのだ。
 何度目かの転生の時である。幾人もの人間に追われていた。力のせいで「鬼の子」と言われ、村に住む全ての人間から悪意を向けられた。生かしていては災いをもたらすと、その村の占い師が言った。
 小さな身体で森の奥へと逃げてきた。逃がしてくれた両親は、村の人間に殺されてしまった。泣きながらも両親の為に、必死に逃げた。
 母親が縫ってくれた着物は、ボロボロになってしまった。父親が編んでくれた草履は、どこかで脱げてしまった。身体にはたくさんの傷が出来ている。辛くて辛くて仕方なかったが、それでも必死に足を動かした。
 もう歩くことすら叶わない。諦めようかとそう思った矢先。目の前に、傷付いた蛇と狐が現れた。その二匹は今にも死にそうである。
 ゆっくりと近付いて二匹を優しく撫でる。するとたちまち二匹の傷は、癒えてしまった。元気になって良かった、と二匹に笑いかけた時だった。
「こんな所にいやがったのか、この化け物!!」
 激痛と共に背中から刺されてしまった。それは一本だけでなく、しだいに二本三本と増えていく。口々に呪いよ言葉を浴びせ、その度に小さな身体を突き刺していた。
 それでも、最期に助けられて良かったと心から思い命を終えた。


※※※※※
 
 土方の頬に涙が伝う。全て思い出した。あの夢の正体は、あの赤子の魂と神様の記憶だったのだ。記憶の中には蛇と狐の神様も居た。何度も土方を助けようとして、何度も涙を流しているのが見えた。そして、自分を守っていたのは高杉たちだけではなかった。
 今までその記憶がなかったのは、土方に辛い思いをさせないように封じられていた。禁忌を犯したせいで、人間の理から外れた存在にしてしまったことをずっと悔いていた。人が持つはずのない力を持ち、同じ魂を持つ常に同一の存在としてしまった。
 あの神隠しの一件で、封じていたものが緩み夢となって現れた。初めて見た日は怖かったけれど、今は大丈夫である。存在を感じるだけで、話すことは出来ない。だが、優しさは伝わってくる。だから、それだけで充分だった。
 神様の行動は間違っていたのかもしれない。けれど、こうして生きているのは神様のおかげだ。あの時助けられなかったら、この世に生まれてくることはなかった。土方には力がなく、十六まで生きているのも何か意味があるのかもしれない。 
 同時に殺されてしまう理由も知った。犯人はあの黒い手の主だ。人に裏切られ苦しみの中で死んだ。世の中の全てを恨んでいた骸。死にたくない、全てを呪い皆殺しにしてやる。その骸は神様が赤子に宿る瞬間を見ていた。なぜ、自分が死んであの赤子が生きるのだ。アレがあれば皆殺しに出来る。
 骸の念は赤子の周りの者をそそのかし、時には取り憑いた。そして何度も殺し、魂ごと神様を我が物にしようとした。しかし、たった一つの骸の念だけでは、神様という高位の存在には敵わない。さらに、邪魔立てする蛇と狐まで現れてしまった。
 そこで、周りの怨念を集め力を付けていくことにした。幸いにも自分と似たような骸は、その辺に転がっている。戦乱の世になれば、毎日誰かが恨みながら死ぬ。平和になっても、人の恨みが消えることはない。
 何度も殺し弱らせて期を伺ってきた。しかし、本体が封じられてしまう。大方、いつものように蛇か狐が邪魔をしているのだろう。ギリギリで分身を世に放ち、封印を解かれる日を待っていた。
 目に見えない悪意は、昔よりも至る所に溢れている。それが骸の新たな目になっていた。使役可能な死霊や悪霊を少しずつ手に入れた。そして、土砂崩れによって封じられていた祠は壊された。
 そうして今に至る。骸は今度こそ神様が手に入ると目論でいた。しかし、誤算だったのは神様はひとつも弱ってなどいなかったのだ。
 土方にはもう恐れなどなかった。恐れは心を弱くする。心が弱くなれば、そこにつけ入れられる。けれど、土方には心強い味方が沢山いるのだ。それならば、何も恐れることはない。
「命を……俺たちを助けてくれてありがとう。ずっと守ってくれてたんだよな」
 神様が泣いているのが分かった。土方の気持ちなど言わなくても分かる。だが、言葉にするから意味があるのだ。全てのものが神様を否定しても、土方だけは神様を肯定していたい。少なくとも、あと二人はこの神様を肯定してくれるだろうけれど。
「大丈夫もう何も恐くなんかねぇよ」
 神様に自分に、目の前の敵に向かって宣言した。何も怖い物はない。なぜならば。
「悪ぃ、待たせたな十四郎」
「お待たせ、十四郎」
 土方にはとても頼りになる神様が、いつも側にいてくれるからだ。





「今の私は無敵ッス!なんでもブチ抜いてやるッスよ!!」
 岡田が結界の綻びを斬ったおかげか、力の戻りが早い。今では七割、八割まで戻ってきている。完全に戻るにはまだかかるだろうが、死霊を蹴散らすには充分だ。
 愛用の二丁拳銃は正確に死霊を撃ち抜いていく。数千年に及ぶ負の念は、倒した側から新たな死霊を産みだしていく。しかし来島の背後には、最新式の重火器が次々と現れた。
 空を飛ぶ者には対空ミサイル。多勢で向かう者にはマシンガンやロケットランチャー。空の薬莢が落ちる度に穢れた地を少しずつ浄化していく。 
「これじゃ埒があかないッスね。蜂の巣にされたいヤツからかかってくるッス!!」
 二丁拳銃をマシンガンに持ち変える。赤い弾丸は輝きながら、襲いくる死霊たちをなぎ倒していった。
 数は圧倒的に死霊の方が多い。だが、来島は全く絶望を感じていなかった。ここを守れるのは自分しかいない。信じて任せてくれた高杉が「大丈夫だ」と言ったのだ。それに、銀八も居る。土方を取り返せば高杉も本来の力を使う事ができる。
 だから何も負ける要素が何一つとしてない。信念も信頼も何一つ持たない、死霊たちに負けるはずがない。
「な、何スかあれ!?」
 ひときわ大きな死霊が姿を現した。死霊は巨大な骸骨となった。怨念の炎を纏い、暗く淀んだ眼窩には底知れぬ闇が渦巻いていた。そこからは幾百の怨嗟が漏れ、見る者の心を削るように響き渡る。
 一瞬怯んだ来島だが、銃のグリップを握り直す。コイツにも同じように銃弾の雨を叩きこんでやればいい。手は抜かない、油断もしない。他の死霊が見えないなら、全ての集合体である筈だ。ならば、コイツを倒せば問題ない。
「嘘……先輩ッ!」
「落ち着け。ここで冷静を欠いては思う壺でござる。拙者が動きを止める。少し時間稼ぎを頼めるか?」
「分かったッス!」
 持てる全ての銃弾を叩きこむ。それを合図に河上が跳躍した。倒すつもりで撃った弾丸は、骸骨傷一つ与えられなかった。いや、いくらかはダメージを与えたようだが、瞬く間に修復されているようだ。
「クソッ!」
 あと少し反応が遅ければ、来島の半身を持っていかれたかもしれない。凪払うように骸骨の手が襲う。通った後の地面には、大きく抉れた跡がある。さらに大地は腐っており、かすっただけでも大きなダメージになっていただろう。
 神であってもその力も体力も無限にある訳ではない。どれだけ強い神であっても、信仰が失くなれば弱くなり、いずれは消えてしまう。
 来島の弱点はそこである。見習いの立場である為、己の力のみに頼る以外にない。修行でいくらか信仰を集めていても、一時的なものだ。奉られるような場所がまだない来島には、常に供給される信仰がない。
 死霊と骸骨に叩き込んだ銃弾で、既に力の半分以上は持っていかれてしまった。残る全ての力を使ったとして、倒せるとは思えない。攻撃を避けながら、銃弾を打ち込んでみている。だが、一発当てた所で効果は全くない。
 河上に策があるようだが、このままでは負ける。骸骨が攻撃した側から、大地は腐り空気が澱む。時間が経てば経つ程に不利になる。瘴気が満ち始め、来島の力は徐々に奪われていった。
 突然、骸骨の動きが鈍くなった。よく目を凝らして見れば、その身体中に弦が絡まっている。しかし、動きを鈍くしただけであり、止めを刺せるということではない。来島の力は空っぽに近く、河上は骸骨を抑える為に力を使っている。それも完全ではなく、動く度に一本、二本と弦が切れていく。岡田が戻れば勝機があるかもしれない。だが、結界はそう簡単に破れはしないだろう。
「さて、そろそろ時間でござる」
「どういう事ッスか!?」
「もうすぐ特番で全国生中継による、視聴者参加型企画が始まる時間でござるよ。そこで俺の作った曲が歌われるのだが」
「はぁ!?こんな時に番宣なんてふざけてるんスか!?」
「ふざけてなどおらぬよ。これから唄われるのは"鎮魂の唄"よ」
 その瞬間、来島は身体の奥底から力が沸き上がるを感じた。神は人の信仰によってその力を保つ。信仰や祈りのなくなった神社は徐々に朽ちて滅びゆく。そこに奉られていた神は力をなくして消滅するか、悪しき神へと堕ちてしまう。
 これは祈りの力だ。神の根源となる人の祈りや願いの形。唄っている人たちはこの唄の意味を知らないかもしれない。それでも、心を同じにして唄い奥底に眠るモノを呼び覚ます。
「一人で効かぬなら、皆で唄えばよい。唄わなくともそれをテレビで視聴している者もいる。つまり、電波という擬似的な龍脈でござる。むしろ、現代ならそちらの方が強い」
 龍脈という一部の者しか知らない物より、電波という流れは圧倒的に認識されている。それを擬似的に龍脈と見立てる事で、鎮魂の儀を執り行うというのだ。
「ただ遊ぶ為に全国を回っていたのではござらぬよ。なかなかに骨が折れたが、役に立ったでござろう?」
 唄う声が集まり大きくなるにつれ、一時的にではあるが枯渇した龍脈さえも、活性化し始めている。そして、来島の力も身体の底から溢れ出してくる。それこそ無限に無敵にでもなったような感覚だ。
「先輩最高にカッコイイッス!!晋助様の次にッスけど!!」
「ほう、それは最高の褒め言葉でござるな」
 万斉の指から放たれた弦が巨大な骸骨を捉える。骸骨は弦から逃れようと踠くがビクともしない。
 やがて骸骨から光が生まれ、一つまた一つと天へと昇っていく。骸骨は僅かでも負のエネルギーを持ったものを無造作に取り込んでいた。それらは元々持っていた力は弱い。救いの手を差し伸べれば、すぐに天に昇れるものがほとんどであった。
 あれだけ巨大であった骸骨は、ゆっくりと形を崩していく。無数の光が天へ昇る光景は美しいとさえ思う。
「……で、ツアーはこの為だったんスか?」
「岡田の未来視で見えたのでな。元々、機能を失った龍脈をどうにかせねば、と思っていたが上手くいってよかったでござる」
「フン……今回はヘッドフォンはぶち壊さずにいてやるッス」
「ヘッドフォン何のことだ……?それより」
 河上の示す方向にはただ一つ残された光があった。その光は濁り弱く、今にも消えてしまいそうだった。
「あんたも神様だったんスね……」
 来島が光に触れると記憶が流れこんできた。小さな村の小さな祠で奉られていた。毎日誰かの信仰と、祠だってピカピカに掃除して貰っていた。
 それが戦争や時代の流れで、村自体が失くなってしまった。忘れられてしまった神様は消えるか、堕ちるかのどちらかだ。この神様は寂しさのあまり、堕ちてしまった。
「私の力少しだけ分けてあげるッス。次に出会ったら、一緒に修行して立派な神様になるッスよ」
 来島がその神様に力を分け与えると、見る間に輝きを取り戻した。そしてその神様もゆっくりと天に昇っていく。来島を通して人々の祈りも届いた筈だ。今度は間違えないようにと願うばかりだ。
「急ごう。晋助たちに追い付かねば」
 来島は天を見上げた後、河上の背を追った。まだ戦いは終わっていない。銃をホルスターに戻し走り出す。後ろから「ありがとう」と声が聞こえた気がした。


 
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