神様に愛され過ぎて困っています
一
「十四郎、これを祠に持って行ってくれるか?」
「おう、行ってくる」
土方家の裏にある小さな池には、古い祠がある。そこには代々龍神様が奉られていた。
その祠にお供えを持って行くのが毎日の日課だ。神様、仏様の類いは信じている方ではない。信じているとしたら、親代わりの義兄夫婦とマヨリーン占いくらいである。だが、なんとなくこの龍神様だけは信じている。お供えを持って行くのは小さな頃からの日課であったし、兄がよく龍神様の話を聞かせてくれたのでそのせいかもしれない。
本当にいるかどうかは分からない。しかし、土方家は昔から水に困る事や、水難に合う事がなかったと伝えられている。
日照りで水が干上がっても、どこからか湧水が湧いたというし、川に落ちても傷ひとつなかったという。他にも濁流が飲み込まれても土方家だけは無事だったとか、海で溺れて皆が諦めていたらケロリと何事もなかったように戻ってきたりとか。眉唾物の昔話ばかりだったが、不思議とそうなのかもしれない、と思っていた。
裏の池は日常から切り取られたかのように静かだ。風と木々の揺れる音。時おり生き物の鳴き声が聞こえてくる。池の水は澄んでいて、底まで綺麗に見えている。
祠は池の中央にある。少し苔の蒸した木製の桟橋を渡るのだ。そこを渡る時の足音さえ、特別な物のように感じてしまう。
お供えを置き、祠に手を合わせる。願い事を言うのではなく「行ってきます」だとか「こんな事があった」といった、ちょっとした報告をする。兄には小さな頃から「神様には頑張りたい事や頑張った事を報告するんだよ」と言われてきた。
なので、初めて友達と初詣に行った時に「何をお願いした?」と聞かれて本気で何の話かわからなかった。
そういうものだと知ったが、土方がする事は変わらなかった。それまでの習慣というのもあったし、そもそも誰かに願いを叶えて貰おうという気がなかった。願いは自分の力で叶える物だという考えだったからだ。
大事な試合があっても「勝てますように」ではなく「全力を出すので見守っていてください」であった。そうすると不思議と勝てなかった相手にも、勝ってしまったりする。そして家に帰ると祠に報告をして、とっておきのお供えをするのだ。
今日は「高校の入学式に行ってきます」と報告した。澄んだ池を優雅に魚が泳ぐのが見えた。勝手に池の主と呼んでいる。その主が自ら見送りをしてくれたなら、何かいい事があるかもしれない。それでなくとも、期待に胸が震えているのである。「いってきます!」と声をかけて、元気良く家へと走り出した。
「はい、今日から一年間君たちの担任になる坂田銀八で〜す。頼むからトラブルとか起こさないでください。面倒くさいんで」
なんともまぁやる気のない担任に当たったものだ。周りの生徒は、やり易そうとか、逆に楽しそうだとか喜んでいるようだったが、当たりかハズレか意見が別れそうだ。担任によって将来が左右されてもおかしくない、と思うのだがこの男で大丈夫だろうか。正直、不安しかない。
個人的には隣のクラスの担任の伊東先生がよかった。気難しそうではあるが、真面目そうだし剣道部の顧問でもあるらしい。
高校でも近藤、沖田と共に剣道部に入るつもりである。この高校は進学校ではないがスポーツに関しては中々の成績をおさめている。
県大会では常連だし、全国大会にも出場経験がある。実の所、強豪校から声を掛けられる程の実力はあった。心が揺らがなかった訳ではない。だが、近藤たちと一緒に居るからこそである。近藤に優勝のトロフィーを持たせたいと思っていた。
「多串くーん、多串くんいねぇの?」
多串って誰だ?変わった名前だなぁ、と思っていたら何故だか銀八と目がバッチリ合った。
「ちゃんといんじゃん。返事してよ多串くん」
「誰が多串だ!!」
なんだコイツ。多串って誰だよ。かすりもしていないし、出席番号で呼ばれているのだから順番的にもあり得ないだろう。担任にアタリ、ハズレがあるなら大ハズレである。前の方の席に座ってる総悟の肩が震えていた。悪戯好きの総悟が見逃すはずがない。振り返った口元がわざとらしく「お・お・ぐ・し」と動いた。
土方以降は普通に名前を呼ばれていく。担任に目を付けられるのうなマネをした覚えはない。銀八は最後までダルそうではあった。だが、名前を間違えられた以外にはふざける事もなかった。
最悪だとしか言いようがない。きっちり総悟には弄られるし、入学早々にツイていない。
これから一年間どうなるのだろうか。
※※※※※
HRが終わり、帰って行く一年生を教室の窓から見下ろす。なんともまあクセのありそうな生徒が揃ったものだ。
気紛れで教師というものに「成ってみた」ものの、人間社会は面倒事が多くてかなわない。ただ単純に教えるだけではなく、行事や保護者の相手など教師の休みは存在しないらしい。
それでも収穫はあった。人を探していたのだが、こんなにも簡単に見付かるとは思わなかった。担任教師と生徒となれば、ごく自然に近付く事が出来る。
栗色の髪の少年とゴリラを挟んで歩く黒い髪の少年。出会えたのが嬉しくて、うっかり意地悪をしてしまった。いくつ時代が巡ろうとも、魂の色も形も昔と何もかも変わらない。間違いなくあの子は「十四郎」だ。
「見ぃつけた」
教室に伸びる影には大きな尻尾が揺れていた。
「ただいま〜」
返事がないので、義姉は出掛けているようだ。この時間なら、夕飯の買い物に出掛けているのだろう。
ひとまず、自室に荷物を置きに行く。新しい鞄からこれまた新しい教科書を取り出す。パラパラとめくってもさっぱり分かる気がしないが、やはり嬉しい気持ちが沸いてくるのも事実なのだ。
勉強は得意ではないが、知らない事を知るのは意外に楽しい。将来役に立つかは分からないが、知らないよりはいい事だ。
制服を脱いで、買ったばかりのパーカーを着る。総悟に言わせれば「センスが悪い」らしいが、マヨネーズの何が悪いというのだろう。マヨリーンのワンポイントまで入っているのに。
入学式から宿題なんて物はないのでする事がない。義兄や義姉が戻ってくるにはまだ時間があるし、祠に報告に行く事にする。
日課でもあったし、物心付いた時から慣れ親しんだ庭のような場所だ。暇さえあれば遊びに出ていた。少々過保護気味な義兄も祠ならと許してくれた。
池があって危ないのでは、と思った事もあったがそもそも土方家に水難は無縁だ。祠の近くであったしその心配もなかったのだろう。
マヨネーズ味の菓子とスマホだけ持って外へ出る。新作の菓子はかなり美味しかったから、きっと龍神様も気に入ってくれるはずだ。本当はマヨネーズを毎日1本お供えしたいけれど、小さな頃に義兄に止められてしまった。こんなに美味しい物を龍神様が知らないのは可哀想だと思ったのに。
けれど「マヨネーズ味のお菓子ならいいよ」と言われた。なのでそれ以来自分で、とっておきとして用意するようになった。
祠に菓子とお茶を置き手を合わせる。お茶を置くのは、龍神様の喉が渇いてしまうだろうと思ったから。食べるのが駄目なら、飲み物としてマヨネーズを置こうとしたらやっぱり止められてしまった。
入学式があった事。近藤たちと同じクラスになれた事。高校でも剣道を続けるという事。それから、変な担任に当たってしまった事。聞いてもらったからか、イライラも少し落ち着いた。
一通り報告し終わって目を開けた時だった。
「こんな所に居たの?家に居ないから探しちゃったじゃん」
背後から見知らぬ男の声がした。いや、この声は聞き覚えがある。しかし、学校で聞いた間の抜けた声よりもどこか冷たいような、ゾワゾワとした怖さを感じるのは何故だろうか。
振り返ってはいけないような気がしたが、声の主が自分の思っている人物であるか確かめる必要がある。
「テメェなんでここに!?」
「テメェ、なんかじゃなく"銀八先生"って呼んでよ。土方くんなら"銀八♡"でもいいよ。むしろそれでお願いします」
「誰が呼ぶか!なんで、テメェがここに居るんだよ!」
「そりゃ、担任の先生だから可愛い教え子の家くらい知ってるでしょう」
笑っているのに、笑ってない。怖い。身体が震えそうになる。これは本能的な恐怖だ。逃げたいのに、逃げられない。逃げるとしてもどこに?前には銀八、後ろは池だ。
池に飛び込む?さして大きくない池だ。泳げない事はない。だが、すぐに追い付かれる可能性の方が高い。水着ならともかく、着衣では泳ぎにくい。体力を消耗しては逃げられるものも、逃げられない。
そうこうしているうちに、銀八は一歩、また一歩とこちらに手を広げて近付いてくる。背後には大きな九本の尻尾が、ゆらゆらと怪しく揺れていた。あと少しで触れられる距離になった時だった。
「おっと!危ねぇ、危ねぇ」
銀八が後ろに一気に飛び去る。さっきまで銀八の居た場所は大きく抉られていた。
「おい。クソ天パ。汚ねぇ手で十四郎に触るんじゃねぇ」
後ろからまた別の男の声がした。後ろには池と祠しかないはずである。振り返る勇気はない。
「晋ちゃんこわーい。そんなんじゃ、嫌わちまうぜ?」
きゃっ、と女の子がするようなポーズを取る銀八は全く怖がっている様子はない。ふざけたセリフを吐いているというのに、土方の背後に居る誰かを睨みつけている。
背後に居る男は敵か味方かも分からない。この男だって得体のしれない存在だ。自然と身体は強張り、震えそうになる。
「すまねぇ。怖がらせちまったな」
ポン、と優しく頭に手を置かれた。その仕草が義兄と似ているようて、少し違う。ヒヤリとし ているが、優しい手だ。初めてのはずなのに、この手を知っているような気がする。どこか、懐かしいような。
振り返ればそこには、前髪で片目を隠した男が居た。薄いベールがかかり、鮮やかな青い着物。一見すれば普通の人間だ。だが、耳のある部分にはヒレのようなものが。下半身は蛇のような身体が池から伸びている。誰がどう見ても人間ではない。
「行け」
男が一言放つと、池の水は形を変えて矢のように銀八を狙う。四方八方から飛んでくるそれらを軽々と銀八が避けていく。外れた矢は橋を地面を抉る。当たれば軽傷では済まされないだろう。
「ばーかばーか!んな攻撃当たらねぇよ!悔しかったら陸まで上がってき…えっまって、やめろおおおおお!!まっ…!ゴボおれ…!およゴボゴボゴボげなっ…!」
「陸が駄目なら水に引き込むまでよ」
軽口を叩いていた銀八の足を細く伸びた水が捕らえた。指揮者のように男が指を動かす。すると水は太くなり、さながらロープのようだ。水のロープは一つ二つと増えていき、完全に銀八を捕らえ池へと引きずり込んだ。
「調子に乗ってると足元を掬われるぜ?」
水の矢による攻撃は陽動で本命はこちらだったようだ。カナヅチらしい銀八は暫く暴れていたが、やがて大人しくなり浮かんでいた。
「ぐえっ」
ぐったりとした銀八が地面に投げられる。口に合わないと、池から吐き出されたようにも見えた。天パも尻尾もびっしょりと濡れている。
「十四郎、驚かせて悪かったな。まぁ、アイツはそれほど悪いやつじゃねぇが、いいやつでもねぇ」
「あんたは…?それに、なんで俺の名前知ってんだ?」
「あぁ、そりゃあ…あんだけ毎日、マヨーネーズ味の菓子を供えられりゃあな。嫌でも覚えるさ」
「えっ?どういう事だ??」
「俺は、ここの龍神様ってやつだよ、十四郎」
「はい…?えっええええええええええ!?」
静かな池に土方の絶叫が響く。そんな事は気にも止めず、龍神様と名乗った男はまた土方の頭をなでる。慈しむような優しい目と、暖かな優しい手が心地よい。
なんだかとんでもない事を言われてるが、目の前で色々な事が起こりすぎて「あ、そうなんだ」という謎の納得をしていた。小さな頃から毎日手を合わせていた龍神様なら、自分の名前を知っていてもおかしくはない。
実際にはかなりの異常事態で、かなりおかしな事になっているが。これ以上まともに考えればパンクしてしまう。土方の脳はある種の現実逃避する事を選んだ。
「てめぇ高杉!!俺が泳げないの知っててやりやがったな!!」
「チッ……まだ生きてたか」
高杉、と呼ばれた龍神様が土方を隠すようにして立ちはだかる。守るように胴体(と言えばいいのか)を土方の身体に巻き付ける。
一瞬だけ、そのままギュッとされるのではないかと思った。だが、緩く巻かれたそれは壁を作っているのだと理解した。
思わず触れてみれば、手と同じようにヒヤリと冷たい。その鱗は光に反射して虹色に輝き、池から出てきたはずなのに全く濡れていない。それでも、鱗に覆われたそこからは生命を感じた。
怖くない。初めて会ったというのに、ずっと前から知っているような気がする。この男は絶対に自分を裏切らないという確信まである。
「なぁ、あんたは本当に龍神様なのか……?」
「あぁ、そうだ。龍神様なんて堅苦しいのじゃなく、真名は教えられねぇが、気軽に高杉とでも呼んでくれたらいい」
「いや、そんな訳には……えと、アイツとは知り合いなんですか……?」
「知り合いというかただの腐れ縁みてぇなモンだ。一応アイツも神の部類にギリギリで入ってた」
「一応でもねぇし、過去形でもねぇ!!現役のお稲荷様だっつーの!!つーかマジで殺しにくるの、ありえなくねぇ!?ちょっと俺の十四郎にちょっかいかけただけじゃねぇか!」
「誰がお前のだ。近寄るな、天パが染る」
「うーつーりまーせんー!!お前は池に沈んでろ。中二病が染るだろ」
「はぁ?さっさと巣に帰れ糖尿」
「やんのか、高杉!!今日こそ決着つけてやらぁ!!ラグナロクにしてやるよ!!」
「上等だ!!」
さっきまでのシリアスな空気はどこへ行ったのか。急に小学生レベルの争いが始まった。完全においてけぼりだ。結局、龍神様の事も銀八の事も何一つ説明されていない。
しかし、目の前の超低レベルな争いは終わりそうにない。ラグナロクってこんなに低レベルだったのか、へーとぼんやりと二人の争いを見ていた。終りそうにない喧嘩に今日の夕飯なんだろう……と現実逃避を始めるとポケットのスマホが着信を知らせた。
「もしもし。えっ今から?悪ぃけどあんまり居れねぇぞ。はぁ?またかよ。あんたこの前もフラレただろ……わかった、わかった。駅前のファミレスだな。あぁ、大丈夫。野良猫が発情期みたいでさっきから暴れてんだ」
とりあえず、少し服が汚れてしまったから着替えに戻る事にする。スルリと龍神様の後ろから抜けても、相変わらず二人は喧嘩をしていて、全く気がついていない。「お前の母ちゃんデベソ」とか未だに使うんだ。漫画でしか見たことのない、ラグナロクに少し期待していた。だが、本物はかなり小規模で庶民じみているらしい。
「もしもし、義姉さん?ちょっと近藤さんと会ってくる。うん、夕飯までには帰ってくるから」
手短に連絡をするとソッとその場を後にした。
※※※※※
「ストーーーーップ!高杉!十四郎いねぇじゃん!!」
「……友達に会いに行っみてぇだな」
「十四郎いねぇなら、やめやめ」
「テメェがくだらねぇ事を言うからだろう」
「あ"っ!?テメェが突っかかってくるからだろうが!」
「いい加減にしろ。そんな事のために戻って来たのか?」
さっきまでじゃれ合っていた二人の空気が急激に変わる。高杉も銀八も真剣な表情になっていた。
「気を付けろよ。今世の十四郎は今まで転生した中でも一番強い氣を持ってる。現にあいつの両親は十四郎を狙ったヤツらに殺されてるんだ」
「ああ、分かってる。俺たちのせいで辛い思いをさせちまったのもな……今は俺の力で抑えちゃいるが、それでも多少漏れちまってる……常に霊体化しているまた子が付いてはいるが、油断はできねぇ。そういう、お前こそ分かってんだろうな?」
「当たり前だろ。何があっても十四郎を守る。例え俺が死んでも、お前が死んでも、その誓いは破らねぇ。ま、お前が死んだら、十四郎は俺がずっと愛してやるから心配すんな」
「そっちの方が余程心配だな」
過去に土方の魂に誓った。幾度、土方が形を変えて転生しても必ず守り抜く。どちらかが死ねば、生き残った方がその誓いを守る。
自分たちは土方によって生まれ落ち、土方によって生かされ、土方こそが己の存在理由だ。神と呼ばれるような存在になっても、それは変わる事はない。
「ところで、お前社はどうしたんだ?」
「そんなの、新八と神楽に任せて来たに決まってんだろ。流石に社を留守にする訳にはいかねぇしな」
「結局、気になって数百年面倒見てた……ってワケか」
「別に、そんなんじゃねぇよ。たまたま?ガキみてぇな神様見習いに懐かれちまっただけでぇ。本当はすぐに戻るつもりだったしぃ?」
「……まァでも、その手があったな」
「あ、やべ」
高杉は真面目な性格だ。悪く言えば融通が効かない。一度コレと決めたらそこから動こうとしない。自分が任された仕事は必ず最後まで一人でやり抜こうとする。……その仕事が高杉以外に出来る者がいなければの話であるが。
「お前、絶対に誰かに任せて学校に来るとかするなよ!?絶対にやめろよ!?」
「………」
「うわあああああ!!絶対に来るやつだ!!ラブコメはじまるやつだ!!先週のジャンプで読んだやつうううううう!!!」
銀八の絶叫が響く。土方とのハッピーラブコメ学園ライフが、音を立てて崩れた瞬間だった。
「全校集会とかダルすぎ」
「なんかあったの?」
「新しい先生が来るらしいよ!めっちゃイケメンだった!」
「マジで!やっば!!」
突然の全校集会にざわつくクラスメイトたち。総悟によると新しい先生が着任するそうだ。なんでも、急に前任の先生が急に実家に帰る事になったらしい。不幸な話ではなく、急に結婚が決まったそうだ。その先生には誰かと付き合っているような気配も噂もなかった。おめでた、という話もあるようで結局の所正確な事は分からない。
少し混乱はあったようだが、不思議なくらいに全てスムーズに進んだのだという。暫く退職の予定はなかったというのに、引き継ぎは全て終わっていて、後任もすでに決まっていた。まるで最初から予定されていたかのように。
「え〜皆さん、おはようございます。急な話ではありますが、養護教諭の大塚先生がご結婚の為に退職されることになりました。本日より、校医として着任された先生をご紹介します」
壇上の校長が新任の先生を呼んだ。その時に視界に入った銀八の顔はなぜかひきつっている。
袖から現れた真っ白な白衣を着た人物が壇上に現れると、女子生徒から黄色い悲鳴が上がった。そして土方も声を上げそうになった。
「皆さんおはようございます。本日より、着任しました高杉晋助です。若輩者ですがよろしくお願い致します」
端正な顔で微笑めば黄色い悲鳴がさらに大きくなった。まるでアイドルでも登場したかのようだ。
どう見ても龍神様だ。なぜか龍神様が校医として壇上に立って挨拶している。土方がどこに居るかなんて分からないくらい離れてるはずなのに、バッチリと目があった。微笑まれたが、営業用ではなく本気のものだ。逆に銀八の顔は恨みの籠ったような目で、龍神様を見ている。銀八も土方の視線に気付いて微笑んでみせたが、今更遅い。もう一度龍神様を見る。やはり土方だけを見て微笑んでいた。
(どうなるんだこれ―――!?)
神様を名乗る二人の男だけでも充分すぎる程の異常事態。さらにその二人は教師である。一方は担任で、一方は養護教諭だ。周りがざわつくなかで、ただ一人土方だけが混乱している。
思い描いていた高校生活とは程遠い幕開けであった。
「十四郎、これを祠に持って行ってくれるか?」
「おう、行ってくる」
土方家の裏にある小さな池には、古い祠がある。そこには代々龍神様が奉られていた。
その祠にお供えを持って行くのが毎日の日課だ。神様、仏様の類いは信じている方ではない。信じているとしたら、親代わりの義兄夫婦とマヨリーン占いくらいである。だが、なんとなくこの龍神様だけは信じている。お供えを持って行くのは小さな頃からの日課であったし、兄がよく龍神様の話を聞かせてくれたのでそのせいかもしれない。
本当にいるかどうかは分からない。しかし、土方家は昔から水に困る事や、水難に合う事がなかったと伝えられている。
日照りで水が干上がっても、どこからか湧水が湧いたというし、川に落ちても傷ひとつなかったという。他にも濁流が飲み込まれても土方家だけは無事だったとか、海で溺れて皆が諦めていたらケロリと何事もなかったように戻ってきたりとか。眉唾物の昔話ばかりだったが、不思議とそうなのかもしれない、と思っていた。
裏の池は日常から切り取られたかのように静かだ。風と木々の揺れる音。時おり生き物の鳴き声が聞こえてくる。池の水は澄んでいて、底まで綺麗に見えている。
祠は池の中央にある。少し苔の蒸した木製の桟橋を渡るのだ。そこを渡る時の足音さえ、特別な物のように感じてしまう。
お供えを置き、祠に手を合わせる。願い事を言うのではなく「行ってきます」だとか「こんな事があった」といった、ちょっとした報告をする。兄には小さな頃から「神様には頑張りたい事や頑張った事を報告するんだよ」と言われてきた。
なので、初めて友達と初詣に行った時に「何をお願いした?」と聞かれて本気で何の話かわからなかった。
そういうものだと知ったが、土方がする事は変わらなかった。それまでの習慣というのもあったし、そもそも誰かに願いを叶えて貰おうという気がなかった。願いは自分の力で叶える物だという考えだったからだ。
大事な試合があっても「勝てますように」ではなく「全力を出すので見守っていてください」であった。そうすると不思議と勝てなかった相手にも、勝ってしまったりする。そして家に帰ると祠に報告をして、とっておきのお供えをするのだ。
今日は「高校の入学式に行ってきます」と報告した。澄んだ池を優雅に魚が泳ぐのが見えた。勝手に池の主と呼んでいる。その主が自ら見送りをしてくれたなら、何かいい事があるかもしれない。それでなくとも、期待に胸が震えているのである。「いってきます!」と声をかけて、元気良く家へと走り出した。
「はい、今日から一年間君たちの担任になる坂田銀八で〜す。頼むからトラブルとか起こさないでください。面倒くさいんで」
なんともまぁやる気のない担任に当たったものだ。周りの生徒は、やり易そうとか、逆に楽しそうだとか喜んでいるようだったが、当たりかハズレか意見が別れそうだ。担任によって将来が左右されてもおかしくない、と思うのだがこの男で大丈夫だろうか。正直、不安しかない。
個人的には隣のクラスの担任の伊東先生がよかった。気難しそうではあるが、真面目そうだし剣道部の顧問でもあるらしい。
高校でも近藤、沖田と共に剣道部に入るつもりである。この高校は進学校ではないがスポーツに関しては中々の成績をおさめている。
県大会では常連だし、全国大会にも出場経験がある。実の所、強豪校から声を掛けられる程の実力はあった。心が揺らがなかった訳ではない。だが、近藤たちと一緒に居るからこそである。近藤に優勝のトロフィーを持たせたいと思っていた。
「多串くーん、多串くんいねぇの?」
多串って誰だ?変わった名前だなぁ、と思っていたら何故だか銀八と目がバッチリ合った。
「ちゃんといんじゃん。返事してよ多串くん」
「誰が多串だ!!」
なんだコイツ。多串って誰だよ。かすりもしていないし、出席番号で呼ばれているのだから順番的にもあり得ないだろう。担任にアタリ、ハズレがあるなら大ハズレである。前の方の席に座ってる総悟の肩が震えていた。悪戯好きの総悟が見逃すはずがない。振り返った口元がわざとらしく「お・お・ぐ・し」と動いた。
土方以降は普通に名前を呼ばれていく。担任に目を付けられるのうなマネをした覚えはない。銀八は最後までダルそうではあった。だが、名前を間違えられた以外にはふざける事もなかった。
最悪だとしか言いようがない。きっちり総悟には弄られるし、入学早々にツイていない。
これから一年間どうなるのだろうか。
※※※※※
HRが終わり、帰って行く一年生を教室の窓から見下ろす。なんともまあクセのありそうな生徒が揃ったものだ。
気紛れで教師というものに「成ってみた」ものの、人間社会は面倒事が多くてかなわない。ただ単純に教えるだけではなく、行事や保護者の相手など教師の休みは存在しないらしい。
それでも収穫はあった。人を探していたのだが、こんなにも簡単に見付かるとは思わなかった。担任教師と生徒となれば、ごく自然に近付く事が出来る。
栗色の髪の少年とゴリラを挟んで歩く黒い髪の少年。出会えたのが嬉しくて、うっかり意地悪をしてしまった。いくつ時代が巡ろうとも、魂の色も形も昔と何もかも変わらない。間違いなくあの子は「十四郎」だ。
「見ぃつけた」
教室に伸びる影には大きな尻尾が揺れていた。
「ただいま〜」
返事がないので、義姉は出掛けているようだ。この時間なら、夕飯の買い物に出掛けているのだろう。
ひとまず、自室に荷物を置きに行く。新しい鞄からこれまた新しい教科書を取り出す。パラパラとめくってもさっぱり分かる気がしないが、やはり嬉しい気持ちが沸いてくるのも事実なのだ。
勉強は得意ではないが、知らない事を知るのは意外に楽しい。将来役に立つかは分からないが、知らないよりはいい事だ。
制服を脱いで、買ったばかりのパーカーを着る。総悟に言わせれば「センスが悪い」らしいが、マヨネーズの何が悪いというのだろう。マヨリーンのワンポイントまで入っているのに。
入学式から宿題なんて物はないのでする事がない。義兄や義姉が戻ってくるにはまだ時間があるし、祠に報告に行く事にする。
日課でもあったし、物心付いた時から慣れ親しんだ庭のような場所だ。暇さえあれば遊びに出ていた。少々過保護気味な義兄も祠ならと許してくれた。
池があって危ないのでは、と思った事もあったがそもそも土方家に水難は無縁だ。祠の近くであったしその心配もなかったのだろう。
マヨネーズ味の菓子とスマホだけ持って外へ出る。新作の菓子はかなり美味しかったから、きっと龍神様も気に入ってくれるはずだ。本当はマヨネーズを毎日1本お供えしたいけれど、小さな頃に義兄に止められてしまった。こんなに美味しい物を龍神様が知らないのは可哀想だと思ったのに。
けれど「マヨネーズ味のお菓子ならいいよ」と言われた。なのでそれ以来自分で、とっておきとして用意するようになった。
祠に菓子とお茶を置き手を合わせる。お茶を置くのは、龍神様の喉が渇いてしまうだろうと思ったから。食べるのが駄目なら、飲み物としてマヨネーズを置こうとしたらやっぱり止められてしまった。
入学式があった事。近藤たちと同じクラスになれた事。高校でも剣道を続けるという事。それから、変な担任に当たってしまった事。聞いてもらったからか、イライラも少し落ち着いた。
一通り報告し終わって目を開けた時だった。
「こんな所に居たの?家に居ないから探しちゃったじゃん」
背後から見知らぬ男の声がした。いや、この声は聞き覚えがある。しかし、学校で聞いた間の抜けた声よりもどこか冷たいような、ゾワゾワとした怖さを感じるのは何故だろうか。
振り返ってはいけないような気がしたが、声の主が自分の思っている人物であるか確かめる必要がある。
「テメェなんでここに!?」
「テメェ、なんかじゃなく"銀八先生"って呼んでよ。土方くんなら"銀八♡"でもいいよ。むしろそれでお願いします」
「誰が呼ぶか!なんで、テメェがここに居るんだよ!」
「そりゃ、担任の先生だから可愛い教え子の家くらい知ってるでしょう」
笑っているのに、笑ってない。怖い。身体が震えそうになる。これは本能的な恐怖だ。逃げたいのに、逃げられない。逃げるとしてもどこに?前には銀八、後ろは池だ。
池に飛び込む?さして大きくない池だ。泳げない事はない。だが、すぐに追い付かれる可能性の方が高い。水着ならともかく、着衣では泳ぎにくい。体力を消耗しては逃げられるものも、逃げられない。
そうこうしているうちに、銀八は一歩、また一歩とこちらに手を広げて近付いてくる。背後には大きな九本の尻尾が、ゆらゆらと怪しく揺れていた。あと少しで触れられる距離になった時だった。
「おっと!危ねぇ、危ねぇ」
銀八が後ろに一気に飛び去る。さっきまで銀八の居た場所は大きく抉られていた。
「おい。クソ天パ。汚ねぇ手で十四郎に触るんじゃねぇ」
後ろからまた別の男の声がした。後ろには池と祠しかないはずである。振り返る勇気はない。
「晋ちゃんこわーい。そんなんじゃ、嫌わちまうぜ?」
きゃっ、と女の子がするようなポーズを取る銀八は全く怖がっている様子はない。ふざけたセリフを吐いているというのに、土方の背後に居る誰かを睨みつけている。
背後に居る男は敵か味方かも分からない。この男だって得体のしれない存在だ。自然と身体は強張り、震えそうになる。
「すまねぇ。怖がらせちまったな」
ポン、と優しく頭に手を置かれた。その仕草が義兄と似ているようて、少し違う。ヒヤリとし ているが、優しい手だ。初めてのはずなのに、この手を知っているような気がする。どこか、懐かしいような。
振り返ればそこには、前髪で片目を隠した男が居た。薄いベールがかかり、鮮やかな青い着物。一見すれば普通の人間だ。だが、耳のある部分にはヒレのようなものが。下半身は蛇のような身体が池から伸びている。誰がどう見ても人間ではない。
「行け」
男が一言放つと、池の水は形を変えて矢のように銀八を狙う。四方八方から飛んでくるそれらを軽々と銀八が避けていく。外れた矢は橋を地面を抉る。当たれば軽傷では済まされないだろう。
「ばーかばーか!んな攻撃当たらねぇよ!悔しかったら陸まで上がってき…えっまって、やめろおおおおお!!まっ…!ゴボおれ…!およゴボゴボゴボげなっ…!」
「陸が駄目なら水に引き込むまでよ」
軽口を叩いていた銀八の足を細く伸びた水が捕らえた。指揮者のように男が指を動かす。すると水は太くなり、さながらロープのようだ。水のロープは一つ二つと増えていき、完全に銀八を捕らえ池へと引きずり込んだ。
「調子に乗ってると足元を掬われるぜ?」
水の矢による攻撃は陽動で本命はこちらだったようだ。カナヅチらしい銀八は暫く暴れていたが、やがて大人しくなり浮かんでいた。
「ぐえっ」
ぐったりとした銀八が地面に投げられる。口に合わないと、池から吐き出されたようにも見えた。天パも尻尾もびっしょりと濡れている。
「十四郎、驚かせて悪かったな。まぁ、アイツはそれほど悪いやつじゃねぇが、いいやつでもねぇ」
「あんたは…?それに、なんで俺の名前知ってんだ?」
「あぁ、そりゃあ…あんだけ毎日、マヨーネーズ味の菓子を供えられりゃあな。嫌でも覚えるさ」
「えっ?どういう事だ??」
「俺は、ここの龍神様ってやつだよ、十四郎」
「はい…?えっええええええええええ!?」
静かな池に土方の絶叫が響く。そんな事は気にも止めず、龍神様と名乗った男はまた土方の頭をなでる。慈しむような優しい目と、暖かな優しい手が心地よい。
なんだかとんでもない事を言われてるが、目の前で色々な事が起こりすぎて「あ、そうなんだ」という謎の納得をしていた。小さな頃から毎日手を合わせていた龍神様なら、自分の名前を知っていてもおかしくはない。
実際にはかなりの異常事態で、かなりおかしな事になっているが。これ以上まともに考えればパンクしてしまう。土方の脳はある種の現実逃避する事を選んだ。
「てめぇ高杉!!俺が泳げないの知っててやりやがったな!!」
「チッ……まだ生きてたか」
高杉、と呼ばれた龍神様が土方を隠すようにして立ちはだかる。守るように胴体(と言えばいいのか)を土方の身体に巻き付ける。
一瞬だけ、そのままギュッとされるのではないかと思った。だが、緩く巻かれたそれは壁を作っているのだと理解した。
思わず触れてみれば、手と同じようにヒヤリと冷たい。その鱗は光に反射して虹色に輝き、池から出てきたはずなのに全く濡れていない。それでも、鱗に覆われたそこからは生命を感じた。
怖くない。初めて会ったというのに、ずっと前から知っているような気がする。この男は絶対に自分を裏切らないという確信まである。
「なぁ、あんたは本当に龍神様なのか……?」
「あぁ、そうだ。龍神様なんて堅苦しいのじゃなく、真名は教えられねぇが、気軽に高杉とでも呼んでくれたらいい」
「いや、そんな訳には……えと、アイツとは知り合いなんですか……?」
「知り合いというかただの腐れ縁みてぇなモンだ。一応アイツも神の部類にギリギリで入ってた」
「一応でもねぇし、過去形でもねぇ!!現役のお稲荷様だっつーの!!つーかマジで殺しにくるの、ありえなくねぇ!?ちょっと俺の十四郎にちょっかいかけただけじゃねぇか!」
「誰がお前のだ。近寄るな、天パが染る」
「うーつーりまーせんー!!お前は池に沈んでろ。中二病が染るだろ」
「はぁ?さっさと巣に帰れ糖尿」
「やんのか、高杉!!今日こそ決着つけてやらぁ!!ラグナロクにしてやるよ!!」
「上等だ!!」
さっきまでのシリアスな空気はどこへ行ったのか。急に小学生レベルの争いが始まった。完全においてけぼりだ。結局、龍神様の事も銀八の事も何一つ説明されていない。
しかし、目の前の超低レベルな争いは終わりそうにない。ラグナロクってこんなに低レベルだったのか、へーとぼんやりと二人の争いを見ていた。終りそうにない喧嘩に今日の夕飯なんだろう……と現実逃避を始めるとポケットのスマホが着信を知らせた。
「もしもし。えっ今から?悪ぃけどあんまり居れねぇぞ。はぁ?またかよ。あんたこの前もフラレただろ……わかった、わかった。駅前のファミレスだな。あぁ、大丈夫。野良猫が発情期みたいでさっきから暴れてんだ」
とりあえず、少し服が汚れてしまったから着替えに戻る事にする。スルリと龍神様の後ろから抜けても、相変わらず二人は喧嘩をしていて、全く気がついていない。「お前の母ちゃんデベソ」とか未だに使うんだ。漫画でしか見たことのない、ラグナロクに少し期待していた。だが、本物はかなり小規模で庶民じみているらしい。
「もしもし、義姉さん?ちょっと近藤さんと会ってくる。うん、夕飯までには帰ってくるから」
手短に連絡をするとソッとその場を後にした。
※※※※※
「ストーーーーップ!高杉!十四郎いねぇじゃん!!」
「……友達に会いに行っみてぇだな」
「十四郎いねぇなら、やめやめ」
「テメェがくだらねぇ事を言うからだろう」
「あ"っ!?テメェが突っかかってくるからだろうが!」
「いい加減にしろ。そんな事のために戻って来たのか?」
さっきまでじゃれ合っていた二人の空気が急激に変わる。高杉も銀八も真剣な表情になっていた。
「気を付けろよ。今世の十四郎は今まで転生した中でも一番強い氣を持ってる。現にあいつの両親は十四郎を狙ったヤツらに殺されてるんだ」
「ああ、分かってる。俺たちのせいで辛い思いをさせちまったのもな……今は俺の力で抑えちゃいるが、それでも多少漏れちまってる……常に霊体化しているまた子が付いてはいるが、油断はできねぇ。そういう、お前こそ分かってんだろうな?」
「当たり前だろ。何があっても十四郎を守る。例え俺が死んでも、お前が死んでも、その誓いは破らねぇ。ま、お前が死んだら、十四郎は俺がずっと愛してやるから心配すんな」
「そっちの方が余程心配だな」
過去に土方の魂に誓った。幾度、土方が形を変えて転生しても必ず守り抜く。どちらかが死ねば、生き残った方がその誓いを守る。
自分たちは土方によって生まれ落ち、土方によって生かされ、土方こそが己の存在理由だ。神と呼ばれるような存在になっても、それは変わる事はない。
「ところで、お前社はどうしたんだ?」
「そんなの、新八と神楽に任せて来たに決まってんだろ。流石に社を留守にする訳にはいかねぇしな」
「結局、気になって数百年面倒見てた……ってワケか」
「別に、そんなんじゃねぇよ。たまたま?ガキみてぇな神様見習いに懐かれちまっただけでぇ。本当はすぐに戻るつもりだったしぃ?」
「……まァでも、その手があったな」
「あ、やべ」
高杉は真面目な性格だ。悪く言えば融通が効かない。一度コレと決めたらそこから動こうとしない。自分が任された仕事は必ず最後まで一人でやり抜こうとする。……その仕事が高杉以外に出来る者がいなければの話であるが。
「お前、絶対に誰かに任せて学校に来るとかするなよ!?絶対にやめろよ!?」
「………」
「うわあああああ!!絶対に来るやつだ!!ラブコメはじまるやつだ!!先週のジャンプで読んだやつうううううう!!!」
銀八の絶叫が響く。土方とのハッピーラブコメ学園ライフが、音を立てて崩れた瞬間だった。
「全校集会とかダルすぎ」
「なんかあったの?」
「新しい先生が来るらしいよ!めっちゃイケメンだった!」
「マジで!やっば!!」
突然の全校集会にざわつくクラスメイトたち。総悟によると新しい先生が着任するそうだ。なんでも、急に前任の先生が急に実家に帰る事になったらしい。不幸な話ではなく、急に結婚が決まったそうだ。その先生には誰かと付き合っているような気配も噂もなかった。おめでた、という話もあるようで結局の所正確な事は分からない。
少し混乱はあったようだが、不思議なくらいに全てスムーズに進んだのだという。暫く退職の予定はなかったというのに、引き継ぎは全て終わっていて、後任もすでに決まっていた。まるで最初から予定されていたかのように。
「え〜皆さん、おはようございます。急な話ではありますが、養護教諭の大塚先生がご結婚の為に退職されることになりました。本日より、校医として着任された先生をご紹介します」
壇上の校長が新任の先生を呼んだ。その時に視界に入った銀八の顔はなぜかひきつっている。
袖から現れた真っ白な白衣を着た人物が壇上に現れると、女子生徒から黄色い悲鳴が上がった。そして土方も声を上げそうになった。
「皆さんおはようございます。本日より、着任しました高杉晋助です。若輩者ですがよろしくお願い致します」
端正な顔で微笑めば黄色い悲鳴がさらに大きくなった。まるでアイドルでも登場したかのようだ。
どう見ても龍神様だ。なぜか龍神様が校医として壇上に立って挨拶している。土方がどこに居るかなんて分からないくらい離れてるはずなのに、バッチリと目があった。微笑まれたが、営業用ではなく本気のものだ。逆に銀八の顔は恨みの籠ったような目で、龍神様を見ている。銀八も土方の視線に気付いて微笑んでみせたが、今更遅い。もう一度龍神様を見る。やはり土方だけを見て微笑んでいた。
(どうなるんだこれ―――!?)
神様を名乗る二人の男だけでも充分すぎる程の異常事態。さらにその二人は教師である。一方は担任で、一方は養護教諭だ。周りがざわつくなかで、ただ一人土方だけが混乱している。
思い描いていた高校生活とは程遠い幕開けであった。
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