Le feuilleté des jours (ル フイエテ デ ジュール)
Ⅳ
あれから特に何事もなく高杉の店に通っている。坂田にも聞いてみたが「思春期じゃねぇの?」と特に問題ないと言っていた。
実際に直後に行った時には、いつも通りの高杉だった。変わらず態度も悪くて、気に入らない客が来た時は蹴り出した。ケーキは相変わらず美味いし、店内で食べて帰る事も許してくれている。ただ、ノートパソコンを開くとあまりいい顔はしてくれないが。
「うちはコーヒーショップじゃねぇんだよ」
「いやだってアイデア浮かんだら、形にしておきてぇだろ」
土方は企画を練っていた。上手くいけば大口の契約になるかもしれない。日々の業務に追われながらも、何かいい案はないかと頭を捻っている。
いつもは会社のデスクだったり、高杉の言ったようなコーヒーショップを利用する。でもなぜか、いいアイデアが浮かぶのはいつも高杉の店なのである。
頭を働かせるには糖分が必要であるし、環境が変わるのもいい刺激になる。高杉の店はその両方が叶う。長居する事にあまりいい顔をしないが、邪魔をする事はしない。
「よし!じゃあな高杉!」
一通り纏めるとすぐに店を後にする。翌日が休みの日ばかりではないし、なにより用事が済んだら帰るのが鉄則だ。ケーキも食べた、アイデアも纏めたとなれば土方は帰宅する。
長居した割に、あっさりと土方は店を後にする。食器を片付ける高杉が、少し寂しそうなことにも当然気づいていない。
「企画通ったのか!?」
「おう!トシやったな!!」
「げっ土方のが通りやがったのか。さっさと捨てちまえばよかったでさぁ」
土方の企画が通った。近藤と土方を中心に新規プロジェクトが立ち上がる。年末も近付き忙しさは倍以上だが、やる気に満ちていた。
プレゼンする会社は京都にある。昔からある所謂老舗企業というやつだ。伝統を重んじてはいるが、それだけでは駄目だと新しい風を入れたい。経営方針が変わるのは、多少の反発や混乱もある。だが、代々重役を勤めている佐々木が今では綺麗に纏め上げている。三天の怪物だとかいう異名を持ち、その経営手腕には目を見張るものがある。
老舗であり業界の中でも業績を上げ続けている。ここと契約が取れたなら、億単位の利益になる。同業者だけでなく、名のある大企業も契約を狙っている。相手が大きければ、大きい程に土方は燃え上がるという物だ。
「で、なんで俺の所でやるんだ?」
燃え上がる土方に対して高杉の方は冷ややかだ。暫くパソコンを開く所を見なかった為、終わったと思っていたのに、また持ち込んでいる。
モンブランを三口ほど食べた所で、土方はまたパソコンに集中してしまった。「美味い!」とは言われたが、やはり面白くはない。
「仕事は捗るし、ケーキは美味いし、高杉と居るのは落ち着くんだよなぁ」
ようやく四口目を食べた土方が言う。それを聞いて高杉はごく自然に「ならいいか」と思ってしまった。ここに坂田が居たなら確実に「チョロい」と感じていただろう。
「もうすぐプレゼンだからよ、もうちょっとだけな……?」
舌打ちで返事をされたが、追い出そうとしないのが答えだ。何気に冷めた紅茶を暖かい物に変えてくれている。あともう少し。あと少しでいい物が出来そうである。
「……んぉ……ヤベェ!?寝ちまってた!?」
柔らかな日差しが顔に当たり目を覚ました。急いで時間を確認するとまだ早朝のようである。しかし、目の前のパソコンは真っ暗だ。冷や汗をかきながら電源を入れる。完成した資料はしっかりと保存されていた。
「……よかった」
息を吐きながら背中を倒すと、床にブランケットが落ちた。昨夜、ブランケットを使った記憶はない。焦りで気付いていなかったが、背中にかけられていたようだ。ブランケットも資料の保存も記憶がないならば、それを行える人物は一人しかいない。
静かに立ち上がりショーケースの奥を覗きこんだ。そこには椅子に座って眠る高杉が居た。喋ると口が悪いのに、黙っているとまるで別人のように思える程に顔の作りがいい。
「……テメェやっと起きたのか」
静かに瞼が開いたと思ったが、開口一番これである。寝起きのせいもあるのか、三割増で目付きが悪い。あからさまな不機嫌オーラが漂っている。
「……悪い。俺寝落ちてたみたいで」
「テメェのせいで店は閉められねぇし、ここで寝るハメになっちまったろうが」
舌打ちのオマケ付きであったが、返す言葉もない。
「おい、時間は大丈夫なのか?」
「あ、あぁ。始業には余裕で間に合う」
「朝メシはアップルパイでいいか?」
「えっ?」
「あ゛?聞こえなかったのか?」
「アップルパイでいい!!」
「分かった」
高杉は一つ伸びをすると、キッチンへと向かった。暫くするとアップルパイとティーポットを持って戻ってきた。アップルパイは軽く焼き直してあり、バターの香りが鼻腔を擽る。「ディンブラだ」と言われ温められたカップに紅茶が注がれる。
フォークで切るとリンゴが溢れ落ちた。シナモンが程よく効いて美味い。生地はバターの風味とサクサク感でこちらも美味い。坂田ならもっと詳しく表現できるだろうが、土方にはこれが精一杯である。
高杉と向かい合って食事をするのは三回目くらいか。無言ではあるが嫌な感じはしない。高杉は口は悪いが所作は美しい。無駄な音も立てる事もない。
「何ジロジロ見てやがる。殺すぞ」
思い切り睨まれた。これが映画だったら、持っているフォークで一突きにされていたかもしれない。本業は殺し屋でパティシエは世を忍ぶ姿。法で裁けぬ悪を断罪する裏の顔がある―――そんな映画みたいな姿を妄想してしまった。少し笑ってしまい吹き出すと、再び睨まれた。
食器はそのままでいいと言われ身支度を整えると高杉の車に乗り込む。最初は嫌みのようだったこの車も、なんだか愛着が沸いてくる。
名残惜しそうに、なんて事はなく。高杉はさっさと走り去っていった。流石にもう慣れてしまったので、何とも思わない。
今回もまた高杉の世話になっている。プレゼンが成功して、契約が取れたらお礼に何かをしよう。どうせ嫌な顔をするだろうが。
水族館は気に入っていたみたいだし、今度は普通に誘ってもいいかもしれない。その時は連絡先を渡そう。連絡が来るかどうかは高杉次第でいい。まずは目の前の仕事を倒す。気合いを入れる為、両の頬を強く叩いた。
「高杉お前殺し屋にでも転職したのか?」
「あ゛?」
高杉の機嫌はすこぶる悪い。今まで生きてきた中で、一番最悪だと言ってもいいかもしれない。
指で会員証を弄びながら坂田がテーブルに頬杖をついている。目の前のケーキは食べ掛けで放置されていた。
坂田は心の中でニマニマと笑った。高杉の不機嫌な理由を知っているからだ。食べ掛けのケーキにもそれが出てしまって、いつもより味が落ちている。この試作のケーキを食べて欲しい人物は、長らくこの店に姿を見せていない。
本人に自覚があるのか、ないのか。端から見ても高杉は土方の事を気に入っている。人付き合いもほとんどなく、パーソナルスペースもかなり狭い。そこに土方をスルリと入れてしまっている。それに気付いていないのは、土方と高杉本人である。
今日だって土方を待っていた筈だ。ケーキの味や見た目が土方好みに寄せているのだから。これを無自覚でやっているのだから怖い。
「そうそう土方くんさ」
「何だ」
土方と名前を出すだけで反応が返ってくる。坂田が普通に話しかけると八割くらいは無視される。それが土方と言うだけで、十割返事が来るのである。
「転勤したんだよ」
「何……?」
転勤は嘘である。本当はただの長期出張だ。しかも京都だから新幹線で二時間ほど。土方のプレゼンが成功し、契約が決まった。取引先の佐々木という男に、いたく気に入られてしまったらしい。内容もかなり良い物だったが、最後の決め手は土方だったと言ってもいいかもしれない。
土方は嫌がったが大口の契約である。佐々木から是非にと言われ、社長からもよろしくと言われた。一介のサラリーマンに拒否権はない。近藤は子供が産まれたばかりである。沖田は佐々木の部下である今井と喧嘩する。そうなると、土方が一番の適任なのである。
「なんかね、取引先に気に入られちゃって、土方くんじゃないと嫌なんだってさ。それで向こうの本社に近い支社に転勤。いやーお陰でボーナスが増えてたよ」
ワザとらしくお金のポーズを取ると、高杉の眉間の皺がさらに増した。坂田はわざと気付かないふりをする。
「土方から転勤したの伝えてくれって頼まれてたからな。という訳で俺の仕事は終わり!じゃ俺はもう帰るわ。いやー土方くんのお陰で俺の部署も大忙しよ。じゃーな」
そう言うと坂田はさっさと店を出ていった。後には空の皿と、呆然とする高杉だけが残されていた。
高杉は何度目か分からないため息を吐いた。ここ暫く、店を開ける気にもなれず自宅で過ごしている。
連絡が取れないというのはこんなにも歯痒いものなのか。連絡先も知らず、いつ営業しているかも分からないケーキ屋に土方はどんな気持ちで通っていたのか。せめて連絡先だけでも聞いておけばよかったかもしれない。後悔した所でもう遅い。
年末はお互いに忙しいだろう。年が明ければ来ると楽観視していた。来たのは桂と朧に坂田、それにただの客ばかり。もう二月が来るというのに、待てど暮らせど来る気配はない。
転勤ならば挨拶の一つくらいしてもいいのではないか。だが、土方と高杉は客と店主以上の関係はない。一度、一緒に出掛けた事はあっても、アレは桂と朧が仕掛けた物だ。そうでなければ、他の人間か坂田とでも行っていただろう。
こんなにも店を開けないのは初めてだった。自宅よりも、店に居る時間の方が長かった。暇さえあればケーキの事を考えていた。定期的に通っていたジムにさえ行っていない。
立ち上がってはみるが、結局ソファかベッドに戻ってきてしまう。これではぐうたらな坂田以下だ。どうにもぽっかりと穴が開いてしまった感覚がする。その理由が分からないから、余計に穴が広がっていく。
スマホの通知が鳴った。そんな訳がないのに、期待をしたが相手は桂からである。「暫く店を開けてないようだが、体調でも悪いのか?」と気遣う内容だった。
悪いと言えば、悪いのかもしれない。だが、熱がある訳でも怪我もしていない。問題なく動けるし、飯も食える。日付は最後に店を開けてから、二週間近くも経っている。「何でもない」とだけ返事をした。
閉じ籠っているから悪化するのだ。こういう時は、無理矢理にでも動いた方がいい。そうでもしないと、桂と朧が自宅に突撃しに来る。面倒臭いし、いらぬ心配もかけたくない。
「店行くか……」
まずは店の掃除からだ。立ち上がるとシャワーを浴びるために、浴室へと向かった。
久しぶりに帰ってきた。怒涛のプレゼンから、契約内容を詰め、平行して年末に向かっての業務。気付けば年は明けていた。出張が終わる頃には春になろうとしている。ほぼ家と会社の往復と言ってもいい程に忙殺されていた。
さらに、休みの日にはやたらと佐々木に観光地を連れ回される。どんなに長くても二週間程度の出張が長期に渡ったのは、コイツのせいである。京懐石やらスイーツやらご馳走にはなった。だが、何か裏があるのではとあまり味はしなかった。
何度か一時的に帰っては来たが、高杉の店には行けていない。営業していなかったり、こちらで溜まった仕事や部屋の掃除が主になっていたからだ。
少し長めの休みを貰ったのもあり、久しぶりに高杉の店へと向かう。昼間にはS.Yoshidaにも顔を出した。特に朧にはいたく歓迎され、桂ともども相変わらずの様子であった。
出張の件は坂田を通して高杉に伝えてある。高杉からは特に伝言などなく「相変わらず人を殺しそうな顔してる」と言っていた。こちらも変わりがないようで嬉しく思う。
高杉の店が近付く度にワクワクしてくる。土産は日持ちのする物にしたし、開いてなければ出直すつもりだ。店の前に置いておくのは物騒だし、出来るなら手渡したい。
運良く店からは光が漏れている。高杉も多少は表情を変えてくれるだろうか。数ヶ月ぶりだからか「誰だお前」と、本気とも冗談とも付かない台詞を言われそうでもある。
店内も様子は何も変わっていない。ショーケースに並ぶケーキに、ほぼ形だけのテーブルとイスがある。暫くすれば奥から仏頂面の高杉が現れた。
「高杉、久しぶりだな!坂田の言う通り、変わりねぇみたいでよかった!これ、お土産な!」
見慣れた仏頂面に嬉しくなり、一気に捲し立て手には紙袋を握らせる。「いらねぇ」と返ってくるかと思ったが、一向に返事がない。
「……高杉?」
見れば高杉は幽霊でも見たような表情のまま、固まっている。さすがに不安になってしまう。
「お前……もう来ねぇんじゃなかったのか……?」
「……は?」
もう来ない、と言われても土方には全く心当たりがない。暫く来れなかったのは事実だが、出禁にならない限りは通うつもりである。
「来ねぇ……?俺が?」
「他に誰がいるんだ」
この場に居るのは高杉と土方だけだ。つまりは土方の事を言っているのは分かる。だが、なぜ来ないとなってしまっているのか。
「もしかして、出張の事を言ってんのか……?」
「出張……?」
「京都に出張になっちまったから、坂田に伝言頼んだんだが聞いてねぇのか……?」
それを聞いた高杉はなぜか無言のまま奥へと引っ込んだ。伝言を頼んでいたとはいえ、何も言わずに行った事を怒っているのだろうか。
「あの野郎、コロス」
高杉は静かに戻ってきた。右手に包丁を持って。
「待て待て待て!!高杉!!本当に殺し屋になっちまう!!」
「ア゛ァ゛!?アイツだけは生かしておけねェ!!」
このままでは本当にやりかねない。相当頭に来ているらしい。ドアに立ち塞がる事しか出来ない。
「坂田に頼んだ俺も悪かったからな!?だから包丁しまおうな!?」
殺気立つ高杉をどうにかなだめ、イスに座らせた。全身から嫌な汗が吹き出したせいで、気持ちが悪い。
改めて事の成り行きを話した。プレゼンが成功して、契約が出来た事。取引先に気に入られて、出張が延びに延びた事。うっかり坂田に伝言を頼んでしまった事。坂田の件以外は高杉は静かに聞いてくれていた。
「まさか出張が転勤になってるとは……」
仮に転勤だとしても場所が京都だと分かっていれば、ここまで大事にはならなかったはずだ。どんな意図があってかは知らない。土方が出張なのを坂田は知っている。勘違いではなく、確実にわざとだ。
「……俺が来なくて寂しかったって事か?」
「そんなんじゃねぇ」
転勤と聞いてもう来ないと勘違いした事もあってか、高杉は少しばつが悪い。坂田の事はキッチリと締めるが、動揺する高杉を見られたのは少し嬉しい。
「今日もケーキ食ってっていいだろ?」
「食ったらさっさと帰れよ」
やはりいつもの高杉が一番落ち着く。寂しくなかったと言いながら、向かい席に高杉は座っている。土方の土産話をつまらなさそうに聞きながらも、どこか機嫌が良さそうであった。
「スミマセンデシタ……」
朧、桂、高杉に囲まれながら、坂田は正座させられていた。あの後、土方から朧に事の顛末を全て伝えられたのだ。こうして詰められるのは当然の結果である。
「銀時、どうしてこんな事をしたのか、自ら答えられるか?」
声色は優しいが針を構えながら朧が問いかける。経絡を突けば自白させるのは簡単だが、あくまで自発的に答えさせたいからだ。
「あの……高杉が」
「あ゛?」
「最後まで聞けって!高杉が全然自覚する気配がねぇから、何かハプニングがあった方がいいかなって思ったんだよ!!」
「自覚?何をだ?……おい、ヅラなんだその顔は。朧兄さんまで」
高杉の発言に桂と朧まで驚いた顔をした。この場で理由が分かっていないのは、高杉だけである。
「高杉、お前……本気なのか……?」
動揺し過ぎた桂は「ヅラ」と言われた事にいつものお決まりの文句を返していない。坂田は「ほらな」といった顔をしている。
「俺が本気じゃなかった事があるのか」
高杉は人が嫌いでも、少々性格がネジ曲がっていても、根は真面目である。冗談を言う方ではないが、無駄に嘘をつく事もしない。だから、本当に気が付いていないし、何の話をしているかも分かっていない可能性がある。
高杉が他人に興味を抱くのは珍しい。というか、見た事がない。つまりそこから説明が必要になってくる。
「いいか、高杉。落ち着いて聞いてくれ」
「落ち着くのはお前らの方だろ」
「高杉、お前はな、土方の事が好きなんだ」
「………はぁ?なんで土方の名前が出てくる」
予想通り全く意味が分からないといった顔をしている。坂田が真剣に言っても伝わらない。
「……これは重傷だな」
「お前に言われたくねェ」
普段は電波気味の桂の言葉にムッとする。どう考えても朧を除けば、高杉が一番まともだと考えているからだ。
そもそも高杉が他人に興味を持つなど、珍しい事だ。子供の頃から警戒心が強かった。ある切っ掛けで、それはさらに顕著になった。今も交流があるのは、目の前の三人と虚。それに高校時代に出会った坂本くらいである。それ以外に交友関係を聞いた事がない。
つまり「他人に興味を抱いたり、好意を寄せる」という事にすら気が付いていないのではないか。
「あのな、高杉。お前は「土方」ってワードには絶対に反応するの。ほら今も」
「してねぇ」
「そうだぞ、高杉。お前はエリザベスの話は無視するのに、土方殿の事になると100%返事をするんだぞ!?エリザベスは無視するのにだ!」
それを聞いても高杉はどうもピンと来ていない様子だ。坂田と桂は頭を抱えた。朧に至っては育て方を間違えたかと悩んでいる。
こうなれば腹を括るしかない。分からないなら、分からせるまで。良くも悪くも付き合いは長い。高杉の扱い方は皆よく知っている。
「覚悟しろよ高杉ィ……」
さすがの高杉も三人の異様な様子に冷や汗を浮かべた。
「今日はこれを食え」
高杉の方から食べていくケーキを決められた。練習用に作った物があるから、試食しろという事だ。代金の代わりに感想を寄越せ。相変わらずの上からである。
まともな感想など言えた事がないのだが、高杉がそれでいいなら気にしない。どうせ高杉も期待はしていないだろう。合計で四つも食べられるなら、嬉しい以外の言葉はない。
土方の目の前に丸型のチョコレートケーキが置かれた。上には薄桃色のマカロンが乗せられている。そのまま高杉が向かいの席に座る。土方が食べている間は、奧に引っ込むのに珍しい。
「あんまりマカロンって食った事ねぇんだよなぁ」
土方はマカロンを手に取ると、一口で食べてしまった。
「おい、一口で食うんじゃねぇ。せめて味わえねぇのか」
マカロンは簡単そうに見えて、手のかかる菓子だ。それを一口で食べられてしまうのは、面白くない。
「へーい」
土方は適当な返事を返した。今度はケーキにフォークを入れる。高杉はそれが口に運ばれていくのを頬杖をついて眺めている。
「あんだよ」
「別に」
土方の口にはチョコレートとキャラメルの味が広がっていく。コーティングされていて見えなかったから、これは嬉しい驚きだ。
「美味ぇー!!」
「当たり前だ」
想いはケーキに託した。昔から言葉にするのは得意ではない。もし高杉が文豪であれば、洒落た言葉のひとつでも贈るのだろうけれど。
高杉自身もまだ自分の気持ちを全て知った訳ではない。気の迷いか、それとも本物なのか。分からないから、これからも変わらず土方に食べて貰うケーキを作る事にした。
高杉はただ静かに、ケーキを食べる土方を眺めていた。
あれから特に何事もなく高杉の店に通っている。坂田にも聞いてみたが「思春期じゃねぇの?」と特に問題ないと言っていた。
実際に直後に行った時には、いつも通りの高杉だった。変わらず態度も悪くて、気に入らない客が来た時は蹴り出した。ケーキは相変わらず美味いし、店内で食べて帰る事も許してくれている。ただ、ノートパソコンを開くとあまりいい顔はしてくれないが。
「うちはコーヒーショップじゃねぇんだよ」
「いやだってアイデア浮かんだら、形にしておきてぇだろ」
土方は企画を練っていた。上手くいけば大口の契約になるかもしれない。日々の業務に追われながらも、何かいい案はないかと頭を捻っている。
いつもは会社のデスクだったり、高杉の言ったようなコーヒーショップを利用する。でもなぜか、いいアイデアが浮かぶのはいつも高杉の店なのである。
頭を働かせるには糖分が必要であるし、環境が変わるのもいい刺激になる。高杉の店はその両方が叶う。長居する事にあまりいい顔をしないが、邪魔をする事はしない。
「よし!じゃあな高杉!」
一通り纏めるとすぐに店を後にする。翌日が休みの日ばかりではないし、なにより用事が済んだら帰るのが鉄則だ。ケーキも食べた、アイデアも纏めたとなれば土方は帰宅する。
長居した割に、あっさりと土方は店を後にする。食器を片付ける高杉が、少し寂しそうなことにも当然気づいていない。
「企画通ったのか!?」
「おう!トシやったな!!」
「げっ土方のが通りやがったのか。さっさと捨てちまえばよかったでさぁ」
土方の企画が通った。近藤と土方を中心に新規プロジェクトが立ち上がる。年末も近付き忙しさは倍以上だが、やる気に満ちていた。
プレゼンする会社は京都にある。昔からある所謂老舗企業というやつだ。伝統を重んじてはいるが、それだけでは駄目だと新しい風を入れたい。経営方針が変わるのは、多少の反発や混乱もある。だが、代々重役を勤めている佐々木が今では綺麗に纏め上げている。三天の怪物だとかいう異名を持ち、その経営手腕には目を見張るものがある。
老舗であり業界の中でも業績を上げ続けている。ここと契約が取れたなら、億単位の利益になる。同業者だけでなく、名のある大企業も契約を狙っている。相手が大きければ、大きい程に土方は燃え上がるという物だ。
「で、なんで俺の所でやるんだ?」
燃え上がる土方に対して高杉の方は冷ややかだ。暫くパソコンを開く所を見なかった為、終わったと思っていたのに、また持ち込んでいる。
モンブランを三口ほど食べた所で、土方はまたパソコンに集中してしまった。「美味い!」とは言われたが、やはり面白くはない。
「仕事は捗るし、ケーキは美味いし、高杉と居るのは落ち着くんだよなぁ」
ようやく四口目を食べた土方が言う。それを聞いて高杉はごく自然に「ならいいか」と思ってしまった。ここに坂田が居たなら確実に「チョロい」と感じていただろう。
「もうすぐプレゼンだからよ、もうちょっとだけな……?」
舌打ちで返事をされたが、追い出そうとしないのが答えだ。何気に冷めた紅茶を暖かい物に変えてくれている。あともう少し。あと少しでいい物が出来そうである。
「……んぉ……ヤベェ!?寝ちまってた!?」
柔らかな日差しが顔に当たり目を覚ました。急いで時間を確認するとまだ早朝のようである。しかし、目の前のパソコンは真っ暗だ。冷や汗をかきながら電源を入れる。完成した資料はしっかりと保存されていた。
「……よかった」
息を吐きながら背中を倒すと、床にブランケットが落ちた。昨夜、ブランケットを使った記憶はない。焦りで気付いていなかったが、背中にかけられていたようだ。ブランケットも資料の保存も記憶がないならば、それを行える人物は一人しかいない。
静かに立ち上がりショーケースの奥を覗きこんだ。そこには椅子に座って眠る高杉が居た。喋ると口が悪いのに、黙っているとまるで別人のように思える程に顔の作りがいい。
「……テメェやっと起きたのか」
静かに瞼が開いたと思ったが、開口一番これである。寝起きのせいもあるのか、三割増で目付きが悪い。あからさまな不機嫌オーラが漂っている。
「……悪い。俺寝落ちてたみたいで」
「テメェのせいで店は閉められねぇし、ここで寝るハメになっちまったろうが」
舌打ちのオマケ付きであったが、返す言葉もない。
「おい、時間は大丈夫なのか?」
「あ、あぁ。始業には余裕で間に合う」
「朝メシはアップルパイでいいか?」
「えっ?」
「あ゛?聞こえなかったのか?」
「アップルパイでいい!!」
「分かった」
高杉は一つ伸びをすると、キッチンへと向かった。暫くするとアップルパイとティーポットを持って戻ってきた。アップルパイは軽く焼き直してあり、バターの香りが鼻腔を擽る。「ディンブラだ」と言われ温められたカップに紅茶が注がれる。
フォークで切るとリンゴが溢れ落ちた。シナモンが程よく効いて美味い。生地はバターの風味とサクサク感でこちらも美味い。坂田ならもっと詳しく表現できるだろうが、土方にはこれが精一杯である。
高杉と向かい合って食事をするのは三回目くらいか。無言ではあるが嫌な感じはしない。高杉は口は悪いが所作は美しい。無駄な音も立てる事もない。
「何ジロジロ見てやがる。殺すぞ」
思い切り睨まれた。これが映画だったら、持っているフォークで一突きにされていたかもしれない。本業は殺し屋でパティシエは世を忍ぶ姿。法で裁けぬ悪を断罪する裏の顔がある―――そんな映画みたいな姿を妄想してしまった。少し笑ってしまい吹き出すと、再び睨まれた。
食器はそのままでいいと言われ身支度を整えると高杉の車に乗り込む。最初は嫌みのようだったこの車も、なんだか愛着が沸いてくる。
名残惜しそうに、なんて事はなく。高杉はさっさと走り去っていった。流石にもう慣れてしまったので、何とも思わない。
今回もまた高杉の世話になっている。プレゼンが成功して、契約が取れたらお礼に何かをしよう。どうせ嫌な顔をするだろうが。
水族館は気に入っていたみたいだし、今度は普通に誘ってもいいかもしれない。その時は連絡先を渡そう。連絡が来るかどうかは高杉次第でいい。まずは目の前の仕事を倒す。気合いを入れる為、両の頬を強く叩いた。
「高杉お前殺し屋にでも転職したのか?」
「あ゛?」
高杉の機嫌はすこぶる悪い。今まで生きてきた中で、一番最悪だと言ってもいいかもしれない。
指で会員証を弄びながら坂田がテーブルに頬杖をついている。目の前のケーキは食べ掛けで放置されていた。
坂田は心の中でニマニマと笑った。高杉の不機嫌な理由を知っているからだ。食べ掛けのケーキにもそれが出てしまって、いつもより味が落ちている。この試作のケーキを食べて欲しい人物は、長らくこの店に姿を見せていない。
本人に自覚があるのか、ないのか。端から見ても高杉は土方の事を気に入っている。人付き合いもほとんどなく、パーソナルスペースもかなり狭い。そこに土方をスルリと入れてしまっている。それに気付いていないのは、土方と高杉本人である。
今日だって土方を待っていた筈だ。ケーキの味や見た目が土方好みに寄せているのだから。これを無自覚でやっているのだから怖い。
「そうそう土方くんさ」
「何だ」
土方と名前を出すだけで反応が返ってくる。坂田が普通に話しかけると八割くらいは無視される。それが土方と言うだけで、十割返事が来るのである。
「転勤したんだよ」
「何……?」
転勤は嘘である。本当はただの長期出張だ。しかも京都だから新幹線で二時間ほど。土方のプレゼンが成功し、契約が決まった。取引先の佐々木という男に、いたく気に入られてしまったらしい。内容もかなり良い物だったが、最後の決め手は土方だったと言ってもいいかもしれない。
土方は嫌がったが大口の契約である。佐々木から是非にと言われ、社長からもよろしくと言われた。一介のサラリーマンに拒否権はない。近藤は子供が産まれたばかりである。沖田は佐々木の部下である今井と喧嘩する。そうなると、土方が一番の適任なのである。
「なんかね、取引先に気に入られちゃって、土方くんじゃないと嫌なんだってさ。それで向こうの本社に近い支社に転勤。いやーお陰でボーナスが増えてたよ」
ワザとらしくお金のポーズを取ると、高杉の眉間の皺がさらに増した。坂田はわざと気付かないふりをする。
「土方から転勤したの伝えてくれって頼まれてたからな。という訳で俺の仕事は終わり!じゃ俺はもう帰るわ。いやー土方くんのお陰で俺の部署も大忙しよ。じゃーな」
そう言うと坂田はさっさと店を出ていった。後には空の皿と、呆然とする高杉だけが残されていた。
高杉は何度目か分からないため息を吐いた。ここ暫く、店を開ける気にもなれず自宅で過ごしている。
連絡が取れないというのはこんなにも歯痒いものなのか。連絡先も知らず、いつ営業しているかも分からないケーキ屋に土方はどんな気持ちで通っていたのか。せめて連絡先だけでも聞いておけばよかったかもしれない。後悔した所でもう遅い。
年末はお互いに忙しいだろう。年が明ければ来ると楽観視していた。来たのは桂と朧に坂田、それにただの客ばかり。もう二月が来るというのに、待てど暮らせど来る気配はない。
転勤ならば挨拶の一つくらいしてもいいのではないか。だが、土方と高杉は客と店主以上の関係はない。一度、一緒に出掛けた事はあっても、アレは桂と朧が仕掛けた物だ。そうでなければ、他の人間か坂田とでも行っていただろう。
こんなにも店を開けないのは初めてだった。自宅よりも、店に居る時間の方が長かった。暇さえあればケーキの事を考えていた。定期的に通っていたジムにさえ行っていない。
立ち上がってはみるが、結局ソファかベッドに戻ってきてしまう。これではぐうたらな坂田以下だ。どうにもぽっかりと穴が開いてしまった感覚がする。その理由が分からないから、余計に穴が広がっていく。
スマホの通知が鳴った。そんな訳がないのに、期待をしたが相手は桂からである。「暫く店を開けてないようだが、体調でも悪いのか?」と気遣う内容だった。
悪いと言えば、悪いのかもしれない。だが、熱がある訳でも怪我もしていない。問題なく動けるし、飯も食える。日付は最後に店を開けてから、二週間近くも経っている。「何でもない」とだけ返事をした。
閉じ籠っているから悪化するのだ。こういう時は、無理矢理にでも動いた方がいい。そうでもしないと、桂と朧が自宅に突撃しに来る。面倒臭いし、いらぬ心配もかけたくない。
「店行くか……」
まずは店の掃除からだ。立ち上がるとシャワーを浴びるために、浴室へと向かった。
久しぶりに帰ってきた。怒涛のプレゼンから、契約内容を詰め、平行して年末に向かっての業務。気付けば年は明けていた。出張が終わる頃には春になろうとしている。ほぼ家と会社の往復と言ってもいい程に忙殺されていた。
さらに、休みの日にはやたらと佐々木に観光地を連れ回される。どんなに長くても二週間程度の出張が長期に渡ったのは、コイツのせいである。京懐石やらスイーツやらご馳走にはなった。だが、何か裏があるのではとあまり味はしなかった。
何度か一時的に帰っては来たが、高杉の店には行けていない。営業していなかったり、こちらで溜まった仕事や部屋の掃除が主になっていたからだ。
少し長めの休みを貰ったのもあり、久しぶりに高杉の店へと向かう。昼間にはS.Yoshidaにも顔を出した。特に朧にはいたく歓迎され、桂ともども相変わらずの様子であった。
出張の件は坂田を通して高杉に伝えてある。高杉からは特に伝言などなく「相変わらず人を殺しそうな顔してる」と言っていた。こちらも変わりがないようで嬉しく思う。
高杉の店が近付く度にワクワクしてくる。土産は日持ちのする物にしたし、開いてなければ出直すつもりだ。店の前に置いておくのは物騒だし、出来るなら手渡したい。
運良く店からは光が漏れている。高杉も多少は表情を変えてくれるだろうか。数ヶ月ぶりだからか「誰だお前」と、本気とも冗談とも付かない台詞を言われそうでもある。
店内も様子は何も変わっていない。ショーケースに並ぶケーキに、ほぼ形だけのテーブルとイスがある。暫くすれば奥から仏頂面の高杉が現れた。
「高杉、久しぶりだな!坂田の言う通り、変わりねぇみたいでよかった!これ、お土産な!」
見慣れた仏頂面に嬉しくなり、一気に捲し立て手には紙袋を握らせる。「いらねぇ」と返ってくるかと思ったが、一向に返事がない。
「……高杉?」
見れば高杉は幽霊でも見たような表情のまま、固まっている。さすがに不安になってしまう。
「お前……もう来ねぇんじゃなかったのか……?」
「……は?」
もう来ない、と言われても土方には全く心当たりがない。暫く来れなかったのは事実だが、出禁にならない限りは通うつもりである。
「来ねぇ……?俺が?」
「他に誰がいるんだ」
この場に居るのは高杉と土方だけだ。つまりは土方の事を言っているのは分かる。だが、なぜ来ないとなってしまっているのか。
「もしかして、出張の事を言ってんのか……?」
「出張……?」
「京都に出張になっちまったから、坂田に伝言頼んだんだが聞いてねぇのか……?」
それを聞いた高杉はなぜか無言のまま奥へと引っ込んだ。伝言を頼んでいたとはいえ、何も言わずに行った事を怒っているのだろうか。
「あの野郎、コロス」
高杉は静かに戻ってきた。右手に包丁を持って。
「待て待て待て!!高杉!!本当に殺し屋になっちまう!!」
「ア゛ァ゛!?アイツだけは生かしておけねェ!!」
このままでは本当にやりかねない。相当頭に来ているらしい。ドアに立ち塞がる事しか出来ない。
「坂田に頼んだ俺も悪かったからな!?だから包丁しまおうな!?」
殺気立つ高杉をどうにかなだめ、イスに座らせた。全身から嫌な汗が吹き出したせいで、気持ちが悪い。
改めて事の成り行きを話した。プレゼンが成功して、契約が出来た事。取引先に気に入られて、出張が延びに延びた事。うっかり坂田に伝言を頼んでしまった事。坂田の件以外は高杉は静かに聞いてくれていた。
「まさか出張が転勤になってるとは……」
仮に転勤だとしても場所が京都だと分かっていれば、ここまで大事にはならなかったはずだ。どんな意図があってかは知らない。土方が出張なのを坂田は知っている。勘違いではなく、確実にわざとだ。
「……俺が来なくて寂しかったって事か?」
「そんなんじゃねぇ」
転勤と聞いてもう来ないと勘違いした事もあってか、高杉は少しばつが悪い。坂田の事はキッチリと締めるが、動揺する高杉を見られたのは少し嬉しい。
「今日もケーキ食ってっていいだろ?」
「食ったらさっさと帰れよ」
やはりいつもの高杉が一番落ち着く。寂しくなかったと言いながら、向かい席に高杉は座っている。土方の土産話をつまらなさそうに聞きながらも、どこか機嫌が良さそうであった。
「スミマセンデシタ……」
朧、桂、高杉に囲まれながら、坂田は正座させられていた。あの後、土方から朧に事の顛末を全て伝えられたのだ。こうして詰められるのは当然の結果である。
「銀時、どうしてこんな事をしたのか、自ら答えられるか?」
声色は優しいが針を構えながら朧が問いかける。経絡を突けば自白させるのは簡単だが、あくまで自発的に答えさせたいからだ。
「あの……高杉が」
「あ゛?」
「最後まで聞けって!高杉が全然自覚する気配がねぇから、何かハプニングがあった方がいいかなって思ったんだよ!!」
「自覚?何をだ?……おい、ヅラなんだその顔は。朧兄さんまで」
高杉の発言に桂と朧まで驚いた顔をした。この場で理由が分かっていないのは、高杉だけである。
「高杉、お前……本気なのか……?」
動揺し過ぎた桂は「ヅラ」と言われた事にいつものお決まりの文句を返していない。坂田は「ほらな」といった顔をしている。
「俺が本気じゃなかった事があるのか」
高杉は人が嫌いでも、少々性格がネジ曲がっていても、根は真面目である。冗談を言う方ではないが、無駄に嘘をつく事もしない。だから、本当に気が付いていないし、何の話をしているかも分かっていない可能性がある。
高杉が他人に興味を抱くのは珍しい。というか、見た事がない。つまりそこから説明が必要になってくる。
「いいか、高杉。落ち着いて聞いてくれ」
「落ち着くのはお前らの方だろ」
「高杉、お前はな、土方の事が好きなんだ」
「………はぁ?なんで土方の名前が出てくる」
予想通り全く意味が分からないといった顔をしている。坂田が真剣に言っても伝わらない。
「……これは重傷だな」
「お前に言われたくねェ」
普段は電波気味の桂の言葉にムッとする。どう考えても朧を除けば、高杉が一番まともだと考えているからだ。
そもそも高杉が他人に興味を持つなど、珍しい事だ。子供の頃から警戒心が強かった。ある切っ掛けで、それはさらに顕著になった。今も交流があるのは、目の前の三人と虚。それに高校時代に出会った坂本くらいである。それ以外に交友関係を聞いた事がない。
つまり「他人に興味を抱いたり、好意を寄せる」という事にすら気が付いていないのではないか。
「あのな、高杉。お前は「土方」ってワードには絶対に反応するの。ほら今も」
「してねぇ」
「そうだぞ、高杉。お前はエリザベスの話は無視するのに、土方殿の事になると100%返事をするんだぞ!?エリザベスは無視するのにだ!」
それを聞いても高杉はどうもピンと来ていない様子だ。坂田と桂は頭を抱えた。朧に至っては育て方を間違えたかと悩んでいる。
こうなれば腹を括るしかない。分からないなら、分からせるまで。良くも悪くも付き合いは長い。高杉の扱い方は皆よく知っている。
「覚悟しろよ高杉ィ……」
さすがの高杉も三人の異様な様子に冷や汗を浮かべた。
「今日はこれを食え」
高杉の方から食べていくケーキを決められた。練習用に作った物があるから、試食しろという事だ。代金の代わりに感想を寄越せ。相変わらずの上からである。
まともな感想など言えた事がないのだが、高杉がそれでいいなら気にしない。どうせ高杉も期待はしていないだろう。合計で四つも食べられるなら、嬉しい以外の言葉はない。
土方の目の前に丸型のチョコレートケーキが置かれた。上には薄桃色のマカロンが乗せられている。そのまま高杉が向かいの席に座る。土方が食べている間は、奧に引っ込むのに珍しい。
「あんまりマカロンって食った事ねぇんだよなぁ」
土方はマカロンを手に取ると、一口で食べてしまった。
「おい、一口で食うんじゃねぇ。せめて味わえねぇのか」
マカロンは簡単そうに見えて、手のかかる菓子だ。それを一口で食べられてしまうのは、面白くない。
「へーい」
土方は適当な返事を返した。今度はケーキにフォークを入れる。高杉はそれが口に運ばれていくのを頬杖をついて眺めている。
「あんだよ」
「別に」
土方の口にはチョコレートとキャラメルの味が広がっていく。コーティングされていて見えなかったから、これは嬉しい驚きだ。
「美味ぇー!!」
「当たり前だ」
想いはケーキに託した。昔から言葉にするのは得意ではない。もし高杉が文豪であれば、洒落た言葉のひとつでも贈るのだろうけれど。
高杉自身もまだ自分の気持ちを全て知った訳ではない。気の迷いか、それとも本物なのか。分からないから、これからも変わらず土方に食べて貰うケーキを作る事にした。
高杉はただ静かに、ケーキを食べる土方を眺めていた。
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