土受ワンライ 輪・リング

 むかし、むかしある所に小さな村がありました。
 その村の近くの大きな池には、恐ろしい妖怪が住んでいると伝えられていました。なんでも蛇のような身体に、鋭い爪を持っていて、人間をバリバリ頭から食ってしまうのです。
 その妖怪は人間を食べる為に、災厄を何度も起こしてきました。そこで、村人は災厄を防ぐ代わりに生贄を出すことを決めました。若い女や身寄りのない者に厄介者。居なくなっても困らない人間を生贄として、妖怪に差し出していました。
 その村にトシという子が居ました。その子は村の商人の妾の子で、所謂隠し子というやつです。商人が亡くなってひょっこり出てきた厄介者でした。
 満場一致で、生贄はトシに決まりました。村中から石を投げられ、煙たがられていましたから、居なくなっても誰も困りません。
 ある日トシは綺麗な着物を着せられました。村人の一人に手を引かれて、池の近くまで連れて来られました。
「ここで待ってろ。そうすりゃ迎えが来る」
 それだけ言うと村人はトシを置き去りにしました。自分まで巻き込まれて、妖怪に食われたくないからです。
 一人ぼっちになったトシは言われた通りにそこに立っていました。暫くすると、霧が立ち込めて来ました。怖くなったけれど、ここで待ってろと言われました。もし村に帰れば、酷い目に遭うことも分かっています。
 どうしようかと途方に暮れていると、楽しそうに遊ぶ声が聞こえてきました。自分と同じ子供の声です。トシは気になって声のする方向に歩いて行きました。
 そこにはトシと同じくらいの男の子や女の子が遊んでいました。みんな狐のお面を着けています。
「一緒に遊ぼう!」
 一人の女の子がトシに気付いて声をかけてきました。すると次々に子供たちが「遊ぼう!」「遊ぼう!」と、輪の中にトシを入れてくれました。いつも一人ぼっちのトシは嬉しくなって、こくんと頷きました。
「じゃあトシくんが最初の鬼ね!」
 子供たちは手を繋ぎ輪になりました。その輪の中心にトシがいます。
「かーごめ、かーごめ。かーごのなーかのとーりーはー」
 初めてでしたが、村の子供たちが遊んでいたのを見ていたので知っていました。かごめ、かごめという遊びで、自分の後ろに誰が居るかを当てる遊びです。
「うしろのしょうめんだーあれ?」
 歌が止まりました。トシは後ろの子の名前を当てようとしました。でも、トシは誰の名前も知らないのです。答えようがありません。みんなお面を着けているから、顔も分かりません。男の子か女の子かも分かりません。そこでトシは怖くなって震え初めました。池の近くに人間を頭から食べてしまう妖怪が居ることも、思い出しました。
 クスクス、クスクス。子供の笑い声だけがこだましました。
 



 霧が晴れた頃、そこにはもう誰もいませんでした。



※※※※※

「晋助ーー、晋助ぇー?」
 自分を呼ぶ声に、池の主である蛟が駆けつる。駆け付けた先には、大きく成長したトシがポテチを食べなからテレビを見てた。
「どうしたトシ?」
「あれ欲しい」
「わかった、ちょっと待ってろ」
 と二つ返事で蛟は頷いた。テレビには新型のゲーム機が宣伝されていた。発売前から大人気で、抽選販売らしい。五十時間以上遊んでる人が対象となっていて、それでも申し込みが殺到しているそうだ。
 蛟はずっと昔からこの池に住んでいる。ちなみに災厄なんて一度も起こしたことがないし、人間も食べない。人間なんてゲロマズくて食べる気もしない。蛟には、綺麗な水と酒とヤクルコがあれば充分だった。いや、今はトシが居ないといけなくなったが。
 人間から勝手に送られてくる、生贄には辟易していた。そこで、腐れ縁の狐の妖怪に頼んでひとまず蛟の住む庵に保護出来るようにした。
 一旦保護して、希望者は村に帰るか、蛟と一緒に暮らすか、遠い土地で暮らすかとヒアリングする。大抵の人間は遠い土地で新しい人生を始める。なんの伝もないと大変だからと、いくらか金も持たせている。妖怪に金は不要だからだ。
 一部の物好きはそのまま蛟の庵に住み着いて、勝手に世話を焼いていたりする。蛟は別に住み着いた人間が何をしようと気にしない。二丁拳銃を撃とうが、アイドルをプロデュースしようが、一日中刀を眺めたり、フェミニストになっても好きにさせている。
 そんなある日、庵にトシがやってきた。幼い子供は初めてで、蛟の庇護欲がそそられた。それから蛟はトシを大層可愛がった。沢山服を買ってやり、沢山ご飯を食べさせて、欲しいと言った物はなんでも買ってやった。沢山沢山、愛情を注いでやった。
 やがてトシはそれはそれは美男子に成長した。蛟は正直とても好みだった。元からトシが大好きだったが、もうメロメロのベタ惚れしてしまった。そうして、我儘女王トシが爆誕したのである。
 トシは蛟に言えば何でもやってくれるし、何でも買ってくれると知っている。愛読書のマガジンは定期購入しているし、大好物のマヨネーズも定期的に届く。漫画もゲームも何でも買ってくれる。
 そんなある日、蛟とトシが大喧嘩した。理由はたいしたことではない。理由も忘れるくらいの小さなことだ。
「テメェそれ以上言うなら、頭から食ってやるからな!!」
 蛟は心にもないことをトシに言ってしまった。本当はそんなことは思っていないが、反射的に口から出ていた。トシを怒ったのはこれが初めてである。
 トシは目を見開いて驚いた顔をした。蛟は何でも聞いてくれて、どんな我儘もうんうん頷いて叶えてきてくれていた。ビックリし過ぎてポロリと知らぬ内に涙が流れていた。
 それを見て蛟は慌てふためいた。トシの泣いた顔が一番見たくないからだ。蛟は妖怪だったから、トシがどんな境遇だったかも調べられた。だから、甘やかし過ぎてしまった所はある。
「……………いい」
 ボソリとトシが何やら呟いた。よく聞き取れなくて「え?」と聞き返す。
「……お前に食われるなら、いい」
 トシはギュッと目を瞑って頭から食われるのを待った。池に住む妖怪は人間を頭からバリバリ食ってしまうからだ。トシは蛟が大好きだったから、蛟がそうしたいなら受入れる覚悟があった。
 それを見て蛟は全部許してしまった。惚れた弱みと言われればそうだ。どんな我儘を言われたって、惚れぬいてしまったから可愛くてたまらない。蛟はトシの鉄拳が飛んで来るまで、ぎゅうぎゅう抱き締めた。




「え?まだ食ってねぇの?」
 遊びに来た腐れ縁の狐が煎餅を食いながら言ってきた。狐は蛟がトシにベタ惚れなのを知っている。
「はぁ!?まだ告白もしてねぇのに、もう尻に敷かれてんのかよ!?」
 蛟の話に狐は驚きを隠せない。告白すらしていなかったとは。そこで蛟を呼ぶ声がした。最優先事項はトシだから、一応は客だが狐のことは放置が決定した。
(コイツら両想いなんだけど、結ばれるのはあと何百年かかるのだろう)
 と思いながら二枚目の煎餅に手を伸ばした。
 

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