土受ワンライ 十五夜(威土)
土方は私邸の縁側で、月を眺めながら酒を飲んでいた。丸く大きな月はやはり美しい。久しく夜空など見上げていなかったが、まだ江戸にも美しいものが残っていたようだ。
少し前まで夏であったのに、朝晩は冷えるようになった。日中に暑い暑いと言っても、日が落ちるのは早くなった。秋という実感はまだあまりないが、時期に冬になるだろう。
「やあ」
「お前普通に入ってこれねぇのか」
「もっと驚いてくれると思ったんだけど」
土方の目の前に、逆さまの神威の顔が現れた。腹の辺りに紐のような物が見える。それをどこかにくくりつけて、屋根の上から逆さまになって降りてきたらしい。変な登場の仕方はいいのだが、家だけは壊さないで貰いたい。
残念そうに神威は呟いた。そのまま「よっ」と声を出すと筋力だけで屋根に戻り、再び降りてきた。夜兎というだけあり、流石の身体能力である。
紐を外すと飽きてしまった玩具のように、ポイッと投げ捨ててしまう。飽き性なのもよろしくない。それに毎回片付けるのは土方なのだ。その辺りもどうにか改善して欲しい。彼の自由奔放さに振り回される、副官の苦労が目に浮かぶ。
「何しに来たんだ?」
「何って、かぐや姫が月に帰って来ないから、ウサギ自ら迎えに来たんだけど」
かぐや姫なんてどこで知ったのだろう。ロマンチストのようなセリフも、以前は吐かなかったはずだ。思い当たる人物が一人だけ居る。吹き込むなら、一般常識を教えてやって欲しい。テロリストに一般常識なんてものは、欠如しているだろうが。
「かぐや姫の話知ってんのか?」
「竹から出て来て月に帰るんでしょ」
「はしょり過ぎだ」
間違ってはないが、はしょり過ぎている。しっかり教えておくべきか、飽きて忘れてしまうのを待つ方がいいのか。
「ま、俺は月に帰す気なんてないけどね。『ウサギさんは実は宇宙海賊のボスで、かぐや姫を月よりももっと遠くの星に連れて行ってしまいました』なんてどう?」
「なんだそりゃ。まあでも悪くはねぇかもな」
定番のストーリーがひっくり返されるのは、なかなか面白いかもしれない。主人公とヒロインが逃避行なんてのもよくある話だ。天人という存在により、宇宙の広さを知ったのだ。そんな内容のかぐや姫があっても、おかしくはない。
「土方ってさ、なんだか奪いたくなっちゃうんだよね」
「誰から?」
「う~ん。全部?俺だけのモノにしたい、ってなぜだか思っちゃうんだ」
笑顔の裏にほの暗い独占欲が垣間見えた。本気を出せば、一人の人間を拐ってしまうくらい容易いだろう。
「俺ァ三人ほど粉かけられてるからな。無理難題は吹っ掛けてやるが、早くしねぇと逆に奪われちまうぜ?」
「ソイツら誰?教えて。ちょっと殺してくる」
「お前もよく知ってるヤツらだよ。あ、でも江戸では騒ぎを起こすなよ。めんどくせぇから」
確実に死人が出る。お巡りさんは忙しいのだから、一人の男を取り合って流血沙汰なんて構っていられないのだ。
「そんな事より団子でも食え」
殺気を出す神威の目の前に団子を出してやると、一瞬で目の色が変わった。意識を逸らすと機嫌が治るのは、子供と一緒である。
山盛り団子は次々と神威の腹に消えていく。すっかり食べる事に夢中になっている。
「……ウサギさんは罠にかかって、かぐや姫に捕らえられてしまい一生檻から出られませんでした」
「え?何か言った?」
「いいや、何も」
土方が怪しく笑ったのを月だけが見ていた。
少し前まで夏であったのに、朝晩は冷えるようになった。日中に暑い暑いと言っても、日が落ちるのは早くなった。秋という実感はまだあまりないが、時期に冬になるだろう。
「やあ」
「お前普通に入ってこれねぇのか」
「もっと驚いてくれると思ったんだけど」
土方の目の前に、逆さまの神威の顔が現れた。腹の辺りに紐のような物が見える。それをどこかにくくりつけて、屋根の上から逆さまになって降りてきたらしい。変な登場の仕方はいいのだが、家だけは壊さないで貰いたい。
残念そうに神威は呟いた。そのまま「よっ」と声を出すと筋力だけで屋根に戻り、再び降りてきた。夜兎というだけあり、流石の身体能力である。
紐を外すと飽きてしまった玩具のように、ポイッと投げ捨ててしまう。飽き性なのもよろしくない。それに毎回片付けるのは土方なのだ。その辺りもどうにか改善して欲しい。彼の自由奔放さに振り回される、副官の苦労が目に浮かぶ。
「何しに来たんだ?」
「何って、かぐや姫が月に帰って来ないから、ウサギ自ら迎えに来たんだけど」
かぐや姫なんてどこで知ったのだろう。ロマンチストのようなセリフも、以前は吐かなかったはずだ。思い当たる人物が一人だけ居る。吹き込むなら、一般常識を教えてやって欲しい。テロリストに一般常識なんてものは、欠如しているだろうが。
「かぐや姫の話知ってんのか?」
「竹から出て来て月に帰るんでしょ」
「はしょり過ぎだ」
間違ってはないが、はしょり過ぎている。しっかり教えておくべきか、飽きて忘れてしまうのを待つ方がいいのか。
「ま、俺は月に帰す気なんてないけどね。『ウサギさんは実は宇宙海賊のボスで、かぐや姫を月よりももっと遠くの星に連れて行ってしまいました』なんてどう?」
「なんだそりゃ。まあでも悪くはねぇかもな」
定番のストーリーがひっくり返されるのは、なかなか面白いかもしれない。主人公とヒロインが逃避行なんてのもよくある話だ。天人という存在により、宇宙の広さを知ったのだ。そんな内容のかぐや姫があっても、おかしくはない。
「土方ってさ、なんだか奪いたくなっちゃうんだよね」
「誰から?」
「う~ん。全部?俺だけのモノにしたい、ってなぜだか思っちゃうんだ」
笑顔の裏にほの暗い独占欲が垣間見えた。本気を出せば、一人の人間を拐ってしまうくらい容易いだろう。
「俺ァ三人ほど粉かけられてるからな。無理難題は吹っ掛けてやるが、早くしねぇと逆に奪われちまうぜ?」
「ソイツら誰?教えて。ちょっと殺してくる」
「お前もよく知ってるヤツらだよ。あ、でも江戸では騒ぎを起こすなよ。めんどくせぇから」
確実に死人が出る。お巡りさんは忙しいのだから、一人の男を取り合って流血沙汰なんて構っていられないのだ。
「そんな事より団子でも食え」
殺気を出す神威の目の前に団子を出してやると、一瞬で目の色が変わった。意識を逸らすと機嫌が治るのは、子供と一緒である。
山盛り団子は次々と神威の腹に消えていく。すっかり食べる事に夢中になっている。
「……ウサギさんは罠にかかって、かぐや姫に捕らえられてしまい一生檻から出られませんでした」
「え?何か言った?」
「いいや、何も」
土方が怪しく笑ったのを月だけが見ていた。
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