いつかこんな未来も-来るかもしれない運転-
「あ」
「どした?」
銀時の古傷を見て、昼間に合った事を思い出した。
帰ったら言おうと思っていたのをすっかり忘れていた。一緒に風呂に入っていなければ事後報告になる所だった。そうなるとこの男はとても五月蝿い。
「今日な、新人の隊士何人かと健康ランドに行ったんだが」
「はぁ!?お前の裸を他人に見せたんか!許さん、どいつだ!?」
「あのなぁ、誰がジジイの裸に興奮するんだよ。そりゃお前だけだ」
自分も銀時も60を越えて立派にジジイと言われる年齢だ。なのに銀時は一向に落ち着く気配がない。下半身だけは現役なのをどうにかして欲しい。下半身よりも上半身をしっかり動かして貰いたい。パチンコ以外で。
銀時は万事屋を次の世代に引き継ぎ(追い出されたとも言う)今は、お登勢の店を改装し不定期に定食屋をやっている。一方の俺は、真選組を引退した後も隊士の育成や相談役としてほぼ毎日のように屯所に通っている。
「稽古付けた後に、そいつらと健康ランドで汗を流したんだがそこで声を掛けられてな。俺の写真を撮りたいって言われた」
「写真だと!?グラビアか!?ヌードか!?まさかAVじゃねぇだろうな!?事務所どこだ!今から潰しに行く!!」
「お前、ちょっと黙れ」
「がぼがぼごぼぼぼぼぼ!(待って死ぬ死ぬ!)」
後頭部を掴んで湯船に付けて、五月蝿い口を黙らせる。言葉で言うよりも物理的に黙らせた方が早い。黙ってても煩いし。
「東京に出てきたばっかの写真家の兄ちゃんが、俺の身体の古傷を見て撮らせて欲しいって言われたんだ」
「そうね…げほっ…写真家ね…ぐすっ」
大人しくなった銀時に説明すれば納得してくれたようだ。人の話はちゃんと聞けってんだ。そういうのは昔から直っていない。
「最初は断ったんだが、顔は撮らねぇって言われたし、隊士のやつらも記念だと思ってやった方がいいって言うもんだから受ける事にした」
「はあああっ!?十四郎のエロボディがその他大勢のモブに晒されんのか!?屯所の連中だけでも牽制するのが大変なのに…!よし、そいつ闇討ちし」
「もっぺん沈むか?」
「すみませんでした」
「でだ、ひとつ条件を付けた」
「条件?」
「お前も一緒に撮る」
「俺も!?」
驚く銀時の身体に残る古傷を指でひとつひとつ撫でていく。俺以上に傷だらけのこの男がたまらなく好きなのだ。
「俺ぁ、お前の古傷見んの好きなんだ。特に、この肩口のヤツとかなぁ…?」
「誘ってる!?」
「さぁ、どうだろうな。逆上せるから先に出るぞ」
「お、俺も上がる!!」
風呂から上がると、ドタドタと銀時も後を付いてきた。ろくに身体も拭かずに出てきたものだから、周りはビチャビチャだ。せめてタオルを腰に巻け。下半身が煩い。
翌日、早速その青年に連絡を取った。了承する事を伝えると電話口から「ありがとうございます!」と嬉しそうな大きな声が聞こえた。電話の向こうでお辞儀をしているイメージが頭に浮かんだ。そういえば山崎にもそんなクセがあったな。その時は「すみません」だったが。
日時はいつでもいいと伝えた。組へ顔を出すのは午前中だし、今のところ警察庁に呼ばれたり企業からも声はかかっていない。銀時の方は暇を持て余しているから大丈夫だろう。最近、店も開けていないしゴロゴロしている所しか見ていない。日程が決まったら連絡しますと青年が言ったので、一度通話を着る。
一時間もしない内に男から連絡がきた。3日後にスタジオが予約できたので、13時頃にお願いします。準備はこちらでするので、手ぶらで構いませんという事だった。
その事を居間でゴロゴロとテレビを見ている銀時に伝えると
「ふぁーい」
となんとも気の抜けた返事が返ってきた。
3日後、指定されたスタジオに向かった。スタジオなど芸能人しか利用しないと思っていたが、案外そうでもないらしい。一般向けのプランもありプロのカメラマンが撮影してくれるサービスまである。中でも人気なのはコスプレ撮影だそうだ。本格的な人もいれば、小さな女の子が童話に出てくるようなお姫様になってみたりと様々らしい。専用のスタジオまであるのだから驚きである。
コスプレと聞いた銀時が「なんだって!?けしからん!!いや…まて、十四郎なら全然いけるな…」と案の定如何わしい方向に思考を巡らせていた。なんだ「いける」って。逝ってるのはお前の頭だ。
「こんにちは、土方さん!今日は宜しくお願いします!そちらが仰られていた方ですか?」
「ああ、こいつが銀時だ。悪ぃな我が儘言っちまって」
「いえいえとんでもない!無理を言ったのは僕の方なので。銀時さん宜しくお願いします」
「よろしくー」
にこやかに青年が迎えてくれた。スタジオには機材が用意されすぐにでも撮影が出来る状態にされてある。
「では、早速ですが脱いで貰えますか?」
「あぁ!?」
「ひっ…!」
銀時に威嚇された青年から悲鳴が漏れる。「先に説明しただろうが」と、顔を殴って止めさせる。
「悪ぃな。すぐコイツ黙らせるから」
「いえ、だ、大丈夫ですから…!」
「気にするな。おい、殺気を出すなクソ天パ」
必要なのは身体の方なので、少々顔を殴っても問題ないだろう。首から上は撮影しないと聞いているので、鼻血が出ようが天パだろうが関係ない。
「すんませんでした」
「あの…大丈夫ですか…?」
「はは…らいじょおぶ、らいじょおぶ」
「コイツも謝ってるんで許してやってください」
「あ、はい。僕は全く気にしてないので…。あの、本当に大丈夫ですか…?」
「大丈夫なんで。始めましょう」
銀時がくだらない事で殺気など出すから、青年が引いてしまったではないか。かわいそうに、青い顔をしている。だが、銀時もこれで少しは冷静になるだろう。いつまで流血している気だ。床が汚れるだろうさっさと止めろ。
フラッシュが焚かれ、ライトに照らされる。
背中にはレンズ越しに鋭い視線を感じる。
ただ撮るだけだと思っていた。それが簡単そうに見えて、これが中々に難しい。
立ち位置、姿勢や視線。光の加減だったりとそれだけで全く違う物になる。
記念写真や証明写真、戯れにスマホで撮られる事もあったがそれらとは違う。
撮られるだけ、というのは考えが甘かった。芸術は分からないが、これはそういう類いの物だ。知らなかった。記念に、と浮わついた理由で受けた自分を恥じる。
撮影者と被写体。世界は違えどこれもまた真剣勝負。その証拠に銀時もいつの間にか、真剣な表情になっている。木刀を握り、戦いの最中にいる時と同じ顔だ。
「最後1枚お願いします!」
その声に背筋が伸びる。隣の銀時を目線だけで見れば、より一層真剣な顔付きになった。目線に気付いた銀時が頷く。
「ありがとうございます!お疲れ様でした!」
撮影が終わり撮ったばかりの写真を何枚か見せて貰う。かなりの枚数を見せて貰ったと思ったが、実際には3桁は撮っているらしい。この中でさらにいい物を選び、調整すれば最後まで残るのは数枚だという。たった数枚、場合によっては1枚の写真の為に膨大な時間をかける。それでも評価されなければ食い扶持には繋がらない。厳しい世界だけれど、自分がやりたいと思ったから後悔はないと青年は笑った。
機材を片付け終わると、3人の腹から盛大に音が鳴った。そういえば、昼を食べた切りだ。外はもう既に暗くなっている。集中していたが為に、空腹に気付かなかったが、終わった事に安堵して緊張がなくなったらしい。それじゃあ飯でも行こうと、青年の車に乗り込んだ。
適当なパーキングに停めて店に入る。
空腹だけでなく疲労まで感じ、ゆっくりしたいという事で個室に入った。
そこでまた写真を見せて貰う。今度は今まで撮った物をだ。あれだけ殺気を飛ばしていた筈の銀時がやたら褒めちぎるものだから、青年が恥ずかしそうに笑っている。さっきの数時間で何があったんだ、という豹変ぶりである。 正直、俺も銀時も芸術関係には疎いというか興味がない。だから「これが綺麗だ」とか「これ美味そう」だとか感想とも言えないような言葉しか出てこない。だが、青年はそれでいいと言う。例え言葉に出来なくとも誰かの心を動かせたなら、それだけでいいのだと。
食事を終えると今日の写真は後日送って貰うことになった。こちらの事はいつでもいいから、まず自分の事をするといいと伝えた。
青年が財布を出そうとするのを止める。今日はいい経験をしたし学ばせて貰ったから、このくらい出させて欲しいと言った。初めは青年は申し訳なさそうにしていたが、銀時も同じ考えだったようでその後押しにより、申し出を受け入れてくれた。
別れ際に何度も頭を下げる青年に「気を付けて帰るように」と告げて別れた。
酒で少し火照った身体を冷ますために、家路をのんびりと歩く。
「この歳になっても学ぶ事はまだ多いな」
「ああ。たかが写真って思ってたけどよ、撮る時刀向けられてるような気がした」
「いかがわしい事とは真逆だったな」
「うるせー。だって脱ぐとかコスプレとか聞いたらそうなるだろ普通」
「AVの見すぎじゃぇの?………まだ隠してやがったか」
「断じてもう隠してねぇよ!!1枚も持ってねぇから!!」
「ふーん」
「信じてお願い!!」
必死な銀時に思わず吹き出した。思っていた以上の反応に笑いが止まらない。
「あ、お前分かってて言ったろ!!」
「さぁ、どうだろうな」
「ねぇから!絶対にねぇからな!!」
「はいはい。知ってるよ」
ケラケラと笑いながら2人で並んで歩いた。
それから3ヶ月程して、小包が届いた。
中にはアルバムと封筒が入っていた。
封筒にはお礼と写真が遅くなってしまった事の謝罪。それに加えてその時の写真が展示される事になったので見に来て欲しいと、招待状が一緒に入れられていた。
居間でゴロゴロとしてきた銀時と一緒にアルバムを開いた。作業で大変だったろうに、青年はわざわざ作ってくれたようだ。そこにはそれまで青年が撮っていた写真や、自分たちの写真が綺麗に並べられている。
「へぇーすげぇな…自分じゃねぇみたいだ」
「確かにな。こんな風になるのか」
同時に感嘆の声が上がる。首から上が写っていないせいか、別人のようにも思える。背中側や腹側、角度やモノクロであるかで全く違う人物のようにも感じてしまうから驚きだ。
「こんなに傷があったのか」
「ま、自分じゃ見えねぇ所もあるしな」
傷だらけでお世辞にも綺麗と言えるような身体ではない。刀傷や銃創、火傷の痕や痣。知らない人から見れば堅気ではないと引かれても文句は言えないだろう。
「何が良かったんだろうな。これだけ傷だらけなんて普通は引くだろ」
「ヤの付く自由業です、って言われてもおかしくねぇわな。むしろ納得するわ」
なぜあの時、青年は自分に声をかけたのだろうか。こんな傷だらけのジジイなんかよりも、いい被写体はもっと他にあった筈だ。何が青年の目に止まったのか。
「理由は分かんねぇけど、何か心が動くモンがあったんだろ」
「心が動く…」
「俺の傷もお前の傷も大事なモン守る為に出来た傷だ。だから、俺はこの傷を誇りに思うよ。だからさ、なんでか分かんねぇけどアイツはそういうの感じ取ったんじゃねぇの?」
銀時が着流しの上から背中の傷をなぞる。
守った物、守れなかった物。新しい命と失くした命。嬉しかった事も悲しかった事も身体に残った傷痕が全て覚えている。
「そうだな。傷だらけなのも悪くねぇな」
「おう。展示会も見に行こうぜ」
「来月の頭からか。楽しみだな」
「うん」
写真展はデパートの大ホールで行われていた。入り口には大きなパネルが立てられており、知名度のある催しのようだ。
いつもより少しいい着流しを出したら銀時は「いつものでいいだろ」と言う。「お前は戦場に寝間着で行くの」と返すと「いや行くの戦場じゃねぇし。え、というかこれ寝間着だと思われてた?」と少しばかり喧嘩になった。
エレベーターに乗ると目的の階はすでに押されていてむず痒くも嬉しくなる。
目的の階で降りると受付前のホールは賑わっていた。若い者や自分たちと同じくらいの年代、天人など多種多様な人たちが写真展に来ているようだ。
受付で招待状を見せ、代わりにパンフレットを貰う。パラパラと捲ると展示の解説や写真界隈では有名なのだろうという人物のコメントに何枚かの写真が載せられていた。これは後で読む事にして中に入る事にした。
中に入るとホールとうって変わって静かだった。皆、思い思いに写真を鑑賞している。人物や風景、動物など様々な写真が並んでいた。「ほー」とか「へー」とか2人で言いながら鑑賞する。結局のところ、良し悪しなど分かりはしないのだが純粋に好きだとか感じたならそれでいいのだ。
普段目にしているただの人間や風景をプロが撮るとこんなにも違うものなのかと改めて感心した。どれ程カメラ性能が良くても自分で撮ってもこうはならない。そもそも、スマホのカメラでさえまともに使いこなせていない。機能はありすぎるし、神楽にインストールされたカメラアプリで撮ったら、銀時の目がやたら大きく輝いていて笑い転げた。
「こりゃあ見事なもんだなぁ…」
「すげぇなぁ…」
青年が撮った写真は特等席のような場所に展示されていた。やっぱりむず痒い。背中を向けた男二人の写真は、見せて貰った時の写真とはまた印象が違った。全く別物ではないか、と思う程だ。被写体は自分たちの筈なのに全く実感がない。他の人物です、と言われてもすんなり受け入れてしまいそうだ。
けれど、確かにあれは自分たちである。自分の傷痕は分からなくても、相手の傷痕なら嫌という程見ているしなんなら場所も全部覚えている。ただ、銀時の肩口の傷痕が他の人間にも見られてしまうのは、失敗であったかもしれない。こんな歳になってまで嫉妬するなど、みっともないと思うが仕方ないとも思う。あれは自分だけの物だ。銀時には言ってやらないが。そういう部分も受け入れられるようになったのだから、大人になった方だ。
「すげぇんだけどさぁ…」
少し不満気に銀時がポツリと漏らす。
「十四郎は俺のなのに他のヤツに見られるのなんかヤダ」
「ヤダって、ガキかよ」
「だってよーお前のエロボディだけじゃなくて、俺しか知らない傷痕とか見られちまうんだぜ?俺の物でムラムラさせねぇからな!」
「ムラムラするのはお前だけだ。……まぁ、傷痕うんぬんは分からんでもねぇが」
「マジ!?よっし!今夜いっぱ」
「黙ろうな?」
「…はひっ」
公共の場でとんでもない事を口走りそうになった銀時を物理的に黙らせた。
静かになった所で、もう一度写真を見た。傷だらけの男たちの背中を向けて佇んでいる。この写真を見て他の人たちはどう感じるのだろう。
自分にはそれは分からないけれど、ただこの一つ一つの傷痕が堪らなく愛しいと思う。
出口からホールへと出ると青年が待っていた。事前に連絡をしていたので、それに合わせてわざわざ来てくれたのだ。一緒に食事をしながら近況や写真展の事を話した。楽しい時間はあっという間に終わってしまい青年との別れを惜しんだ。次は個展を開いてみせるから、きっと来て欲しいと約束をして。
「あー極楽うー」
「ジジイかよ」
「ジジイですけど?」
久しぶりに一緒に風呂に入らないかと誘うと直ぐ様銀時は頷いた。「早く風呂に入れ」と何度言っても適当に返事をするばかりだったのにこの変わり身の早さである。
今日の事を話したいといのもあったのだが、ひとつどうしても確かめておきたい事があったのだ。
「銀時」
「ん?なに、とうし…いででででででっ!!」
「やっぱり」
「やっぱりって何が!?」
腹を摘ままれた銀時が少し涙目になりながら問う。この感触は間違いない。写真を見た時に感じたあの違和感は間違いなではない。
「お前…太ったろ」
「えっ」
「前より肉が付いてる。太ったな」
「いやぁ…なんのことかな…?」
「目ぇ反らしてんじゃねぇよ」
「太ってねぇよ?ほら写真見たろ?細くて筋肉のついた綺麗な腰回りだったろ?」
「ああ。写真はな」
確かに写真の銀時は無駄な肉のないスッキリとした印象だった。
「撮やり方や角度、陰影なんかでスッキリ見せられるそうだ」
「へぇ~~~やっぱりあの兄ちゃんすげぇんだなぁ~~~」
目が泳いでいる。金槌なせいかバシャバシャと踠いている。
「ここの所、働きもせずゴロゴロゴロゴロばっかりしやがって…そりゃあ贅肉も付く訳だなぁ…?」
「ほら、だって俺も歳だし?ね?仕方ないよね?」
「ダイエットだ」
「えっ?」
「痩せるまで糖分は禁止。仕事に加えて運動もして貰う」
「えっ待って。無理だって。そんな事されたら死んじま」
「明日からだ。文句は言わせねぇよ…?」
「い、嫌だああああああ!!」
浴室に銀時の絶叫が響き渡った。
「ほらもう1周!!」
「無理無理無理!!ぜぇ…はぁ…もう…まじで、ぜぇ…しぬ…」
「まだウォーミングアップだぞ。このまま頓所まで走って、若い奴らの稽古だ。オラ、立て行くぞ」
「ひいいぃぃぃぃ鬼いいぃぃぃぃぃ!!」
かぶき町で鬼の副長が復活したと噂が流れる中、青年の写真が賞を取りちょっとした話題になっていた事を2人は知るよしもなかった。
