サブ土

「土方さん後ろです」
 そのスカしたような声に、後ろから迫った気配に一太刀を入れた。その影は悔しげな声を上げながら地に伏せた。
「いいタイミングでしたね」
「テメェの助けなんざ必要なかったがな」
 土方は刀に付いた血を払うと、舌打ちをしながら声の主を見た。
「おや、好意は素直に受け取っておくものですよ」
 屈強な攘夷浪士も震え上がらせるような眼光にも全く物怖じない。佐々木は地面に転がる死体には目もくれず、土方だけを真っ直ぐに見ている。
「テメェの好意なんて受け取ったら何を要求されるか分からねぇからな」
 答えながら携帯で組へと連絡を入れる。見廻組が介入したきたとなれば、手柄を横取りされる可能性がある。あげく、こちらには面倒事を押し付けられでもしたらたまったものではない。
「そんなに信用ないですかね。純粋な好意なんですが」
「はっ、気持ち悪ィ」
 佐々木の真意は分からない。本当かもしれないし、騙そうとしているのかもしれない。普段から腹の読めないそういう男だ。
 土方は懐から煙草を取り出した。火を付けると佐々木に顔を向ける。
「……まだ何かあんのかよ」
「いえ。昔、吸っていた事がありましてね。たまに吸いたくなる時があるんですよ」
「へぇ、初耳だなそりゃあ」
 潔癖な佐々木の事だから喫煙者も毛嫌いしているのかと思っていた。しかし、意外にも喫煙者だったという過去に少しだけ親近感が沸く。
 実際、佐々木の声がなければ反応が遅れていた。致命傷にはならずとも、何かしらの怪我は負っていたかもしれない。このまま借りを作っておくのも癪である。
「おい」
 すれ違いざまに、土方は火を付けたばかりの煙草を佐々木に咥えさせた。いつも無表情の男が僅かな反応をみせる。
「そいつは礼にやるよ」
「……あなた、まさか他の人にもやっていないでしょうね」
「はあ?するかよバカ」
 懐から再び煙草を取り出すも、そこには何も入っていなかった。まだ一口しか吸っていなかったのにと、グシャリと箱を潰す。
「副長ー!応援到着しました!」
「遅ぇんだよ山崎!煙草買って来い!!」
「ええ!?いきなり理不じ……!何も殴らなくても!!」
 佐々木は騒がしい声を背中で聞きながら、こめかみを押さえた。無自覚にこんな事をされてはこちらの身が持ちそうにない。土方という男はどれだけ人を狂わせてしまうかをもう少し自覚した方がいいだろう。
 少しだけ後ろを振り返ると、静かにその場を後にした。
 
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