パティシエ×リーマン

 通算十四回目の挑戦で、ついに営業中のパティスリーに出会った。あの時と変わらず、小さな窓から漏れる光のみ。看板も何もない。シャッターこそないが、ドアは客を拒んでいるようにも見える。
 休み明けの出勤時に、近藤の謝罪を受けた。飲み会での失態を奥さんに詰められたようである。その会話の中で、新居の近くにケーキ屋はあるかと聞いてみた。
「ケーキ屋?う~ん……確か聞いた覚えはねぇなぁ。引っ越す前に色々調べたが、なかった気がする」
 顎髭をさすりながらそう答えた。引っ越したばかり、というのもあるかもしれない。だが、近くに公園があるか、最寄りのスーパーはなどしっかり下調べをしていた。ケーキ屋は生活に必ず必要かと言われれば、あったら嬉しいくらいだろう。
 ちょうど火曜日が祝日であった。これはラッキーと確かめる為にもう一度行ってみる事にした。礼は早いほうがいいし、記憶も残っている内がいい。今度は、最寄りの駅も近藤の住所もしっかりと記録している。
 日中は犬の散歩や子供たちが元気に駆け回っていた。深夜とは全く様子が違っている。一応、持ち物を気にしてみたが、ケーキ屋のような箱を持っている人間はいなかった。
 近藤の新居の前に着いた。ここから逆方向に行けばあの男の店があるはずだ。送ってもらった時、おおよそ十分から二十分程で駅に着いたと思う。そうするとだいたい距離は十キロ程度だろうか。闇雲に歩いて、たどり着いた場所である。目印になるとすれば、昼間は降ろされているだろうシャッターくらいだろうか。
 検索してもあの男の店は出て来なかった。駅の近くにチェーン店が一件。次が一駅先になる。どんな手を使って、検索に出てこないようにしているのだろうか。あの凄みからして、ボンボンの道楽ではなく反社会的な方がしっくりきてしまう。
 情報がない以上は足で稼ぐしかない。動きやすい服装とスニーカーをはいた。これなら多少ウロウロしてもウォーキングに見える。
 散々歩き回って、もう脚が限界を訴えかけた時にようやく見つけた。住宅街に似合わないシャッター。間違いなくあの男の店だ。住所を記録し、念のため写真を撮っておく。もう一度検索してみるが、ケーキ屋らしき情報は見つからなかった。何かしら届け出や登録はしているだろうが、見つからない理由を考えても分かる訳がない。通報しようとかそういった目的もないので、男の店が見つかったならそれでいい。
 問題はここからであった。店は見付かっても営業していなければ意味がない。時間や曜日を変えて訪れてもシャッターは下ろされたままなのである。
 一度目、二度目はたまたま定休日だったのだと思った。そこから曜日を変えても駄目だった。ならばと時間を変えても駄目だった。こうなると変な意地が出てくる。あの男に玩具にされているようで腹立たしい。そうしてついに十回四目の挑戦で営業中の店に出会ったのである。
「帰れ」
 ドアを開けると早々に不機嫌な男が開口一番にそう言った。もし土方が客だったらどうしたのか。この無愛想な男の事だ「いらっしゃませ」の代わりが「帰れ」だとしてもおかしくない。
「帰れ、ってなぁ……こっちはこの前の礼をしに来てんだよ」
「はぁ?要らねぇ。帰れ」
 予想通りに「要らない」と言われた。だが負けず嫌いの土方である。せっかくとっておきを持参したというのに、渡せないのは負けた気がする。ドアの隙間に靴を入れ締まらないようにと抵抗する。男もヤクザみたいな風貌だが、土方も充分ヤクザのようなやり方をしている。
「……あの、すみません」
 後ろから声がした。振り返ると困った表情を浮かべた五十代くらいの男女が立っている。夫婦だろうか、どちらも品の良さそうな身なりをしていた。
「いらっしゃませ、中へどうぞ。……テメェはとりあえず座ってろ」
 男はため息を吐くと男女を案内する。土方には一睨みしてから席に座っているように言った。声色も対応も全く違う。その差に腹も立つが、招かれざる客でもあるのは事実。中に入れて貰えたなら御の字だ。礼と渡す物だけ渡したらさっさと退散してしまおうとイスに座った。
 ショーケースには六種類のケーキが並んでいた。作ってる人間には問題がありそうだが、ケーキに罪はない。普段土方がこっそり食べているケーキだって、どこかの知らないおじさんが作っているかもしれないのだ。
 男女は楽しそうにケーキを選んでいる。やはり甘い物は人を幸せにする。その姿を眺めていたら不意に男と目があった。親の仇かというほどに、思い切り睨まれる。
 男は出口まで見送りドアが閉まると、くるりと振り返った。大股で土方に近づき向かい側にどかりと腰を下ろす。真っ白なコックコートよりも真っ黒なスーツの方が似合いそうな態度である。
「で、テメェは何しに来た」
「一応、この前迷惑かけちまったしお礼をするのは当たり前の事だろ」
「そんな事でわざわざ来たのかよ。用は済んだろ。帰れ」
「まだ済んでねぇ。ケーキ屋に菓子折りって訳にはいかねぇから、代わりにうちの商品を持ってきた」
 土方は紙袋を男の前に突きつける。中には自信のある商品を詰め込んできた。
「だから要らねぇって言ってんだろ」
「これを見てもか!」
 会社の土方自身の自慢の商品である。数ある中から悩みに悩んで厳選したものだ。これを嫌いな人間が居る訳がない。必ず男だって喜ぶはずだと、中身を取り出した。
「なんだこれ」
「見て分からねぇか?マヨネーズだ!!」
「いや、だからなんでマヨネーズなんだよ」
 自信満々の土方とは対照に男は喜ぶ所か、理解不能という顔をしている。土方は土方でなぜこの素晴らしさを理解できないのか、と疑問に思っている。ご家庭用のマヨネーズから、贈答用のこだわり抜いた瓶入りのマヨネーズまで。自社製品でもあるし、土方が開発に関わった物もある。全て、と言いたい所を泣く泣く厳選したというのに目の前の男は無反応だ。
「マヨネーズは全人類が好きな調味料だろ!?」
「別に好きでも嫌いでもねぇよ」
 土方はその言葉に衝撃を受けた。まさか男のような人間が居るなんて思いもよらなかった。この男はもしかして人間ですらないのかもしれない。
「……受け取りゃあいいんだろ?」
 土方がショックを受けている姿が余りに憐れに思えたのか、渋々と男は受け取った。それを見て土方の顔は輝いたが、男の顔には大きく「めんどくさい」と書いてある。
 男は土方が満足したような表情を見て、出口へ案内しようと席を立とうとしたのだが。
「……ところであのケーキ買えたりしねぇか?どうしても食ってみてぇんだ!!」
 一生のお願い、とでも言うように土方は顔の前で手を合わせた。ここが本来会員制で男の選んだ人間しか利用できないのは知っている。だが、あんなケーキを見てしまって、食べてみたいという気持ちは抑えられない。
「……今回だけだからな」
 男は少し考えた後、諦めたように口にした。ここで変に帰すより、満足させてこれっきりにした方がいいと判断した。
「本当にか!?ありがとう!!」
 一瞬で土方はショーケースの前に座った。男はその様子に「そんなに食いかったのか」と思うと悪い気はしない。ケーキを見る土方の輝く目に少し機嫌が良くなった。
 土方はケーキを六種類を一つずつ頼んだ。値段は一般的なケーキの倍で、フルーツの乗った物は千円を超えていた。財布は痛いが背に腹はかえられない。支払いは現金のみで、給料前には厳しい物がある。
「出してねぇやつがあるが食ってくか?」
 物はついで、と男は土方にそう言った。自分の作った物に自信はあるが、他人の意見も大事である。ケーキを持って戻ってくると、背筋をピンと伸ばして座っている土方が居た。
 飾りも何もないチョコレートケーキを目の前に置く。すると、目を輝かせながらケーキと男を交互に見た。まるで餌を前にした犬のようだ。
「食っていい」
 それを合図にケーキにフォークが入った。まるで、壊れ物のように優しく扱っている。
「……うめぇ!!」
 その表情は驚きと感動に満ちている。誰かの口に入る瞬間はいつだって緊張するものだ。そして、美味しいという表情はいつだって嬉しい。
「こんな美味ぇのに、なんでちゃんとした店で売らねぇんだよ!?」
「売ってんだよ。店用にアレンジはするがな」
「どこだ!?どこにあんだよお前の店は!?」
 余程気に言ったのか少々食い気味に土方が問う。男はズボンのポケットから取り出したスマホを操作し、土方の目の前に出した。
「はぁ!?これS.Yoshidaじゃねぇか!!」
 S.Yoshidaは世界的にも有名なパティシエ吉田松陽の店である。数々の賞を受賞し活躍を期待されていたが、若くして病によりこの世を去った。今は弟子たちと双子の兄が引き継いでいる。
「そういうこった。今度からこっちに買いにいくんだな」
「でも、本当に?お前がぁ…?」
 確かに吉田には四人の弟子がいた。朧と桂はよくメディアにも出ていて看板のような物だ。残りの二人の内、一人は別の道を行った。もう一人は大層な人嫌いでメディアには一切出る事がないという。名前すら伏せる徹底ぶりである。
「信じるか信じねぇかは勝手にすりゃあいい。で、ケーキの感想は」
「今までで食べた中で一番美味い!でも、やっぱり足りねぇんだよなぁ」
「足りない?何がだ?」
 男は身を乗り出した。一人の職人としてレシピの改良の余地があるなら聞いておきたい。勿論、個人の好みもある為、全てが正しいとは限らない。だが、生の意見や感想は貴重である。
「そりゃあこれだよ」
 土方は自分の鞄からマヨネーズを取り出した。そしてなんの躊躇いもなく、ケーキに絞り出していく。美しいチョコレートは真っ白なに染まってしまった。
「テメェは出禁だ!!二度と来るんじゃねぇ!!」
 状況を理解する間もなく、土方は荷物と共に外へ蹴り出された。購入したケーキだけは丁寧に置かれている。ガチャンと鍵の閉まる音がして、おまけにシャッターまで下り始めた。
「はぁ!?ふざけんなよ!!」
 ようやく閉め出された事に気が付き腹が立った。マヨネーズは万能調味料であり、ケーキにだって合うのだから。美味しい物と美味しい物。好きな物と好きな物を掛け合わせれば、絶対に美味いのに。あのケーキだってまだ一口しか食べていなかった。マヨネーズをかければさらに美味しくなった筈なのに。
 軽く舌打ちをしてケーキの箱を持った。中身は崩れていない。少なくともあと六個はあるのだからと、自分を納得させる事にした。
 翌日、どうしても欲求を抑えられずにケーキを二つ会社に持ってきた。満員電車を避けて早めに出勤したから寝不足だが、ケーキの為なら多少の無理はする。
 まだ誰もいないオフィスに座ると早速保冷バッグを開けた。そこにはショートケーキとフルーツのタルト。一瞬あの男の顔が浮かぶが、頭から追い払った。手を合わせてさて食べようとした時だった。
「あれ?それケーキだよな!?ちょっとくれねぇ?」
 振り返るといつの間にか隣の部署の坂田がいた。甘党を豪語し糖尿寸前の男である。予想外の登場に焦っていると、坂田の手がフォークに伸びる。
「あ、おい!勝手に食うんじゃねぇ!」
 ちょっと所か半分近くを坂田に食われてしまった。しかも大事な苺の方をだ。
「俺のケーキ返せ!!」
 胸ぐらを掴むが、坂田の様子がどうもおかしい。いつもヘラヘラしてアホ面を晒しているのに、喋る事もなく真剣な顔をしている。
「どうした、坂田……?」
 不安になり掴んでいた胸ぐらから手を離した。なおも坂田は何か考えている様子である。暫くすると、意を決したように坂田が口を開いた。
「……これ、高杉のケーキだよな?どこでこれを手に入れたんだ?」
 そこにはいつになく真剣な表情をした坂田が居た。
 
 



とりあえずここまで!
何か浮かんだら続きが出るかもしれません…
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