アイドル×マネージャー
リビングの大きなソファベッドに土方を下ろす。自分よりも体格のいい人間を運ぶのは一苦労だ。いくら好きな相手といえど、体重が変わる事はない。自分以外にやらせる気はないが、重い物は重い。ジムを少し増やすかと考える。
土方は半分夢の中に居る。ムニャムニャと口元が動く。眠る顔は幼く、毎日怒っているような人間には見えない。
暫く顔を眺めた後、キッチンへと向かう。冷蔵庫からミネラルウォーターを二本取り出した。コンセントを抜いているから冷えてはいない。高杉の部屋として事務所が借りているが、土方と別の部屋で暮らしている。故に、殆ど使う事がないからだ。冷蔵庫を開けるまで買い置きしていた事さえ忘れていた。
リビングに戻り土方を優しく起こす。あんなに飲む土方は初めてだった。驚きもあったが、あんな風に可愛らしくなるのは誤算だった。知っていれば銀時を同席させていなかったのに。
「た、かすぎ……?」
「ほら、水。飲めるか?」
ボンヤリとした土方はボトルのキャップが上手く開けられないようだ。仕方ないなと薄く笑みを浮かべて、高杉は水を口移しで与えてやる。土方の手からボトルが滑り落ち転がっていく。
「ふっ…ぅん……」
そのまま深い口付けへと変わり、苦し気な声が土方から上がる。名残惜しいが口唇を離した。ぼんやりと潤んだ目は酒のせいか、乱された呼吸のせいか。
「ん」
土方が両手を広げた。そこに身を寄せれば優しい力で抱き締められる。
「大丈夫だ」
何も言葉にしていないのに、どうして正解を言い当てられるのか。大事な時には名を呼んで、あやすかのように抱き締められる。土方は恋人で、仕事のパートナーで、常に同等でいたい。それなのに、歳の差も人生経験も何一つ埋まらない。自分ばかりがガキのまま。抱き締められると安心するが、どうしてもそこを自覚してしまう。
初めは暇潰しで始まったこの仕事。適当にやって飽きたら辞めるか、クビにでもなると思っていた。それが、予想を遥かに超えて大きくなってしまった。巻き込まれているのは今や銀時と土方だけではない。画面の向こうだと思っていたテレビや雑誌。知らない人間にまで声をかけられるようになった。
ふとそんな場所に自分が居ていいのか、と思う事がある。確かにつまらなかった毎日を楽しいと思うようになった。なったけれども、楽しいの裏には苦しみもあり、人の悪意という物にも触れてきた。
「不安になっちまったか?」
「……なんで分かんだよ」
意地を張っても仕方がないと、素直に答えた。昔の高杉なら考えられない。土方の前なら全部さらけ出してもいい。そのくらいには人としても信頼を寄せている。
「お前の目がそう言ってんだよ……でも、もう方法は分かってんだろ?」
初めて土方に出会った高校時代。銀時と二人でからかってやろうとしたら、逆に返り討ちにあった。驚く程に手も足も出なかったのに、心はなぜか晴れやかだった。あの時土方は、高杉の痛みも苦しみも寂しさも全部受け止めて、全部殴り返してきた。
今思えばあそこまでボコボコにしなくてもよかったように思う。けれど、あの頃の高杉には本気でぶつかってくれる人間が必要だった。口数の少ない高杉にとっては物理的な方が良かったのかもしれない。完膚なきまでに叩きのめされて、心の内を全部吐き出した。「バラガキのトシ」を知ったのは、少し経った後。結局、三人とも似た者同士だったのだろう。
怪我も癒えた頃に1冊の真っさらなノートを渡された。多少更正はしても、すぐに優等生になれる訳でもない。「書き取りでもするのか」とわざとらしく言ってみた。
「暴力じゃなくて、言葉にしてみりゃあいいんじゃねぇのか?吐き出せねぇから余計に自分を傷付けちまうんだよ。誰に見せる訳じゃねぇ。日記でも絵でも好きなように書け」
うさぎの絵と「じゆうちょう」と書かれた明らかに子供向けのノート。それだけは癪に触ったが、言葉にするという事には納得をした。
その日から、なんとなしにノートに言葉を書き連ねてみていた。不思議と心が落ち着くような感覚があった。
「最近、荒れる事が少なくなったよな」
と銀時に言われ、高杉は自分の中の獣が大人しくなっている事に気が付いた。その頃にはノートは高杉の言葉で埋め尽くされていた。
そのノートが別の形で役に立つ日が来た。それぞれのソロ曲を作詞をしてみないかという内容だ。アイドル自身が歌詞を書くのは珍しく話題にもなる。高杉としても面白そうだと、二つ返事で了承をした。
簡単だろうと思った歌詞は想像以上に難航した。いつも渡される、キラキラしたような歌詞は高杉には書けない。土方の事は恋愛として好きだが、世の中が求めるような美しい物でもない。
締切は待ってはくれない。今更、出来ませんとも言えない。衝動のままに殴り付けた壁は凹み、拳からは血が滲んでいる。
痛みで少しだけ冷静さを取り戻す。冷たいシャワーでも浴びれば、もう少し頭もマシになるだろうと浴室へと向かう途中。ふと、あのノートの事を思い出した。暫く世話になってはいないが、一緒に持って来ていたはずだ。踵を返し、寝室へと向かう。仕舞い込んでいた荷物を全てひっくり返していく。見付からない焦りの中で、ようやく対面したノートは少しくたびれていた。懐かしさにページを捲る。全てを読み終わると、ノートを手に立ち上がった。
アイドルらしからぬ歌詞。しかしそのメッセージ性は強く揺さぶられる物があったらしい。多少の修正はあったものの、高杉の伝えたい部分は殆ど残っている。そうしてアルバムに収録されたその曲は、良い意味でも悪い意味でもかなり反響があった。
だが、それで高杉の道が決まったと言ってもいい。自称評論家の言葉よりもファンからの手紙に書かれた「この歌詞に救われました」「生きようと思いました」という沢山の言葉たち。きっと彼女や彼らにも、高杉と同じような獣が居て日々戦っているのだ。
壊したい衝動も暗い感情も、全て音と言葉にぶつければいい。叫びを悲鳴を拾い上げて世の中をぶっ壊せるくらいの音楽を作ってやると決めた。
「心配すんな。俺は高杉も銀時も見捨てたりしねぇ。仮に駄目になっても二人まとめて養ってやらァ」
「俺の方が稼いでる」
「いや、まあ……そうなんだが」
会社員のマネージャーとアイドルの稼ぎは全く違う。高杉は土方を養う気でいるのに、いつも先を越されてしまう。
「好きだ、十四郎」
「知ってるよ、晋助」
もっと土方への好意を示す言葉がある筈なのに、それが何かが分からない。好きだとか愛してるとか、そういうのではない別のものがある筈なのに。
「晋助、お前はここで立ち止まるようなヤツじゃねぇだろ?一番のアイドルになってやる、って啖呵切ったのはお前だろ?なら、俺をそこまで連れてってみせろよ」
不敵に笑う土方はさっきまでの酔っ払いとは別人のようだ。これだけ本音を言うのは、多少なりとも酒の影響があるだろうが。
「当たり前だろ。俺は出来ねぇ嘘は付かねぇ」
一人の人生を狂わせたのだから、その責任を負う必要がある。高杉も土方に良い意味で狂わされた。高杉はそれを幸運と思っているが、土方はどうだろか。しかし、土方が心から嫌だと言わない限りは、隣に居る事も一番を目指す事も辞めるつもりはない。
「頼むぜ」
「ああ」
力強く頷くと高杉は土方の腕の中から離れた。連休とはいえ、二日酔いや体調を崩して休みを無駄にしたくはない。やるべき事もやりたい事も山積みなのだ。休みだからと、銀時のように怠けている暇はない。
「おい」
服の裾を掴まれ、何故か土方から抗議の声が上がる。なんだと振り向けば、なんだか不満そうな顔をしている。
「あれだけ期待させといて何もなしか?」
高杉はその意味を直ぐ様汲み取った。煽った自覚もある。それに、こんな風に恋人に誘われて断るような人間はいないだろう。
今度は自分から土方の上にのし掛かり口唇を寄せる。だが、それは土方の手によって遮られた。
「おい、ここは嫌だ」
「なんでだ、前もここでヤッたろ」
「身体バキバキになんだよ」
ソファベッドではあるが、少々硬い。ここで致した翌日に土方は身体が痛いと嘆いていた。
「ベッドまで運べ」
抱っこを要求する子供みたいに土方は両手を伸ばす。いたずらっぽい笑みは明らかにワザとである。
「テメェで歩け」
「どこの世界に恋人をベッドまで歩かせるヤツがいるんだ」
「だったらここでヤればいい」
「ベッドじゃねぇとヤらねぇ」
クソッと軽く舌打ちをした高杉は諦めて土方を抱き上げる。上げられない事はないが、余裕とまではいかない。土方は満足そうに笑うと首へと手を回す。
「鍛え方が足りねぇな。近藤さん所のジム行くか?」
「ヤダ。アイツなんか馴れ馴れしいし。それに、他の男の名前出すんじゃねぇ」
クスクスと笑う様は鬼というより小悪魔である。余裕ぶったこの男を絶対に嫌と言う程に啼かせる。もう無理だと言っても、朝が来ても絶対にやめてやらない。そう心に決めると寝室へと向かった。
※※※※※※
「高杉バンド組むんだって?」
会場の楽屋で銀時が聞いてきた。「ああ」と着替えながら短く高杉が答える。
先日、高杉のプロジェクトが事務所を通った。要はアイドルとは別に、音楽をやりたいという事だ。
高杉が自身の言葉や音楽をアイドルとは別の形で伝えたいと考えていた。その矢先、楽曲提供をしている河上万斉と飲む機会があった。
現在はプロデュース業が主だが、過去にバンドとしても活動していた。名前を出せば知っている人間は多く業界内でも有名だ。
ソロ曲の歌詞を提出した時、河上は一番最初に高杉を褒めた。尖って荒削りではあるがいい物を持っている。厳しく妥協を許さない河上が褒めた。高杉のソロ曲にOKが出た一端でもある。
たまたま飲み屋で居合わせたのだが、高杉はこの偶然に感謝した。自分の考えを話た所、河上は乗り気で自らも参加したいと申し出た。後日、改めて構想を固め、バンドを組む事を決めた。
あまり伝のない高杉の代わりに、河上は数名の候補者を上げてきた。オーディションや会議を重ね最終的に、職人気質のギター岡田、赤いベースがトレードマークの木島、変態的に上手いドラムの武市、らが選らばれた。全員実力のある者たちだ。
発表されるのはまだ先であるが、水面下では順調に事が進んでいる。歌詞は全て高杉が書き下ろす。リテイクばかりでまだ仕上がっていないが、手応えを日々感じていた。
「一匹狼のお前がバンドって不思議だな」
「そうか?」
銀時が知る限り高杉の交友関係はかなり狭い。銀時を含めて友人と呼べるような人間は三人しかいない。そこに土方が加わってもせいぜい四人である。
高杉は変わった。本人に自覚があるかは分からないが。大人の悪意によって見えなくなった左目。それによって自ら閉じてしまった右目。土方に出会って、閉じていた目で世界を見るようになった。寂しさもあり、嬉しさもあり、土方に少しだけ嫉妬したりもした。
「何、笑ってんだ気持ち悪ぃ」
「別にぃ?晋ちゃんの成長を感じちゃったからねぇ」
「そういうお前はドラマ決まったんだろ?なんだっけか……大ボケ三人組だったか?」
「万事屋だよ!!一文字も合ってねぇじゃねぇか!!」
銀時が高杉に掴みかった時、ドアがノックされた。返事も待たずに土方が顔を覗かせる。
「お前らまだ着替えてねぇのか。遊んでねぇで早くしろよ。時間厳守だからな」
それだけ言うと土方は去って行った。銀時は掴んでいた高杉の胸ぐらから手を離す。時間はまだあるが、モタモタしていると土方からの拳骨を受ける事になるからだ。アイドルに対してどうかと思うが、顔は避けているからセーフらしい。
準備も終わり舞台袖に立つ。満員の会場からはざわめきと熱気が伝わってくる。
「本番五分前です!」
スタッフの声にも熱が入る。ツアー中のライブ本数は十を越えるが、このライブは一生に一度だけ。全通するファンも、この日だけのファンも全員等しく最高の時間を提供しなければならない。
「高杉、バンドやってもアイドルは辞めねぇんだよな?」
ステージに向かいながら銀時が問う。
「当たり前だろ」
自信に満ちた表情で高杉が答える。そして、後ろを振り返った。そこには腕を組み、二本のペンライトを持った土方が立っていた。
「俺の一番のファンが、辞めさせてくれねぇからな」
「俺たち、のだろ」
「そういう事にしといてやる」
客電が落ちると共に曲が始まり、大きな歓声が上がる。背中を見守られながら、二人はステージへと力強い一歩を踏みだした。
土方は半分夢の中に居る。ムニャムニャと口元が動く。眠る顔は幼く、毎日怒っているような人間には見えない。
暫く顔を眺めた後、キッチンへと向かう。冷蔵庫からミネラルウォーターを二本取り出した。コンセントを抜いているから冷えてはいない。高杉の部屋として事務所が借りているが、土方と別の部屋で暮らしている。故に、殆ど使う事がないからだ。冷蔵庫を開けるまで買い置きしていた事さえ忘れていた。
リビングに戻り土方を優しく起こす。あんなに飲む土方は初めてだった。驚きもあったが、あんな風に可愛らしくなるのは誤算だった。知っていれば銀時を同席させていなかったのに。
「た、かすぎ……?」
「ほら、水。飲めるか?」
ボンヤリとした土方はボトルのキャップが上手く開けられないようだ。仕方ないなと薄く笑みを浮かべて、高杉は水を口移しで与えてやる。土方の手からボトルが滑り落ち転がっていく。
「ふっ…ぅん……」
そのまま深い口付けへと変わり、苦し気な声が土方から上がる。名残惜しいが口唇を離した。ぼんやりと潤んだ目は酒のせいか、乱された呼吸のせいか。
「ん」
土方が両手を広げた。そこに身を寄せれば優しい力で抱き締められる。
「大丈夫だ」
何も言葉にしていないのに、どうして正解を言い当てられるのか。大事な時には名を呼んで、あやすかのように抱き締められる。土方は恋人で、仕事のパートナーで、常に同等でいたい。それなのに、歳の差も人生経験も何一つ埋まらない。自分ばかりがガキのまま。抱き締められると安心するが、どうしてもそこを自覚してしまう。
初めは暇潰しで始まったこの仕事。適当にやって飽きたら辞めるか、クビにでもなると思っていた。それが、予想を遥かに超えて大きくなってしまった。巻き込まれているのは今や銀時と土方だけではない。画面の向こうだと思っていたテレビや雑誌。知らない人間にまで声をかけられるようになった。
ふとそんな場所に自分が居ていいのか、と思う事がある。確かにつまらなかった毎日を楽しいと思うようになった。なったけれども、楽しいの裏には苦しみもあり、人の悪意という物にも触れてきた。
「不安になっちまったか?」
「……なんで分かんだよ」
意地を張っても仕方がないと、素直に答えた。昔の高杉なら考えられない。土方の前なら全部さらけ出してもいい。そのくらいには人としても信頼を寄せている。
「お前の目がそう言ってんだよ……でも、もう方法は分かってんだろ?」
初めて土方に出会った高校時代。銀時と二人でからかってやろうとしたら、逆に返り討ちにあった。驚く程に手も足も出なかったのに、心はなぜか晴れやかだった。あの時土方は、高杉の痛みも苦しみも寂しさも全部受け止めて、全部殴り返してきた。
今思えばあそこまでボコボコにしなくてもよかったように思う。けれど、あの頃の高杉には本気でぶつかってくれる人間が必要だった。口数の少ない高杉にとっては物理的な方が良かったのかもしれない。完膚なきまでに叩きのめされて、心の内を全部吐き出した。「バラガキのトシ」を知ったのは、少し経った後。結局、三人とも似た者同士だったのだろう。
怪我も癒えた頃に1冊の真っさらなノートを渡された。多少更正はしても、すぐに優等生になれる訳でもない。「書き取りでもするのか」とわざとらしく言ってみた。
「暴力じゃなくて、言葉にしてみりゃあいいんじゃねぇのか?吐き出せねぇから余計に自分を傷付けちまうんだよ。誰に見せる訳じゃねぇ。日記でも絵でも好きなように書け」
うさぎの絵と「じゆうちょう」と書かれた明らかに子供向けのノート。それだけは癪に触ったが、言葉にするという事には納得をした。
その日から、なんとなしにノートに言葉を書き連ねてみていた。不思議と心が落ち着くような感覚があった。
「最近、荒れる事が少なくなったよな」
と銀時に言われ、高杉は自分の中の獣が大人しくなっている事に気が付いた。その頃にはノートは高杉の言葉で埋め尽くされていた。
そのノートが別の形で役に立つ日が来た。それぞれのソロ曲を作詞をしてみないかという内容だ。アイドル自身が歌詞を書くのは珍しく話題にもなる。高杉としても面白そうだと、二つ返事で了承をした。
簡単だろうと思った歌詞は想像以上に難航した。いつも渡される、キラキラしたような歌詞は高杉には書けない。土方の事は恋愛として好きだが、世の中が求めるような美しい物でもない。
締切は待ってはくれない。今更、出来ませんとも言えない。衝動のままに殴り付けた壁は凹み、拳からは血が滲んでいる。
痛みで少しだけ冷静さを取り戻す。冷たいシャワーでも浴びれば、もう少し頭もマシになるだろうと浴室へと向かう途中。ふと、あのノートの事を思い出した。暫く世話になってはいないが、一緒に持って来ていたはずだ。踵を返し、寝室へと向かう。仕舞い込んでいた荷物を全てひっくり返していく。見付からない焦りの中で、ようやく対面したノートは少しくたびれていた。懐かしさにページを捲る。全てを読み終わると、ノートを手に立ち上がった。
アイドルらしからぬ歌詞。しかしそのメッセージ性は強く揺さぶられる物があったらしい。多少の修正はあったものの、高杉の伝えたい部分は殆ど残っている。そうしてアルバムに収録されたその曲は、良い意味でも悪い意味でもかなり反響があった。
だが、それで高杉の道が決まったと言ってもいい。自称評論家の言葉よりもファンからの手紙に書かれた「この歌詞に救われました」「生きようと思いました」という沢山の言葉たち。きっと彼女や彼らにも、高杉と同じような獣が居て日々戦っているのだ。
壊したい衝動も暗い感情も、全て音と言葉にぶつければいい。叫びを悲鳴を拾い上げて世の中をぶっ壊せるくらいの音楽を作ってやると決めた。
「心配すんな。俺は高杉も銀時も見捨てたりしねぇ。仮に駄目になっても二人まとめて養ってやらァ」
「俺の方が稼いでる」
「いや、まあ……そうなんだが」
会社員のマネージャーとアイドルの稼ぎは全く違う。高杉は土方を養う気でいるのに、いつも先を越されてしまう。
「好きだ、十四郎」
「知ってるよ、晋助」
もっと土方への好意を示す言葉がある筈なのに、それが何かが分からない。好きだとか愛してるとか、そういうのではない別のものがある筈なのに。
「晋助、お前はここで立ち止まるようなヤツじゃねぇだろ?一番のアイドルになってやる、って啖呵切ったのはお前だろ?なら、俺をそこまで連れてってみせろよ」
不敵に笑う土方はさっきまでの酔っ払いとは別人のようだ。これだけ本音を言うのは、多少なりとも酒の影響があるだろうが。
「当たり前だろ。俺は出来ねぇ嘘は付かねぇ」
一人の人生を狂わせたのだから、その責任を負う必要がある。高杉も土方に良い意味で狂わされた。高杉はそれを幸運と思っているが、土方はどうだろか。しかし、土方が心から嫌だと言わない限りは、隣に居る事も一番を目指す事も辞めるつもりはない。
「頼むぜ」
「ああ」
力強く頷くと高杉は土方の腕の中から離れた。連休とはいえ、二日酔いや体調を崩して休みを無駄にしたくはない。やるべき事もやりたい事も山積みなのだ。休みだからと、銀時のように怠けている暇はない。
「おい」
服の裾を掴まれ、何故か土方から抗議の声が上がる。なんだと振り向けば、なんだか不満そうな顔をしている。
「あれだけ期待させといて何もなしか?」
高杉はその意味を直ぐ様汲み取った。煽った自覚もある。それに、こんな風に恋人に誘われて断るような人間はいないだろう。
今度は自分から土方の上にのし掛かり口唇を寄せる。だが、それは土方の手によって遮られた。
「おい、ここは嫌だ」
「なんでだ、前もここでヤッたろ」
「身体バキバキになんだよ」
ソファベッドではあるが、少々硬い。ここで致した翌日に土方は身体が痛いと嘆いていた。
「ベッドまで運べ」
抱っこを要求する子供みたいに土方は両手を伸ばす。いたずらっぽい笑みは明らかにワザとである。
「テメェで歩け」
「どこの世界に恋人をベッドまで歩かせるヤツがいるんだ」
「だったらここでヤればいい」
「ベッドじゃねぇとヤらねぇ」
クソッと軽く舌打ちをした高杉は諦めて土方を抱き上げる。上げられない事はないが、余裕とまではいかない。土方は満足そうに笑うと首へと手を回す。
「鍛え方が足りねぇな。近藤さん所のジム行くか?」
「ヤダ。アイツなんか馴れ馴れしいし。それに、他の男の名前出すんじゃねぇ」
クスクスと笑う様は鬼というより小悪魔である。余裕ぶったこの男を絶対に嫌と言う程に啼かせる。もう無理だと言っても、朝が来ても絶対にやめてやらない。そう心に決めると寝室へと向かった。
※※※※※※
「高杉バンド組むんだって?」
会場の楽屋で銀時が聞いてきた。「ああ」と着替えながら短く高杉が答える。
先日、高杉のプロジェクトが事務所を通った。要はアイドルとは別に、音楽をやりたいという事だ。
高杉が自身の言葉や音楽をアイドルとは別の形で伝えたいと考えていた。その矢先、楽曲提供をしている河上万斉と飲む機会があった。
現在はプロデュース業が主だが、過去にバンドとしても活動していた。名前を出せば知っている人間は多く業界内でも有名だ。
ソロ曲の歌詞を提出した時、河上は一番最初に高杉を褒めた。尖って荒削りではあるがいい物を持っている。厳しく妥協を許さない河上が褒めた。高杉のソロ曲にOKが出た一端でもある。
たまたま飲み屋で居合わせたのだが、高杉はこの偶然に感謝した。自分の考えを話た所、河上は乗り気で自らも参加したいと申し出た。後日、改めて構想を固め、バンドを組む事を決めた。
あまり伝のない高杉の代わりに、河上は数名の候補者を上げてきた。オーディションや会議を重ね最終的に、職人気質のギター岡田、赤いベースがトレードマークの木島、変態的に上手いドラムの武市、らが選らばれた。全員実力のある者たちだ。
発表されるのはまだ先であるが、水面下では順調に事が進んでいる。歌詞は全て高杉が書き下ろす。リテイクばかりでまだ仕上がっていないが、手応えを日々感じていた。
「一匹狼のお前がバンドって不思議だな」
「そうか?」
銀時が知る限り高杉の交友関係はかなり狭い。銀時を含めて友人と呼べるような人間は三人しかいない。そこに土方が加わってもせいぜい四人である。
高杉は変わった。本人に自覚があるかは分からないが。大人の悪意によって見えなくなった左目。それによって自ら閉じてしまった右目。土方に出会って、閉じていた目で世界を見るようになった。寂しさもあり、嬉しさもあり、土方に少しだけ嫉妬したりもした。
「何、笑ってんだ気持ち悪ぃ」
「別にぃ?晋ちゃんの成長を感じちゃったからねぇ」
「そういうお前はドラマ決まったんだろ?なんだっけか……大ボケ三人組だったか?」
「万事屋だよ!!一文字も合ってねぇじゃねぇか!!」
銀時が高杉に掴みかった時、ドアがノックされた。返事も待たずに土方が顔を覗かせる。
「お前らまだ着替えてねぇのか。遊んでねぇで早くしろよ。時間厳守だからな」
それだけ言うと土方は去って行った。銀時は掴んでいた高杉の胸ぐらから手を離す。時間はまだあるが、モタモタしていると土方からの拳骨を受ける事になるからだ。アイドルに対してどうかと思うが、顔は避けているからセーフらしい。
準備も終わり舞台袖に立つ。満員の会場からはざわめきと熱気が伝わってくる。
「本番五分前です!」
スタッフの声にも熱が入る。ツアー中のライブ本数は十を越えるが、このライブは一生に一度だけ。全通するファンも、この日だけのファンも全員等しく最高の時間を提供しなければならない。
「高杉、バンドやってもアイドルは辞めねぇんだよな?」
ステージに向かいながら銀時が問う。
「当たり前だろ」
自信に満ちた表情で高杉が答える。そして、後ろを振り返った。そこには腕を組み、二本のペンライトを持った土方が立っていた。
「俺の一番のファンが、辞めさせてくれねぇからな」
「俺たち、のだろ」
「そういう事にしといてやる」
客電が落ちると共に曲が始まり、大きな歓声が上がる。背中を見守られながら、二人はステージへと力強い一歩を踏みだした。