アイドル×マネージャー



「たーかーすーぎー!!」
 銀時は本番前の楽屋のソファに寝転がりながら、その怒声を聞いた。とはいえいつもの事である。マネージャーである土方の怒声など、通常運転日常茶判事。むしろ聞かない方が調子が狂う。具合でも悪いのかと心配になる程だ。
 かごに盛られた菓子に手を伸ばした時だった。壊れるのではないか、というくらいの勢いでドアが開けられた。
「どうした土方」
「どうした、じゃねぇんだよ!!」
 飄々とした態度で向かいに座っていた高杉が答える。足を組み、ふんぞり返っている。誰が見ても今から怒られる人間の態度ではない。
「なんだあのやる気のなさは!リハから本気でやれって言ってるだろ!!」
「いつも本番はちゃんとやってるだろ」
「本番は出来てても、リハから真剣にやってるスタッフさんに申し訳ないだろ!」
「あーはいはい」
「聞いてんのか!」
「聞いてる、聞いてる」
 三つ目の菓子の袋を破る。船の絵のチョコというチョイス。ここのスタッフのセンスはいいようだ。すぐに四つ目に手が伸びる。  
 いつ見てもこの二人のやり取りは変わらない。飽きないのかとおもうが、飽きないからやっているのだろう。
 銀時と高杉は売り出し中のアイドルユニットをやっている。幼馴染みで幼稚園から高校まで一緒。二人でそれなりにやんちゃをして、ご近所ではそれなりに有名な二人だった。
 ある日暇潰しにと、アイドル事務所に履歴書を送ってみた。それがまあなんの因果かうっかり受かり、高校卒業と共にデビューまでしてしまった。
 土方はそんな二人のマネージャーをやっている。高一の時に教育実習でやって来た。見た目の優男ぶりにからかってやろうと思ったのが切っ掛けだ。結果から言えば二人はボロ負けした。弱そうなんて全くそんな事はなかった。初日のニコニコとした笑顔は全部演技だった。そして、色々あって土方はマネージャーとして働いている。
 高杉と土方は仲が悪い。業界内では割りと有名な話である。土方が高杉に説教をしているのをよく見かけられている。今のように楽屋で怒られている、声を聞いたとか。それを高杉は鬱陶しいと適当にあしらっている。
 高杉の態度もそこまでいいという物でもない。リハは手を抜きがちで、遅刻ギリギリで土方と共に現場入り。だが、本番は100%の力を発揮し、世渡りは上手い。ちょっとわがままな所はあるけど、評判は良かったりする。
 不真面目な高杉と真面目な土方。傍から見ても相性最悪の水と油である。多少の防音効果はあれど、ドアに耳を寄せれば声が聞こえてしまう事もある。
「……噂には聞いてたけどやっぱり」
「本当だったみたいね……」
 スタッフか別の出演者か。こんな場所で噂話とはあまりよろしくはないが、これだけ目立てば仕方がない。
「すみません。暫く続きそうだから、少し人払いってお願いできますか?」
「は、はい!すみません!今すぐ!」
 営業スマイルと低姿勢な態度。そうすれば大概の大人は騙されてくれる。人払いした後の事は銀時くらいしか知らない。それほどに酷いのかと、さらに仲が悪いという噂話が拡散される。
「あと、インズダに上げた写真はなんだ!」
「いいじゃねえか別に」
「俺の私物写り混んでんだろ!」
「バレやしねぇよ」
「分かんねぇだろ!……おいコラ!写真上げんな!」
「嫌だ。せっかく土方から貰ったんだから自慢させろや」
 タイミングを見計らって銀時はいつも人払いをする。最初は高杉の態度を注意するから始まるが、段々とそれは脱線していくからだ。
「部屋の写真まで!あ、靴下裏返しじゃねぇか!」
「洗濯すりゃあ変わらねぇよ」
「いつもひっくり返してんの俺!畳んでんのも俺!あぁもう食器が明らかに二人分じゃねぇか!」
「付き合ってんだから当たり前だろ」
 そうこの二人デキている。最初は仕事の説教から始まるが、決まって痴話喧嘩になってしまう。 
 しかし、アイドルという性質上恋愛はよろしくない。それに絶賛売り出し中のアイドルである。恋愛スキャンダルなんて出れば大打撃。しかも同性同士。近頃は多様性の尊重だったり、恋愛禁止という風潮は薄くはなってはいる。だが、それは大物とかそれなりの地位がある人間が許容されていると言ってもいい。
 土方は必死に高杉との関係を隠している。一方の高杉は隠すと口では言っているものの、匂わせまくっている。
 土方の私物が写り混んでも男物ならそれほど違和感はない。めざといファンなら趣味が変わったと思われるかもしれないが、男友達と言ってしまえば納得される。二人分の食事だって「銀時が飯を食いに来た」とでも言えばおかしな点はない。
 実際にそうやって誤魔化しているのだが、高杉は何度もワザとやる。堂々とイチャつけない不満とか土方を自分の物だと言いたいのだ。
 その度に土方はその行為に怒っている。それは心配から来るものだ。芸能人はスキャンダル一つで人生が左右されてしまう。銀時も高杉の未来が閉ざされないように立ち回っているのだ。
 そうして尾ひれが付いて「高杉と土方の仲が悪い」という噂が立った。ある意味ラッキーではある。だから上手くこれを隠れ蓑に使う事にした。
 何がどう見えて二人の仲が悪いというのか不思議でたまらない。そもそも愛されてなければ、教師の夢を諦めてまで、高杉に付いて来てくれる筈がないのに。
 銀時の目の前にはお菓子の袋の山が出来ていた。チョコの後にはしょっぱい物があると永遠に食べられる。幸せになる粉恐るべし。時間的にもそろそろ喧嘩の終わる頃かと、最後のお菓子を手に取った。
「坂田ァ!!」
「えぇ!?俺ぇ!?」
 矛先がこちらに向かないと、完全に油断していた。チョコは銀時の口に入る前に机に落下した。
「テメェは菓子禁止。三キロ太ったろ」
「そ、そんな事ねぇよ…?」
 正確に増量分を言い当てられて汗が吹き出した。衣装の腹周りが少しだけキツく感じている。
「嘘だな。証拠に」
「うわああああ!?腹の肉を掴むんじゃねえええええ!!」
 土方は銀時に近づくと衣装の上から腹の肉を掴んだ。衣装を作った時よりも、目に見えてプニッとしている。
「痩せる!!痩せるからぁ!!今すぐ!!掴むのをやめろ!!」
 土方越しに鬼の形相をした高杉が見える。声は聞こえずとも「ギントキコロス」と口元が動いた。
 銀時は土方に対して全くそんな気はない。そんな気はないが、高杉から見ればイチャイチャしているようにも見える。こういうスキンシップは高杉にはあまりしないのに、銀時には多い。自分は我慢しているのに「お前だけズルい」「絶対に許さない」という心境だ。
 一緒に暮らして、それ以上の事もヤッているのに何を言っているんだ。銀時にしてみればいい迷惑である。「このバカップルめ」と悪態の一つくらい吐いても許される筈だ。
「ほら!そろそろ本番じゃね!?スタッフさん呼びに来るかもしれねぇよ!?」
 苦し紛れに適当に言ってみたが、タイミング良くドアがノックされた。素早く土方がドアを開け、呼びに来たスタッフに挨拶をする。
「お前ら早く準備しろ!遅れんじゃねぇぞ!」
 すっかりマネージャーモードに移行した土方に、文字通りケツを叩かれる。銀時の尻からいい音が響いた。
「さっさとしろ銀時」
 今度は仕事モードの高杉が、冷ややかな目で銀時を見た。決して遊んでいた訳でもなく、むしろ二人のフォローをしていたのに心外である。痛む尻を抑えながら、入念に鏡で髪のチェックをする。
「天パなんだから見ても変わらねぇよ」
「そんな暇があんなら痩せろ」
「お前ら酷くねぇ!?」
 自分がいなければ二人の関係はバレているかもしれないのに、この扱いはないんじゃないか。少々涙目になりつつも、先に楽屋を出た二人を追いかけた。
 
 
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