天使は舞い降りた(高土)
電車を利用するのはあまり好きではない。他人との距離が近く、満員電車に揺られるのは耐え難い苦痛だった。
そういう訳だから高杉は車通勤を選んだ。多少早起きはしなければならないが、一人の快適さには変えがたい。
外資系という事あり、車はすぐに手に入った。いわゆる出世街道にも乗り給与で困る事も今の所ない。
さらに、趣味らしい趣味もない。休日に人が多い所に出掛けるなんて御免だった。せいぜい映画かジムくらいだ。とうとう映画も面倒となって、サブスクとホームシアターを揃えてしまった。
食にも興味がない。だから食べられればなんでもいいし、食べなくてもいい。二日間、水しか口にしてなかったなんて事もある。どうも身体に力が入らない、とそこでようやく気が付くような人間だった。
では恋愛は、と言うとこれも興味がなかった。彼女は何人か居た。悪く言うならとっかえひっかえ。だが、誰にも興味が持てず、一年も経たずにみんな別れてしまった。
友人と呼べるような相手もごく僅か。幼馴染みで腐れ縁と言った方が正しい。
そんな人間嫌いの引きこもり代表みたいな高杉が電車を使う事になってしまった。工事やら規制やらで、車では都合が悪い。渋々ながらも直帰を条件に電車で取引先に向かう事を受け入れた。
久しぶりの電車に人酔いしながらも、大事な商談は成功。相手の社長に気に入られ、予定よりも長引いてしまったのだけが予定外ではあったが。
会社に報告を入れると直ぐに駅へと向かう。愛想笑いや慣れない電車で疲れてしまった。早く帰りたいが、同じようにスーツを着た人間が駅へと歩いている。ちょうど帰宅が重なる時間帯。何処かで夕食にするかと思ったが、こちらも混む時間だ。
悩みながらも結局、帰る事を選んだ。歩きながらタクシーを拾おうとしたが、金曜日のせいか、なかなか捕まらない。配車アプリでもかなり待たされそうだ。
諦めて電車に揺られる選択をした。さらに人通りが増えたような気がする。前を歩く人間の遅さや、スマホを見ながら歩く人間にぶつかりそうになりイラつく。既に酔っぱらっているのか、やたら大声で話すオッサンの声が耳障りだ。
「○○カフェで~す!お兄さんいかがですか~?」
女性の可愛らしいが、少々作ったような声がした。視線を向ければ、所謂メイド服を着た女性が微笑んでいる。近寄ってきた女性の香水の臭いに思わず渋い顔をした。
人の顔を見るなり逃げるとは、随分と失礼なメイドだ。だが、高杉も自分の顔が怖いという自覚は有る。
知らなかったが、どうもこの周辺にはコンセプトカフェが多いらしい。世間に興味のない高杉だが、流石にメイドカフェくらいは知っている。だが、目の前にはメイド以外に猫の耳を付けた者や、ホストのような男性も居た。アニメの世界にでも入り込んだような錯覚を覚えた。
人の多さに辟易していたのに、さらに変な格好の人間までいて頭が痛い。勧誘の声は耳障りでカラフルな衣装は目が疲れた。駅の入り口は他にもあるが、わざわざ遠回りするのも面倒臭い。
入り口まであと数十メートル程の距離ですら、何人もの客引きが立っている。全部無視をする気でいるが、嫌でも目に入ってくる。走るには人が多すぎた。
「◆◆カフェで~す!」
「あ、お兄さーん!」
「ドリンク飲み放題ですよ~!」
そんな声が四方八方から飛んでくる。こんな事ならば、コーヒーショップにでも寄ってタクシーを待てばよかったかもしれない。
「よろしくお願いします…!」
その雑音の中に通る声が耳に届いた。耳障りの女の声でなく、男の低い声だ。その声の主がどうにも気になって自然と探していた。
「あ!あの、よろしくお願いします…!」
バチっと目が合った。後光が差したように眩しく、周りの雑音が消えた。息をするのも忘れるというのは初めてだった。
暫く見つめ合った後、青年が首を傾げる。その仕草すら神秘的な動きに見えた。
先に動いたのは青年の方だった。「あ!」と気付くと再び「お願いします!」と高杉の方に何かを差し出してくる。それを青年から視線を外すことなく、反射的に受け取っていた。
「よかったら、19時からライブがあるんで来てください!」
高杉は一番後ろの壁に凭れかかりながら、透明なドリンクカップで酒を飲んでいた。なぜ自分がここに居るのかよく分からない。地下鉄の入り口の近くで一人の青年に出会った事は覚えている。
そして気がついたらここに居た。青年に手を引かれて、いくらか話を聞いた気がするが覚えていない。入口でドリンク代を払って、コインを貰った。それを併設されたカウンターに渡して酒と交換した。
高いドリンク代を払った割に、味はごく普通である。量は多くもないし、冷えているだけ及第点だ。
小さなライブハウスは半分ほど人が埋まっている。圧倒的に女性が多くグループで会話していたり、一人でスマホを弄っている者もいる。女性が殆どだが、男性も数人居る。
女性の中に男性が居るのはやはり目立つ。だが、確実にこの場の誰よりも高杉が一番目立っていた。服装というのもあるだろうが、明らかに高杉はここでは異質なのだ。
正直居心地が悪い。視線は感じるし、雰囲気も好きではない。流れている曲はなんだか分からない。それでもこの場を離れないのは、あの青年の事だ。彼の事が全く頭から離れない。名前も知らなければ、自分の行動も全く分からない。
バチン、と照明が暗くなった。歓声が上がって、一斉に客がステージに集中する。流れていた曲調が変わり、色とりどりな照明がステージを照らした。
「ファンサ貰えたの嬉し過ぎる!!この後何話そ~!?」
「やばっ!このチェキのビジュ良くない!?」
「次の現場どこに行きます?」
自分が居る場所が地下アイドルのライブである事が分かったのは、全部が終わった後だった。
それでも、ステージに現れたあの青年から視線を外す事は全くなかった。曲もダンスも、ましてや青年の事すら知らない。青年の全ての瞬間を脳に納めようと目も頭もフル稼働させていた。
改めて貰ったチラシを見る。グループの名前とメンバーの写真。ライブと同じ着物のような衣装だ。やはり一度も聞いた事も見た事もない。取り引き先にアイドル好きな人間が居るため、多少の知識はあるがそれらとは一致しなかった。
隅に印刷されたQRコードを読み取るとオフィシャルサイトのリンクが表示される。そこからプロフィールへと飛んだ。
「土方十四郎……」
キリッとした涼やかな表情で薄く笑みを浮かべている。アイドルなだけあって顔立ちはいい。誕生日と担当カラーに簡素なプロフィールが書かれていた。愛称はトシで、趣味のマヨネーズには何か意味があるのだろうか。
「チラシの方はこちらへお並びくださーい!撮影券をお持ちの方は、チラシの方の後になりますのでもう少々お待ちくださーい!」
高杉以外にも数十人程チラシを貰った人たちが、案内に従って動いた。全く読んでいなかったが、特典としてアイドルと撮影が出来るらしい。
迷いなく青年の列に並ぶ。列と言っても五人程で、すぐに順番が回ってきた。
「ライブどうでした?無理矢理連れてきてしまったみたいで、すみません…」
高杉の顔を見ると青年は申し訳なさそうにした。アレは思考停止したからだったが、分かっていない人間を無理矢理連れてきてしまったと思われているのだろう。
「いや。俺の意思で来てんだ。気にする事はねェ」
「それならよかったです!」
営業スマイルと分かっていても、ドキッとしてしまうのは彼のアイドル力の高さだろうか。メンバーの中でも踊りは群を抜いて素晴らしかった。歌の方は分からないが、周りを良く見ていてフォローも上手かった。
「チェキは初めですか?」
「あぁ」
「じゃあポーズ俺が決めちゃっていいですか?」
「任せる」
何も知らない自分よりも、プロに任せた方がいいと言われるままにポーズを取った。カメラからチェキが出てきた。それまだ真っ白で、浮かび上がるには少し時間がかかるらしい。
受け取ったチェキには涼しげな笑みを浮かべた青年と、無表情な高杉の二人でハートのポーズを撮っている。アイドルのファンから見れば酷い物なのだろうが、高杉にとっては宝物のように輝いて見えている。
「よかったら、また来てください!」
「ああ、分かった」
隣で剥がされている人間を尻目にクルリと踵をか返した。チェキを握りしめながら、外へ出る階段を登っていく。
夜風が火照った頬に当たり気持ちがいい。人通りも落ち着いていた。タクシーは直ぐに見付かり言い慣れた自宅を伝える。運転手は高杉をチラリと見て静かに発進させた。
気付けば部屋の前に着いていた。手にはチェキを握りしめている。帰ってくるまでずっと見ていたが全く飽きない所か、益々青年の魅力に引き込まれていた。
手早く食事とシャワーを済ませた。食事中はよかったが、シャワーの間はチェキを見られず落ち着かなかった。
ソファに座りテーブルに置いた。青年を思い出すとソワソワしてしまう。気持ちが落ち着くかと、ワインを開けてみたが美味しいとは感じなかった。
高杉にはこの気持ちの正体が分からない。基本的に他人に興味がなく執着もない。尊敬する師はいるが、青年に抱く感情とは別物だ。
なぜかどうしてこの青年が気になって仕方がない。好感はあるが、例えば友情とかそういう物でもない。
答えさえ分かればモヤモヤも晴れるのだが、いかんせん答えを出すための式さえ分からない状態だ。何度もチェキとオフィシャルサイトを往復している。
もう少し青年について調べれば何か分かるかと思い、検索エンジンを開く。グループの名前を入れてみたり、青年の名前を入れてみた。出てくるのは、ライブのスケジュールであったりファンの感想が殆どで高杉の求める物とは違っている。
何人目かの青年のファンらしいブログを開く。熱心なファンのようだ。「トシにゃん」「だお」などイラつく点はあるが、ライブだけでなく配信やイベントにも参加し細かな内容と感想が書かれている。
苦行に耐えながらも幾つか読んでみた。だが、青年に対する知識が増えただけで答えには辿り着けなかった。
いい加減見飽きた「だお」にイラついていた所に広告が表示された。サイトを見ているとよく表示されるアレだ。気の短い高杉だったが、この時だけは神の啓示のように思えた。
「天使……か……」
ごく普通のゲームアプリの広告だった。背中に羽根のある少女と「あたなのスマホに天使が舞い降りる」の文字。
その言葉に妙に納得した。自分は天使に出会ったのだと。遠い昔に神のお告げを受けた人間はきっとこういう気持ちだったのだろう。
神を信じるているような人間ではない。それでも、青年は神の御使いである天使なのだと確信をした。
「土方十四郎……」
名前を口に出しただけで、心がソワソワする。天使という人知を越えた存在なのだから、まだ頭と心が追い付いていないのだろう。
スマホのアラームを設定すると、グラスに残ったワインを飲み干した。まだ落ち着けないが、答えが分かったお陰でよく眠れそうだ。
明日、目が覚めたら曲をいくつか聴いてみようと寝室へと向かった。
そういう訳だから高杉は車通勤を選んだ。多少早起きはしなければならないが、一人の快適さには変えがたい。
外資系という事あり、車はすぐに手に入った。いわゆる出世街道にも乗り給与で困る事も今の所ない。
さらに、趣味らしい趣味もない。休日に人が多い所に出掛けるなんて御免だった。せいぜい映画かジムくらいだ。とうとう映画も面倒となって、サブスクとホームシアターを揃えてしまった。
食にも興味がない。だから食べられればなんでもいいし、食べなくてもいい。二日間、水しか口にしてなかったなんて事もある。どうも身体に力が入らない、とそこでようやく気が付くような人間だった。
では恋愛は、と言うとこれも興味がなかった。彼女は何人か居た。悪く言うならとっかえひっかえ。だが、誰にも興味が持てず、一年も経たずにみんな別れてしまった。
友人と呼べるような相手もごく僅か。幼馴染みで腐れ縁と言った方が正しい。
そんな人間嫌いの引きこもり代表みたいな高杉が電車を使う事になってしまった。工事やら規制やらで、車では都合が悪い。渋々ながらも直帰を条件に電車で取引先に向かう事を受け入れた。
久しぶりの電車に人酔いしながらも、大事な商談は成功。相手の社長に気に入られ、予定よりも長引いてしまったのだけが予定外ではあったが。
会社に報告を入れると直ぐに駅へと向かう。愛想笑いや慣れない電車で疲れてしまった。早く帰りたいが、同じようにスーツを着た人間が駅へと歩いている。ちょうど帰宅が重なる時間帯。何処かで夕食にするかと思ったが、こちらも混む時間だ。
悩みながらも結局、帰る事を選んだ。歩きながらタクシーを拾おうとしたが、金曜日のせいか、なかなか捕まらない。配車アプリでもかなり待たされそうだ。
諦めて電車に揺られる選択をした。さらに人通りが増えたような気がする。前を歩く人間の遅さや、スマホを見ながら歩く人間にぶつかりそうになりイラつく。既に酔っぱらっているのか、やたら大声で話すオッサンの声が耳障りだ。
「○○カフェで~す!お兄さんいかがですか~?」
女性の可愛らしいが、少々作ったような声がした。視線を向ければ、所謂メイド服を着た女性が微笑んでいる。近寄ってきた女性の香水の臭いに思わず渋い顔をした。
人の顔を見るなり逃げるとは、随分と失礼なメイドだ。だが、高杉も自分の顔が怖いという自覚は有る。
知らなかったが、どうもこの周辺にはコンセプトカフェが多いらしい。世間に興味のない高杉だが、流石にメイドカフェくらいは知っている。だが、目の前にはメイド以外に猫の耳を付けた者や、ホストのような男性も居た。アニメの世界にでも入り込んだような錯覚を覚えた。
人の多さに辟易していたのに、さらに変な格好の人間までいて頭が痛い。勧誘の声は耳障りでカラフルな衣装は目が疲れた。駅の入り口は他にもあるが、わざわざ遠回りするのも面倒臭い。
入り口まであと数十メートル程の距離ですら、何人もの客引きが立っている。全部無視をする気でいるが、嫌でも目に入ってくる。走るには人が多すぎた。
「◆◆カフェで~す!」
「あ、お兄さーん!」
「ドリンク飲み放題ですよ~!」
そんな声が四方八方から飛んでくる。こんな事ならば、コーヒーショップにでも寄ってタクシーを待てばよかったかもしれない。
「よろしくお願いします…!」
その雑音の中に通る声が耳に届いた。耳障りの女の声でなく、男の低い声だ。その声の主がどうにも気になって自然と探していた。
「あ!あの、よろしくお願いします…!」
バチっと目が合った。後光が差したように眩しく、周りの雑音が消えた。息をするのも忘れるというのは初めてだった。
暫く見つめ合った後、青年が首を傾げる。その仕草すら神秘的な動きに見えた。
先に動いたのは青年の方だった。「あ!」と気付くと再び「お願いします!」と高杉の方に何かを差し出してくる。それを青年から視線を外すことなく、反射的に受け取っていた。
「よかったら、19時からライブがあるんで来てください!」
高杉は一番後ろの壁に凭れかかりながら、透明なドリンクカップで酒を飲んでいた。なぜ自分がここに居るのかよく分からない。地下鉄の入り口の近くで一人の青年に出会った事は覚えている。
そして気がついたらここに居た。青年に手を引かれて、いくらか話を聞いた気がするが覚えていない。入口でドリンク代を払って、コインを貰った。それを併設されたカウンターに渡して酒と交換した。
高いドリンク代を払った割に、味はごく普通である。量は多くもないし、冷えているだけ及第点だ。
小さなライブハウスは半分ほど人が埋まっている。圧倒的に女性が多くグループで会話していたり、一人でスマホを弄っている者もいる。女性が殆どだが、男性も数人居る。
女性の中に男性が居るのはやはり目立つ。だが、確実にこの場の誰よりも高杉が一番目立っていた。服装というのもあるだろうが、明らかに高杉はここでは異質なのだ。
正直居心地が悪い。視線は感じるし、雰囲気も好きではない。流れている曲はなんだか分からない。それでもこの場を離れないのは、あの青年の事だ。彼の事が全く頭から離れない。名前も知らなければ、自分の行動も全く分からない。
バチン、と照明が暗くなった。歓声が上がって、一斉に客がステージに集中する。流れていた曲調が変わり、色とりどりな照明がステージを照らした。
「ファンサ貰えたの嬉し過ぎる!!この後何話そ~!?」
「やばっ!このチェキのビジュ良くない!?」
「次の現場どこに行きます?」
自分が居る場所が地下アイドルのライブである事が分かったのは、全部が終わった後だった。
それでも、ステージに現れたあの青年から視線を外す事は全くなかった。曲もダンスも、ましてや青年の事すら知らない。青年の全ての瞬間を脳に納めようと目も頭もフル稼働させていた。
改めて貰ったチラシを見る。グループの名前とメンバーの写真。ライブと同じ着物のような衣装だ。やはり一度も聞いた事も見た事もない。取り引き先にアイドル好きな人間が居るため、多少の知識はあるがそれらとは一致しなかった。
隅に印刷されたQRコードを読み取るとオフィシャルサイトのリンクが表示される。そこからプロフィールへと飛んだ。
「土方十四郎……」
キリッとした涼やかな表情で薄く笑みを浮かべている。アイドルなだけあって顔立ちはいい。誕生日と担当カラーに簡素なプロフィールが書かれていた。愛称はトシで、趣味のマヨネーズには何か意味があるのだろうか。
「チラシの方はこちらへお並びくださーい!撮影券をお持ちの方は、チラシの方の後になりますのでもう少々お待ちくださーい!」
高杉以外にも数十人程チラシを貰った人たちが、案内に従って動いた。全く読んでいなかったが、特典としてアイドルと撮影が出来るらしい。
迷いなく青年の列に並ぶ。列と言っても五人程で、すぐに順番が回ってきた。
「ライブどうでした?無理矢理連れてきてしまったみたいで、すみません…」
高杉の顔を見ると青年は申し訳なさそうにした。アレは思考停止したからだったが、分かっていない人間を無理矢理連れてきてしまったと思われているのだろう。
「いや。俺の意思で来てんだ。気にする事はねェ」
「それならよかったです!」
営業スマイルと分かっていても、ドキッとしてしまうのは彼のアイドル力の高さだろうか。メンバーの中でも踊りは群を抜いて素晴らしかった。歌の方は分からないが、周りを良く見ていてフォローも上手かった。
「チェキは初めですか?」
「あぁ」
「じゃあポーズ俺が決めちゃっていいですか?」
「任せる」
何も知らない自分よりも、プロに任せた方がいいと言われるままにポーズを取った。カメラからチェキが出てきた。それまだ真っ白で、浮かび上がるには少し時間がかかるらしい。
受け取ったチェキには涼しげな笑みを浮かべた青年と、無表情な高杉の二人でハートのポーズを撮っている。アイドルのファンから見れば酷い物なのだろうが、高杉にとっては宝物のように輝いて見えている。
「よかったら、また来てください!」
「ああ、分かった」
隣で剥がされている人間を尻目にクルリと踵をか返した。チェキを握りしめながら、外へ出る階段を登っていく。
夜風が火照った頬に当たり気持ちがいい。人通りも落ち着いていた。タクシーは直ぐに見付かり言い慣れた自宅を伝える。運転手は高杉をチラリと見て静かに発進させた。
気付けば部屋の前に着いていた。手にはチェキを握りしめている。帰ってくるまでずっと見ていたが全く飽きない所か、益々青年の魅力に引き込まれていた。
手早く食事とシャワーを済ませた。食事中はよかったが、シャワーの間はチェキを見られず落ち着かなかった。
ソファに座りテーブルに置いた。青年を思い出すとソワソワしてしまう。気持ちが落ち着くかと、ワインを開けてみたが美味しいとは感じなかった。
高杉にはこの気持ちの正体が分からない。基本的に他人に興味がなく執着もない。尊敬する師はいるが、青年に抱く感情とは別物だ。
なぜかどうしてこの青年が気になって仕方がない。好感はあるが、例えば友情とかそういう物でもない。
答えさえ分かればモヤモヤも晴れるのだが、いかんせん答えを出すための式さえ分からない状態だ。何度もチェキとオフィシャルサイトを往復している。
もう少し青年について調べれば何か分かるかと思い、検索エンジンを開く。グループの名前を入れてみたり、青年の名前を入れてみた。出てくるのは、ライブのスケジュールであったりファンの感想が殆どで高杉の求める物とは違っている。
何人目かの青年のファンらしいブログを開く。熱心なファンのようだ。「トシにゃん」「だお」などイラつく点はあるが、ライブだけでなく配信やイベントにも参加し細かな内容と感想が書かれている。
苦行に耐えながらも幾つか読んでみた。だが、青年に対する知識が増えただけで答えには辿り着けなかった。
いい加減見飽きた「だお」にイラついていた所に広告が表示された。サイトを見ているとよく表示されるアレだ。気の短い高杉だったが、この時だけは神の啓示のように思えた。
「天使……か……」
ごく普通のゲームアプリの広告だった。背中に羽根のある少女と「あたなのスマホに天使が舞い降りる」の文字。
その言葉に妙に納得した。自分は天使に出会ったのだと。遠い昔に神のお告げを受けた人間はきっとこういう気持ちだったのだろう。
神を信じるているような人間ではない。それでも、青年は神の御使いである天使なのだと確信をした。
「土方十四郎……」
名前を口に出しただけで、心がソワソワする。天使という人知を越えた存在なのだから、まだ頭と心が追い付いていないのだろう。
スマホのアラームを設定すると、グラスに残ったワインを飲み干した。まだ落ち着けないが、答えが分かったお陰でよく眠れそうだ。
明日、目が覚めたら曲をいくつか聴いてみようと寝室へと向かった。
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