茶碗(高土)

 冷たい空気に無意識に「寒ぃ」と口から零れた。年末も近付き、すっかり冬といった雰囲気になっている。つい最近まで暑いだのハロウィンだの煩かった。それが今はクリスマスだ正月だと様変わりした。
 土方は今、何故だか京に居る。年末も近くこれから忙しくなるのだが、ここで問題があった。有給が余っている。別に土方本人は構いはしない。だが、世の中の働き方改革だとかで必ず所定の日数の有給を取得しなければならなくなった。
 警察という二十四時間、三百六十五日動き続ける職種には無理だろ、と土方は思った。事件が起きれば休日でも呼び出される、完全なブラックだ。しかし、長官が許さなかった。真選組のイメージアップや、新隊士の確保など。そういった大人の事情も含めてを必ず有給を消化しろ」と銃口を突きつけられたのである。
 全隊士のシフトを見直す羽目になり、休み所か仕事が増えた。近藤と総悟はストーカーとサボりで有給は消化出来ている。見直しで出来た穴は土方が埋めた。どうにか上手くいった、と思ったのだが肝心の土方の有給は丸々残っていたのだ。
 長官の理不尽な怒りを買った土方は連休を取らされた。有給を消化仕切った近藤と総悟に任せて強制的に最低限の有給消化になってしまった。
 色々と不安になりながらも追い出されるように屯所を出た。屯所に居れば仕事をするのが目に見えているからだ。
 急に連休を与えられても予定がない。ひとまず放置気味の私邸に行く事にした。軽く掃除をしてサウナと映画。いつも通りのコースだが、特にやりたい事もない。
 久しぶりに私邸に帰ってきたが、鍵が開いている。随分前の記憶であるから少々怪しくあるが、施錠したはずだ。嫌な予感がした。
「そんな所で突っ立ってねぇで、早く入ったらどうだ?」
 玄関が開いて予想通りの相手が立っていた。悠々と煙管をふかし、家主のように振る舞っている。
「″ただいま″はどうした?」
「ただいま!」
 イラつきながらも応えてやれば、満足そうに高杉は口角を上げる。足音を立てながら中に入ると、その後を高杉が音もなく着いてくる。
 高杉がこうして勝手に上がり込むのは初めてではない。土方の休みの日にもやって来ているようでもある。だが、こうしてタイミング良く私邸に来る事も多い。何か特殊な能力でも持っているのだろうか。
「土方。お前連休だろう?京へ行くぞ」
 何故それを知っているのか。聞くよりも先に京へと連れて来られてしまった。

 京の町は江戸と雰囲気は異なるがよく賑わっていた。有名な観光地である。時折、特徴的なな訛りが聞こえて来た。
 今は高杉も土方も帯刀していない。つい癖で腰に手をやってしまう。不安はあるが、これだけ賑わっている場所で刀を振り回すのも不粋とも言える。
 高杉は編み笠をしていない。そして、土方に気がつく者も居ない。江戸であれば誰かしら知り合いに出会う。巡回ルートは決まっているし、高度範囲も殆どがかぶき町だ。
 声をかけられない、というは少し不思議な感覚がした。土方はここでは副長でなく、ただの観光客でしかない。
 土方も誰でもない観光客と同じように、高杉と共に観光地を周り、有名な料亭で食事をした。日に一度は目にする手配書は見かけなかった。黒い制服も見なかった。
 そうして宿に戻り温泉に浸かった。豪華な食事も満足だった。マヨネーズを取り上げられた事以外は。
 観光が一通り終われば土産物を覗く。強制的とはいえ、休みを貰ったのだ。それに気に入った漬物を自分用としても購入したい。深く聞かれる不安もあったが「京のキャバ譲もいいぞ」とオススメの店のメモを渡されていた。早々に捨てたが、それが切っ掛けに京に旅行へ行ったと言い訳も出来る。
 いくつか予定外の買い物もして、欲しい物は揃った。今は高杉の買い物に付き合っている所だ。
 これがどうして中々終わらない。
 京焼、清水焼の店が多く立ち並んでいる。そこに一件、一件入ってはじっくりと眺めていた。
 正直、飽きている。焼き物の良し悪しなど分からない。飯が食えれば、茶が飲めれば百円の安物で充分だ。物欲もそうある方ではない。使えればなんでも良かった。いつ死ぬとも分からないから、物はあまり多く持ちたくはない。
 高杉の買い物はもっと速かったような気がする。見てはいるだろうが、コレとコレとコレ。こここからここまで、のような買い物をする。食事も余り迷わずにコレと注文する。
 その高杉の買い物が一向に終わる気配がない。手に取っては置き、置いては次の品を手に取る。店主にいくつか質問した後に、店を出て次の店に行く。それを何度も繰り返していた。時には調理器具なんかも見て「お互い料理なんてしねぇだろ」と思った。
 気が長い方ではないし、煙草も吸いたい。江戸と違うと思ったが、ここも禁煙の店が殆どだ。ライターを取り出すだけで、視線を向けられる。
 痺れを切らしていよいよ高杉に声をかける事にした。
「高杉、まだ決まらねぇのかよ」
「あぁ、こういう物はしっかり選らばねぇといけねぇからなァ」
 高杉の手には箸がある。それは夫婦用の箸だった。
「箸なんてどうすんだよ」
「飯食うのに使うだろ」
「夫婦用だろ、それ。まさか自分で両方使うとかじゃねぇよな」
「俺とお前のだ」
 何を言っているのか分からない。理解できずにすぐ返す事が出来なかった。
「……まさか俺の家に置く気じゃねぇだろうな」
「そうだが」
 そんな物を置いてどうするというのだ。必ず終わりが来る、不毛な関係に。いつか殺し合わなければならない関係に。愛と呼べるような感情があるとは言えない関係に。
「不満なら箸はお前が選べ。茶碗は俺が選ぶ」
「おい!そういう事じゃねぇ!」
「俺は、何か形に残しておきてェからな。無駄じゃねぇさ」
 いつか終わっても。この関係に意味はなくとも。無駄ではない。お互いにリスクの高い、利益もない関係を今も終わらせられていない。
 土方は高杉の考えている事は分からない。自分の事は話たがらない。一生分かる事は出来ないだろうが、高杉の一端に触れたような気がした。
「変なモン選んだら、絶対に使わねぇからな」
「そりゃ余計に慎重に選らばなきゃならねぇなァ」
 ククッといつもの笑い声が漏れた。それにどうにも安心してしまった。
 

 

 高杉はターミナルから帰ってくる事はなかった。何度も割ろうとした茶碗は二つとも、使われる日を今も待ち続けている。


 
 
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