ラビューラビュー(高土)

 真っ白なもはや塊とも言えるようなモノを黙々と目の前と男は口に運ぶ。医者が見れば卒倒しそうな食事だ。明らかに身体には悪いだろうし、味覚にも異常があると診断されてもおかしくはない。
 よくもまあ油の塊を食えるものだ。さらにまだ足りないと追加で絞り出すのだから、見るだけで胸焼けしそうである。
 だが、そんな異常なモノを美味そうに食うのだから、不思議な気持ちで見入ってしまう。年中仏頂面で眉間に皺をよせているような男がこの時は幸せそうな顔をする。それを見ているとなぜか胸がむずむずとするのだ。
「あんだよ」
 頬を膨らませながら土方が問うた。頬にドングリを溜めたリスのように見えて、なんだか微笑ましい。
「いいや。テメェは俺が思っていた以上に可愛いモンだなァと思ってなぁ」
「はぁ?そっち目も腐っちまったのか?」
 まるで異常者を見るような目をされたが、こちらとしても土方を異常者として見ている。普通の人間であれば食事をマヨネーズだらけにはまずしない。
「ククッ…たまには飯を食ってみるもんだなァ」
「なんだ、変なモンでも食ったのか…?」
 いつも、会えば早々に布団に転がりこんでいた。酒は飲む事はあっても、今日のようにのんびりと食事を共にした事はない。夜更けに現れて、日が昇る前には別れるのだ。
 たまたまいい酒が手に入って、たまたまいいつまみが手に入った。その時に、ふと土方の顔が浮かんだ。例えば日の沈まない内に会いに行ったらどんな顔をするか。酒でも飲もうと誘ったらどんな反応を見せるのだろうか。
 ただの気紛れ。思いつきで行動する事はよくある。今回もそれと同じ。そうだと思っていた。土方の様子を見るまでは。
 初めて見た一面がどうにも可愛らしい。男に可愛い、などという感情は沸いたことはない。赤ん坊や幼子には覚があるが、成人男性相手にそんな事は感じた事がない。戦争の頃も現在も殆ど血気盛んな男たちに囲まれている。なので、当たり前であるかもしれない。
 土方も世間的に見れば可愛いよりも、格好いいという意見が多いだろう。身長もあり、骨格は明らかに男性であるし、筋肉もしっかりついている。それをみればほぼ「可愛い」と思うよりも「格好いい」という部類だ。
 そんな男を「可愛い」と思ってしまった。つまりはそういう事だ。あれも気紛れではない。単純に「恋愛的に好き」という感情が自身をそうさせたのだ。
 清々しい気分だ、とは良く言うがまさにそういう感覚。ストンと腑に落ちた。そういうもの、と理解したなら話は早い。
「土方、非番はいつだ?」
 困惑するその顔があまりに面白い。そんな顔もするのか、とますます気持ちは膨れ上がっていく。
「次の非番はデートだなァ」
「……は??で、でーとぉ!?」
 今度はひどく驚いた顔をした。笑いそうになるのを必死に堪えながら続ける。せっかくデートに誘ったのだから、機嫌を損ねて予定が失くなるという事は回避したい。
「どこに行きてェ?連休は取れんのか?取れねぇなら日帰りで京にでも行くか。熱海か箱根の温泉も悪くねぇなァ」
「え、お前、マジで言って…??」
「嘘なんぞ付いてどうする?俺になんの得があんだ?」
 真選組の頭脳、とまで呼ばれる土方の顔といったら。幾人もの攘夷志士の策を見抜き、心理戦も得意とする男が。その顔には「訳がわからない」とはっきりと書かれている。
 混乱する土方に身体を寄せる。口唇が触れそうな程の距離になったせいか、生娘の様に土方は身体を固くさせた。
 パクパクと口は動くが言葉が出てこないらしい。その様子さえも愛らしい。畳に付いている左手に自分の手を重ね、右手は頬に触れる。それに土方はビクリと身体を跳ねさせた。
「俺たちは、恋人ってヤツだろ?だからデートするのは当たり前の事じゃねぇか。どこに行きたい?何が食いてぇか決まったら教えてくれ」
 小さく音を立てて口唇を離し、耳元で「好きだ」と囁く。今度は土方の顔は真っ赤になっていて、本当に色んな表情を見せてくれる。手は押さえられたままだから、逃げようにも逃げられない。
「大丈夫か、土方?」
「おおおおおお前こそっ!おかしいぞ!?へ、変なモンでも食ったのか!?」
「いいや、俺はいつも通りだ。お前こそどうした?いつもの冷静さはどこに行った?」
「俺だっていつも通りだけど!?デデデデート!?上等じゃねぇか!!行ってやらァ!!」
「男に二言はねぇよなァ?」
「ねぇよ!!」
 そう言うと土方は懐から携帯を取り出すと、どこかに電話をかけ始めた。何度も押し間違えた末にようやく繋がる。
「近藤さん、明日から二日ほど有給で頼む!」
 言い切るなり通話を切って「どうだ」と言わんばかりにこちらを見た。
「そういう所、俺ァ好きだぜ」
「だから、そういう…す、…………きとか言うな…!」
 うつ向いた土方の「す」が小さく聞き取り辛かったか。だが、土方の言動に関しては地獄耳らしくしっかりと拾っている。うつ向いてしまってるのも、自分の行動が恥ずかしいせいだろう。
「よし、ならもう寝るか」
「へっ!?寝る!?」
「当たり前だろ。朝から出掛けんだ。寝坊なんざしたらバカみてぇだろうが」
「あ、あぁ…そうだな。当たり前だな、うん」
「お前さん一体どんな″寝る″を想像したんだ…?」
「うるせー!!風呂入ってくる!!」
 高杉の身体を突き飛ばした。食べ掛けの夕食もそのままに、土方はドスドスと足音を立てながら風呂場に向かう。
 高杉は少し乱れた着流しを直すと、明日はどこへ行こうかと考えながら食事を再開した。
 
 
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