分かち合う鼓動
「よぉ、久しぶりだな」
「たか…すぎ…?」
その男は唐突に目の前に現れた。ごく自然に玄関を開けて。まるで何もなかったかのように。
「なんだぁ…その面ァ…まるで幽霊でも見たような顔じゃねぇか」
「だって、お前…!あの時…!」
土方が驚くのも無理はない。ターミナルが崩壊した最後の決戦はもう五年も前になる。その時、高杉は帰って来る事はなかったのだから。
鬼兵隊の残党に動きがある、という報告は受けていたとはいえテロを行う事はなかった。静かに存在は消えていき、その名を口にする者は殆んどいないといってもいい。復興した江戸にとっては、すでに過去の物と化していた。
あの時と寸分違わず高杉は戻ってきた。
鬼兵隊が小さな子供を育てているらしい、というのは万事屋の談だ。それが高杉の面影があるのだと。
どうしてそれを自分に話すのかと聞いてみたが、酔っぱらいの戯れ言だとはぐらかされてしまった。それ以上追及する事も出来ず、今日まで来てしまっていた。
その子供が高杉だっとしてもたった五年でここまで大きくなるだろうか。しかし、天人だとかアルタナだとか、とにかく何でもアリな世の中だ。今更、そんな事が起きても可笑しくはないと思うくらいには多くの事を経験してきている。
とにかく土方の目の前に居る男は高杉の形をしていて、声も話し方も全て同じ。ましてや本人だと言い張るのだからそれを信じたいと思う程に想っていた。
「お前に会いたくて、地獄から舞い戻ってきちまったんだよ」
愛しそうに手を伸ばしてくるのだから涙腺が緩むのも仕方のないこと。
「少し…老けたか?」
からかうように高杉は言うが五年という歳月は短いようで、長くもある。
三十代はまだ若い内であろうが、高杉はあの時のままで時の流れを感じさせる。
「うるせぇ…五年も経ってんだよ…」
高杉の胸に顔を埋めて涙を隠す。鼻声で肩も震わせている。それに気付かないフリをして高杉は土方を優しく抱き締めた。
もう二度と会う事が叶わないと思っていた故に、互いに燻っていた炎は一気に燃え上がる。
土方の頬に流れた涙を舐めとると、そのまま口唇を合わせる。薄い口唇は高杉の舌先を迎え入れた。
舌を吸われ上顎を撫でられると土方の足はガクガクと震え出した。性的な接触などほぼ皆無であったし、何より高杉との行為というだけで気持ちが良かった。たったそれだけなのにすでに立っているのも儘ならない。
「あっ…待って…!こ、こ玄関…ァ…っ…!」
「もう待てねぇんだよ」
肉食獣のような視線に背筋がゾクリとした。今すぐ喰われたい。けれど僅かに残った理性が時と場所を考えろと訴えてくる。外からは前を通る人の話し声が聞こえてきた。
潤む瞳で必死に訴えると「チッ」と舌打ちをした高杉に横抱きにされる。
「奥行くぞ。お前の声を他人に聞かせられるか」
理由はどうあれ土方は胸を撫で下ろした。真っ昼間から玄関で行為に及ぶなんてとてもじゃないが考えられない。
高杉が歩く度に起こる振動ですら気持ちよく感じてしまう。距離が近くなった事で懐かしい匂いに頭がクラクラする。
もうとんと使っていない後ろが疼く。女でもないのに濡れたような気がしてしまう程だ。
寝室にたどり着くと箍が外れたように求めあう。布団なんて敷く余裕は二人とも持ち合わせてはいなかった。土方の着流しを脱がせると、下肢は既に濡れそぼっている。先走りは後ろの孔を濡らす程だ。
そこに指を宛がうも入り口は固く閉ざされている。指を一本入れるのですら難しそうだ。
「たかすぎぃ…はやく、もう…いれてくれ…!」
「バカ野郎。こんなんで入る訳がねぇだろ」
繋がりたいのは山々だが傷付けたい訳ではない。潤滑油になりそうな物を探すが、寝室には何も置かれていない。
「はやく、お前か欲しくて…堪らねぇんだ…っ…!」
初めて土方から求められた事で僅かに残っていた理性が切れた。先走りを指に絡めて孔に宛がう。
「煽ったのはテメェだからな…!」
「上等だ…!」
あれから何度も交わり気付けば空が白んでいる。まるで獣のような交わりだった。自慰を覚えたばかりのガキ以下だ。
お互い身体中に鬱血やら歯形やらが付いている。暫く人前で肌を晒す事は出来そうにない。おまけに畳の上で無茶をしたせいで関節が痛む。思い出せば恥ずかしいが、それ以上に充足感が身体を満たしていた。
「どうした?」
土方の声は掠れていた。目尻は赤く腫れているし、涙の後がいく筋も残っている。
「心臓の音が心地よくてな」
「なんだそれ」
クスクスと土方が笑う。まるで子供みたいだなと高杉の頭を撫でたが、拒みはしなかった。
「一つ言っておかなきゃならねぇ事がある。俺はきっと…不老不死ってやつだ」
にわかには信じがたい台詞ではあるが、実際に土方はその人物を目の当たりにしている。
虚と呼ばれたアルタナから産まれた存在。高杉もアルタナから産まれたとしたならその可能性が高い。
高杉が土方の頭を抱えると自身の胸へと押し付ける。心臓があるべき場所からは何も聞こえてこなかった。
「今度は俺が置いていくのか…」
布団に横になった土方が高杉を見て言った。
すっかりシワだらけになった手を伸ばすと、シワ一つない手がそれを取る。
高杉が自信を「不老不死だ」と言ったあの日から、高杉の見た目は一切変わっていない。
一方の土方は年相応にシワも黒く艶やかな髪も真っ白になっていた。周りに居た他の人間も同様に年を取った。
ただ高杉だけが変わらず時が止まっていた。
「お前は組を選ぶと思っていたよ」
「副長としての俺は最期まで真選組の副長だ。……だが土方十四郎としては、お前を選びたかったんだ」
「そりゃあ嬉しい事を言ってくれるじゃねぇか」
「最期くらい俺だって素直になるさ」
土方は微笑むとゆっくりと目蓋が下りていく。伸ばしていた手から力が抜けた。
鼓動が止まるまで高杉はその手を握り続けた。
あれからいくつもの季節が巡った。もう何回目かなんて数える気にもなれない程に。
江戸と呼ばれた町は今では東京と名を変えた。あの頃はまだ和装が主流であったのに、今では洋装に取って変わっている。
和装でもよかったのだが、なんとなく高杉も洋装に袖を通した。慣れてしまえばどうという事はない。和装にも洋装にも良い所がある。
仲間とも呼んでいいか分からないが何人も見送った。置いていかれるのは辛いがそれが己の業ならば致し方ない。
自然と人との関わりを避けるようになった。田舎に引っ込んで静かに暮らしている。誰も使っていない家に勝手に住み着いて、畑を耕してみたりと人間の真似事をしている。
不老不死ゆえに飲まず食わずでも構わないが、人の営みを忘れぬようにとなんとなくではあるが続けている。そのおかげか料理も上手くなったし洗濯も出来るようになった。
夜明けと共に起きて、日が沈むめば眠る。世の中に置き去りにされているようにも思える生活だ。
そんな折、買い出しへと町へと出た。自給自足とあっても、足りない物はどうしてもある。町というよりは村である。個人経営の小さな小売店や無人販売などある意味この場所も世の中から置き去りにされているのだろう。
久しぶりに外へ出たのだから、少し歩いてみる事にした。
村唯一の観光資源である桜並木はまだ蕾すら付けていない。咲き始めれば都会から観光にやってきて一時的に賑わいが産まれる。特産品も何もない村に取っての掻き入れ時だ。
しかし、まだ観光客の姿は見えない。人が来るのはまだ先であろう。すれ違うのは村人ばかりなのだが、今日は知らない顔が居た。
知らない、筈なのだが高杉はその顔を良く知っていた。
「あんた観光客か?」
「まあ、そんな所かな…」
「桜はまだ先だぞ」
「だよな…ここの桜が綺麗だって聞いたから」
残念そうな、困ったように笑う青年は土方と全く同じ顔をしていた。
世の中には良く似た人間が三人は居るというし、生まれ変わりなんて話もある。それにしても似すぎであった。顔も声も仕草も瓜二つ。そんな事がるものなのか。
「俺ァ高杉だ。お前は?」
「土方です」
「下は?」
「十四郎」
名前まで全く同じ。ここまで来てしまえば驚きを通り越して妙に納得をしてしまう。
「桜が咲く時期にゃ早いくらい分かるだろ?」
「……俺は桜はもう見えそうにないんだ」
そう悲しそうに土方は笑った。
聞いてみれば土方は生まれつき心臓が弱く、二十歳までは生きられないと言われていた。現にこの年齢まで生きた事すら奇跡に近い。手術しても助かる見込みは限りなく低い。そもそもドナーが見付かるかも分からないのだ。莫大な費用もかかる。
土方は今年で十七になる予定だ。予定というのは誕生日まで生きていればの話だ。毎年、そういう風に一年を過ごしているらしい。
「なんで初対面のあんたに話たんだろうな」
「そりゃあ、初対面だからじゃねぇか?知ってる人間より知らねぇ人間の方が話やすい事もあるだろ」
「ああ、確かに」
それから何でもないような話をした。高杉は隠居生活だし、土方も人生の殆んどを病院で過ごしている。お互いに話せる話題は少なかった。それでもこの時間は心地の良いものだった。
「土方。俺には心臓がねぇって言ったらどうする?」
「なんだそれ。以外に面白れぇ事言うなあんた」
土方が口を開けて笑う。
「その心臓俺にくれねぇか?」
「俺のでいいのか?ポンコツだぞ」
「構やしねぇさ。お前のが欲しいんだ」
「……変なヤツ」
日が陰りその日はそこで別れた。暫く滞在するという土方と翌日も会う約束をして。
土方が村を去るまで毎日合った。といっても二三日程のものだったが何十年ぶりかという程に楽しかった。
「ここ、俺が世話になってる病院。暇だったら来てくれよ」
最後の日に渡された紙には有名な大病院の名前がかかれていた。こんな村とは遠く離れた都会。わざわざここまで来なくても、桜の名所など他にあるはずだ。単なる物好きかそれとも……
土方が両親と共に帰っていくのを見送って。家路へと着いた。
「よォ」
「本当に来たのかよ…」
「来いと言ったのはお前の方だろう」
桜の木に蕾が出来始めた頃、病院に行った。「冗談だったのに」言った土方の顔はどこか嬉しそうであった。
病室の白いベッドに横になった土方の隣には機械が置かれている。心拍数は分かるがそれ以外の物はサッパリだ。分かるとすれば土方の容態がいいものではない、という事くらいである。
「桜、もう少しすれば咲くぞ」
「そうか…見に行けりゃあいいけどな」
土方は窓の外へと視線を送る。上の階に位置するせいか、そこからは空ばかりが見えた。
手術費はどうにか工面したらしいが、肝心の心臓が見付からない。手術をすれば多少延命は出来るかもしれないが、ただそれだけである。
次に大きな発作が起きれば、土方の心臓は止まる。それを聞いて両親は泣き崩れていた。
「まあたぶん駄目だろうなぁ…って。自分の心臓だしなんとなく分かるだろ」
当の本人はとっくに受け入れていた。希望を捨てた訳ではない。小さな頃からそういう生活だったが為に慣れてしまったというのが近い。
死を受け入れた人間は幾人も見てきた。戦いの最中であったし珍しいという訳でもなかった。
だが、この平和な世の中でそういう目をする青年というのはどうにも堪えた。
「ダチは見舞いにゃあ来ねぇのか?」
「あー……転院したから遠くなっちまって…。高校生に稼げる額なんてたかがしれてるだろ?」
話題を変えようとしてみたがあまり上手くはいかないようだ。寂しげな顔をさせてしまった。
幼馴染みが居るが一時間にバスが一本というレベル。土方の地元も負けず劣らずの田舎であった。駅まで出るのにバスに乗り、そこから新幹線の出る駅に向かい……とまあ不便なものである。夜行バスもあるが、それなりに金はかかるし高校生のバイト代では厳しい物がある。
しかも高校生三年生ともなれば人生の岐路に立つ場面だ。就職、進学にしろ勉学は勿論の事、費用もかかる。その大事な時期に自分なんぞの為に金も時間も使って欲しくない。
やせ我慢だろうが、前世(としておく)の土方もそう言う性質だった。自分よりも誰かの為に。文句を言っても、結局世話を焼いてしまうようなお人好しだ。
「変わらねぇなぁ…」
「は?」
「いや、こっちの話だ」
何か面白い話はないのか、という土方の無茶振りのリクエストを受け昔話をしてみた。こういうのは得意ではないが、余程退屈だったのか意外にも受けがいい。気づけば面会時間も終わりに近くなっていた。
「なあ」
「なんだ?」
「前、俺の心臓が欲しい……って言ってたろ。……あんたにならやってもいい」
「どういう心境の変化だ?」
「分かんねぇけど…あんたなら……あんたにやりたいって思ったんだ」
「そうか。なら遠慮なく貰おう」
「……おう」
それから桜が咲き始めた頃、火葬場から立ち上る煙を眺めていた。
ごく親しい者たちだけを集めた小さな葬儀だったが皆涙を流していた。
友人でもなんでもない高杉は遠くから眺めていた。参列しようとは思わなかったし、行った所で場違いにしかならないと思った。
悲しみに暮れるよりもまず、行くべき場所がある。
「桜でも見に行こうや、土方」
左胸に手を当てるとその場を立ち去った。
土方から心臓を貰ってどのくらい経ったのか。二桁か三桁か数えるのは辞めてしまっ。時間だけはあったので、せっかくならと各地の桜の名所を見て回った。
敵対していた頃にはデートなんて物は出来なかったし、再び生を受けた後も土方が多忙すぎて中々遠出が難しかった。
今世の土方はあまりに時間が短過ぎたし、身体的な事も考えれば難度は高い。
足りなかった時間を補うように、気の向くままに土方の心臓と共に旅をした。
高杉の中でも、土方の心臓が鼓動を打つ事はなかった。心臓を生き返らせる事は叶わないらしい。
だが無限に時を生きると思っていた高杉にとって、土方の心臓は思いもよらぬ効果を発揮した。
アルタナで出来た身体に言い方が悪いが異物が入ったおかげか、寿命が生まれたのだ。
そのスピードは常人よりも緩やかだ。けれど、確実に身体の機能は老いて不具合が出始めている。
人によってはこれを呪いと例えそうだが、高杉は土方が共に居てくれるならなんだってよかった。
縁側に座る高杉を春の柔らかい日差しが包む。いい昼寝日和だと静かに眠りについた。
とある病院で赤子が産声を上げた。
身体の真ん中で結合した赤子に驚きを隠せなかったが、母親は「産まれてきてくれてありがとう」と感謝した。
二つの身体に一つの心臓。その双子は鼓動を分かち合って産まれた。
「たか…すぎ…?」
その男は唐突に目の前に現れた。ごく自然に玄関を開けて。まるで何もなかったかのように。
「なんだぁ…その面ァ…まるで幽霊でも見たような顔じゃねぇか」
「だって、お前…!あの時…!」
土方が驚くのも無理はない。ターミナルが崩壊した最後の決戦はもう五年も前になる。その時、高杉は帰って来る事はなかったのだから。
鬼兵隊の残党に動きがある、という報告は受けていたとはいえテロを行う事はなかった。静かに存在は消えていき、その名を口にする者は殆んどいないといってもいい。復興した江戸にとっては、すでに過去の物と化していた。
あの時と寸分違わず高杉は戻ってきた。
鬼兵隊が小さな子供を育てているらしい、というのは万事屋の談だ。それが高杉の面影があるのだと。
どうしてそれを自分に話すのかと聞いてみたが、酔っぱらいの戯れ言だとはぐらかされてしまった。それ以上追及する事も出来ず、今日まで来てしまっていた。
その子供が高杉だっとしてもたった五年でここまで大きくなるだろうか。しかし、天人だとかアルタナだとか、とにかく何でもアリな世の中だ。今更、そんな事が起きても可笑しくはないと思うくらいには多くの事を経験してきている。
とにかく土方の目の前に居る男は高杉の形をしていて、声も話し方も全て同じ。ましてや本人だと言い張るのだからそれを信じたいと思う程に想っていた。
「お前に会いたくて、地獄から舞い戻ってきちまったんだよ」
愛しそうに手を伸ばしてくるのだから涙腺が緩むのも仕方のないこと。
「少し…老けたか?」
からかうように高杉は言うが五年という歳月は短いようで、長くもある。
三十代はまだ若い内であろうが、高杉はあの時のままで時の流れを感じさせる。
「うるせぇ…五年も経ってんだよ…」
高杉の胸に顔を埋めて涙を隠す。鼻声で肩も震わせている。それに気付かないフリをして高杉は土方を優しく抱き締めた。
もう二度と会う事が叶わないと思っていた故に、互いに燻っていた炎は一気に燃え上がる。
土方の頬に流れた涙を舐めとると、そのまま口唇を合わせる。薄い口唇は高杉の舌先を迎え入れた。
舌を吸われ上顎を撫でられると土方の足はガクガクと震え出した。性的な接触などほぼ皆無であったし、何より高杉との行為というだけで気持ちが良かった。たったそれだけなのにすでに立っているのも儘ならない。
「あっ…待って…!こ、こ玄関…ァ…っ…!」
「もう待てねぇんだよ」
肉食獣のような視線に背筋がゾクリとした。今すぐ喰われたい。けれど僅かに残った理性が時と場所を考えろと訴えてくる。外からは前を通る人の話し声が聞こえてきた。
潤む瞳で必死に訴えると「チッ」と舌打ちをした高杉に横抱きにされる。
「奥行くぞ。お前の声を他人に聞かせられるか」
理由はどうあれ土方は胸を撫で下ろした。真っ昼間から玄関で行為に及ぶなんてとてもじゃないが考えられない。
高杉が歩く度に起こる振動ですら気持ちよく感じてしまう。距離が近くなった事で懐かしい匂いに頭がクラクラする。
もうとんと使っていない後ろが疼く。女でもないのに濡れたような気がしてしまう程だ。
寝室にたどり着くと箍が外れたように求めあう。布団なんて敷く余裕は二人とも持ち合わせてはいなかった。土方の着流しを脱がせると、下肢は既に濡れそぼっている。先走りは後ろの孔を濡らす程だ。
そこに指を宛がうも入り口は固く閉ざされている。指を一本入れるのですら難しそうだ。
「たかすぎぃ…はやく、もう…いれてくれ…!」
「バカ野郎。こんなんで入る訳がねぇだろ」
繋がりたいのは山々だが傷付けたい訳ではない。潤滑油になりそうな物を探すが、寝室には何も置かれていない。
「はやく、お前か欲しくて…堪らねぇんだ…っ…!」
初めて土方から求められた事で僅かに残っていた理性が切れた。先走りを指に絡めて孔に宛がう。
「煽ったのはテメェだからな…!」
「上等だ…!」
あれから何度も交わり気付けば空が白んでいる。まるで獣のような交わりだった。自慰を覚えたばかりのガキ以下だ。
お互い身体中に鬱血やら歯形やらが付いている。暫く人前で肌を晒す事は出来そうにない。おまけに畳の上で無茶をしたせいで関節が痛む。思い出せば恥ずかしいが、それ以上に充足感が身体を満たしていた。
「どうした?」
土方の声は掠れていた。目尻は赤く腫れているし、涙の後がいく筋も残っている。
「心臓の音が心地よくてな」
「なんだそれ」
クスクスと土方が笑う。まるで子供みたいだなと高杉の頭を撫でたが、拒みはしなかった。
「一つ言っておかなきゃならねぇ事がある。俺はきっと…不老不死ってやつだ」
にわかには信じがたい台詞ではあるが、実際に土方はその人物を目の当たりにしている。
虚と呼ばれたアルタナから産まれた存在。高杉もアルタナから産まれたとしたならその可能性が高い。
高杉が土方の頭を抱えると自身の胸へと押し付ける。心臓があるべき場所からは何も聞こえてこなかった。
「今度は俺が置いていくのか…」
布団に横になった土方が高杉を見て言った。
すっかりシワだらけになった手を伸ばすと、シワ一つない手がそれを取る。
高杉が自信を「不老不死だ」と言ったあの日から、高杉の見た目は一切変わっていない。
一方の土方は年相応にシワも黒く艶やかな髪も真っ白になっていた。周りに居た他の人間も同様に年を取った。
ただ高杉だけが変わらず時が止まっていた。
「お前は組を選ぶと思っていたよ」
「副長としての俺は最期まで真選組の副長だ。……だが土方十四郎としては、お前を選びたかったんだ」
「そりゃあ嬉しい事を言ってくれるじゃねぇか」
「最期くらい俺だって素直になるさ」
土方は微笑むとゆっくりと目蓋が下りていく。伸ばしていた手から力が抜けた。
鼓動が止まるまで高杉はその手を握り続けた。
あれからいくつもの季節が巡った。もう何回目かなんて数える気にもなれない程に。
江戸と呼ばれた町は今では東京と名を変えた。あの頃はまだ和装が主流であったのに、今では洋装に取って変わっている。
和装でもよかったのだが、なんとなく高杉も洋装に袖を通した。慣れてしまえばどうという事はない。和装にも洋装にも良い所がある。
仲間とも呼んでいいか分からないが何人も見送った。置いていかれるのは辛いがそれが己の業ならば致し方ない。
自然と人との関わりを避けるようになった。田舎に引っ込んで静かに暮らしている。誰も使っていない家に勝手に住み着いて、畑を耕してみたりと人間の真似事をしている。
不老不死ゆえに飲まず食わずでも構わないが、人の営みを忘れぬようにとなんとなくではあるが続けている。そのおかげか料理も上手くなったし洗濯も出来るようになった。
夜明けと共に起きて、日が沈むめば眠る。世の中に置き去りにされているようにも思える生活だ。
そんな折、買い出しへと町へと出た。自給自足とあっても、足りない物はどうしてもある。町というよりは村である。個人経営の小さな小売店や無人販売などある意味この場所も世の中から置き去りにされているのだろう。
久しぶりに外へ出たのだから、少し歩いてみる事にした。
村唯一の観光資源である桜並木はまだ蕾すら付けていない。咲き始めれば都会から観光にやってきて一時的に賑わいが産まれる。特産品も何もない村に取っての掻き入れ時だ。
しかし、まだ観光客の姿は見えない。人が来るのはまだ先であろう。すれ違うのは村人ばかりなのだが、今日は知らない顔が居た。
知らない、筈なのだが高杉はその顔を良く知っていた。
「あんた観光客か?」
「まあ、そんな所かな…」
「桜はまだ先だぞ」
「だよな…ここの桜が綺麗だって聞いたから」
残念そうな、困ったように笑う青年は土方と全く同じ顔をしていた。
世の中には良く似た人間が三人は居るというし、生まれ変わりなんて話もある。それにしても似すぎであった。顔も声も仕草も瓜二つ。そんな事がるものなのか。
「俺ァ高杉だ。お前は?」
「土方です」
「下は?」
「十四郎」
名前まで全く同じ。ここまで来てしまえば驚きを通り越して妙に納得をしてしまう。
「桜が咲く時期にゃ早いくらい分かるだろ?」
「……俺は桜はもう見えそうにないんだ」
そう悲しそうに土方は笑った。
聞いてみれば土方は生まれつき心臓が弱く、二十歳までは生きられないと言われていた。現にこの年齢まで生きた事すら奇跡に近い。手術しても助かる見込みは限りなく低い。そもそもドナーが見付かるかも分からないのだ。莫大な費用もかかる。
土方は今年で十七になる予定だ。予定というのは誕生日まで生きていればの話だ。毎年、そういう風に一年を過ごしているらしい。
「なんで初対面のあんたに話たんだろうな」
「そりゃあ、初対面だからじゃねぇか?知ってる人間より知らねぇ人間の方が話やすい事もあるだろ」
「ああ、確かに」
それから何でもないような話をした。高杉は隠居生活だし、土方も人生の殆んどを病院で過ごしている。お互いに話せる話題は少なかった。それでもこの時間は心地の良いものだった。
「土方。俺には心臓がねぇって言ったらどうする?」
「なんだそれ。以外に面白れぇ事言うなあんた」
土方が口を開けて笑う。
「その心臓俺にくれねぇか?」
「俺のでいいのか?ポンコツだぞ」
「構やしねぇさ。お前のが欲しいんだ」
「……変なヤツ」
日が陰りその日はそこで別れた。暫く滞在するという土方と翌日も会う約束をして。
土方が村を去るまで毎日合った。といっても二三日程のものだったが何十年ぶりかという程に楽しかった。
「ここ、俺が世話になってる病院。暇だったら来てくれよ」
最後の日に渡された紙には有名な大病院の名前がかかれていた。こんな村とは遠く離れた都会。わざわざここまで来なくても、桜の名所など他にあるはずだ。単なる物好きかそれとも……
土方が両親と共に帰っていくのを見送って。家路へと着いた。
「よォ」
「本当に来たのかよ…」
「来いと言ったのはお前の方だろう」
桜の木に蕾が出来始めた頃、病院に行った。「冗談だったのに」言った土方の顔はどこか嬉しそうであった。
病室の白いベッドに横になった土方の隣には機械が置かれている。心拍数は分かるがそれ以外の物はサッパリだ。分かるとすれば土方の容態がいいものではない、という事くらいである。
「桜、もう少しすれば咲くぞ」
「そうか…見に行けりゃあいいけどな」
土方は窓の外へと視線を送る。上の階に位置するせいか、そこからは空ばかりが見えた。
手術費はどうにか工面したらしいが、肝心の心臓が見付からない。手術をすれば多少延命は出来るかもしれないが、ただそれだけである。
次に大きな発作が起きれば、土方の心臓は止まる。それを聞いて両親は泣き崩れていた。
「まあたぶん駄目だろうなぁ…って。自分の心臓だしなんとなく分かるだろ」
当の本人はとっくに受け入れていた。希望を捨てた訳ではない。小さな頃からそういう生活だったが為に慣れてしまったというのが近い。
死を受け入れた人間は幾人も見てきた。戦いの最中であったし珍しいという訳でもなかった。
だが、この平和な世の中でそういう目をする青年というのはどうにも堪えた。
「ダチは見舞いにゃあ来ねぇのか?」
「あー……転院したから遠くなっちまって…。高校生に稼げる額なんてたかがしれてるだろ?」
話題を変えようとしてみたがあまり上手くはいかないようだ。寂しげな顔をさせてしまった。
幼馴染みが居るが一時間にバスが一本というレベル。土方の地元も負けず劣らずの田舎であった。駅まで出るのにバスに乗り、そこから新幹線の出る駅に向かい……とまあ不便なものである。夜行バスもあるが、それなりに金はかかるし高校生のバイト代では厳しい物がある。
しかも高校生三年生ともなれば人生の岐路に立つ場面だ。就職、進学にしろ勉学は勿論の事、費用もかかる。その大事な時期に自分なんぞの為に金も時間も使って欲しくない。
やせ我慢だろうが、前世(としておく)の土方もそう言う性質だった。自分よりも誰かの為に。文句を言っても、結局世話を焼いてしまうようなお人好しだ。
「変わらねぇなぁ…」
「は?」
「いや、こっちの話だ」
何か面白い話はないのか、という土方の無茶振りのリクエストを受け昔話をしてみた。こういうのは得意ではないが、余程退屈だったのか意外にも受けがいい。気づけば面会時間も終わりに近くなっていた。
「なあ」
「なんだ?」
「前、俺の心臓が欲しい……って言ってたろ。……あんたにならやってもいい」
「どういう心境の変化だ?」
「分かんねぇけど…あんたなら……あんたにやりたいって思ったんだ」
「そうか。なら遠慮なく貰おう」
「……おう」
それから桜が咲き始めた頃、火葬場から立ち上る煙を眺めていた。
ごく親しい者たちだけを集めた小さな葬儀だったが皆涙を流していた。
友人でもなんでもない高杉は遠くから眺めていた。参列しようとは思わなかったし、行った所で場違いにしかならないと思った。
悲しみに暮れるよりもまず、行くべき場所がある。
「桜でも見に行こうや、土方」
左胸に手を当てるとその場を立ち去った。
土方から心臓を貰ってどのくらい経ったのか。二桁か三桁か数えるのは辞めてしまっ。時間だけはあったので、せっかくならと各地の桜の名所を見て回った。
敵対していた頃にはデートなんて物は出来なかったし、再び生を受けた後も土方が多忙すぎて中々遠出が難しかった。
今世の土方はあまりに時間が短過ぎたし、身体的な事も考えれば難度は高い。
足りなかった時間を補うように、気の向くままに土方の心臓と共に旅をした。
高杉の中でも、土方の心臓が鼓動を打つ事はなかった。心臓を生き返らせる事は叶わないらしい。
だが無限に時を生きると思っていた高杉にとって、土方の心臓は思いもよらぬ効果を発揮した。
アルタナで出来た身体に言い方が悪いが異物が入ったおかげか、寿命が生まれたのだ。
そのスピードは常人よりも緩やかだ。けれど、確実に身体の機能は老いて不具合が出始めている。
人によってはこれを呪いと例えそうだが、高杉は土方が共に居てくれるならなんだってよかった。
縁側に座る高杉を春の柔らかい日差しが包む。いい昼寝日和だと静かに眠りについた。
とある病院で赤子が産声を上げた。
身体の真ん中で結合した赤子に驚きを隠せなかったが、母親は「産まれてきてくれてありがとう」と感謝した。
二つの身体に一つの心臓。その双子は鼓動を分かち合って産まれた。
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