喧嘩(高土)

 最後に喧嘩したのはいつだっただろう。
 何が原因で、最後どうなったかのか。それさえもよく思い出せないでいる。
 喧嘩しようにも、その相手はこの世にはいない。ターミナルからアイツは帰っては来なかったのだから。
 何年も経てば、記憶は薄れていく。それに反して想いは降り積もっていく。気紛れに会いに来て、好き勝手に抱いて、嵐の後のように静かに去っていく。
 夢か幻であったかと思おうにも、ただ一つ残された赤い痕に現実なのだと思い知らされる。
 今までも、今も毎日のように喧嘩している。万事屋と顔を合わせれば言い合いになるし、この前は久しぶりに近藤さんと喧嘩になった。
 だが、万事屋と顔を合わせた日には飲みに行くし、近藤さんとはとっくに和解して、昨日もすまいるから回収してきた。
 でも、本当に喧嘩したい相手はここには居ない。一緒に飲みたい相手も謝りたい相手もここには居ない。
 部屋に一人、空中に向かって「バカ」と言っても「誰がバカだ」と返ってはこない。
 喧嘩は相手がいなければ成立しない。
「勝手に上がり込むな」「勝手に俺の酒を飲むな」「無茶苦茶しやがって」
 相手が居ないから、家には一人だし、秘蔵の酒が減る事はない。身体が痛くて翌日休みを取る必要もない。
 とても平和で順風満帆な毎日。
 地球が滅ぶような脅威も、江戸を脅かすテロリストも、もうどこにも居ない。誰も、もう。
「嘘は付かねぇんじゃなかったのか、嘘つき」
 身勝手なクセに約束だけは、律儀に守るあの男はもう居ないのだ。今なら「嘘つき」と喧嘩できるのに、その当人はどこにも居ない。

 月のない静かな夜。
 お互いに無言で酒を飲んだ日もあった。
 猪口は二つ。俺は一人、無言で酒を飲んでいる。
 コンコン、と玄関から音がした。無音に近いこんな夜でなければ聞き逃していたであろう小さな音。その音に誘われるように、立ち上がり玄関の戸を開けた。
「戻ってくるって言っただろう?」
 なぜかこの男は、身勝手なクセにやたらと律儀に約束だけは守るのだ。
「何だ、泣いてんのか?」
「泣いてねぇよ、バカ」
「誰がバカだ」
「嘘つき」
「俺が、いつ嘘をついたんだ?」
「うるせぇ、とにかくお前なんてキライだ」

 これでまた喧嘩が出来るのだと酷く安心した。
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