別れ(高土)
春は出会いと別れの季節である。
今年も学舎から生徒たちを見送った。笑顔の者や涙を流す者。先生ありがとう、と言われて何度経験しても涙腺は緩むというものだ。
別れという物はどうしたって寂しい。それでも「またね」「元気でね」なんて別れの言葉を伝えられるのはいい事である。
春が来る度に思い出す。別れの言葉すらなかった事を。
「桜が咲いたら一緒に見に行こう」と珍しく、いや初めて言われた。一番いい宿を取って、一番いい場所で、一番いい桜を見るのだと。
けれどそれは叶わないまま、別れの言葉さえなく、世界から居なくなってしまった。
そもそも付き合っていたかさえ怪しいのだから、別れるという言葉は適切ではないのかもしれない。
会えば大した会話もなく肌を重ねて、夜が明ける前にどちらかが去っていく。精々、セフレという言葉が似合いの関係だった。
だが、アイツが帰ってこない、もうこの世界には居ないのだと実感した時、どうしようもない程に胸は痛んだ。そこでようやく、アイツの事が好きだったのだと知った。
胸の痛みを空虚さを埋めるために、それまで以上に仕事に打ち込んだ。幸いにも、江戸を復興する為に仕事は山のようにあった。
そうして気づけばあっという間に時間は過ぎて真選組副長という生を終えた。
輪廻転生など信じていなかったが、こうして前世の記憶を持ったまま生まれてしまったのだから信じる以外にない。これといって理由はないが、今世では教職を選んだ。警察の仕事も大変だったが、教職も想像よりも大変だった。だが、やりがいはある。
卒業式が終われば次に終了式。それが終われば入学式や始業式と休む暇もない。
新年度からは一年生を受け持つ事が決まっていた。資料と名簿を確認しているとそこにはよく知った名前があった。
『高杉晋助』
忘れられない名前。春が来る度に思い出す男。
同姓同名という可能性もある。現代にしては少し古めかしくも思うが、もの凄く珍しいという訳ではない。本人かそうでないのか。仮に自分と同じように、転生していたとしても記憶を有しているとは限らない。
期待しているのか、そうでないのか。気持ちの整理が付かない内に、桜は咲き入学式を迎えていた。
席に着いた生徒たちはまさに新入生という雰囲気だ。期待や不安もあるがどこかフワフワしたような空気が漂っていた。
その中でただ一人、雰囲気が違う生徒がいた。高杉晋助、まさにその生徒である。実際に目にすると顔も声も記憶の中のアイツと一緒である。妙に大人びていて、チラチラと盗み見る女子生徒も居るようだった。
明日からの学校生活の説明と生徒の自己紹介が終わると解散となった。生徒が帰っていくなか、高杉だけが教室に一人残っている。
「高杉、用がないなら帰って大丈夫だぞ」
「用ならあるぜ。なぁ、十四郎」
「お前、まさか……!」
「やっぱりお前も覚えてるみてぇだなァ」
高杉はにんまりと笑うと席を立ちこちらへと歩いてくる。目の前でピタリと止まると顔を上に向けて話だす。
「十四郎、次の休みはいつだ?」
「そんな事を聞いてどうする」
「決まってんだろ、桜見に行くんだよ。忘れちまっまたのか?」
ハッキリと覚えている。桜を見に行こうと勝手に約束を取り付けて、結局叶わなかった事も。
「………覚えてはいる。だが、もう行く理由は」
「あるだろ。俺ァ出来ねぇホラは吹かねぇ」
「そもそも、生徒とはそういう事は出来ねぇ…!」
「あ?生徒だぁ?俺たちは付き合ってんだから別にいいだろ」
今、コイツはなんと言ったのだろう。付き合ってる、と聞こえたような気がしたのだが。
「……付き合って……る?」
「ああ」
「俺とお前が?」
「何言ってんだお前?耄碌するには早過ぎんじゃねぇか?」
「は??え??いつから付き合って…??」
「いつからって前世からに決まってんだろ」
どういう理屈だ。今世では確実に初めましてだし、前世ですら好きだとか付き合おうとか、そういう明確な言葉はなかったはずだ。
「だって、お前そんな…素振り」
「俺ァ、何度も布団の中で言ってたぜ?あぁ、ヨすぎて聞こえてなかったモンなぁ?」
ニヤニヤ笑う顔がいやらしい。布団の中で良く見た顔だ。
「それに、お前……帰って来なかった、じゃねぇ…か」
別れの言葉もないままに、この世界にはもう居ないという事実だけを突きつけられて。別れたと過去の事だと割りきっていたのに、この男は「付き合っている」と言ってのけた。
「……ありゃあ悪かったよ。けど、こうしてまた巡り会えたのも縁ってもんじゃねぇか?」
「勝手に居なくなりやがって……このバカ」
「俺ァもう居なくならねぇよ。今度は最後まで一緒だ」
「嘘付いたら許さねぇからな…」
「だからこうして桜見に行こう、って言ってんだろ」
「一番いい宿で、一番いい場所で、一番いい桜……なんだろうな」
「当たり前だろ。……あぁでも今は金がねぇから、とりあえずお前が金を工面してくれ」
今年も学舎から生徒たちを見送った。笑顔の者や涙を流す者。先生ありがとう、と言われて何度経験しても涙腺は緩むというものだ。
別れという物はどうしたって寂しい。それでも「またね」「元気でね」なんて別れの言葉を伝えられるのはいい事である。
春が来る度に思い出す。別れの言葉すらなかった事を。
「桜が咲いたら一緒に見に行こう」と珍しく、いや初めて言われた。一番いい宿を取って、一番いい場所で、一番いい桜を見るのだと。
けれどそれは叶わないまま、別れの言葉さえなく、世界から居なくなってしまった。
そもそも付き合っていたかさえ怪しいのだから、別れるという言葉は適切ではないのかもしれない。
会えば大した会話もなく肌を重ねて、夜が明ける前にどちらかが去っていく。精々、セフレという言葉が似合いの関係だった。
だが、アイツが帰ってこない、もうこの世界には居ないのだと実感した時、どうしようもない程に胸は痛んだ。そこでようやく、アイツの事が好きだったのだと知った。
胸の痛みを空虚さを埋めるために、それまで以上に仕事に打ち込んだ。幸いにも、江戸を復興する為に仕事は山のようにあった。
そうして気づけばあっという間に時間は過ぎて真選組副長という生を終えた。
輪廻転生など信じていなかったが、こうして前世の記憶を持ったまま生まれてしまったのだから信じる以外にない。これといって理由はないが、今世では教職を選んだ。警察の仕事も大変だったが、教職も想像よりも大変だった。だが、やりがいはある。
卒業式が終われば次に終了式。それが終われば入学式や始業式と休む暇もない。
新年度からは一年生を受け持つ事が決まっていた。資料と名簿を確認しているとそこにはよく知った名前があった。
『高杉晋助』
忘れられない名前。春が来る度に思い出す男。
同姓同名という可能性もある。現代にしては少し古めかしくも思うが、もの凄く珍しいという訳ではない。本人かそうでないのか。仮に自分と同じように、転生していたとしても記憶を有しているとは限らない。
期待しているのか、そうでないのか。気持ちの整理が付かない内に、桜は咲き入学式を迎えていた。
席に着いた生徒たちはまさに新入生という雰囲気だ。期待や不安もあるがどこかフワフワしたような空気が漂っていた。
その中でただ一人、雰囲気が違う生徒がいた。高杉晋助、まさにその生徒である。実際に目にすると顔も声も記憶の中のアイツと一緒である。妙に大人びていて、チラチラと盗み見る女子生徒も居るようだった。
明日からの学校生活の説明と生徒の自己紹介が終わると解散となった。生徒が帰っていくなか、高杉だけが教室に一人残っている。
「高杉、用がないなら帰って大丈夫だぞ」
「用ならあるぜ。なぁ、十四郎」
「お前、まさか……!」
「やっぱりお前も覚えてるみてぇだなァ」
高杉はにんまりと笑うと席を立ちこちらへと歩いてくる。目の前でピタリと止まると顔を上に向けて話だす。
「十四郎、次の休みはいつだ?」
「そんな事を聞いてどうする」
「決まってんだろ、桜見に行くんだよ。忘れちまっまたのか?」
ハッキリと覚えている。桜を見に行こうと勝手に約束を取り付けて、結局叶わなかった事も。
「………覚えてはいる。だが、もう行く理由は」
「あるだろ。俺ァ出来ねぇホラは吹かねぇ」
「そもそも、生徒とはそういう事は出来ねぇ…!」
「あ?生徒だぁ?俺たちは付き合ってんだから別にいいだろ」
今、コイツはなんと言ったのだろう。付き合ってる、と聞こえたような気がしたのだが。
「……付き合って……る?」
「ああ」
「俺とお前が?」
「何言ってんだお前?耄碌するには早過ぎんじゃねぇか?」
「は??え??いつから付き合って…??」
「いつからって前世からに決まってんだろ」
どういう理屈だ。今世では確実に初めましてだし、前世ですら好きだとか付き合おうとか、そういう明確な言葉はなかったはずだ。
「だって、お前そんな…素振り」
「俺ァ、何度も布団の中で言ってたぜ?あぁ、ヨすぎて聞こえてなかったモンなぁ?」
ニヤニヤ笑う顔がいやらしい。布団の中で良く見た顔だ。
「それに、お前……帰って来なかった、じゃねぇ…か」
別れの言葉もないままに、この世界にはもう居ないという事実だけを突きつけられて。別れたと過去の事だと割りきっていたのに、この男は「付き合っている」と言ってのけた。
「……ありゃあ悪かったよ。けど、こうしてまた巡り会えたのも縁ってもんじゃねぇか?」
「勝手に居なくなりやがって……このバカ」
「俺ァもう居なくならねぇよ。今度は最後まで一緒だ」
「嘘付いたら許さねぇからな…」
「だからこうして桜見に行こう、って言ってんだろ」
「一番いい宿で、一番いい場所で、一番いい桜……なんだろうな」
「当たり前だろ。……あぁでも今は金がねぇから、とりあえずお前が金を工面してくれ」
1/1ページ