ピアス(高土)

「晋にぃ!」
「どうした?十四郎」
 小さな頃、兄と慕う人間が居た。
 その頃は、両親を失くし親戚の家をたらい回しにされていた。腫れ物扱いを子供ながらに感じとり、毎日塞ぎこんでいた。居づらさを感じて一人公園のベンチに座っていると「迷子か?」と声をかけられたのが出会いだ。
 晋にぃはあまり素行がよくなかったらしいが、自分にとってはヒーローみたいな存在だった。心を許せる相手は晋にぃだけで、本物の兄が出来たみたいで嬉しかった。毎日、毎日疲れ果てるまで遊んでくれた。
 大好きで堪らなくて
「晋にぃみたいになるんだ!」
 と真似をすれば
「全然似てねぇよ」
 と文句を言いながらも笑いながら頭を撫でてくれた。
 とある日、「将来の夢」を書いて来るようにという宿題が出た。当然「晋にぃみたいになりたい」と書いて真っ先に本人に見せた。
「あのなぁ、こういうのは野球選手になりたいとか、先生になりたいとか、そういう事を書くもんなんだよ」
「えーでも俺は晋にぃになりたいもん!」
「なりてぇって言われてもなぁ」
 晋にぃは困ったように笑っていたけど、嬉しそうにもしていた。
「じゃあ、晋にぃは何になりたいの?」
「………聞いても笑うなよ」
「笑わない!」
「警察官」
「けいさつかん?」
「お巡りさん、って事だ」
「晋にぃお巡りさんになるの!?」
「なりてぇ、って話だよ」
 晋にぃはとある警察官にお世話になった。いつもなら頭ごなしに怒鳴られたり、嫌そうな顔をされるのに、その人だけは真面目に話を聞いてくれたのだという。
 それからというもの生活態度を改めて、ちゃんと学校にも行くようになったし剣道も始めた。いつか自分もあの人みたいになりたいからと照れくさそうに話ていた。
「じゃあ俺もお巡りさんになる!」
「じゃあって…お前なぁもっとよく考えろよ」
「やだ!晋にぃと一緒がいいの!」
 作文は「晋にぃみたいなお巡りさんになりたいです」と書き直した。「いやだからな」と晋にぃは言ったけど「まぁいいか」とすぐに頭を撫でてくれた。
 高校生になった頃、晋にぃは遠くへ行くのだと言った。どこへ行くかは頑なに教えてはくれなかった。この年にもなって恥ずかしい話だったけれど、唯一の兄が居なくなるのは悲しくて仕方がなかった。
「十四郎。これを形見にやる」
「形見ってなんだよ…!」
 晋にぃは右耳からピアスを外すと俺の右手に握らせた。小さな石の付いたシンプルなデザインのそれ。形見と言われたせいなのか、とてつもなく重く感じた。
「じゃあな十四郎」
 去っていく晋にぃの目はどこか暗くて今も忘れる事ができない。
 その別れから数日後、一人の警察官の訃報が新聞に載った。

「土方さん、こっちはいつでも」
「わかった」
 数年後、俺は警察官になった。あの日の夢を叶えるという意味もあったが人を探すにはいい職業でもある。
 配属は四課。いわゆるヤクザを相手にする部署だ。警察といえば刑事というイメージ故か当初は少しガッカリしたが、それなりに充実した日々を過ごしている。
 ここ数ヶ月、鬼兵会という組が勢力を伸ばしていた。元々は小さな組だったが「高杉」という男が入って以来、急激にシマを広げていっている。
 つい最近も一つ組を潰したという話だ。要注意人物として他の組からも警察からも目を付けられている。その割には未だ「眼帯をしていて派手なスーツを着ている」という情報しかない。腕っぷしだけでなく頭も相当キレるらしい。
 新宿界隈で出回っている薬と殺人事件に、鬼兵会ひいては高杉が関わっているという情報が入った。そこでガサ入れという運びになったのだ。
 準備が整うとインターフォンを鳴らした。緊張の走るなかあっさりとドアが開く。もっと抵抗されるだろうと予想していた為に拍子抜けしたと言ってもいい。
 サングラスをかけた男に中へ案内された。物腰は柔らかいが隙がない。警戒を怠らずに部屋へ入ると、一人の男が背を向けて革張りの椅子に座って待っていた。
「悪ぃが話は一対一でしたい。万斉、他のお客様は別室に案内してやれ」
「承知した」
「ああ!?テメェにそんな権利があると思ってんのか!?」
 側に控えていた原田が声を上げる。しかし、その声に振り返った男は全く怯んだ様子はなく、余裕の笑みさえ浮かべていた。逆にその冷たい笑みに小さく悲鳴を上げたのはこちら側だった。
「わかった。俺が残る。原田、他のやつら頼む」
「しかし、土方さん…!」
「サシで話してぇって言ってんだ、俺に何かあれば確実にコイツが犯人になるって訳だ」
「ククッ…そういうこった。なぁに、悪いようにはしねぇさ」
 やがて部屋には俺と男の二人だけになった。男は眼帯と派手なスーツを着ており、情報通りならコイツが間違いなく「高杉」であろう。
「まぁ、座れや刑事さん。………いや、十四郎」
「!?なんで俺の名を…!?」
 動揺した隙を付かれ、ソファへと倒される。痛みはないがマウントポジションを取られロクな抵抗は出来ない。
「そのピアス、ちゃんと持ってんだな」
 高杉が髪をかきあげると左側の耳にピアスが付けられているのが見えた。
「まさか……晋……にぃ……?」
 そのピアスはあの日、渡されたピアスと同じ物だ。そして、俺の右側にも同じピアスが付けられている。
 
 
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