毒(高土)

 興味本位で手を伸ばした
 嫌がる身体を無理矢理に押さえ付けた。
 一度だけの筈がそんな事を何度も繰り返している。
 
 あの瞬間から毒に犯されていなのかもしれない。


 久方ぶりの江戸は相変わらず煩い。天人だけでなく狗もウロついていて目障りである。
 しかし、それだけ人間が多いという事は身を隠しやすいという事だ。木を隠すなら森の中。人混みに紛れてしまえば、誰でもなくなってしまう。
 それでも編み笠は手放せない。顔が割れて手配書があちこちにばらまかれてしまっている。
 夜を待って一軒の民家へと向かった。何の変哲もないそこには目的の人物がいるかもしれない。かもしれない、というのは別に住居があってこちらは別宅であるからだ。相手の予定は知らないし、仕事中である可能性の方が遥かに高い。居なければ居ないで、勝手に上がり込んで寛いで帰るだけである。
 明かりが付いた玄関を見て自然と口の端が上がっていたが、すぐにへの字に曲がる事になる。引戸を開けると草履とその横に見覚えのあるロングブーツが並んでいたのだ。
 足音を立てて人の気配のする寝室へと向かう。寝室だからか余計にフツフツと腹の底から何かが沸き上がってきた。
「なんでテメェが居やがる」
 襖を開ければそこには忌々しい銀色の髪をした男が座っていた。
「そりゃあコッチの台詞なんだけど」
 声色は冷静を装っているが、手は木刀にかかりいつでも抜ける体勢になっている。その場に居るもう一人の人物を守るようにして。
「ソイツはどうしたんだ」
 暫くにらみ合いが続いたが、銀時の相手よりも守っている男の方が気になった。物音がして殺気まで出ているというのに、布団で横になりこんこんと眠っている。普段なら気配に聡いこの男は小さな物音でさえ目が覚めるというのに、全くそんな様子が見られなかった。
「ちょっとまあ弟分のいつものイタズラっていうの?」
 斬り合う気がないと判断したのか銀時は殺気を納めた。だが得物はいつでも抜ける状態である。
「おとぎ話に毒リンゴってあるだろ?あれ実在するらしくて、それ食わされて目が覚めねぇの。で、俺はそのお守りってわけ」
 意地悪な継母が美しい娘を騙して食べさせた毒リンゴ。娘は死んだように眠りについて、ある日王子様が口づけをすると息を吹き替えしたというあの童話。
「解毒剤はねぇのか」
「今、必死にあちらさんが探してるとこ。……つーか、なんでお前が土方くんに家に来てるわけ?」
 抑えてはいるようだが、ピリピリと殺気を肌に感じた。銀時は依頼として土方の護衛を頼まれたようだが、恐らくは金とは別の感情を抱いている。
「……解毒剤方法は王子様のキスってやつだったか」
「ま、それも解毒方法らしいけど両思いでなけりゃ意味ねぇらしいから…っておい何しようとしてんだ、テメェ!!」
 銀時の制止を振り切って土方に真っ赤な口唇に口づけを落とした。眠る土方は死人みたいに真っ白なろに、口唇だけが異様に赤い。リンゴというよりは毒みたいに美しかった。
 変化なしか……当然だと思った矢先、眠った土方が咳き込み口からリンゴの破片が飛び出してきた。
 それを見て嬉しいというよりは血の気が引く感覚がした。勢い良く立ってそのまま走ってに玄関へと向かう。後ろから銀時の叫ぶ声が聞こえたが全く耳には入らない。
 土方の家から飛び出してどのくらい走っただろう。気付けば随分と遠く離れた場所まできていたらしい。
『両思いでなければ意味がない』
 銀時の言葉を反復する。
 口づけて飛び出してきたリンゴの破片。自分の考えが間違いでなければ、あれは解毒されたという意味だろう。
「……退き際か」
 面白半分で伸ばした手。触れてしまった瞬間にこの身体は毒に犯されてしまった。この毒が身体に回りきる前に終わりにしなければならない。

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