勘違い(高土)

 はぁ……と重い溜め息を一つ。その悩ましげな姿にまた子の胸には不安が募る。
 鬼兵隊の頭である高杉があのような姿を今まで見せた事がない。高杉もまた人間であるから、自分ではわからないが彼なりに悩みや何かを背負っている。対等な立場であれば、それを一緒に悩んだり半分でも背負ってやりたいと思う。だが、あくまで部下と上司であり、踏み込んではいけない領域がある事も理解していた。
 それがこうして弱みをさらけ出している。あんな弱々しいとも言える姿なんて見た事がなかった。どうしようかと悩んでいるうちにまた一つ大きな溜め息が漏れる。
 たっぷりと時間をかけて悩み、このままじっとしていても始まらないと一歩踏み出した。ある意味、機嫌が最悪な高杉に話し掛けるよりも緊張した。
 遠目からではわからなかったが高杉の手には一枚の写真が握られていた。それを見ては高杉は悩ましげに溜め息を吐いているらしい。
 ひょいとその写真を覗きこむ。気配に敏い高杉はそれすら気付かないくらいに悩んでいるようだ。
 その写真には、宿敵である真選組の副長である土方が写っていた。目付きが悪くてどちらがテロリストかわからないくらいに、悪い顔をしている。
 土方の写真を見ながら溜め息を吐いている。もしや、土方に何かされたのか。つい先日、真選組とかち合った。大規模な戦闘にはならなかったが、多少の被害が双方に出た。その場には高杉も参加していたはずだ。報告は受けていないが、実は怪我を負っていてそのせいでこんな状態になっているのかもしれない。
 憎き土方のせいで高杉が弱っているなら、また子がやる事は一つだ。今からでも兵隊を引き連れて真選組を潰す。土方の首を取って高杉に差し出せば、気持ちも晴れるだろう。
 そうと決まれば行動は早い。だから猪女だと武市に言われるのだが、そこがまた子の良いところでも悪いところである。
「晋助様!今から土方の首取ってくるッス!!」
「土方!?……お前いつからいたんだ?」
 振り返った高杉はようやくまた子に気が付いたという様子だった。珍しい事だったが、仇討ちだと興奮しているまた子はその違和感には気が付かない。
「ひじかた…土方か……」
 ボソボソと名を呼ぶと高杉はまた写真を見詰めて溜め息を吐いた。それに胸を押さえている。負傷したのは胸の辺りで土方の写真を見るとその傷が疼いているのかもしれない。益々、また子は復讐に燃え始める。
「土方にやられたんスね!?今すぐにでも真選組にカチこんで来るッス!!」
 土方許すまじ。また子の頭にはもうそれしかなかった。大事で尊敬してやまない高杉をこんな風にしたのだから、只では済まされない。
「待つでござるよ」
「そんな悠長な事、言ってる場合じゃないッスよ!?」
 今にも飛び出しそうなまた子の前に現れたのは万斉だ。非常事態であるはずなのに随分とのんびりと構えている。
「心配せずとも、晋助はどこも怪我をしておらぬよ。どちらかといえば……恋煩いでござる」
「恋煩い……?」
 あまりにも似つかわしくないセリフにまた子の思考が停止した。自分の記憶が間違っていなければ、相手を想うあまりに食事も喉を通らないとか少女漫画に出てくるような物ではなかったか。
「晋助がああいう状態ゆえ、拙者が代わりに話そう」
 そう言って万斉が話始めた。
 襲撃した先で土方とかち合ってしまった。そこまではいい。ある程度想定していた事態である。が、問題はここからだ。
 土方が高杉をジッと睨み付けた。
「高杉…!」
 そして高杉の名を呼んだ。
「……!」
 高杉は固まったまま動かない。幸い逃亡用のヘリには乗っていたので、戦闘にはならなかった。遠ざかっていく土方を見詰めたまま高杉は動かない。流石に心配になり声をかけたのだが……
「アイツは俺の事が好きなのかもしれねェ…!」
「は??」
 予想外の言葉に今度は万斉が固まる番だった。何をどうすればあの状況で好きなのかも、と思えるのか疑問しかない。
「アイツは、土方は俺の事を見詰めて俺の名前を呼んだんだぞ…!そりゃ、好きって事だろうが…!!」
 何の冗談かと思ったが目が本気だった。ヘリから突き落としてやろうかという衝動を堪えた自分を褒めてやりたいと思う。
 高杉は花街に行けば黄色い声が上がるくらいにはモテる方だ。だが、モテる=恋愛ができるという方程式は成り立たない。青春時代を戦場で過ごし、今は復讐に生きる彼には恋愛経験というものが絶望的にないのだ。
 それを聞いてまた子は全てがどうでもよくなった。なんか色んな感情があったはずだが、どうでもいい。それが正直な感想である。
「そうか…!会いに行きゃあいいじゃねぇか…!」
 また子のカチこみにヒントを得たのか高杉が立ち上がる。
「晋助、急に行っては相手にも都合というものがあるでござる。それに実家に挨拶に行くのは早すぎる。まずはお互いを知る為に文通から始めるでごさるよ」
「そうか…そうだな」
 文通でもないし、そうだなでもない。どこから突っ込めばいいのかもわからないし、突っ込みたくもない。
「いきなり"股を開く"など書いては駄目でござる。土方殿はストイックな御仁であるから、そういうのは嫌われてしまうでござる」
 文面に格闘する二人の背中を見ながら、今後の身の振り方を真剣に考えようと思うまた子であった。

 
 
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