魔法少女硬派くん

第一話 登場!!魔法少女硬派くん

「高杉~高杉晋助~……欠席と……」
 出席を取る教師は顔色一つ変えずに出席簿に書き込んだ。高杉が登校してこないのはいつもの事である。それは、生徒も同様で今更心配するような事はしない。むしろ、不良と関り合いにならなくていい。下手に関わって内申点を下げたくないというのが本音である。
 そうしていつも通りに授業が始まった。教科書は先週の続きを開く。教師が黒板にチョークで字を書いて、それをノートに写す。途中で誰かが当てられて答える。ここは共通テストにも出るから気を付けるようにと、一言付け加えられた。
 授業が終わったら、次の授業が始まる。腹が減った頃に昼食を摂り、睡魔と戦いながらまた授業を受ける。
 HRで「最近物騒だから気を付けて帰るように」と言われた。どう気を付ければいいのか、そこまで具体的には言われない。気を付けたって車が突っ込んできたら事故に遭うではないか。不可解な、しかし今のところ深刻な問題にはなっていない出来事が時折起きている。事件とも事故とも言えないそれは、心霊現象だとか集団幻覚だとかの噂に近いようなものだった。
 せいぜい夕方のニュースで一瞬だけ流れて、すぐに忘れてしまう程度のもの。未だに大きな被害が出ていないだけで、今後どうなるか分からない。だが、それを予測する程の危機感のない、平和ボケしているのがこの町である。
 教師が去ると途端に教室は煩くなる。部活に行く者、これから遊びに行こうと言う者、真っ直ぐ帰る者それぞれだ。
 土方は鞄に教科書をしまうと時計を見た。風紀委員の会議まであと三十分ほど。会議と言っても
、朝の挨拶運動や身だしなみチェックの当番の確認とかその程度である。時間が余れば早く解散したり、校内清掃をするくらい。元々、自由な校風で公序良俗に反しないならある程度は自由。校則もそこまで雁字搦めという訳でもない。それが理由で入学を決める生徒もいるくらいだ。だからと言って何をしてもいい訳ではないので、そこはキッチリしているようだ。そのおかげかそれなりに地域住民からの評判は良かったりする。
 それでも不良がいない訳ではない。暴力沙汰や警察のお世話になる、という事は年に一度あるかという具合なのでそこまで不良ではないのかもしれない。その中でも特に高杉はまさに不良といった感じで、「登校しない」「授業をサボる」「喧嘩で負傷したのか怪我をしている」とまさに絵に描いたような不良。噂では薬をやってるとか、怪しい誰かと話している所を見たとかも言われている。
 とは言え噂は噂である。高杉が立派な不良であったとしても、土方には関係のない話だ。人並みに正義感はあれど、他人を更正させよう!という意思は特に持ち合わせてはいない。流石に目の前で悪事を働かれたら注意くらいはするかもしれない。だが、高杉とは会話はおろか殆んど顔を合わせた事もないのだ。ただ同じ年に生まれただけの同級生でしかない。そこまでするような義理も当然持ち合わせてはいなかった。
 委員会用に借りている教室に入ると、当然ながら誰もいない。来るのが早すぎたというのもあるが、大体のメンバーが開始の五分前にやってくる。そもそも風紀委員ですらこういう雰囲気である。規則だとか言っても聞きやしないのだ。
 とはいえ、多少の準備は必要だ。それは自然と土方の役目になっていた。人望はあるが、少し抜けた所のある委員長の近藤に、サボり癖のある総悟。山崎は気が効くが少し気が弱いし、一年生の鉄は空回りしやすい。
 総悟を除けばいいやつらなのだが、仕事が出来るかという話になると別問題。書類の整理や当番、会議の進行という役回りは、土方でないと上手くいかない。致し方ないのが半分、生来のお人好しが半分といった所で土方がやる事になってしまった。
 机を拭き、床をほうきではく。他のクラスの教室を借りている以上は責任持って綺麗に使う必要がある。ただでさえ騒いですぐにお菓子のクズやらで汚す連中だ。こうして土方が気にかけなければ「風紀委員は使用禁止」と言われてもおかしくない。
 そうしていると、元気よく鉄が教室に入ってきた。元気なのはいいが扉は壊さないように静かに開けて欲しい。次いで山崎が来たので、資料のコピーを頼んだ。
 開始の五分前にようやく全員が出揃った。着席した瞬間に総悟がアイマスクを付けたが、静かな方が会議が進行しやすいので放っておく。
 顧問の先生が教室に入ってきた所で会議が始まった。この先生も割りと緩めなので、うんうんと聞いているくらいだ。生徒の自主性に任せると言うスタイルらしい。そもそも、学校自体が自主性を大切にするなのでこの先生にとってはいい職場と言えよう。
 先月の報告と反省。今後の目標と当番を確認したら解散となった。特にこれといって意見はない。半分くらいは船をこいでいたのだから当然といえは当然だ。
 顧問の先生からも「物騒だから気を付けて帰るように」と締め括られた。最早、形式化しているのだろうか。意味はないけれど、とりあえず言っておこうというくらいかもしれない。
 近藤と総悟とは帰り道が逆なので校門で別れる事になる。「トシ、また月曜な!」「土方死ね」といつも通りの挨拶をして手を振った。
 なんとなくまだ帰りなくない。遊びに行くには少し遅いし、このまま帰るにはまだ遊んでいたいような気がする。日は傾きつつあるが、まだ充分に明るい。「気を付けろ」と言われた手前真っ直ぐ帰るべきだろう。だが、それを素直に聞き入れる程に真面目な生徒でもない。とりあえず少し遠回りの道を選んで、コンビニに寄り道しながら帰る事にした。
 ビニール袋を下げながら、帰り道を歩く。至って普通で、物騒な事件など無縁としか思えない。スーツのサラリーマンやお喋りしているおばさん達。ごくごく普通の風景が広がっている。
 その風景の中に学ランに赤シャツという出で立ちの学生が、向かいの道路を歩いているのが見えた。学生も学ランも珍しい物ではない。馴染みのある学生カバンからは算盤が飛び出ている。距離が近付きすれ違う時に、左目に眼帯をしているのか見えた。
 あまり顔を合わせた事はないが、間違いなく高杉晋助だ。赤いシャツに眼帯。そしてなぜか算盤を持っている。特徴はピタリと一致しているし、わざわざ高杉の真似をする人間も聞いた事がない。向こうは土方に気が付いていないのか、こちらを気にする素振りも見せずに、足早に去って行った。
 こんな時間に制服でどこへ行くのだろう。住宅が立ち並ぶエリアだ。スーパーやコンビニ、繁華街でもなく、どこか遊べるような場所でもない自宅に帰る途中という可能性もあるが、不良ならこへから遊びに行くもなではないか。
 テレビや漫画で得た偏見的な知識ではある。だが、高杉が見た目通りの不良であるなら日の高い内に素直に自宅に帰るだろうか。
 無性に気になってしまった。両親は共働きでまだ帰って来ない。まだ暫く日は落ちそうにない。それにまだ、遊んでいたいという反抗心。そして好奇心が打ち勝ってしまった。
 そうと決まれば土方はクルリと踵を返す。幸いにも高杉はまだそう遠くには行っておらず、後ろ姿がしっかりと見える。 
 その姿を一定の距離を取りながら後を着けていく。尾行などまるで刑事か探偵にでもなったような気分だ。よく見る「あの車を追ってください!」みたいな展開は流石にないだろうが、それでも主役になったような気さえする。
 他人のプライベートを覗くなんていい事ではない。だが、高杉は不良と噂されているが実際の所は謎でしかない。気付いたら登校し、いつの間にか居なくなっている。時には熊にでも襲われたのか、という程にボロボロの出で立ちだった事もある。
 もしかしたら、高杉の秘密の一つでも見えるかもしれない。ドキドキする胸を抑えながら慎重に後を着けていく。
 暫く歩いた所で高杉が急に立ち止まった。バレないように慌てて近くの自販機へと隠れる。
 顔を覗かせると高杉が空中に向かって話しているように見えた。ずっと尾行していたから、途中で人には会っていない。スマホを操作するような様子もない。イヤホンも考えられるが、目の前に相手が居るというように見えた。
 噂では聞いていたが本当に一人で喋っている。やっぱり薬をやっているというのは本当だったのか。
 触らぬ神に祟りなし、とここで尾行を止める事した。この後、薬の売人に会いにくいなんて事になれば確実に犯罪に巻き込まれてしまう。喧嘩程度なら逃げ出せても、例えばヤクザだとかマフィアなんて出てきたらとてもじゃないが逃げ切れない。
 当の高杉も路地裏のような道に入った。いよいよ売人に会うのか……という雰囲気だ。
 今日は何も見なかった、そういう事にしようと思ったのだが。高杉の後ろに何か白い毛玉のような物が着いて行くのが見えた。見間違いかと思ったが、小動物のような動き。ピョンピョンと跳ねている。犬や猫、という風には見えなかった。では何か、と言われるとちょっと浮かばない。まさか、幽霊とか未確認生物なんて物だったらどうしよう。高杉は不良少年ではなくオカルト少年だっのか。
 空中に向かって話していたのは、幻覚ではなく見えない何か。そして、薬の売人に会いに行くのではなく怪しい集会に参加するのでは。
 ゾワリ、と背筋が寒くなった。相手が人間なら逃げるか殴るかすれば何とかなる。剣道だってやっているし、それなりに腕には自信がある。
 だか、相手に実体がないとなるとどうしようもない。高杉の見た目からして悪魔辺りを呼び出しそうだが、対処法なんて知る訳がない。例えば吸血鬼だとかであれば、ニンニクや十字架なら用意出来そうではある。
 父が見ていた映画では神父が何やら唱えていたのを覚えている。そんな事よりも、悪魔に取り憑かれた人間の身体が、あらぬ方向に曲がったり奇声を上げる姿がトラウマとなってこびりついている。
 どちらにせよ、土方にはどうする事も出来ない。これは戦略的撤退であり決してビビっている訳ではない。もう一度辺りを見回してから、ゆっくりと自販機を離れる。
 その後「グダグダと考えずに直ぐに逃げてしまえば良かった」と、後悔する事になる。だが、時すでに遅し。
―――――ドォン!!
 爆発音に振り返ってみれば、先ほどまで隠れていた自販機が爆発している。炎と煙が上がり空高く伸びている。
 何の前兆もなかった。至って普通の自販機だった。車が突っ込んできた訳でも、雷の落ちるような天候でもない。
 原因は何だっていい。とにかく運良く助かったのだと安堵した。あと少しでも離れるのが遅ければ、爆発に巻き込まれて良くて入院、最悪の場合短い生涯を終える所だった。
 これはきっと高杉なんかに興味を持って尾行なんてしてしまったせいだ。つまり死にかけたのも全部高杉が悪い。他人のせいにするのはどうかと思うが、そうでもしないとちょっと心が晴れそうにない。この不快感をぶつけるには高杉がちょどよい。あの爆発だって、高杉が怪しい魔術やら眼帯の下の左目から飛び出したビームのせいかもしれない。中二病という人種は眼帯や包帯をつけたたがって、腕や目が疼くのだと従兄弟のトッシーが語っていた。
 高杉にしてみれば酷い言い掛かり、とも言えた。万が一バレでもしたら怒られても仕方ないのだが……実際の所半分くらいは正解だったりする。
 シュッと何かが頬を掠めた。続いてアスファルトに鋭い爪のような物が突き刺さっていた。遅れて頬に痛みと血が流れる感触がした。
「ゲハハハハ!!人間に出会えるなんてコイツはツイてやがるぜ!!」
 自販機から上がる煙の向こう側に、誰かが立っている。本能的に危険だと悟った。しかし、得体の知れない恐怖で足はすくみ動きそうにはない。
 やがて煙の向こう側から現れたのは、見た事のない生き物だった。人の言葉を喋るのに、頭はどう見ても猫で全身に茶色の毛が生えている。頭だけ見れば可愛いらしいが、その下には人間と同じような身体が付いている。
 何かの撮影だっとしても周りにスタッフのような人間が居ないのはおかしい。それに無関係な人間が紛れこめば、その時点で撮影は止められるはずだ。猫男が俳優なら共演者でないと分かるはず。それらがない、というのも理由だが明らかな
ネットリとした悪意を向けられている。
 不快感に肌が粟立つ。獲物を狙うように足から頭までじっくりと見られ、どこから食べようかと考えているに違いない。自販機の爆発から助かったと思えば、次は化物に食われてしまうのか。じわじわと近付いてくる「死」にその場にヘタリこんでしまった。
 ああ、こんな事になるなら、教師の言葉を信じて本当に真っ直ぐ家に帰ればよかった―――――
「そうはさせねぇぜ!!」
「ぎゃああああああああ!!」
 どこからか現れた影に猫男が吹っ飛ばされた。
「助かった……!」と思ったのだが、感謝の言葉は喉まででかかってすぐさま引っ込んだ。
「天人!!この俺が来たからには、悪い事はさせねぇぜ!魔法少女硬派くん参上!!」
「ギャーギャーギャーギャー煩ぇんだよ、発情期ですかかコノヤロー!」 
 その影は土方を守るように目の前に降り立った。傍らには白い毛玉のような少動物が跳び跳ねて、まるで威嚇しているようだった。
 頭には蝶を模したようなリボン。紫色を基調にしたふわふわした少し丈の短めな可愛いスカート。腰にも大きな蝶のリボンがついている。白が眩しいニーハイから覗く太もも。紫のヒールも履くだけで飛び立てそうな、蝶の羽が付いている。鈍器のようなハート型のステッキをぶっ飛ばした猫男に向けている。
 見た目だけなら完全に女の子だ。ちょっと背が高いくらいだが、今頃背の高い女の子なんて珍しくもなんともない。その声が明らかな男性のものでなければ。「怪我はないか」と振り返った顔が―――――高杉晋助でなければ。感謝の言葉がすんなりと口から出てきたはずだった。
「テメェがこの辺りのシマを守ってる、魔法少女硬派くんか!人間だけじゃなく、テメェを倒せばこの辺りのシマは俺のもんだァ!!」
「させるかよォ!!」 
 猫男と高杉は同時に距離を詰めた。高杉はステッキを構えると思い切り、猫男の顔を目掛けてぶん殴る。その光景をぼんやり眺めていると
「おい、お前」
「へ?俺?」
「お前しかいねぇだろ。なぁ多串くんよ」
「多串じゃねぇよ!!…うわあああ!?毛玉が喋ってる!?」
「誰が毛玉だ!!俺ぁ、銀時っていう立派な名前があるんだよ!!」
 短い前足をダンダンと踏みつけて威嚇する。その毛玉―――――もとい「銀時」と名乗った小動物は銀色の毛並みをしていた。
 犬とも猫ともつかない見た事のない小動物。普通なら動物が喋った時点でおかしいのだが、すでにおかしな事になっている。そのせいか何の疑問も持たずにすんなりと受け入れていた。
「これ…一体、何なんだよ…!」
「あれは『天人』ってやつだ。お前らとは違う次元からやってきた侵略者。そしてあいつらに唯一対抗出来るのが……魔法少女だ」
「魔法……少女………?」
「ま、本来なら表舞台に出てくる存在じゃねぇからな。知らなくて当然だ」
 目の前で繰り広げられる肉弾戦。魔法と言えば呪文を唱えると、例えば炎や水で攻撃する物ではなかったか。少なくともともゲームや映画はそうだった。それがどうだ。明らかに高杉はステッキでぶん殴ったり、蹴っ飛ばしたりしている。腹にめり込んだヒールが凄く痛そうである。
 攻撃力を上げる魔法もあるけれど、アタッカーにかけるのが普通である。魔法使いは元々物理的な攻撃力は低い。かけても大したダメージは与えられない。わざと制限をつけてプレイをする人間もいるが、土方はそこまでやり込むようなタイプでもない。
 疑問に感じたのはそこではないが、銀色の毛玉の解説を右から左に流しながら聞いていた。
「覚えてろよ……!魔法少女めええええ!!」
 断末魔を上げながら猫男が文字通り消滅した。高杉がステッキを振ると、アスファルトに赤い液体が散った。それと同時に車に酔った時のような感覚に襲われた。吐きそう、と慌てて口を抑えたが一瞬で治まった。
「……あれ?」
 気付けば爆発したはずの自販機も穴だらけになったアスファルトも元通り。高杉もトンチキな格好からいつもの学ランに戻って……いなかった。
「立てるか?」
「ああ…大丈夫だ」
 差し出された手を掴むか一瞬悩んだが、とても自力では立ち上がれそうにない。握った手はやはり男の物である。スカートの丈がギリギリを攻めているせいで、見えてはいけない物が見えそうで怖い。
「ありゃあ何だったんだ!?それにお前の格好も!!」
「アイツらは天人。これは魔法少女の戦闘服だ」
 さも当然というように高杉が答えた。何か問題でも?というような表情に、一瞬自分の方が間違えているのかと思った程だ。
 天人は実際に目にしてしまった。夢や幻覚にしては痛みは本物であるし、明晰夢にだとしても思い通りに物事が進んでもいない。
 魔法少女というのも理解し難い。魔法はどう見ても暴力であったし、高杉は少女ではなく少年のはずだ。実は少女だったりするのか……と思った瞬間に突然の都合良すぎる突風に、スカートがまくり上がる。
(赤フン…!!)
 どうしてだ、なぜよりによって赤フンなのだ。高杉が仁王立ちなせいで、余計になんとも言えない感情が湧き出してくる。
「どうした?」
「……いやもういい、なんでも」
 突っ込む気力も出ず謎の敗北感を覚える。
「おい、高杉!そろそろずらかるぞ。そのV字は放っておけ、その内忘れる」
「はぁ!?忘れるってなんだよ!?こんな事があったのに忘れられる訳ねぇだろ、毛玉!!」
「俺は銀時だって……お前、俺が見えるのか…?」
「はぁ?最初から見えてただろうが」
「予定変更だ。高杉そいつ連れてこい」
「ああ、分かった」
 ガッシリと高杉の腰を掴まれる。力は思った以上に強く抵抗してもびくともしない。女装した男に腰をホールドされているなんて、絵面が酷すぎる。
「飛ぶぞ。しっかり掴まってろ」
 身体が浮くような感覚がすると足元に光が生まれた。星やハートの可愛らしいエフェクトが舞い徐々に身体を包んでいった。
「え!?ちょっと待っ……!」
 やがて全身が光に包まれると二人と一匹は忽然とその場から消えてしまった。
 

※※※※※

「きもちわる……っ」
 車酔いしたような気持ち悪さ襲われた。吐くまではいかないが、胃のあたりがぐるぐるとして落ち着かない。
 気が付くと知らない部屋に居た。ベッドに机と本棚というごく普通の部屋である。物らしい物がないのは、収納にしまってあるかそもそも持っていないのだろう。
 いつの間にか高杉は制服に戻っていて「飲み物を持ってくる」と部屋を出て行ってしまった。恐らくここは高杉の部屋なのだろう。
 魔法などにわかに信じがたいが、自身が目にした物やこうして実際に体験してしまうと、信じる以外に道がない。夢でもないし現実の出来事である。
 控え目なノックの後に高杉が部屋へと入ってくる。お盆にはコップが三つ。ピンク色の液体が入ったコップを銀時の前に置いた。すると器用に前足(?)でコップを持ち一気に飲み干した。
「かあーーっ!!やっぱりコレだなコレ!!冷えたいちごみるくは身体に滲みるぜー!!」
 自称魔法少女の可愛いマスコット、の仕草は完全におっさんである。ギリギリいちごみるくで可愛らしさはあるが、ビールの方が余程似合うような気がする。あぐらで腹までかき始め、絵に描いたようなおっさんである。
「飲め」
「ありがと…」
 手渡されたコップを受け取る。飲んでも平気だろうかと不安になったが、高杉は平然と飲んでいる。恐る恐る口を付けるとごく普通の麦茶だった。冷たさが気持ち悪さを少し和らげてくれた。
 すっかり空になったコップを置く。緊張と異常からようやく日常を感じたせいか、一気に飲み干していた。
「落ち着いたか坊主?まずは説明が必要だろ」
 銀時が口を開く。態度かデカイのが気になるが、それよりも先程の事が重要である。
 まず「天人」と呼ばれる存在について。あれらは次元の間に住み、人に近い形だったり動物のようだったりと容姿は様々。他の次元の侵略を目的とし、次元を超えてやってくる。
 その天人に唯一対抗できる手段が魔法少女だ。妖精から与えられた魔法の力で天人と戦う。自販機や道路が無傷であったのは、戦闘時に次元を少しずらしているからである。それでも多少の影響が出る為、ちょっとした違和感や記憶違いであったり。それらも自然と修正され以降は何もなかったかのように、忘れ去られていく。
 そして「銀時」と名乗った銀色の毛玉が妖精なのだという。
「つまり最近、変な事が多いのは天人と戦っているから、って事か?」
「ま、簡単に言えばそうだな」
 何かが起きても大きな事件やニュースにもならないのは、時間が経てばなかった事になる為か。ただ「何か」は起きたから「物騒だから気を付けろ」としか言いようがないのであろう。
「分かった。じゃあ俺はこれで帰る」
「待て待て待て!!まだ話しは終わっちゃいねぇ!」
「はぁ?もう充分だろ。よく分からねぇがとにかく頑張ってくれ」
「普通は俺の姿は天人か魔法少女にしか見えねぇの!!けど、見えちまってるって事は天人から狙われる可能性があんだよ!!」
「はぁあああああ!?」 
 という事はまたあの猫男みたいなのに襲われるという事か。死ぬような思いをしたのだから、それはごめん被りたい。
「なんで俺が狙われるんだよ!!」
「天人にとっちゃぁ、お前はご馳走みたいなモンなんだよ。普通は俺たちは見えないんだ。だが、稀に見えるやつってのは魔法少女に力を与える存在であると同時に、天人に力を与える存在でもある。だから存在が見つかった以上は確実に狙われる」
「そんな嘘みてぇな話があるかよ…」
「けど、現に妖精である俺が見えてんだろ?」
「普通に見えるんだから、ただの犬とか猫かもしれねぇだろ!」
「高杉」
 銀時が呼ぶと高杉はスマホを取り出した。そして銀時に向かってシャッターを切る。
 ズイッと顔面に差し出された画面には、ただ高杉の部屋と土方だけが写っている。
 確かに高杉は銀時にカメラを向けていた。仮にインカメラなら高杉が写るはずだ。だが、写っているのは外側のカメラを使わなければ写らないものだ。しっかりポーズまで決めた銀時はどこにもおらず、ただしかめっ面した土方が写真の中に居る。
「いや!最近は加工で簡単に消せるってテレビで見たからな…!」
 高杉のスマホをそのまま奪うと銀時へカメラを向ける。予想していたのか高杉は特に怒る様子もない。
「痛ぇな!俺は優しく扱えよ!!」
 例えば瞬間移動で画面から消えているように見せている可能性もある。逃げられないように掴んだ毛玉は思っていたよりも柔らかい。思わずモフリそうになる程だ。
「写ってねぇ……」
 やはり先程と同じように銀時の姿は写真に写ってはいなかった。何かを掴んでいるような土方の手が空中にあるだけだった。
「これで信じたか?」
 毛繕いしながら銀時が少し不機嫌そうに言った。手にはモフモフした感触が残っているが、写真には銀時の姿は残っていない。
「……土方。初めは俺も信じられなかった。だが、天人の脅威はすぐそこまで来てんだ。お前だって現に襲われただろう」
 つい数十分前の出来事が頭に浮かぶ。猫男の悪意に満ちた目を思い出すと背筋が冷たくなった。
「このまま天人の侵攻が続けばこの町だけじゃねぇ、世界中に広がる可能性だってある」
「天人に負けて滅んじまった惑星だってあるんだ。俺はいくつかそんな世界も見てきた。……お前魔法少女の力を高める存在であるんだ。頼む俺たちに協力してくれねぇか……?」
「危険な目に合うと思う。だが、土方の事は絶対に俺が守るから、力を貸してくれ……!」
 正直な所、未だに半信半疑である。妖精や魔法少女が事実なら、全部魔法で見せた幻覚かもしれない。
 だが、土方を騙した所でなんの利点もない。それにどうにも嘘を言っているようにも見えなかった。その上、頭まで下げられたのだ。あの不良だと噂される高杉がだ。
「……まだよく分かんねぇけど、とりあえずお前らの話は信じる。俺に出来る事なら協力してもいい」
「本当か……!」
 勢いよく顔を上げた高杉と目が合う。緑色の澄んだ目が真っ直ぐ土方を射ぬく。
「じゃあ契約だな!」
 銀時が前足を土方の右手へと伸ばす。一瞬だけ淡い光に包まれた。
「何したんだ?」
「契約によって高杉とお前にパスを繋いだ。これで魔法少女に効率良く力を与える事が出来る」
「どうやってやるんだ?」
「基本的にはパスが繋がってる状態で充分だな。それ以上の魔力供給ってのがあるんだが……ま、これは余程の強敵が来ない限りは使わねぇだろ」
「ふーん」
 右手を眺めてみたり、握ってみたりしたが特に何かが変わった様子はない。模様でも浮かべば契約の実感があったかもしれない。
「他に聞きたい事はあるか?」
 高杉の問いに暫し考えた後、ずっと気になっていた事を聞いてみた。
「…………高杉って女だったのか?」
 魔法少女、と言うからには少なくとも女性という事になる。だが、土方が知っている限り高杉は男性であるはずだ。流石に下まで確認した訳ではないので断言出来ない。世の中の流れとして男とか女とか言うべきでないのかもしれないが、気になる物は気になる。
「いや、男だ」
 至極当然に。澄んだ真っ直ぐな目で高杉が返事をした。「なぜそんな事を?」と何もおかしい所はないとでも言うように。
「スカート気にならねぇのかよ」
「あれが伝統的な戦闘衣装だと聞いた。ならテメェの勝手で変える訳にはいかねぇ」
「なんでお前が戦ってんの……?」
「俺にしか出来ないと言われたし、こんなに危険な事を女性にさせられねぇ」
 高杉の返事には澱みがない。嘘偽りなく本気でそう思っている。まだほんの少しのやり取りしかしていないが、根は至極真面目という印象を受けた。信じてもいいような気がしている。
「あと、俺なんかでいいのか?」
 聞いた話では戦う力はなさそうである。さっきの契約というのも、何か変わった感じもない。高杉のように正義感や使命感というのもいまいち実感がない。
「ああ、大丈夫だ。俺は土方の事が好きだからな」
「お、おう。ありがとう…?」
 少しだけ高杉の言葉に引っ掛かりを覚えたが、多少好感度でも上がったのだろう。実際に高杉に対するイメージは良くなっている。
 これまでまともに話した事もない。喋ってみたら意外といいやつだった。お互いそういう認識だろうと、出された手を握り返した。
 
 
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