仕事(高土)

「はーい!ではよろしくお願いしまーす!」
「よろしくお願いします」
「よろしく」
 撮影の為に用意されたマンションの一室に来ている。セットではなく部屋を丸々一つ用意したのは、普通に生活している風に見せる為だ。
 目の前には無表情の相手役である高杉晋助が立っている。若手の俳優でかなり人気があるのだが、正直俺はこの男が苦手だ。自分が言えた義理ではないが、無表情で何を考えているのか分からないし、冷ややかな目は見下されているような気がしてしまう。皮肉屋で性格もキツく何人もマネージャーを病院送りにしたという噂もある。
 実際に会うのは二度目で殆ど会話した事がないが苦手意識が強すぎて、仕事じゃなければ帰りたくて仕方ない。
 だが不幸な事に撮影が終わるまではこのマンションが帰る場所になるのだ。
 近頃は男性同士の恋愛ドラマがヒットしている事からこの企画が立ち上がった。役の設定はあるがよりリアルさを追及し、本当に一緒に生活をするというとんでもない内容だ。
 断って欲しかったが駆け出しの俳優である俺を必死にプレゼンして近藤さんが勝ち取ったこの仕事を蹴る事など出来ない。貧乏事務所の存続だってかかっているのだ。
 もっと有名で演技の上手い俳優もオーディションに参加していたというのに、無名な俺が合格したのかは全くの謎である。
 そうして高杉との共同生活が始まった。
男性同士の恋愛という事もあってか話しが進むつれに接触が多くなっていく。言葉も甘い物が多く表情がひきつりそうなのをこれは仕事だからとなんとか耐えながら演技した。
 高杉はというと、あの無表情はどこへというくらいに表情がコロコロと変わる。撮影が終わるとまた無表情に戻り殺伐とした雰囲気になるのだが、その演技力は流石としか言い様がなかった。 撮影も順調に進みついに最終回の撮影になった。一度別れた二人が再会し愛を誓い合うというシーンだ。視聴率も高くSNSを賑わせる程に人気になった為、スタッフも含めて撮影には熱が入っていた。
「愛してる。この世でお前だけを」
「俺もあなたの事を愛しています」
「はい、カットー!お疲れ様でしたー!!」
 無事に全ての撮影が終わった。現場は拍手に包まれ、お疲れ様ですと大きな花束を渡された。
 やっとこの仕事から解放される。最初はどうなるかと思ったが、この仕事を貰えて良かったと思うくらいには気分がいい。勉強にもなったし傾いていた事務所にも仕事が舞い込んできてスタッフを増やすと近藤さんも喜んでいる。
 ただ、高杉だけは好きになれないままだった。俳優としては尊敬できるが人としては好きになれない。最後まで何を考えているか分からなかったし、冷たい目が俺を見ているのがなんだか怖かった。
「土方、後で楽屋に来い」
 最悪だ。気に入らないやつは呼び出してシメると噂である。何もしたつもりはないが、知らぬ内に逆鱗にでも触れてしまったのだろうか。
 逃げてもどうにもならぬと覚悟を決め、軽い打ち上げが終わると高杉の楽屋へと向かった。

 で、なぜか俺は高杉に部屋の隅に追い詰められ所謂壁ドンをされている。
「俺と付き合え」
「あの…高杉さん…?」
 困惑していると口唇を塞がれた。突然の事に驚いて薄く開いた隙間から高杉の熱い舌が侵入する。上手く酸素が取り込めずに苦しさで抗議するまで離してはくれなかった。
「何するんですか…!もう仕事は終わってるんですよ!!」
「仕事だァ?俺ァ仕事なんざ一つもしてねぇぜ?」
「は…?」
「俺はずっとお前の事を本気で口説いてるつもりだったんだがなァ?」
 ニヤリと高杉が笑う。
「え、な…どういう…?」
「ま、嫌だって言っても離してやるつもりはねぇが」
 スマホから着信音が聞こえて取り出すと近藤さんからだった。助けを求めようと通話に切り替える。
「もしもし!?近藤さん!!助けてくれ、俺…!」
「トシの荷物、運び終わったからな!いやぁ高杉さんと仲良くなって一緒に暮らすなんてビックリしたけど、俺は応援してるぞ!!」
 スマホからは近藤さんの豪快な笑い声が聞こえた。
「うそ…だろ…」
「これからよろしく頼むぜ、土方」
 

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