紅葉(高土)

「おい、起きろ」
「あ…なんだよ…まだ5時じゃねぇか…」
 突然眠りを妨げられた。もう起きる時間かと時計を見るが針は早朝の5時を回った所だ。仕事であれば起きてもおかしくない時間ではあるが、今日は非番のはずだ。それに教えてないのに高杉は非番に合わせて私宅に現れるから確実に非番である。緊急で非番が潰される事もあるが、携帯は鳴っていない。
「ねみぃ…俺はねる…」
「着替えて準備しろ」
 まだ寝ていたいと布団を被ろうとしたが奪われてしまった。
「はぁ?なんで?」
「京に行くぞ」
「えー…」
 それより寝たい、という意見は却下された。こんな着流し持ってたか?とウトウトしながら着替えを済ませた。
 で、気が付いたらなんかオシャレなモーニングが目の前にあった。マヨネーズがねぇと思ったら高杉が懐から出してくれたので「お前のそういう所好き」って言ったら「もっと別の時に言え」と怒られた。
 マヨネーズたっぷりのコーヒーを飲んだ所でようやく頭が冴えてきた。窓の外は見慣れない風景で疑問に思っていたらすでに京に居るらしい。
「行くぞ」
「どこへ?」
「観光に決まっているだろう」
 何言ってんだお前、みたいな顔をしたが俺からすればお前の方が何言ってんの?なんだけど。叩き起こされ急に京に連れて来てお前はジャイアンか。ジャイアンなのか。
 ここが江戸なら逃げようもあるが、京には殆ど土地勘がない。財布も持っていないようで自力で帰るのも難しそうだ。
 渋々ながら高杉の後ろを着いていく。神社にお参りに行くってテロリストが何をしてるんだ。テロが上手くいきますようにとかだったら叩き切る以外にない。
 何社か梯子していたらもう昼だ。連れて来られたのは高級料亭。京野菜や湯葉は美味かった。
「そういやこの着流し俺持ってたか?」
「そりゃあ俺が用意したモンだ」
「ああ…だからやたら高そうなのか…」
「つっても●●万くらいだぞ」
 その金額に耳を疑った。汚しでもしたらたまったものではい。
「そんな高ぇモン着てられるか…!」
「夜になったら脱がしてやるからそれまで我慢しろ」
 涼しげな顔で親父みたいなセリフを吐かないでくれ。せっかくの飯が不味くなる。
 食べ終えると運動がてら大通りに出た。お土産や伝統工芸など様々な物が売られ、江戸とはまた違った活気を見せた。
 冷やかしながら今度は美術館へ。今しかやっていない展示会があるのだと言う。
 高杉はじっくりと絵を鑑賞していた。一方の俺は芸術はさっぱりなので面白くない。絵を見たって上手いなとかくらいの感想しかない。
 それに高杉がずっと絵ばかり見るのも面白くない。こちらはずっとお前の我儘に振り回されているんだぞ。
 美術館を出ると次は有名な観光地に行くと言われた。指名手配中の人間がそんな所にと思ったが、周りの人間はみな無関心だった。俺も高杉も誰でもない誰かになっていた。俺たちはどんな風に見えているのだろう。
 観光地と言うだけあってそれは見事な景色だった。色付いた山は美しい赤色に染まっている。小腹が空いたと近くのカフェに入る。ここは自分で団子が焼けるようで、ちょっと楽しかった。
 また景色を眺めて日が傾くと次の場所に向かう。捕まれた手が振り払えなかったのはきっと旅行で浮かれているせいだ。
「すげぇ…」
 連れて行かれた場所はさっきとは比べ物にならないくらいの絶景だった。俺たち以外には誰もいなくて、時間が止まったような感覚になる。
「この場所は俺しか知らねぇ」
 高杉の緑色の目が俺を映す。
「誰にも教えたくねぇと思っていたのに、お前さんには見せたいと思ったら連れて来ちまった」
 この美しい赤い景色を一人占めしたかったのに、と高杉は続けた。
「なんでだ?」
「さあ、分からねぇ」
 惚けたように言う高杉の耳がほんのり赤くなっているのが見えた。そんな風にされたら自惚れてしまうだろう。今日は散々振り回されたのだから、少しくらい仕返ししてもいいだろうと、そっぽを向く高杉の顔を引き寄せた。
 
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