手加減(銀土)



「先生手加減してって言ったじゃん!!」
「バカヤロウ!!てめぇのレベルに合わせたら、小学生のテストになるわ!!」

これまで、グレてまともに学校に通うこともかったものだから、当然と言えば当然か。
出席日数は補習を受ける事でどうにかなりそうだが、問題は学力の方。
先日の中間考査の結果は見事、赤、赤、赤の赤点祭り。
唯一、国語が良かったがまぁそれもあと2点足りなければ赤点だった。
そして何より1番酷かったのが、

「てめぇ、よくも俺の担当教科でこんな点数取ってくれたな…?」

にっこり笑う土方先生の目は全く笑っていない。

「だから言ったじゃん!『テスト分かるように手加減してね♡』って!」
「あれでも多少手加減したわっ!それをまさか…こんな…頭がパーなせいで…」

泣きそうな土方先生とこれまた泣きそうな俺は絶賛補習中。
追試で合格点が取れなければ、留年である。

「でも留年したらまた1年一緒に居られるね♡」
「そーか、そーか。坂田は俺と付き合うのが1年伸びてもいーんだな。残念だなー(棒読み)」
「嫌です嫌です!!絶対卒業します!!」

俺は今、目の前の土方先生に片想いしています。「好きです!」「付き合ってください(土下座)」と何度も伝えたけれど、子供扱いされて全く取り合ってくれない。
今のも本気じゃないと分かってても舞い上がってしまうから、やっぱりまだ子供なんだろう。
またプリントと向き合うけれど、数式も分からないし、変な記号ばかりでちんぷんかんぷんだ。

「坂田、お前1つくらい得意科目ねぇのかよ」
「体育は得意だぜ!まぁ、後は保健体育なら満点どころか120点は取れるな!!という訳で、この後実技とかしない?」
「寝てる時にしか手を出せないヤツが何言ってやがんだ。後、俺の上着をこっそり嗅いでるのも知ってるからな」
「えっ…!?なんで知って!?」
「高杉から聞いた」
「あの野郎…!!」

絶対に後で泣かす。高杉も学校には殆ど来ていないはずだが、要領がいいのか頭の出来が違うのか、真面目にやればいい点数をとる。なので、高杉は補習なしなのである。
高杉も同じようにグレてたけれど、アイツも俺も変われたのは土方先生のお陰だ。
大人達は面倒くさいと遠巻きに見るだけで、関わろうとしなかった。
それを手加減なしでゲンコツを食らわせてきたのが先生なのだ。
ゲンコツを食らった後は殴り返してやろうと思ったが、暖かな大きな手に頭を撫でられてそんな気持ちは一瞬で消えていった。
松陽だ。俺を育ててくれた養父と同じ手だ。松陽と先生は似ても似つかないし、共通点なんて大雑把な所くらいで全然違うのにそう感じた。
振り上げようとした拳は殴る代わりに、先生の腰に回して抱きついていた。
それから、言葉にするのは難しかったけど松陽の事とか自分の事とかを話した。こんな事を話したのは先生が初めてで。
全部聞いた後、「よくがんばったな」ってまた頭を撫でて褒めてくれて「立派な親御さんじゃねぇか」って俺みたいな得体の知れないガキを引き取って周りから陰口を叩かれ、村八分みたいな扱いを受けていた松陽まで認めてくれた。
また涙が溢れて「泣くなよ」って困った顔をして渡してくれたイチゴのキャンディはしょっぱい味がして不味かった。
帰宅して小さな位牌に「信じられる人ができたよ。育ててくれてありがとう」ってずっと言えなかった言葉を言う事が出来た。

憧れが恋に変わるのに時間はかからなかった。

「おい、進路希望はどうすんだ?」
「ん〜そうだなぁ。無理かもしれねぇけど、今は先生みたいな先生になりたいって思ってる」
「ほー言うじゃねぇか」
「だからめちゃくちゃ勉強して先生になってやるから見てろよ!」
「なら、これくらいは必要だな」

何処から取り出したのか、目の前に参考書や問題集の山が出来上がる。

「えっ待って!?これ全部!?」
「いーや、まだほんの一部だ。お前は中学辺りから勉強し直さなきゃならねぇからな。手加減なしだ。みっちり教えてやるよ」

先生が悪い顔をして笑う。俺を苛めて楽しんでる。

「お、お手柔らかにお願いします…」

早々に白旗を上げて降参のポーズ。
まずはこの真っ白なままのプリントから倒さねば、ラスボスを倒すなんて夢のまた夢だ。

いつかあなたと肩を並べて歩ける日が来ますように。
そう願って、プリントに意識を集中させていった。


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