読書(高土)
金曜日の放課後。必ず図書室を訪れる。生徒会副会長という役職は思っていたよりも多忙で本をゆっくり読む、という時間はあまり取れなかった。
全く読めないというのは中々にフラストレーションが溜まる。そこで、金曜日には必ず図書室に行き本を読む事にした。翌日は休みだし、読みきれなくとも何の問題はない。時間ギリギリまで読んで、続きを想像しながら帰るのは楽しかった。
そんな場所に招かれざる客のような人物が現れるようになった。
図書室の一番奥の席で詰まらなそうに本を捲っている人物。学校一の問題児、高杉晋助。
まともに授業には出ないし、未成年でありながら煙草も酒も飲み、毎日のように喧嘩をしているという話だ。彼の噂は学校中の人間誰もが知っている。近付きたくない、関わりたくないと図書室を利用している生徒は高杉から離れるようにして席に座っている。
だが、俺は逆に興味を持った。なぜ不良と呼ばれる高杉が突然図書室に来て本を読むようになったのか。当初は女目的だとかカツアゲする相手を探しているとかろくでもない噂が広がった。
だがよくよく高杉を見ていると、頬杖を付いて詰まらなそうにしているが、目は文字を追っているし一定のリズムでページは捲られている。
もしかしたら、単に本を読みに来ているだけではないか。そう思ったら益々興味を持った。今日も居るだろうか、何を読んでいるのだろうか。いつしか本を読むという事以外の楽しみが増えていた。
その日図書委員の山崎にどうしても、と頼まれ図書室の鍵を預かった。帰る前に図書室の施錠をするという仕事だ。どうやら思いを寄せていた相手と放課後にデートして貰える事になったらしい。山崎のクセにと総悟達にいじられていた。本来なら同じ委員の人間に頼むのが筋だが、運悪く誰も捕まらなかったらしい。別に用事もなければ、ゆっくり本を読む事もできる。了承すると山崎の背を思い切り叩いて送り出してやった。
図書室に入るといつもよりシンとしているように感じた。図書室が静かなのは当たり前だが、なんだか空気が違うような、そんな気がした。利用している生徒が少ないからかもしれない。
カウンターに座ると同級生が本と貸し出しカードを持って来た。少し驚かれたが事情を説明すると「がんばってね」と声をかけられた。
本を読みながら生徒の対応をする。いつもと逆だから不思議な感覚がした。
一人また一人と生徒が帰っていく。壁の時計を見れば下校時刻は間もなくだ。そろそろ図書室を施錠して帰らなければならない。
けれどその前にやる事があった。図書室の一番奥の席。カウンターからは死角になっていて見えなかった。施錠の前には誰もいない事を確認しなければならない。まあ、中から鍵は開けられるから閉じ込められるなんて事は起きないが大丈夫という訳でもない。
一歩近付く度に心臓がドキドキした。居るのか居ないのか。居て欲しいけど、居てほしくない。矛盾した感情を抱えながらそこに行けば高杉は居た。いつものように頬杖をついて、詰まらなそうにでもちゃんと目は文章を追っている。
「何を読んでるんだ?」
初めて声をかけた。剣道の試合でもこんなに緊張した事がない。声は震えていなかっただろうか。
「罪と罰」
高杉は顔を上げずに答えた。
「ドストエフスキー?」
「そうだ」
似合わないとも思ったが、似合いだとも思った。さっきからチグハグな事ばかりが浮かんでは消える。
「本、好きなのか?」
「好きでも嫌いでもねぇな」
「じゃあなんでここに」
「…お前に興味があってな」
今度は高杉は顔を上げて笑った。緑色の目に見つめられると鼓動が増していく。
その笑顔に魅入られて動けずに居ると高杉は立ち上がってこちらに手を伸ばしてきた。
「お前は俺に興味あんだろ…?」
高杉の口唇が弧を描く。それを見てこくりと頷くしかできなかった。
身体がダルい。特に腰回りが。おまけに異物感は凄いしで暫く動けそうにない。ああやってしまった、と思う反面心は満ち足りていた。
学校の図書室で誰が来るとも分からない状況は酷く興奮させ、理性は麻痺して初めての痛みも快楽に変換させてしまった。
「副会長さんよぉ、煙草吸ってんだろ?」
「分かるもんなのか」
「優等生がいいのかよ」
「こんな事しといて今更だろ。それに、優等生なんて周りが勝手に言ってるだけだ」
「違いねぇな」
クツクツと高杉は笑うと煙草を取り出そうとしたから流石に止めた。
「火事にでもなったらどうすんだ」
「チッ…仕方ねぇ。なぁ、俺の家来いよ」
「なんで急に」
「煙草が吸いてぇからな」
「どんな理由だ」
「お前も吸うだろ?それに死んだ親父の書斎に本が腐る程あるから退屈しねぇぞ」
「そりゃあいいかもな」
痛む腰を擦りながら乱れたままの制服を直す。暗くなるまで学校に居た理由は「うっかり寝てしまった」とでも言えば教師は納得する筈だ。高杉は自分でどうにかするだろう。
ドアの鍵を開けて廊下に出る。高杉は近くのコンビニで落ち合おうと言い、慣れた様子でまだ施錠されていない裏門に向かった。俺はそれを見送ると鍵を返す為に俺は職員室へと足を向けた。
全く読めないというのは中々にフラストレーションが溜まる。そこで、金曜日には必ず図書室に行き本を読む事にした。翌日は休みだし、読みきれなくとも何の問題はない。時間ギリギリまで読んで、続きを想像しながら帰るのは楽しかった。
そんな場所に招かれざる客のような人物が現れるようになった。
図書室の一番奥の席で詰まらなそうに本を捲っている人物。学校一の問題児、高杉晋助。
まともに授業には出ないし、未成年でありながら煙草も酒も飲み、毎日のように喧嘩をしているという話だ。彼の噂は学校中の人間誰もが知っている。近付きたくない、関わりたくないと図書室を利用している生徒は高杉から離れるようにして席に座っている。
だが、俺は逆に興味を持った。なぜ不良と呼ばれる高杉が突然図書室に来て本を読むようになったのか。当初は女目的だとかカツアゲする相手を探しているとかろくでもない噂が広がった。
だがよくよく高杉を見ていると、頬杖を付いて詰まらなそうにしているが、目は文字を追っているし一定のリズムでページは捲られている。
もしかしたら、単に本を読みに来ているだけではないか。そう思ったら益々興味を持った。今日も居るだろうか、何を読んでいるのだろうか。いつしか本を読むという事以外の楽しみが増えていた。
その日図書委員の山崎にどうしても、と頼まれ図書室の鍵を預かった。帰る前に図書室の施錠をするという仕事だ。どうやら思いを寄せていた相手と放課後にデートして貰える事になったらしい。山崎のクセにと総悟達にいじられていた。本来なら同じ委員の人間に頼むのが筋だが、運悪く誰も捕まらなかったらしい。別に用事もなければ、ゆっくり本を読む事もできる。了承すると山崎の背を思い切り叩いて送り出してやった。
図書室に入るといつもよりシンとしているように感じた。図書室が静かなのは当たり前だが、なんだか空気が違うような、そんな気がした。利用している生徒が少ないからかもしれない。
カウンターに座ると同級生が本と貸し出しカードを持って来た。少し驚かれたが事情を説明すると「がんばってね」と声をかけられた。
本を読みながら生徒の対応をする。いつもと逆だから不思議な感覚がした。
一人また一人と生徒が帰っていく。壁の時計を見れば下校時刻は間もなくだ。そろそろ図書室を施錠して帰らなければならない。
けれどその前にやる事があった。図書室の一番奥の席。カウンターからは死角になっていて見えなかった。施錠の前には誰もいない事を確認しなければならない。まあ、中から鍵は開けられるから閉じ込められるなんて事は起きないが大丈夫という訳でもない。
一歩近付く度に心臓がドキドキした。居るのか居ないのか。居て欲しいけど、居てほしくない。矛盾した感情を抱えながらそこに行けば高杉は居た。いつものように頬杖をついて、詰まらなそうにでもちゃんと目は文章を追っている。
「何を読んでるんだ?」
初めて声をかけた。剣道の試合でもこんなに緊張した事がない。声は震えていなかっただろうか。
「罪と罰」
高杉は顔を上げずに答えた。
「ドストエフスキー?」
「そうだ」
似合わないとも思ったが、似合いだとも思った。さっきからチグハグな事ばかりが浮かんでは消える。
「本、好きなのか?」
「好きでも嫌いでもねぇな」
「じゃあなんでここに」
「…お前に興味があってな」
今度は高杉は顔を上げて笑った。緑色の目に見つめられると鼓動が増していく。
その笑顔に魅入られて動けずに居ると高杉は立ち上がってこちらに手を伸ばしてきた。
「お前は俺に興味あんだろ…?」
高杉の口唇が弧を描く。それを見てこくりと頷くしかできなかった。
身体がダルい。特に腰回りが。おまけに異物感は凄いしで暫く動けそうにない。ああやってしまった、と思う反面心は満ち足りていた。
学校の図書室で誰が来るとも分からない状況は酷く興奮させ、理性は麻痺して初めての痛みも快楽に変換させてしまった。
「副会長さんよぉ、煙草吸ってんだろ?」
「分かるもんなのか」
「優等生がいいのかよ」
「こんな事しといて今更だろ。それに、優等生なんて周りが勝手に言ってるだけだ」
「違いねぇな」
クツクツと高杉は笑うと煙草を取り出そうとしたから流石に止めた。
「火事にでもなったらどうすんだ」
「チッ…仕方ねぇ。なぁ、俺の家来いよ」
「なんで急に」
「煙草が吸いてぇからな」
「どんな理由だ」
「お前も吸うだろ?それに死んだ親父の書斎に本が腐る程あるから退屈しねぇぞ」
「そりゃあいいかもな」
痛む腰を擦りながら乱れたままの制服を直す。暗くなるまで学校に居た理由は「うっかり寝てしまった」とでも言えば教師は納得する筈だ。高杉は自分でどうにかするだろう。
ドアの鍵を開けて廊下に出る。高杉は近くのコンビニで落ち合おうと言い、慣れた様子でまだ施錠されていない裏門に向かった。俺はそれを見送ると鍵を返す為に俺は職員室へと足を向けた。
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