6/10 結婚報告



大川学園の寮は居心地の良さで有名である。
一度入ったら最後、居心地が良すぎて卒業後も入り浸る者、在学中一度も実家に帰らなかった者は掃いて捨てるほどいる。
「文次郎、明日の休みはどこへ行く?」
「実家だ」
「珍しいな、何かあったか?」
「祖母様がもう今夜が峠だそうだ」
「ほう」
同室である文次郎と仙蔵は故郷も同じ、実家は隣通しの筋金入りの幼なじみである。
当然その文次郎の祖母と言えば仙蔵も世話になっているわけで、その人が今夜が峠であると聞かされれば仙蔵とて一目会っておきたいというものだ。
「お祖母様はお幾つだったか?」
「満96歳だ。今何かあっても大往生だからな、十分祝うに相応しい年齢だ」
「ならば尚更私も会いに行こう。大往生のご利益を戴かなければな」
「確かに」
二人の故郷はここから新幹線で二時間程度。近くはないが日帰りでも行ける距離だ。
「お祖母様と言えば長いこと私を女と勘違いしていたな」
「お前と俺が結婚するのを楽しみにしてたからな」
「ではお祖母様に最後に結婚報告でもするか?」
結婚はしていないが付き合ってはいる。嫁の立場が文次郎ではあるが。
「やめとけ、祖母様の前におふくろの心臓が止まる」
「それは不味いな」
結婚報告は出来そうにないが、それでも仙蔵と文次郎が仲良さそうに実家に帰れば嫌がる人間は潮江家にも立花家にもいない。
それならば、たまには両親に顔でも見せに行ってやろうと二人は荷物の準備を始めた。

文次郎の実家に着いたちょうどその時、祖母が持ち直したと文次郎に連絡があった。

「そうか、ならばまた次の機会に結婚報告は持ち越しだな」
「そうだな」

目的は変わったが、それでもたまには実家の両親や祖母に顔を見せに行こうと心に誓った。


1/1ページ
スキ