6/6 ブラック社畜
その昔、潮江文次郎と立花仙蔵は忍術学園という忍びを育成する教育機関に所属していた。
卒業後の進路は様々であり、二人が同じ部屋にて過ごしたのはその六年間のみ。
その後、互いの消息は知らぬまま室町の世での一生を終えた。
それから幾年の月日が流れ、輪廻転生の輪に組み込まれ、新たな生を迎えて早二十年そこそこ。
「お前はあの頃から成長しておらんのか」
前の世で潮江文次郎の大きな目を恐ろしい鬼と評されるに一役買ったその目下の墨は、現代にも持ち越された。
いや、もちろん生まれながらにして隈があったなどという恐ろしいことはない。
現代社会に蔓延る悪、ブラック企業への就職と潮江文次郎という男のワーカホリックと呼んで差し支えない残業時間が原因である。
「会計委員会でもあるまいに、この令和の世にあって48時間働けますかとは一体どこの昭和ブラック企業だ。いや、昭和でも帰宅していたぞ」
三日ぶりに自宅に帰ってきた文次郎を迎え入れたのは眉目秀麗成績優秀、猫を被れば人柄にも言うことはないという文次郎及び旧知の仲である数人以外にとっては非の打ち所のない男。
もちろん会社は一流外資系企業、残業などもってのほか、ホワイト企業の手本のような会社に務めている。
そんな世の中の女子が放っておかないような優良物件は社畜まっしぐらの文次郎の恋人であり、同棲相手である。
そして、文次郎が顔を見るのは二日ぶりであった。
「仕方ねぇだろう。終わらねぇ案件はあるは阿呆な上司の尻拭いはあるわ」
「どうせその尻拭いはお前ではなくお前の可愛い後輩にでも回されたんだろう。それを見ていられなくて手伝って、結局後輩を帰らせてお前が二日間泊まり込み、と言ったところか?」
全く仙蔵の言葉通りの流れで残業をした文次郎はぐうの音も出ない。
転職を考えないのもその可愛い後輩のためである。
「そんなことを繰り返しているから女子社員から「潮江さんって意外と優しいよね」やら「私も直属の後輩になりたい」やらと妙な人気と勘違いをされるのだばかもの」
「お前がなんでそんなこと知ってんだよ」
「田村経由喜八郎情報だ」
「作法仲良いな」
「会計も人のことは言えんだろう」
互いの直属の後輩は何故か前の世で委員会を共にした者が多い。なんの因果か、もはや呪いだと喜八郎は呟いていたらしい。
「それで、女子社員に人気の潮江先輩はまた泊まり込みで例の男と同衾か?」
もう一つ、現在仙蔵が文次郎に転職を勧めるには原因がある。
女子に密かに人気な潮江先輩はもう一つ、会社の可愛い後輩男子たちにも人気である。
そのうちの一人は、どう考えても憧れやら尊敬の段階をはるかに飛び越えて見事下心の塊である。
同じく田村情報。
文次郎が泊まり込むと言えば一緒に手伝いますと同じく泊まり込み、文次郎が夜食をと言えば俺が作りますと手を挙げ、文次郎が疲れたと言えば肩を揉みますと身体に触れる。
その手に下心が混じっていることについて文次郎はそんなことはないと反論し続けているが、田村その他後輩たち全員に見事否定され続けている。
「仮眠に行く先輩を添い寝しますと手を挙げたあの変態に何度ユリ子の銃口を向けたかったことか」
田村の現代のユリ子はサバゲー用の銃である。装備をしていない一般人に向けてはいけない。
添い寝は田村の「潮江先輩は人の気配があると落ち着きませんよね」の一言で無事に回避された。
現代でもギンギンに忍者をしている。
「さっさとあんな会社田村たちと一緒に辞めてしまえ」
「んなこと言ってもなぁ」
「それかせめてその後輩をセクハラで訴えろ」
「アホか」
田村の発言からボイスレコーダーの一つでも持ち込めば簡単に訴えられると踏んでいるが、流石に文次郎が声を上げない限り訴える訳にもいかない。
「とにかく、私にこれ以上心配をかけるな」
鈍い恋人を持つと、どれだけホワイト企業に務めていてもストレスは減らないのだ。
