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観察日記


最近僕には気になる生き物がいる。
名前は神崎左門、種類は人間。
僕の愛する生き物たちと同じくらいに気になる存在。
そんなことは初めてだった。
今までの僕は一番が生き物たち、二番目に僕の同級たちと委員会の面々と故郷の家族、三番目にそれ以外の学園の人たち、そこから先はどうでもいい。
そういう人間だったはずなのに、彼は二番目から唐突に一番目の生き物たちと同じくらいに気になる存在になってきたのだ。
そうなったら仕方がない。
僕は生き物たちと同じように、より彼のことを知ることにした。

「作兵衛、左門について聞きたいんだ」
「左門?」

 まずは作兵衛に聞く。
同室であり、迷子の保護者的な彼は僕の考えている左門とは違う左門を知っているかもしれない。
「何調べてんのか知らねぇが左門ははた迷惑な迷子だし面倒くせぇけど、あの決断力と記憶力はちょっとすげぇなって思う」

 僕の思う左門とは少し違う。
迷子はどんな生き物にでもありえるし、お散歩だと思えば探すのだって大したことじゃない。
でも、決断力と記憶力は確かに凄いと思う。

次は三之助。
同じ迷子の観点で三之助から左門はどう見えているのかが知りたかった。
「左門ねぇ、いっつも俺のこと迷子ってみんな言うけど迷子なのは左門だけだよなぁ。あ、あと左門って男前だよな。言うこととか。会計委員会っぽいなぁって思うわ」
 流石は無自覚。三之助に迷子の自覚はやっぱりないのかと思うと、作兵衛の努力が偲ばれる。
そんな三之助にとっても左門の迷子は認識しているらしい。
男前、もなんとなく理解ができる。
あの決断力がそう感じさせるのだろう。

基本的なことを二人に聞いたところで、今度は自ら左門の観察をすることにした。
どんな生き物でも自分の目で確かめ、日々観察をすることで再確認や新発見をし、適切な対応方法を考えることが大切だ。



 神崎左門の観察一日目。
左門は朝起きてまず作兵衛に手を引かれて顔を三之助と三人で厠に行き、その足で井戸に顔を洗いに行く。
三人で部屋まで戻ると、寝間着から忍装束に着替えてまた三人で手を繋いで食堂に向かう。
左門の今日の朝ごはんはA定食。
大きな骨だけ取った魚を大口を開けて豪快に食べる姿は、生物小屋にいる狼に少し似ている。
三人の中で左門が一番食べるのが早いのか、朝食を食べきった左門が二人を待つ。
朝食が終わるとまた三人で長屋に戻って授業の支度をして教室に向かう。
授業中は観察が出来ないので、仕方がない。
休み時間は三人で手を繋いで厠に行って、その後また教室に戻ってきた。
お昼休みは三人で食堂に向かっていた。
お昼はB定食で、うどんをつるつると食べる左門はいつも大きく開ける口を小さく窄めて食事をする姿は小動物のようで愛らしい。
午後の授業が終わると今度は委員会だ。
僕たちが庭でお散歩中の毒虫たちを回収していると匍匐前進の鍛錬だと会計委員会の面々が一緒に参加していた。
匍匐前進をする左門の姿もやはり愛らしかった。

「なぁ、孫兵?左門は確かお前の同級生だったよな?」

 今日一日の観察の成果を竹谷先輩に話すとそんな返事が来た。
「何を言ってるんですか先輩。同級生に決まってるじゃないですか。先輩だって左門に会ったことがあるでしょう?」
「いや、まぁそうなんだが…」

 歯切れの悪い竹谷先輩は放っておく。
僕はまだ一日しか左門の観察をしていないのだ。

 左門の観察二日目。
朝起きてから食堂までの流れは昨日と一緒だけれど、今日の朝ごはんはB定食だった。
その中の一品を三之助と交換していたから、左門はあれが苦手なのかもしれない。
朝食が終わってからも同じで、三人そろって部屋まで戻る。


 三日目、四日目と観察を続けて気付いたことがある。
左門はほとんど一人ででかけない。
基本的には作兵衛と三之助と三人一緒、委員会の時は会計の一年生か田村先輩か潮江先輩と一緒。
たまに三之助と二人だってり作兵衛と二人だったりするけれど、一番多いのはやはりろ組で固まって三人でいることが一番多かった。

五日目、今日は左門が一人で出かけた。
引き続き左門の観察を続けたいけれど、左門は足が早い。
結局左門を追いかけることは諦めて、ジュンコと長屋で左門の帰りを待つことにした。

 六日目、段々と左門の生態がわかってきた。
記憶力のいい左門は教科の成績は良く実技はオリエンテーリングのような歩き回ったりするものでなければ、全体的に普通よりもできる方。
潮江先輩が鍛錬をつけてくれるらしい。

 観察日記をつけ始めてからわかったことは、左門の周りには沢山の人がいるらしいということ。
作兵衛、三之助、田村先輩、潮江先輩…だんだんと今までたいして気に留めていなかった人たちが気になり始めた。

「うん、孫兵の気持ちはよーく分かったが、どうして俺にその観察日記を見せてくれたのか教えてもらっていいか?」
「竹谷先輩はいつもどこどこの茶屋の看板娘が可愛いとか饂飩屋の娘さんが可愛いとか言っているので、人間が可愛いという気持ちは僕よりよく分かっているんじゃないかと思いまして」
「孫兵が俺のことをどう思ってるのかよく分かった…」

 竹谷先輩が呆れていたけれど、きっと顔を向き直った。

「孫兵、お前が富松や次屋に感じてるそれは、嫉妬、って呼ぶんだ」
「それは知ってます」
「まじかよ!」

 僕だって人間で、それ以前に生き物たちに恋する12歳なのだから嫉妬くらいは知っているし、僕が左門に恋をしている自覚だってある。
生き物たちと同じくらい気になるということは、恋をしているということなのだから。

「じゃあ何が知りたくて俺に話したんだ?」
「僕が知りたいのは、大好きな友人が嫉妬の対象になったときにどうすれば今まで通りみんなでいられるのか、です」
「思った以上に本気で悩むやつだな」

 うーん、と唸りながら悩んだ末に、竹谷先輩は真剣な顔で僕の両肩に手を置いた。

「孫兵は生き物たちが他の人間に懐いたとき、どう思う?例えば今まで懐いてなかった一年生に大山兄弟が懐いたら?」
「嬉しいですが、少し寂しいです」
「そうだな。一年生たちの成長は嬉しいもんな」
「でも、左門だと違います。左門は生き物たちとは違って、僕以外の人を好きになったりすることだってあります」
「それはそのとおりだ。でも、もし孫兵が左門のことが好きなら、他の誰かに取られる前に孫兵が左門に好きだと伝えればいい。孫兵は今まで生き物たちにだって同じようにしてきただろう?」

 竹谷先輩の言葉を聞いて腑に落ちた。
ああ、僕にとっての生き物たちと左門の違いはそれだったんだ。
生き物たちに僕は毎日愛を囁いてきたけれど、左門にはまだ愛を一度も伝えていなかった。
そばで見ているだけでは伝わらない。
言葉にしなければ伝わらないのだ。

「竹谷先輩、ありがとうございます」

 これから毎日左門に言葉にして愛を伝えて、早く僕のものにしなければ。
左門を捕まえる方法を見つけたら、なんだか胸の奥がふわっと暖かくなった。

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