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チョコレートボンボン



「蜉蝣の兄貴、明日の夜ってあいてますか?」
2月13日。一応世の中の行事に疎い俺でも、テレビやネット、町中に溢れるチョコレートの匂いには気づいていた。
昨年までそんな行事は我が家には関係が無かった気がするが、昨日重と網問と出かけていたせいだろう。
重も網問もこういうお洒落な行事にうるさい。
網問も疾風に送るチョコを用意しただろうし、重は誰かに本命を貰えたりしないだろうかとそわそわしている。
そんな2人に影響されたのだろう。
「おう」
可愛い恋人兼弟分の我儘くらい聞いてやろうと、明日の早帰りを約束すると、舳丸がほっとしたような顔をした。
「ありがとうございます」

***

「ただいま」
蜉蝣の兄貴が帰ってきた。
約束をしてくれたのだから、絶対に遅くなることはないと思ったが、予想通りいつもよりかなり早い。
そういう律儀なところが好きなのだ。
「おかえりなさい、兄貴」
「おう、ただいま」
夕飯はいつもより少し豪華にした。
兄貴の大好きな刺身。
俺の大好きな粕汁。
互いの好きなものにするとお洒落なバレンタインディナーにはならないけれど、海の香りが漂う食卓が好きだ。
「今日は好物ばっかだな」
早速食卓を見て兄貴が笑う。
机の上には一升瓶。
「奮発したなぁ」
家では滅多にお目にかかれない銘柄に、兄貴の目が輝く。
「んで、これだけじゃねぇんだろ?」
にやり、兄貴が笑う。
こういうことに疎いようでいて、兄貴にはいつも見透かされている。
こちらがどれだけ隣に並び立てるように、子ども扱いされないように振る舞っても、兄貴にはまだまだ及ばない。
現代に転生してますます感じる年齢の差。
「やっぱり、気付いてたんですね」
「土曜日重と網問と出掛けてたからな」
「そこまで分かっていましたか」
去年までなかった行事を突然やる気になった理由までバレていたら、もう仕方がない。
「手作りとかではないですが、兄貴の好きそうなのを選んだので」
台所に隠してあった小洒落た紙袋を渡すと、早速兄貴が中を覗く。
「ありがとな」
桐箱に入ったそれは有名蔵元が出した日本酒のチョコレートボンボン。
兄貴は案外甘い物も嫌いではないが、きっとこの方がいいだろうと思っての選択だ。
「これ、度数高くて運転前は駄目なやつなので気をつけてください」
アルコールの入った夜限定のチョコレート。
「せっかくなので、今、1つ食べませんか?」
「おう、いいぞ」
1つ、チョコレートの包みを剥がして、兄貴に渡すフリをして、そのまま兄貴の唇に押し付ける。
「ん、」
薄く開いてくれた唇にチョコレートを捩じ込んで、その上から自分の唇を重ねて、舌を絡めれば、チョコレートの甘さ。
暫く堪能していると、チョコレートが溶けて中の日本酒が広がる。
チョコレートも口付けも、甘くて、少し辛い。
俺の、精一杯の背伸びと抵抗。
「美味いな」
少し赤くなった余裕の笑みが、チョコのせいなのかそうでは無いのかは分からないけれど、意趣返しが出来たよう嬉しくなった。


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