恋人は誰だ
「潮江文次郎に恋人ができた」
誰もが耳を疑ったこの噂はすぐさま学園中を駆け巡り、連日連夜文次郎本人や同室の立花、委員会の生徒、同級たちに事の真相を問い質すものが後を絶たなかった。
しかし、その真相は三日たってもはっきりせず、一部、その相手を白日の下に晒さんとやっきになっている者たちもいた。
「兵助、八左ヱ門、委員長会議の様子はどうだった?」
「あくまでも会議だよ。個人的な話など振ったら潮江先輩の鉄拳が飛ぶ」
「そもそも俺たち代理だぞ?ただでさえ立場が低いのにそんな恐ろしいことできるかよ」
「だよねぇ」
五年長屋の一角で、五年生が揃って車座になりこそこそと話しあう。
「そういう雷蔵は中在家先輩に聞けないの?」
「うーん、どうやって聞けばいいのか考えてたら委員会の時間が終わっちゃって」
「さすが雷蔵は思慮深いからな」
「三郎は黙ってて」
「はい」
「勘ちゃんは?」
「だめ。俺と三郎は六年生と接点ないもん。聞くなら食堂とかで聞き耳立てるとか、もう真っ向勝負するしかない」
「三郎は立花先輩に気に入られているじゃないか。聞いてみたらどうだい?」
「雷蔵は立花先輩に虐められる私をどういう目で見ているんだい?」
「楽しそうだなぁって」
「・・・」
本日の五年生全員の議題はまさしく、学園を騒がせている潮江文次郎の恋仲の正体を暴くことである。
なぜそんなことを議題にするかといえばこの五年生たち、揃いもそろってあの鬼の会計委員長こと潮江文次郎に憧れなどとうに越えた恋心を持ち、ひょんなことから互いに同じ人物に懸想していると気づいた五年生全員で不可侵条約を結んだのである。
つまり、どうせ叶えられぬ恋であるならば抜け駆けも何もない、ということである。
しかし、そこで沸き上がったこの風聞。
五年生たちはあの鍛錬馬鹿で忍者馬鹿の潮江は自分たちどころか、誰とも恋仲になどならぬと高を括ってきたのである。それなのにこの仕打ち。
恋仲の正体を突き止めて、妙な女に騙されているならば叩きのめしてやろう。そうでなくとも、せめて自分たちの想い人をかっさらった泥棒猫の正体だけでも知らなければ気持ちが収まらない。
そう思い立って、いろいろと聞き込みをしているのである。
「それでは各々情報を入手次第共有すること。隠し立て、抜け駆け禁止協定は引き続き継続だからな。それでは」
学級委員長の三郎の声かけで今日の五年生会議は終了となり、会場となった三郎、雷蔵だけが部屋に残った。
「ねぇ三郎、君はどう思う?」
「どう、とは?」
「潮江先輩の恋仲のことだよ。僕たちはずっと潮江先輩を見てきたのに、そんな気配は欠片も感じなかった」
「しかし私たちとて潮江先輩を四六時中監視していたわけではないからなぁ。先輩とて大っぴらにするようなことはないだろうし」
「それならばなんで急にこんな噂になったのだと思う?」
「そこなんだよなぁ」
潮江はこの学園の最高学年であり、かつ実力派のい組である。その彼が本気で隠すつもりならば、卒業まで隠し通すことだって出来たはずなのだ。
それが、急に学園中の話題になった。
「少し、怪しいとは思っている」
「だよね」
とはいえ考えても仕方がない。これ以上悩んだら雷蔵が寝不足になってしまうと、この話題を切り上げて三郎は布団に入った。
***
翌日の夜も議題は同じ。三郎と雷蔵の部屋に五人、車座になって手に入れた情報を持ち寄る。
「兵助が情報を入手したと聞いたが?」
「では、兵助、報告を」
「委員会中に伊助が町で潮江先輩が黒髪の女性と仲睦まじく腕を組んで歩いていたのを見たというんだ。ただ、後ろ姿で顔は見えなかったと」
「なぜ潮江先輩と?」
「話し声が聞こえて、その声が間違いなく潮江先輩だったらしい。その時同じ組の黒木庄左エ門も一緒に声を聴いたとタカ丸さんに話していたから間違いないと」
「ほう。次、雷蔵も情報があると言っていたな」
「うん。僕は偶然校庭で三木ヱ門と話していた滝夜叉丸を見てね。滝夜叉丸が言うには七松先輩が『まさか文次郎が寝子だったとは』と言っていたから、相手は男ではないかと」
「ちなみに三木ヱ門はなんと?」
「顔を真っ赤にしていたから、何を想像、というか妄想していたかはなんというか、見当がつくかな。三木ヱ門も潮江先輩に懸想してるのかなぁ」
「いや、田村のあれは崇拝だろ」
兵助と雷蔵の情報が集まったところで、余計に混乱をきたすこととなった。
「つまり、伊助と庄ちゃんが女性と腕を組んでいる潮江先輩を見て?」
「滝夜叉丸が七松先輩から相手は男だと仄めかすような話を聞いた、と」
勘右衛門と三郎がまとめると、五人は頭を悩ませた。
「そもそも、潮江先輩が寝子だ、と七松先輩はそう言ったそうだな」
「うん。だから同じ委員会の三木ヱ門は何か知っているのかと問いただしたみたいだ」
「そうか」
全員、見知らぬ男の下で喘ぐ潮江を一瞬頭で想像して、各々解散していった。これ以上ここにいたら色々とまずいのだ。
***
それから一週間。
五年生各々が集めた情報はまさに混迷を極めた。
「しんべヱが潮江先輩とくノ一が歩いているのを見たと」
「三之助が山で侍風の男とこそこそ話をしている潮江先輩を見たらしい」
「守一郎が食満先輩と口吸いしている潮江先輩を見たとか」
「「「「「それはありえない」」」」」
様々な流言飛語が飛び交う中、真実はますます見えなくなっていった。
しかし、共通の条件が一つ。
「誰一人として、同じ人と会っている潮江先輩を見てない気がする」
「確かに」
そう。黒髪の女を見たのは伊助と庄左エ門だけ、くノ一を見たのはしんべヱだけ、侍風の男を見たのは三之助だけ。
滝夜叉丸にいたっては七松の言葉を聞いただけである。
「おかしくないか」
「うん。もういっそ潮江先輩に直接問いただしに行こうか」
「今なら潮江先輩、風呂上りで長屋にいるかなぁ」
「風呂上がりで髪下ろした潮江先輩って何気に色っぽいよな」
八左ヱ門のその一言で、満場一致で六年長屋に突撃を決めた。
***
「すみません、潮江先輩いらっしゃいますか?」
「おう。五年生が雁首揃えてどうした」
代表して三郎が声をかけて潮江の在室を確認すると、すっと戸が開いた。
「珍しいな、この部屋に来るとは」
同室の立花も二人とも風呂上がりの寝間着姿でいた。
「すみません、夜分に。どうしても潮江先輩に聞きたいことがありまして」
勘右衛門が申し訳なさそうに言うと、潮江と立花が声を上げて笑った。
「俺の恋仲のことだろう」
「それ以外ないだろうなぁ」
大声で笑う二人に五年生一同ぽかんとした表情をしながら、同時に笑い声がほかの六年生にも聞こえるのではないかと危惧した。
「あの、もう遅いですし」
少し声を抑えては、と進言する雷蔵の言葉を背後の大声がかき消す。
「安心しろ、私も一枚嚙んでいる!」
「・・・私もだ」
「あ、俺も」
「全員噛んでるよ」
その瞬間、五年生の背後に六年ろ組とは組も集合する。
「なぁ、滝夜叉丸のおしゃべりは誰が聞いたんだ?」
「あれは不破だったはずだ」
「しんべヱと守一郎は?」
「それは竹谷に。あと留三郎、守一郎の仕込みは失敗だったな」
「伊助は誰が仕掛けたんだっけ?」
「私だ。久々知にいくようにな」
六年生の「仕掛け」の言葉を聞いて五年生たちは察する。この噂は六年生総出の仕込みであったのだ。
だとしたら、何のために。
「さて、自分たちで収集した情報が嘘だとは思わなかったらしいな」
立花が怪しげに笑う。
嘘、だとしたら五年生は六年生の仕掛けた嘘に踊らされ、しかもそれに気付かずに本人に問い質すという最悪の手に出たのである。
「つまり、完全に私たちに騙されたな」
「追試だバカタレ。こんなわかりやすい嘘に騙されやがって」
「色は怖い、ということだよ文次郎」
「色?色なんぞ使っとらんぞ」
「お前も色の試験の追試をした方がいいかもしれんな」
六年い組の話の中に恐ろしい言葉が聞こえた。追試。つまり、これは、学園の試験なのである。ついでに立花は、というよりも恐らく潮江を覗く六年生全員が、五年生が揃って潮江に懸想していることを知っている。
「六年生が五年生を騙す。五年生はそれを見破る。私たちは騙しきる。試験だ」
立花がしれっと答えるのを聞いて、五年生たちは項垂れた。
「試験、ですか」
「簡単に騙されたなぁ。やっぱり文次郎にして正解だったな!」
「本当に、こんなんのどこがいいんだか」
七松と食満の言葉が五年生には応える。七松の言う通り、恋仲ができたと噂が立ったのが例えば七松や中在家だったとして、五年生はここまで調べようと思っただろうか。そして、ここまで騙され続けただろうか。純粋な恋心を利用するとはなんと姑息な。しかし忍者とは利用できるものは枠線でも利用するものなのだ。
三郎も雷蔵も疑うところまではいったが、実際は潮江の恋仲という存在に猛烈な嫉妬の炎を燃やして、内心は全く冷静でなかった。
「ちなみに下級生たちに目撃させた黒髪の美女が仙蔵、くノ一が僕、侍風の男が長次だよ」
「・・・留三郎と文次郎の口吸いは、そう見える角度で浜を勘違いさせた」
目撃証言の正体も聞いてみればなんてことはない。ただの変姿の術の類。もちろん三郎が見ればすぐにわかってしまうからこそ、下級生に目撃させるのだ。
「あとはこの騒動自体の収集だけつけてしまえば終了だ」
「どうやってつけるんですか?」
潮江文次郎の恋仲、という噂は現在も学園中を面白可笑しく飛び回っている。
収集を付けるのは簡単なことではないのでは、と勘右衛門が潮江に問う。
「簡単なことだ。そもそもそのような噂はなかったことにしてしまえばいい。仙蔵が俺から直接聞いたと言えば、まあ三日もすれば収まるだろう」
「もしどうしても収まらなかったら私が文次郎の恋仲になってもいいぞ!文次郎は可愛いしな!」
「それいいね!なら僕も恋仲立候補するよ」
「いい案だな、小平太。なら同室の私が最も適任だろう」
「・・・私も立候補をする」
「なんだよ、浜の見た口吸いが本当だったって言っちまえば簡単だろうが」
「意味がわからん・・・」
噂話を本当にしてしまえばもっと早いのでは、と次々と潮江の恋人候補に名乗り出る六年生たちを見て、五年生の顔色が悪くなる。
「先輩方、」
「まさか・・・」
嫌な予感がする。四年生の時に決めた不可侵条約が、音を立てて崩れる。
「なんだ、お前たち今まで気づかなかったのか?」
「実は文次郎並みに鈍いな」
こともなげに言う六年生に、不可侵条約どころか自分たちには欠片も勝ち目がないのかと嘆いた。
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