このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

女装



文次郎の女装が酷いというのは、学園の中でも有名な話であるが、それが事実でないと知っている者はあまり多くはない。
そもそもあの、なにごとも鍛錬で解決してしまう男があのような成績で甘んじているはずがないのだ。
ではなぜそれを試験で発揮しないのか。それは、学園から出たあとに女装した自分が自分であると認識させないためである。

「文次郎、明日は女装忍務なんだってー?」
「おう。久々だな」
この会話を聞いて誰もが思うことは、あのバケモノのような女装姿の潮江文次郎が女装で忍務をしているという事実に対する驚愕だ。
「おい、今の聞いたか?潮江先輩が女装で忍務だって言ったぞ?」
「あー、そうだな」
 近くで聞いていた鉢屋が気のない返事をするのに竹谷はムッとした。
「おい、話聞けよ」
「わかってるよ。潮江先輩の女装の話だろ?」
 さて、鉢屋三郎がこのような反応をするのには理由がちゃんとある。
 鉢屋は先ほど言った「潮江の女装の真実」を知るものの一人だ。潮江は特に口止めはしなかったが、その理由も理解できるし、なによりも鉢屋自身が言いたくないのだ。
(あの人の正体が美人なんて、みんな知らなければいい)
 鉢屋は潮江に片想い絶賛一年目である。
 四年生の頃に自覚して、五年生のいまだに言えない。そうして相手の卒業が近づき、ますますいうタイミングを逃してしまったのだ。
 この事実を唯一知っている雷蔵は普段は発揮されない無駄に男前な決断力をもってして、一年先輩の中在家としっかりお付き合い中だ。
(ヘタレ、なんて怒られたけれど、潮江先輩と中在家先輩では天と地ほどの差がある)
 普段から三禁だなんだと五月蝿い男に告白したところで、叶う確率はゼロに等しいのだ。
「にしても潮江先輩元は悪くなさそうなのになー。何で女装だけあんなに残念なんだか」
 竹谷はまだぐだぐだ言っている。
「おい竹谷、お前随分と言いたい放題言ってくれるな」
 それをさっきから気配を隠して聞いていたのは潮江の同室の立花仙蔵だ。
「へっ?」
 急な立花の出現と自分の呟きが聞かれていたことの気まずさに竹谷があせる。
「立花先輩っ!ごめんなさい!」
「まぁ、あのバケモノを見れば気持ちはわかるのでな。否定はせんが文次郎に聞こえていると思うぞ」
 ギンギンに忍者している潮江のことだ。恐らく聞こえていて放置しているのだろう。竹谷は真っ青になって逃げた。
「それと鉢屋、」
 立花は急に鉢屋の胸ぐらを掴み、耳元で囁く。


「お前だけが知っていると思うなよ」

1/1ページ
    スキ