死神と吸血鬼が出会った話
「あれ、これヤバくね?」
令和の日本、東京。
いくら医療が発達しようが、ご長寿国家だろうが、これは許されるはずがない。
「200歳越えが居るって、ここの担当何してんだ?」
竹谷八左ヱ門は今日からこの地域の担当になった寿命担当死神である。
彼らの主な仕事は寿命の管理。
事故や事件は別の予定外担当死神が担当をする。
寿命の管理は基本的に楽な仕事で、病気や老衰で亡くなる魂を引き取りに行くだけである。
今はあと3時間後に亡くなる予定の95歳女性の魂を引き取りに行く待ち時間だ。
その中で、異常な匂いを嗅いでしまった。
「いやいやいや、どういうことだよ」
現代医学でも200歳はまだ達成されていない。
つまり、何か手違いで狩り忘れてしまった魂か、あまりありえないが幽霊かもしれない。
幽霊とは、事故や事件担当の死神が取りこぼしたか、執着が強すぎて彼らについて行かなかった魂の事なので、寿命担当には関係がない。
しかし、それにしても200年は居着かないのだ。
「一応見てみるか、」
面倒なものを見つけてしまっても、責任感の強い八左ヱ門に放置をするという選択肢はない。
先代の取りこぼしであったとしても、今の担当は八左ヱ門なのだ。
任された仕事は最後まで全うしなければ気が済まないし、200年もこの地に残された魂など、可哀想すぎる。
取りこぼされるということは、輪廻転生の輪にも乗れず、誰にも気付かれず、ただ浮遊するとても可哀想な魂ということなのだ。
「匂いは、こっちか?」
死神の正装である黒いフードを被って、八左ヱ門は魂の匂いを追いかけた。
匂いの元はすぐ近く。
あと少し、路地裏に入れば匂いの持ち主の元だ。
八左ヱ門が匂いの主を視界に入れた瞬間、声をかけられた。
「おい、死神。俺は人じゃねぇ。先代から聞いてねぇのか」
ありえない。人には今の八左ヱ門は見えないのだ。
それは死んだ魂でも同じこと。逃げられないために、寿命担当な死神は特殊な衣服と化粧で隠されている。
それが見えるのは、同じ死神と、人ならざる生き物。
「おい、聞いているのか。大方長寿の匂いで来たんだろう。前の担当からこの地区には吸血鬼が2人いることを聞いてないのか?」
路地裏から出てきたのは、人間なら30歳くらいの見た目、長い髪を後ろに撫で付けた男。
左右非対称の眼とその下に住み着く濃い隈、逞しい体躯、口元には鋭い犬歯。
そして名乗った、吸血鬼という言葉。
「きゅうけつ・・・き・・・?」
慌てて懐から先代の引き継ぎ事項の分厚い帳面を探る。もう少しデジタル化して欲しいが、まだまだ 印刷物至上主義なのだ。
「あ・・・!」
分厚い帳面の中ほどに『※200歳越えの吸血鬼2人在住。魂狩り非対象者のため注意』の文言を発見して、八左ヱ門の顔が青くなる。
その下には人物の特徴なども軽くではあるが明記されていた。
完全なる見落としである。
「すみませんでした!!」
勢いよく頭を下げる。今日から担当で引き継ぎ書類を読み切れていなかったなど、言い訳にはならない。失敗は失敗として、誠心誠意謝って同じ過ちを犯さない、それが八左ヱ門の出来る精一杯の対応である。
「確か今日からだったな。前の担当から今日から寿命担当が変わるとは聞いていた。アイツとはちょくちょく酒を飲みに行ってたからな」
厳しそうな雰囲気の割に案外優しいのだろうか、そう思って八左ヱ門が頭を少し上げようとすると、檄が飛んできた。
「だが!仕事の引き継ぎを疎かにするとは何事だ。まぁ、お前もさすがにすぐに狩るつもりはなかったみたいだけどな。それに重要事項をそんな目立たない位置に配置したアイツにも問題はある」
200歳越えの魂など異例なので、確認したら上司か先代に対応を仰ぐつもりだったのだ。
さすがに八左ヱ門一人で対処出来る問題ではない。
その前に見つかってしまったが。
「俺は潮江文次郎だ。それともう1人この区域に吸血鬼がいる。あとミイラが3人と狼の獣人が2人、猫の獣人が2人、子どものゴースト3人と魔女が3人隣町からたまに遊びに来る。全員長寿だから気をつけろ。お前、名前は?」
「竹谷八左ヱ門です。よろしくお願いします。他の方の情報ありがとうございます。それと潮江さん、本当にすみませんでした」
八左ヱ門がもう一度頭を下げると、潮江が近づいてくる匂いがした。
血が混じった、それなのに、なぜか安心するような、水のような、魅力的な匂い。
「もういい。別に取り返しのつかねぇミスとかじゃねぇんだから。ただ、もう二度とやるなよ」
くしゃり、八左ヱ門のぼさぼさした頭を少し乱暴に撫でられる。八左ヱ門よりもほんの少しだけ大きな手で与えられたその仕草に、なんだか安心するような子ども扱いされているようで照れくさいような腹立たしいような、よく分からない感情が八左ヱ門に芽生えた。
「あの、潮江さん!!」
用事は終わったと立ち去ろうとする文次郎を、八左ヱ門が呼び止める。
この人とこの出会いだけで終わらせたくない、もっとこの人のことを知りたい。せめて先代のような気安い仲に。
そのために、何か言わなければと八左ヱ門は意気込んで叫んだ。
「恋人になってください!!!」
言っておきながら、八左ヱ門の頭が真っ白になる。
(いや、いやいや、仲良くなりたいとか、友達になってくださいとかじゃなくて、恋人?)
唐突がすぎる。目の前の文次郎の顔を恐る恐る覗き込もうとすると、耳まで真っ赤になってこちらを睨みつけ、蝙蝠の姿に変わり消え去ってしまった。
「可愛い」
200歳を越える吸血鬼の反応ではない、気がする。
八左ヱ門はもう一度真っ赤になった文次郎の顔を思い出して、にやけた顔を必死に押さえ込みながらあと少しで大往生を成し遂げる予定の95歳女性を迎えに行った。
あの匂いを見つけたら、もう一度会いに行こう。
死神は長寿の匂いに敏感なのだ。
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