夢の話
ポタポタと首筋を滴る汗が、目を奪う。
「とめ、」
そんな欲の篭った目で見ないでくれ。
「なぁ、」
そんな声で呼ばないでくれ。
「はやく」
「うぁぁぁぁ・・・」
呻き声と共に目を覚ました留三郎の身体は、暑さによる汗なのか、冷や汗なのか、とにかくぐっしょりと布団が濡れるほどに全身汗まみれであった。
「なんつー夢を・・・」
汗の原因はもちろん先程まで見ていた夢である。
井桁の頃から自他ともに認める好敵手であった男が、松葉を纏う頃にとうとう恋仲になり、つい先日初めて同衾をしたのだ。
それからほぼ毎晩、留三郎は夢を見ていた。
それは自室であったりそれ以外の場所であったり、とにかく色々な場所で文次郎に誘われて、組み敷いて、口付けて、その先も・・・
「留さんうるさい。毎朝毎朝、欲求不満なら文次郎にその夢の通りにでもしてもらえばいいじゃない」
「んなこと頼めるかよ・・・」
まだ一度しか身体を重ねていないというのに、夢の通りに、など頼んだら刺激的すぎて憤死する。留三郎自身が。
「意気地無し。それともよっぽどな夢見てるの?それはそれでちょっと・・・」
同室の性癖まではとやかく言わないけどさぁ、と言われても、留三郎とて願ってそんな夢を見ている訳では無い。
「ちなみに参考までに、どんな夢見たの?」
「いや、その、」
正直言いづらい、けれど伝えたら少しは軽くなるかもしれないと思って、留三郎的に一番当たり障りのなかった夢を伊作に伝えた。
「裏裏山で鍛錬中にその、誘われて、」
「青姦かぁ、確かに二回目がそれはちょっと、ねぇ」
他にも自室で衝立の向こうに眠る伊作に隠れたり縛ったり張形を使ったり、言ったら恐らく同室解消を考えられかねない夢を沢山見ていた。伊作には伝えないが。
「まぁ、それはともかくさっさと二回目とか三回目とか、青姦くらいなんでもないも思えるくらいやっちゃえばいいじゃん」
さっさと行ってこいと部屋から追い出され、腹を括れず早半刻、いい加減真夜中の廊下でこうして蹲って呻いていたらこの学園の怪談話に組み込まれてしまうと諦めて、一人で夜間鍛錬に行くと言っていた文次郎を探すことにした。
「つってもなぁ」
この広い学園の裏山であてもなく人間一人を探すことがどれだけ無謀かは知っている。
仕方なく留三郎はいつも文次郎が鍛錬明けに水浴びに来る井戸で留三郎自身も頭を冷やすために水を浴びることにする。
空が明るくなり始めているので、もうそろそろ戻ってくるだろうと頭から水を被っていると、予想通り微かだが慣れた気配がした。
「おかえり」
「おう。お前もどっかで鍛錬でもしてたのか?」
「いや、まぁ、」
別に鍛錬はしていないけど頭を冷やすために水を被っていたなどとは言えず、井戸の横を文次郎に明け渡すと文次郎も豪快に頭から水をかぶり始めた。
その光景が、夢で見た姿と重なる。
汗ではなく水が首筋を伝い、胸元に、そしてさらに下まで滴り落ちる。
「じろじろ見てどうした」
つい凝視してしまった留三郎を怪訝な表情で文次郎が見つめ返す。
それはそうだ。あれは夢なのだから、このまま文次郎があんなふうに甘えるような、誘うような声で留三郎に言葉をかける訳が無い。
それなのに、期待してしまう。
「もんじろう、」
声が掠れる。
文次郎も留三郎の声音が変わったことに気付いたのだろう。頬に朱が走る。
「なぁ、」
夢の立場と逆転する。
文次郎の手を取って、まだ雫に濡れた唇に吸い付いた。
「こんなとこで何しやがるっ」
まだ人の気配の少ない早朝ではあるが、誰に見られるかも分からない場所である。
留三郎とてそれは分かっているが、衝動を抑えられなかったのだ。
周囲の気配がないことを確認してもう一度、今度は深く深く口付ける。
舌を絡ませて、唾液を吸う。
「なぁ、文次郎。今夜、仙蔵は忍務だったよな?」
この空気で同室の不在を確認されれば文次郎も分からない筈はない。
冷たい水を被ったばかりなのに、赤く染まる文次郎の肌に留三郎は夜が待ち遠しくて堪らなくなった。
今日は優しく抱いて、その次はどうしようか。
毎晩見てきた夢を一つずつ現実にしていく日を楽しみに、留三郎は自室に戻った。
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