繋いだその手は
「留子、行くぞ」
街中で文次郎が女装をした留三郎の手を引いた。
今日の実習はくじ引きで相方を決め、さらにくじ引きでどちらが女装をするか決めて街を歩くという内容であった。
得手不得手関係なく女装をさせるためのものである。
そうして、厳正なくじ引きの結果無事文次郎は女装を回避し、留三郎が女装をすることになったのだ。
「文次郎様、お待ちになって」
留三郎が女声で返事をした。
違和感はあるものの高い声がいつもの留三郎ではないと感じさせる声音。
膝を曲げているのか、心做しか文次郎よりも少し高いはずの背も低く見える。
「悪い」
歩きにくいであろう足つきを見て、文次郎は心遣いの出来ていなかった自分を恥じる。
相手は好敵手の留三郎ではあるが、その姿は留子という名の可憐な女性である。
いつも吊り上がった目元はどうやったのかほんの少し柔らかくなり、頬は濃くない程度に可愛らしく染まり、唇はふっくらと桃色の紅が引かれていた。
混乱する。
繋ぐ手は、確かにいつも触れている、いつも触れられている男の手であるはずなのに、その姿は全く違うのだ。
自分は誰といるのか、分からなくなる。
手を引く力を弱める。
いつもの力加減では折れてしまうのでは無いかと、錯覚する。
「そのように緊張されては、私も困ってしまいますわ」
弱くなった力加減を諌められた。
必要ないだろう、と言われているようだった。
そんなことは分かっているはずなのに、出来ない。
『おい、今日の夜、』
留三郎から矢羽根が飛ぶ。
『この姿で、抱いてやろうか?』
それは、今繋いでいる手が誰のものかを思い出せという意地の悪い提案であった。
白粉の香りと、美しいかんばせの女に自らが抱かれる姿を想像してしまう。
今繋いでいる女の手が、肌を這う感触を。
『絶対にやめろ』
その手が自分の弱点なのだと、お前がどんな姿をしていてもその手に触れられれば全て快楽に変わることなど、知られてたまるか。
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