もふもふもふもふ
「ちわーっ!宅配便でーすっ!」
威勢のいい声。
最近この区域の配達員になった青年の声だ。
「ありがとな」
「ハンコ頼みまーす」
配達業は大変なのにいくつもアルバイトを掛け持ちする逞しい青年に、ハンコと一緒に労いの意味でペットボトルのスポーツドリンクを渡した。
「ありがとうございますっ!」
威勢のいい青年の置いていったダンボールを受け取ると、待ち望んでいた店名を差出人欄に確認し、封を開けた。
中身を確認して、すぐにダンボールごと部屋に押し込む。
同居人にバレる訳にはいかない。
少なくとも悪戯が成功するまでは。
「ただいま」
仕事から帰ってきた文次郎を出迎える。
最近は二人とも在宅ワークだが、互いに週一程度の出勤がある。
その日を狙って留三郎は日付指定で荷物を頼んでいた。
マスクを捨てて手を洗って戻ってきた文次郎に心置き無くハグをする。
「おかえりだーりん、お風呂にする?ご飯にする?それとも、お、れ?」
「やるならせめて棒読みやめろよ」
お誘いの言葉は一蹴された。
どうせ夕飯からの風呂に決まっているのだ。
「ノリわりぃなぁ。せめて『お前がいい』くらいのサービス精神持ち合わせてねぇのかよ」
文句の言葉は無視された。
夕飯はおでん。
牛すじは1人2本まで、卵は1個は食べること。
蒟蒻としらたきのどっちを入れるかで揉めたのははるか昔の話。
最近の2人のお気に入りは餅入り巾着である。
プシュッ、と小気味いい音を立ててプルタブを上げたビールで乾杯。
「大根沁みてるか?」
「あぁ、美味い」
雑談をしながら夕飯を食べて、さぁ、風呂である。
「文次郎出勤だったんだから先入れよ」
「悪いな」
文次郎を風呂に押し込んで、ソファの上のドテラを先程のダンボールの中身とさっと入れ替える。
ドテラは俺の部屋に隠せば互いの不可侵領域。
許可なく部屋に入ることは禁止、が同居の時に2人で決めたルールだ。
留三郎が楽しみに文次郎の風呂上がりを待つ。
「上がったぞ」
「おう、俺もさっさと入ってくるわ」
髪を乾かす文次郎をすり抜けて留三郎が風呂に入る。
さて、風呂上がりが楽しみだとニヤニヤする顔を隠すのは大変であった。
「お、い?」
文次郎のドスの効いた声、が揺らぐ。
「なんだそりゃ」
文次郎の目に入ったのは、緑色のもこもこした塊。
「がおー、きょうりゅうさんだぞー」
「だから棒読みやめろよ。ところで俺のドテラどこやった」
「あのおっさんくさいドテラより可愛いの買ってやったから、今日からお前の風呂上がりの上着はそれな」
留三郎が指さしたのはもこもこの黒い塊。
「今着てるけどめちゃくちゃ暖かいから着てみろって、な?」
ぐいぐいと押し付ける留三郎と部屋の寒さに負けて文次郎は黒い塊を受け取った。
「おっ、確かに暖かいなっ、あ?」
黒いもふもふに包まれた文次郎の後ろに回った留三郎が、フードを被せる。
「ほーら、ねこさん可愛い」
留三郎が文次郎を全身鏡の前に連れていくと、猫耳の生えたもふもふの黒い塊と化していた。
「ねこ?」
「うん、で、おれが恐竜。がおー。ねこさん食べちゃうぞー」
「氷河期に勝てなかった癖に」
「夢ねぇなぁ」
もふもふ、もふもふ、暖かい上着に包まれながら恐竜と猫がじゃれ合う。
「もんじろーねこさーん、」
「なんですかー、とめきょりゅうさーん、」
「ちょっと寒いからぎゅってしていいですかー、氷河期に勝てなかった恐竜さんは寒さに弱いんでー」
「蒸し返すな。猫も寒いとこたつで丸くなる生きものなんでどうぞー」
眠気ともふもふの効果で2人の声が間延びする。
「ぎゅー」
「子供がえりかよ」
「だって暖かいし、もふりたいし」
ハグをしながらもふもふを堪能する。
「明日は休みだろ?」
「おう、お前もだろ?」
「とめきょうりゅうさんが肉食だって、知ってたか?くろねこさん、」
「ずっと知っとるわ」
もふもふを脱ぎ捨てて、2人は寝室へと消えていった。
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