毒を食らわば最後まで
「今日の食事に毒を盛った」
時々、仙蔵にそう言われる。
これが初めてではない。
毒の種類は一度も教えて貰ったことはないが、苦しんだ記憶もないので少量なのだろう。
少量の毒であるならば、忍びとして身体を慣らす意味で悪くないのでむしろ有難いくらいかもしれないが、そろそろなんの薬かを教えて欲しいものだ。
「何の薬か聞かないのか?」
「聞いても教えてくれたことねぇじゃねぇか」
出来たら卒業までには教えてくれよ。
そう伝えておいた時のあの顔を忘れない。
もしかすると、その前には致死量を盛られるのかもしれない。
時々毒を盛られても疑いもせず食事を共にすることにきっと喜びと怒りの両方を覚えていることだろう。
警戒心の足りなさと、信頼の恐ろしさと重さ。
恋人に殺されるなど夢にも思っていない男だと思われているだろう。
そうではない。
俺が卒業前に殺されるとしたら、きっとお前の毒だろう。
それでいいのだ。
ただ、毒を盛るということは盛られることもあるのだと気付かないお前にも、俺は同じものを覚えているのだと卒業までには知っておいて欲しい。
多分、同じ日に致死量の毒を仕込むのだから。
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