赤い唇
長屋に戻ると、仙蔵が食事をしていた。
「あぁ、今日は帰ったのか」
握り飯を髪の間に差し入れる姿は、六年の間に見慣れたものだ。
この学園には数多の妖怪がいるが、仙蔵はそのうちの一人、二口である。
「相変わらずよく食うなぁ」
仙蔵の後頭部にある口が食事以外ををする姿を文次郎は見たことがない。
「そろそろ終いだな。全く我ながら後ろから入る食事は食べた気はしないからな。口を満足させるためだけだと思えば無駄なことこの上ないな」
食堂のおばちゃんが仙蔵の為に特別に握ってくれた握り飯は全て無くなっていた。
「知らねぇが後ろの口っつーのは喋らねぇなぁ。六年間一度も聞いた事ねぇぞ」
顔にある口よりも艶のある、まるで紅をさしたような真っ赤な唇を持つ後ろの口は、普段は髪に隠れている。
食べる以外は特に使わないその口の存在を知るものは同室の文次郎と食堂のおばちゃん、学園長先生のみだ。
「なんだ、お前聞いたことがないのか?案外饒舌だぞ」
「そうなのか?覚えがないな。明日は忍務で早いんだ。俺はもう寝る」
雑談を切り上げて文次郎がおやすみ、と布団に潜ると、おやすみ、愛しているよ。と仙蔵がいつも呟く言葉を聞いた。
そういえば、愛している、の言葉はいつも少しだけ声が高いことに気づく。
「あぁ」
ふと、たまに聞こえるほんの少し高い声はお前だったのか、と恐らく宿主よりも素直な、もうひとつの唇を思った。
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