腐男子伊作の妄想実現計画
※腐男子伊作注意
※うそやで~時空だけど室町
※なんでも許せる人向け
善法寺伊作は不治の病である。
その病を治そうと奮闘するも虚しく、全てが空振りに終わった。
先人は言う。
「納豆は大豆には戻れない。諦めるしかないのだ」と。
「ねぇ、留三郎。僕は思うんだよ」
来た。伊作の病気だ。五年生の頃に唐突に始まり、一年間治る兆しのないこの病気の被害者はもっぱら留三郎である。そして本人たちは知らぬところだが、六年い組の二人も被害者代表のようなものだ。
「文次郎はやっぱり田村よりも仙蔵の方が好きだよね!愛してるよね!だって田村より仙蔵の方が昔から一緒にいるし!」
留三郎は何度この話を聞いたかわからない。そう、善法寺伊作は俗にいう「腐男子」という属性の人間である。
「仙蔵だって綾部より文次郎だよね!本当は長次とかもありかなぁって思うけど六年も同室やってるって大きいよね!」
今の、というよりも腐男子になってからのもっぱらの推しカップリングは文次郎×仙蔵だ。この二人がくっつく妄想をしては定期的に留三郎に語るのが伊作の日課なのだ。
「いや、伊作?文次郎も仙蔵もただの相棒で同室だと思うぞ?俺とお前みたいな」
「えー、僕と留三郎はカップリングとしてはちょっと、ねぇ。僕夢属性は持ってないから自分を含めたカップリングは有り得ないっていうかー」
「俺も有り得ねぇよ!そういう意味じゃなくってだなぁ!」
駄目だこの男。話聞いてねぇ。
こうして毎日留三郎は伊作の話を聞いているのだが、実を言うと留三郎も少し仙蔵と文次郎を疑い始めていた。つまりは毒されているのだが、そこは留三郎本人にも自覚はない。
「おい仙蔵」
「あぁ、わかっている」
これだけで会話が通じるのだ。それはもう阿吽の呼吸というやつで。まるで熟年夫婦のように。
だが、留三郎には伊作に言えない秘密があった。
「なんつーか、亭主関白と支える妻みてぇだなぁ…」
留三郎はどうにも、文次郎が妻に見えるのだ。つまり仙蔵×文次郎である。留三郎としては腐男子の自覚はないので脳内カップリング表記もなにもないのだが、口に出したら伊作と全面戦争になりそうな気はしている。以前言っていた。
「逆カプとか戦争案件だよね。仙蔵は受けに決まってるし文次郎は攻めに決まってるよね。見た目で明らかにわかるよね。だって文次郎は男らしくて堅物で理想の旦那だし仙蔵は綺麗で頭が良くて理想の妻だよね。あの身長差だってパワータイプとスピードタイプみたいな体格差だって理想のカップルだよ」
腐男子は推しカップリングのためなら全面戦争も辞さない構えである。
「ところでさぁ、正直僕自身本気で文次郎と仙蔵が付き合ってると思ってるわけじゃないんだ。そこで留三郎にも協力してほしい。あの二人を自分に正直にさせたい、つまりは両片思いの状況を打破して付き合わせてあげたいんだ」
片思いは本気で思っているのか。そう言いたいところだが、留三郎自身も少し疑っている手前あまり強く言えない。なんならいっそこの機会に付き合ってないこと、両片思いなんてありえないことを証明して、伊作の妄想を止めたい。
「それで、どうするんだよ」
「よくぞ聞いてくれました!留三郎!君と文次郎の犬猿の仲を利用して仙蔵を嫉妬させるんだよ!留三郎だって僕としては美形受け属性として完璧だから文食満だって夢じゃないよ!僕は文仙派だから断固拒否だけど文仙を成立させるためには文食満だって仕方ないよね!」
「俺を巻き込むなぁぁぁぁぁ!!!!!!」
こうしてまんまと伊作の作戦に組み込まれてしまった留三郎は伊作の書いた台本(A5サイズ和綴じ百二十頁)を読まされていた。
***
「俺、ずっと文次郎のことが、」
留三郎が文次郎の手を取ると、文次郎の喉がごくりと鳴った。
気付いていたのだ。この気に食わない好敵手が自分のことをどう思っていたのか。そして、自分自身がどう思っているのか。
「留三郎、俺もお前が、」
文次郎の力強い手が留三郎の細い腰を引き寄せ、
***
「伊作、無理だ」
「僕も本当にね、断腸の思いで書いたんだよ。僕は文仙固定派だっていうのに。いくら文仙のためだからって文食満の、しかも十八禁を書くだなんて」
「登場人物にこれを読ませることに抵抗とかはないのか」
「それも含めてだよ。本来僕らは隠密。本人に読ませることだってマナー違反甚だしい。だからこそ、この作戦は成功させたいんだ」
「文次郎に尻を差し出せと?」
まさに鬼の所業である。
自分の欲望のために同室に尻を差し出せと言っているのである。
「同室やめたい…」
留三郎がぼそっと呟くが、きっと耳には入っていないのだろう。
「大丈夫、きっと君が尻を差し出す前に仙蔵が「私の物に手を出すな泥棒猫が!」って言ってくれるよ」
「それも嫌だわ」
仙蔵そんなこと言うタイプの人間だっけ?
どんどん伊作の妄想の中の仙蔵が乙女化している気がする。
「それにもし万が一文食満が成立しちゃったらしちゃったできっとずっと愛してた文次郎を他の男に盗られた仙蔵が毎日枕を濡らして、それを見た文次郎が今度こそ自分の本当の想いに気付いて留三郎よりもずっと横にいてくれた仙蔵の方が大切だって気付くよ。そしたら文次郎が留三郎を振ってちゃんと文仙が成立するはずだよ」
「俺抱かれて振られんのかよ最悪じゃねぇか」
なんという作戦。
伊作に留三郎への良心や罪悪感は欠片も存在しないらしい。
「それじゃあ留三郎、いってらっしゃい!!あ、ちゃんとお尻は綺麗にして解しておくんだよ。初めてで野獣になった文次郎ががっついたら困るのは留三郎だから。あと、もう文次郎に留三郎が大事な話があるからって僕から伝えといたから。文次郎もけっこう満更じゃなかった感じだから文食満成立はありえちゃうかもね」
「やるかぁぁぁぁぁ!!!!」
留三郎の悲鳴は無視され、伊作に「文次郎は半刻後に用具倉庫って言っておいたから。そのまま襲われたら文次郎が激しかったかどうかとか教えてね」と言われた。
かくして留三郎の貞操は伊作の欲望のために差し出されたのである。
***
用具倉庫の前へ行くと、くだんの男がいた。
「留三郎、お前何の用だ」
「あー、そのー、」
言えない。伊作の命令でお前を色仕掛けしに来たとか、もうめんどくさいからさっさと仙蔵と付き合って伊作を納得させてくれとか。
留三郎は毎日伊作の妄想を聞かされていたが、文次郎は本人の知らないところで被害者である。
これ以上伊作の被害を拡大させてはならないが、これではきっと自室に戻ることも許されない。
どうする留三郎。自分の尻を差し出してことを納めるか、それとも文次郎に真実を話して協力を仰ぐか。
「俺、ずっと文次郎のことが、」
しまった。つい留三郎は先ほどまで読まされていた台本を読んでしまったのである。
「あ?」
ん?雲行きが怪しい。ここは文次郎が留三郎の腰を引き寄せる番である。
「お前、なんか悪いものでも食ったのか?それともなんかの罰ゲームか?」
はい、罰ゲームみたいなもんです。
そう、留三郎は伊作に完全に毒されているのである。
留三郎は自分が告白すれば文次郎は食いつくと思っていたのだ。
今冷静になればわかる。よく考えなおせ、そんなはずはない。
「あー、」
気まずい。本気で気まずい。もうこれは本当のことを言うしかない。
「文次郎、冷静に聞いてくれ。実はだなぁ」
留三郎はできる限り丁寧に、かついつも妄想を聞かされている八つ当たりも込めて文次郎に伊作の妄想を語った。
「つまり、伊作の妄想している通り俺と仙蔵が付き合わないからお前が犠牲になってくっつけようとしている、と」
そうです。そういうことです。留三郎は同意しながらだんだん情けなくなってきた。うちの同室が本当に申し訳ありません。
「お前も苦労してるんだな…」
文次郎が留三郎を同情するような目で見る。お前「も」?その発言は少し引っかかるがこれ以上妙なことに首を突っ込むのはやめにした。
「とりあえず伊作には馬鹿なことを言うなと俺から言っておく」
文次郎の言葉に留三郎が感激をした。お前、本当はいい奴だったんだな。
「あと、まずお前は俺の好みじゃないから安心しとけ」
「ふざけんな」
前言撤回、やっぱり気に食わない男である。
***
夜、伊作の元に文次郎が訪れた。
「伊作、お前あほだろう。留三郎から全部聞いたぞ」
文次郎のあきれた声。
留三郎のやつ、同室を売ったなと思うけれどよく考えれば仕方がないことである。最初に同室の貞操を売ったのは伊作の方だ。
「俺と仙蔵が付き合わない、だったか?」
伊作の表情が硬くなる。これは怒鳴られるやつかな?だよね?伊作とて自分だったら嫌である。いや、伊作は自分絡みのカップリングは全部地雷だけれど。
「まったく、留三郎までけしかけやがって、あとで留三郎に謝っとけ」
おや、意外と怒っていない?しかも、留三郎の気遣いまで。文食満は案外嘘ではないのでは?いや、でも文食満はやっぱりなぁ。
などと考えていたら文次郎の顔が少し上を向く。
「仙蔵、お前も聞いてんなら出てこい」
天井裏から仙蔵が姿を現す。
「伊作、お前も気づけよ」
いや、この状況で天井裏気にしてる余裕なんてないですとは伊作も言わずに、静かに二人から眼をそらした。
「で、伊作は私と文次郎が付き合っていると思っている、と」
「違うよ。そんなことは思ってない」
そう、付き合っていないと思っているからもどかしくて付き合わせたいのだ。文仙さっさと結婚しろ。
「なかなか面白い発想だが、少しばかり妄想が行き過ぎているな。伊作、お前自分の都合のいいものばかり見ているだろう」
仙蔵の言葉に伊作の背筋が伸びる。
怒ると怖いのは文次郎より仙蔵。文次郎だけで済めばよかったものを仙蔵にまで知られてしまったのは恐ろしい。
「よく見てみれば、恐らくわかるぞ」
よく、その瞬間の仙蔵の目線の先を探す。
「あ、」
文次郎の首筋、少し薄くなった赤い痣、仙蔵の不敵な笑み。
察した。これは抱かれている男の目じゃない、抱いている男の余裕だ。
「マジかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
目の前で地雷を踏んだ伊作の悲鳴が響いた。
***
「仙蔵、お前いつから気づいてた」
「私は伊作と留三郎が妙な目で私たちを見ているなと思っていただけだ。伊作は私が文次郎に抱かれていると思っていたようだが、留三郎は無意識だが感づいていたと思うぞ」
悲鳴を上げて項垂れた伊作を放ってい組の部屋に戻ってきた。
「留三郎が?」
「なんとなくだがな。伊作のような妙な先入観がなかったんだろう。あと伊作には願望がでかい」
「確かに」
「それじゃあ文次郎、今度こそ伊作に誤解を与えないように、もう少しわかりやすくしてやろうではないか」
「待て、どういう意味だ」
仙蔵の手が文次郎の着物にかかる。いや、なんとなくそんな気はしていた。さっきの痕だって仙蔵にたっぷりと愛されたときにつけられたものだ。それが薄くなってきたということは、そういうことだ。
「留三郎にも教えてやろう。文次郎が留三郎なんか眼中にないことと、そもそもお前が抱く側ではないということも、な」
留三郎から伊作の作戦を聞いていた文次郎としては、本気でとばっちりである。
伊作の作戦は「文食満にして仙蔵に嫉妬させて文仙を作る作戦」であったが、結局は「留三郎をけしかけて仙蔵が腹を立てて仙文ができあがった」のだ。
「つっても留三郎は関係ないだろう」
あれは同室巻き込まれ事故だし、被害者の一人だろう。文次郎としてもこれ以上留三郎を巻き込む気はない。
「いや、あいつ本気でお前に告白したら抱かれると思っていただろう。勘違いも甚だしい。私はそれを許すほど優しくはないぞ」
つまり、私の文次郎がお前なんぞに興味あるか。ふざけんなボケ、の牽制である。
「ほどほどにしとけよ」
抱かれることは諦めるとして、嫉妬も牽制もほどほどにしてほしい。
結局この伊作の妄想実現計画の一番の被害者は文次郎なのであった。
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