開け扉
目が覚めると二人は不思議な部屋に閉じ込められていた。
部屋の障子には爪を二十五個差し出せば戸が開くと書いてあり、先程から文次郎がどれだけ蹴っても押しても戸は開かない。
「仕方ないな。文次郎、手足を出せ。私が爪を剥いでやろう」
仙蔵が楽しそうに笑えば襖と格闘していた文次郎がぴたりと止まった。
「おい、俺だけじゃ二十にしかならん。お前の爪も剥ぐことになるぞ」
眉間に皺を寄せながら返答があった。人一人分で足りないのはもちろん仙蔵も承知である。
「冗談だ。というか本当に爪を剥ぐと思ったのかバカタレが。ところで小刀は持っているか?」
なにかある時の為にと文次郎が懐に入れている小刀を出させると、仙蔵はそれを渡してきた文次郎の手をそのまま掴む。
「爪を切ってやろう。そうだな、まずは右手だ」
「いらん、というか俺が切ってやるから座れ」
文次郎は仙蔵に向かい側の座布団に座るように促した。
「おら、さっさとしろ。暗くなったら親の死に目に会えんぞ」
「忍びになるものが親の死に目に会えるとでも?」
「違いねぇ。ま、そうじゃなくても暗くなったら指落とすぞ。さっさと座れ」
じゃれあっている時間はない。暗くなれば本当に爪を剥ぐことになりかねないだろう。
「手出せ」
仙蔵が仕方なさそうにその白い中に火傷の目立つ右手を差し出すと、胼胝で固くなった文次郎の手がまるで壊れ物に触れるように指に触れる。
指を切らないようにと顔を近づけ真剣に爪を切るその眼はとても愛おしいものを見るような顔で、それは仙蔵が自らの指先にすら嫉妬を感じるような優しい眼であった。
爪を切る音だけが響く静かな時間が過ぎ、両手、両足の爪を整えた後に文次郎が自らの爪を切ろうとするのを仙蔵が制する。
「今度は私の番だろう」
仙蔵の言葉に文次郎も仕方がないというように手を出す。
「指切るんじゃねぇぞ」
笑いながら先程まで使っていた小刀を仙蔵に渡し、そして自らの手を仙蔵に差し出す。
仙蔵の眼は先程の文次郎と同じような、愛おしいものを見るような眼で文次郎の爪先を見つめていた。
二十五などとうの昔に過ぎているのに、そのまま無言で仙蔵は文次郎の両手両足の爪を一つ一つ丁寧に切っていく。
切り終えた爪を文次郎が丁寧に集めてまるで宝物のように手のひらにのせると、かちりと音がした。
どのような絡繰かはわからずとも、戸が開くことだけは理解した。
「開いたようだな」
「ああ、出るか」
部屋から出ると、そこは二人の見慣れた六年い組の長屋の自室であった。
「こりゃあ、幻術か?」
「狐狸にでも化かされたという方が近いのではないか?」
笑い合う二人の爪は、綺麗に整えられていた。
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