秋の夜長
「はい、立花仙蔵くん、君はい組ね」
忍術学園の門の前、入学金を支払いさえすれば今日からここの生徒となれる。
「次の子、はい、君もい組ね」
入学金を支払った順に組み分けがされていく。
「潮江文次郎くんね、君もい組ね」
「中在家長次くんね、君はろ組だね」
い組の最後に滑り込んだ、田舎臭い子供。
この瞬間、私の運命が決まった。
***
「あれからもう六年も経つのか。早いものだな。まさかあの田舎臭い子供が数少ないい組の生き残りになるとは思ってもみなかった」
秋の夜長には思い出話に花が咲く。
「てめぇ初対面でそんなこと思ってたのかよ。人のことを田舎臭いとは失礼な野郎だ」
初対面の思い出を語って聞かせれば文句が返ってきた。
しかし仕方がない。
あの頃の文次郎はいかにも田舎の名家の子、という雰囲気がだだ漏れだったのだ。
「あの頃のお前は可愛かったのになぁ。夜中に便所が怖いやら、障子の向こうの影が怖いやら。それが今では徹夜やら鍛錬やらと部屋にも滅多に戻って来やしない。本当に可愛げがなくなったものだ」
ついでに部屋に戻らないことに苦言を呈する。
寂しい、とは口で言う気はない。そんなことは言わずとも分かっている事だ。
分かっていて部屋に戻ってこないのだから、文句も出るというもの。
ふと、入学式の日に教師が決めた部屋割りを言い渡された時を思い出す。
***
「この学園では基本的に二人から三人で一部屋を使うことになる。では、今から部屋割りを発表する」
誰かと同室など、落ち着かない。
一人が怖いなどと、これから忍びになる者が言えるはずもない。
同室など、面倒なだけだ。
「では、部屋割りを発表する。立花仙蔵、潮江文次郎。部屋割りを発表された者は速やかに移動するように」
「はい」
「はい!」
大きな声を張り上げる、今日から共に暮らす子供の顔を見る。
門の前で見た田舎臭い子供。
今日から私は、こんな子供の世話をしなければならないのか。そう思うと、今日から始まる新しい生活が不安になった。
「同室とは、これから六年間同じ部屋で寝起きし、同じ部屋で暮らす者だ。大切にしなさい」
この頃の私は、いや、ここにいる一年生の誰もが教師の言葉の重さを分かっていなかった。
三年生の頃、行儀見習いの生徒が数人いなくなり、同室が居なくなる者たちがいた。
五年生の頃、戦場での忍務で同室が帰らぬ人となる者たちがいた。
一年生の頃を思い出し、いつこの同室が居なくなってしまうかと、不安になることもあった。
いなくなるかもしれない同室を思った時に、求めるものは同じであった。
***
「あの選択を、失敗だったと思うか?」
ただの同室から、身体を重ねる仲になった。
愛情であるのか、友情の延長であるのかは、なんとなく分かっている。
「正解かは知らんが、後悔はしてねぇな」
「そうだな、正解など、誰にも分からんな」
身体を重ねながら思うことは在りし日の思い出と、一人いなくなる事に募る不安と、この男への依存。
「まぁ、とりあえず卒業までは居なくなってくれるなよ」
「それはこっちの台詞だ。しょっちゅう無茶しやがって」
どうかあと少し、この男の共にいさせてください。
互いの同じ願いが叶うことを、ほんの少し欠けた月に祈った。
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