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その意味を教えて



「髪は思慕、額には祝福、友情、瞼には憧憬」
「なんだそれは」
 文次郎の背後から聞こえた小さな呟き。長屋で二人きりの時の仙蔵の呟きはほとんどが文次郎への言葉だ。無視をすれば何を言われるかわからないことは六年間でよくわかっている。
「なんだ文次郎、興味があるのか?」
「聞かねぇと怒るだろうが」
 仙蔵のわざとらしい言葉。そこまでがいつもの二人の会話である。は組の二人には面倒くさいと言われたが、六年もたてば何が面倒くさいのかもわからない。
「怒るとは心外だが、まぁ心の広い私だ。文次郎の興味に答えてやろう」
「おう、頼むわ」
 聞けば仙蔵の機嫌は途端によくなる。ろ組には普段は名前だけで会話が成立するのによくわからんと言われた。こんなにわかりやすい男もいないので、ろ組の二人のほうがよほどよくわからんと返してやった。
「今のはな、口付けの意味というものらしい。口付けは部位によって意味があるという。髪には思慕、額には祝福と友情、瞼には憧憬といった具合にな」
「全身あんのか?」
「いや、私の知る限りは二十二か所だ」
「人体でおおまかに二十二か所だったらほぼ全身じゃねぇのか」
「まぁ、それに近いがな」
 興味があるようでないような。ただ、雑学として悪くないだろうと突っ込んで聞く。今日は委員会もひと段落して、夜間鍛錬の気分でもなかった。文次郎には珍しく暇なのだ。
「全部知りたいか?」
「そうだなぁ、そこまで聞いちまうと気になるなぁ」
 もったいつける言葉には全部聞けという意味が含まれている。背後の男の気配が動く。
「では、優しい私が丁寧に教えてやろう」
 少し低い、色を含んだような声。仙蔵のほっそりした身体が文次郎の背に覆いかぶさる。嫌な予感はするが仕方がない。暇なのだ。言い訳もできない。というよりも、これを期待していたような気がする。
「では、上から順に、ゆっくり教えてやろう」
 仙蔵が文次郎の髪紐を解く。そして流れるように毛先に口付けを落とした。
「髪への口付けは思慕」
 顎に触れて後ろを向けと指示される。
「額への口付けは祝福と友情」
 仙蔵の白い手が文次郎の目元を覆う。
「目を閉じろ。瞼への口付けは憧憬」
 耳元を小さく齧られ、びくりと震える。
「耳への口付けは誘惑」
 鼻先を小さく食まれた。
「鼻梁への口付けは愛玩」
 今度は頬に、まるで幼子が触れるような軽い感触。
「頬への口付けは親愛、厚意、満足感」
 頬への口付けとは打って変わって、唇への深い口付け。舌を絡ませ、唾液を啜る。
「ん、はぁ、唇への、口付けは、愛情」
 仙蔵の息遣いが荒くなる。文次郎の身体もどんどん火照り始めてきた。それでも唇はさらに下へと移動した。
 額を押さえられ、反った喉元に歯を立てられる。
「喉への口付けは欲求」
 そのまま首筋をきつく吸われた。
「首筋への口付けは執着」
「今、痕付けただろ」
 文次郎が抗議をしたが、返事はなかった。そして寝間着の肩をぱさりと落とされ、背中が晒される。仙蔵の唇が首筋から脊椎をするするとなぞった。
「はぁ、」
 文次郎が小さく息を詰める。それでも仙蔵は口付け以上の行為はしてくれない。
「背中への口付けは確認。文次郎、身体をこちらに向けろ」
 文次郎が素直に身体を仙蔵に向ける。抵抗はしない。文次郎はこの焦らすような行為が早く終わってほしいのだ。
 文次郎が身体を反転させると仙蔵の唇が文次郎の左胸に口付ける。心の臓に触れるような口付けに、文次郎の身体はどんどん熱を帯びる。
「胸への口付けは所有」
 仙蔵の細い指先が文次郎の筋肉質な二の腕に触れる。
「腕への口付けは恋慕」
 すっ、となぞるように指先が手首へと降りる。
「手首への口付けは欲望」
 その指先がそのまま手首を掴み、異国の貴族のように手の甲に口付けを落とす。
「手の甲への口付けは敬愛」
 文次郎の豆だらけの手のひらを仙蔵の舌がぺろりと舐める。
「手のひらへの口付けは懇願」
 唇が指先へ到達すると、ちゅ、と小さく音を立てて吸う。
「指先への口付けは賞賛」
 手から唇を離す。今度は肌蹴た腹に唇が触れた。
「腹への口付けは回帰」
 文次郎の身体に抱き着くようにして、仙蔵の白い指が文次郎の腰の窪みをなぞる。
「腰への口付けは束縛」
 仙蔵が文次郎の寝間着の裾を割る。足の間に身体を滑り込ませた仙蔵がその太腿に舌を這わせた。
「っ、」
 性器に近いその場所に濡れた感触。文次郎は声を抑えるように解放された手で口を覆った。
「腿への口付けは支配」
 仙蔵の赤い舌が足を滑る。
「脛への口付けは服従」
「ん、仙蔵っ、」
「あと少しだ。全部教えると言っただろう」
 文次郎の足を取ると、その甲に口付けを落とした。
「足の甲への口付けは隷属」
 そのまま足先を口に銜えた。
「爪先への口付けは崇拝。これで最後だ」
 ゆっくりと、下拵えをするように全身を愛撫された文次郎の身体が期待に震える。
「さて、復習だ。文次郎、できるな?」
 仙蔵の白い耳朶に口付けをした。
「仙蔵、」
「正解だ。次は?」
 文次郎が仙蔵の唇を吸う。舌を絡めて口腔内を舐めまわした。
「ん、ちゅ、ふぁ」
 ぴちゃぴちゃと音を立てて口付けをすれば、二人の息が上がる。
「これも、正解だな」
 仙蔵が文次郎の身体をゆっくりと押し倒す。
「二問正解だ。褒美をやろう」
「お前も、もう、余裕ねぇだろ、よく言うよ」
「褒美よりも欲しいものがあるらしいな」
「そうだな。三つめ、だ」
 仙蔵の白い喉に舌を這わせた。
「三問正解、煽ったお前が悪い。これ以上はもう知らんぞ」
 仙蔵の余裕のない声。そして降ってきた愛情の口付け。漏れる喘ぎ声も、口付けに吸われた。


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