猫の鳴き声
六年長屋から猫の鳴き声がする、という噂がたったのは三日ほど前のことである。毎晩のように猫の鳴き声はすれども、その姿は誰も捉えていない。
忍術学園も六年生ともなれば限りなくプロに近いというのに、その六年生をもってしても見つけられない猫とは何者なのかと、様々な憶測が舞った。しかし、その答えは意外と身近な者が持っていた。
「文次郎、猫の鳴き声はこの部屋からすると言っていたぞ」
仙蔵が同室の潮江文次郎に聞いたのは、昼の留三郎との会話が理由だった。
留三郎がここ三日ほど文次郎と喧嘩をしていないという。理由は文次郎が教室、部屋、委員会室の三ヶ所にしか出没しておらず、夜間鍛錬すらしていないからだとのこと。その上、猫の鳴き声はこの付近から聞こえる。
三日前から忍務で出ていた仙蔵は文次郎の変化は知らなかったが、あの文次郎が夜間鍛錬を怠るなど少なくとも三日前、出発した日までの心当たりはなかった。
「子猫でも拾ったのか?」
それなら生物委員会にでも預ければいいものを。あそこならば構い倒してくれるだろうに。
そう言おうとして仙蔵は文机に向かっている文次郎に近寄り、違和感を覚えた。
「おい、文次郎・・・なんだそれは」
「お前は見えるのか。というか俺に聞くな。コレの成り立ちなど知らん。算盤小僧が拾ってきちまったんだ」
文次郎の足の間には尾っぽが二本に別れた、凡そ普通の猫とは思えない小さな猫だった。
猫はその二つに別れた尾っぽを器用に使って文次郎の左腕に離れまいとして巻き付き、近づいてきた仙蔵の顔を睨む。
文次郎曰く、六年生の面々には全く見えないし、腕から離れる様子がないので授業は仕方なくそのまま受けているらしい。会計委員会では田村三木ヱ門と任暁左吉には見えず、団蔵と左門には見えるが特に支障はないからそのまま猫をくっつけて委員会を行っているとのこと。
いつも仏頂面に眉間の皺と眼下の隈が消えない男が子猫を左腕に抱えて・・・団蔵と左門は恐らく我慢しているのだろうが、仙蔵は我慢などしなかった。
「おまえっ・・・!それを抱えて・・・委員、かいっ!はっ、苦しい・・・!腹痛いっ!」
腹を抱えて大爆笑。笑いを抑えることなど完全に諦めた顔。
文次郎も自覚はしているので、不機嫌そうな顔で睨むだけで文句は言わない。諦めているのだろう。
離れない子猫又と笑いがとまらない仙蔵と不機嫌な文次郎の夜はこうして更けていった。
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