壁
妖怪というものは、案外
身近にいるものである。
潮江文次郎はそれをこの学園の誰よりも理解しているつもりである。
「だとしても、なぁ」
長屋の中に壁があるとは、随分と雑な怪異である。
そして、とても迷惑だ。
「おい、お前さんが何者かは知らねぇが、ここを通してくれんか。今日こそ部屋に戻らんと仙蔵に怒られるんだ」
知ったことかと、その壁は静かにただそこから動かない。
そりゃあそうだ。きっとこいつにとってはそんなことどうでもいいのだ。
「はぁ。おい、勘弁してくれ。それにお前がここにいると他にも困るヤツがいる」
返事をしない怪異に話しかける。
きっと傍から見れば壁に向かって話しかける妙なやつだ。だが仕方がないのだ。
「仕方がねぇなぁ。回り道するか」
そう言って踵を返すと、壁は音もなく消えて振り返った文次郎の目の前にいた。
「お前、実は阿呆だろ」
こんな簡単に引っかかりやがって。
進路を再び変えると、慌てるような気配がしたがそれに構ってやる義理はない。
大方紛れ込んだ狐狸妖怪の類だろう。
こんなに簡単な嘘に引っかかるあたり、賢くは無さそうだ。
このような狐狸妖怪がこんなふうに化けるのは悪戯の意味もあるが、同時に臆病でもあるのだ。
狐や狸は人間に見つかったら捕まえて食べられると思っているのだ。
「食わねぇから早く行け」
臆病で単純な怪異を振り返りながら、長屋への廊下を進んだ。
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